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 密林での戦闘において、特殊斥候部隊の貢献は中々のものと言えた。元工作員や諜報員、憲兵上がりなども所属しているらしく、それぞれの長所を生かして立ち回ったのだとか。同じく特殊斥候部隊所属の技術班は新型無線の有用性を証明し、部隊長や一般隊員も斥候部隊として十二分の活躍を見せた。単身敵陣に乗り込んで後方を攪乱した隊員が居るとの噂もあったが、影響のほどはよくわかっていない。



 とは言え漸く敵港湾基地を攻める段階になったものの、列島軍は手をこまねいていた。進撃が遅れたため想定以上に要塞化が進んでおり、基地内外からの艦砲射撃も驚異となる。列島海軍も制海権を押し拡げるべく善戦しているが、敵空母艦隊と連動する港湾基地からの遊撃部隊に手を焼いており、反って陸からの制圧作戦を強く主張しているというのが現状だ。




 剣聖も、基地を攻める段になっては何も出来なかった。基地の前面の平地には障害物も無く、そこを通過するあいだ敵の攻撃を避け続けるのは不可能である。他の兵の攻撃に合せて仕掛けるにしても成功確率は殆ど無い。

 かと言って剣聖が銃火器を持って戦ったところで、間違いなく邪魔にしかならない。火器の扱い自体は理解していたが、適性とも言うべきものが圧倒的に足りない事は既に自覚している。

 だから剣聖は、己が出来る事を、然るべきタイミングで行うより他に無い。戦争の進化と共に役割が縮小していった剣聖にとって、今回の密林戦のような特殊な条件下に備えていた方が、反って役に立てると言うものであった。

 幸いにも東南諸島で戦闘が続く限りは、密林戦での一応の活躍が見込める。大陸における戦闘では平地戦で圧倒的火力に追い立てられ、艦砲射撃から逃げ回り、空爆に手も足も出ずに歯噛みする事ばかりであった。ここに来て漸くまともに働けそうなのである。





 正面から基地攻略に取りかかった列島軍であったが、その防御力の前に攻め切れない状況が続いた。敵増援の到着前に制圧しようと何度も突撃を試みるが、徒に犠牲を増やすのみである。停泊する敵戦艦からの支援砲撃もかなりの損害に繋がり、補給線の細さも相まって列島軍は焦りを募らせた。

 そこで司令部は何を血迷ったのか、実に無謀な作戦を採用する事となる。百名の決死隊を募り、夜間に島の南西から筏を浮かべ、海流を利用して海から侵入しようと言うのだ。打つ手が無いとは言え、兵を使い捨てるような作戦に皆の不満は高まった。密林での無謀な突撃作戦が成功したことにより、司令部の感覚が麻痺してしまったのかもしれない。本来ならじっくりと攻略を行うべきであるが、既に敵基地への殆ど無策の突撃さえ数度行われている。


 結局決死隊はそれぞれの部隊から少しずつ集められ、九十余名が送り出される事となる。中には進んで志願する者も居たが、否応無しに参加させられる者も当然居た。

 決行当夜、ダミーの筏や木材、樽等も含めた多数の筏に数名ずつ分かれ、南西の海岸から漕ぎだす。少し沖へ出て海流に乗ると、ダミーの筏を切り離した。筏は敵の目に触れても流木と間違われるよう、極力雑な見た目となっている。港に停泊する敵戦艦の横を素通りして基地内に潜入、防塁及び各施設を破壊する手筈だ。自ら志願した四十名程は前方の筏に乗り、戦意を高めて到着の時を待つ。途中から泳いで行く為、装備類は防水具で包んであった。

 志願兵達はある程度基地へと近付くと、音も無く海中に身を沈めゆっくりと泳いで行った。


 志願兵達が泳ぎ出してからまもなくして、陸地から戦闘音が響き出した。監視の目を減らす為に列島軍が夜襲を開始したのであった。

 味方の射撃音と喊声に励まされ、水を掻く四肢は自然とその力を増す。基地の裏手へと取り付くと、辺りに敵兵の姿は見当たらない。先頭の志願兵が陸へと上がると、次々に皆その身を陸地へと覗かせた。

 と、その時を待っていたのであろう、強烈な明かりに志願兵全員の姿が露わに照らされる。彼らが光の筋の隙間からかろうじて見た物は、周囲の障害物から覗く無数の敵兵と銃口であった。

 瞬時に志願兵達は、何処かから情報が漏れていた事に気付く。彼らが何より悔しかったのは、味方の中に裏切り者が居た事であった。崇高な目的を標榜する彼らに取って、義に反する行いほど許せぬ物は無い。

 しかしこの状況下ではどうする事も出来なかった。誇り高い彼らは可能ならば名誉の戦死を遂げたかったに違いないが、如何せん武器が無い。銃も爆弾も防水具に包まれており、有るのはせいぜいナイフだけ。これでは討死はおろか、愚かな犬死しか出来ない状況であった。

 為に決死隊四十余名はほぼ全員が投降、抵抗した数名も取り押さえられ、捕虜となった。残された希望は、後から続く決死隊の残り半数のみである。もし彼らが作戦に成功したら、呼応して戦う事が出来るかもしれない。その為の恥を忍んだ投降であった。

 しかし残りの決死隊の面々が、基地内への侵入を試みる事は無かった。

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