8-2

 更に哨戒線を抜けると、彼方に密林の終わりが見えた。息を殺して近づくと、平地を挟んだ海岸沿いに軍事大国軍の基地が見える。

 平地は情報通り複数の滑走路を作れるほど広く、密林を出れば基地まで何の障害物も無い。基地内には整備された港もあるらしく、向こう側に大型の戦艦と思しき艦橋が覗いている。周囲の海岸線は海側に緩く婉曲しており、西に行くにつれて段々と切り立った崖になっているが、遠く東側には砂浜も見られた。


 剣聖は基地のほぼ正面まで移動すると、今度は密林の奥へと向かって歩き出す。敵兵に見つからぬよう暫く進むと、島の東西に走る緩やかな尾根に軍事大国軍本隊を捉えた。

 倒木の陰に身を隠すと、剣聖は抱えてきた荷物を降ろす。弁当箱ほどの大きさのそれは、小型化された最新の通信機であった。

 教わった通りにアンテナを立てスイッチを入れると、突如として巨大な雑音が辺りに響き渡る。!!!。急いでスイッチを切る剣聖。空しい音を立てながら、一向に電源が切れる気配が無い。今度は音量のつまみを最小に回すが、何も変わらない。更に回すと、軽快な破砕音と共に倍増する雑音。それでも剣聖は焦らない。こういう時は回路を切断してしまえば良いのだ。回路図は頭に叩き込んである。剣聖ならば座ったまま該当の線だけ斬るなど造作も無い事だ。ボンッ。斬られた途端煙を上げる通信機。つんざくショート音。

 正しく斬った。間違いなく正しく斬った剣聖は、冷たい視線を文明の利器へと投げかけた。

 是非も無し。剣聖は愛刀を煌めかせると、氷の心で通信機に斬りかかった。交錯する無数の剣閃に、一瞬後には金属粉へと姿を変える列島の技術の結晶。後で技術班にどやされる光景が頭をよぎるが、悪いのは彼らの方だと自らを納得させる。

 一呼吸置いてから立ち上がり、ゆっくりと辺りを見渡すと、当然の如く軍事大国軍に包囲されていた。



 剣聖は自然と、首を傾げため息をついた。少しも弛まぬ軍事大国兵の警戒を余所に、ゆっくりと両手を挙げる。それからその場でくるりと一周回って見せ、銃を一つも持っていない事を分からせる。二人の兵士が銃を構えたまま近寄ってくる。ジェスチャーで後ろを向くよう促すのでその通りにする。背中に銃口が突きつけられるその瞬間、剣聖は後ろに一歩下がった。二人の敵兵の銃口の間。全方向からの死角。たたき落とされる銃。文明の利器の残骸たるアンテナの棒が、剣聖の袖口より抜き放たれた。併せて後ずさる二人と同じ方向へ、身を低くして駆け出す。周囲からの銃撃。当たらず。茂みへと飛び込み樹木の陰へと身を滑り込ませる。更なる斉射、大半は樹木に阻まれるも数発は目標に命中。が、剣聖は止まらない。そのまま警戒の中を一目散に駆け去った。


 後に数名の兵士によって銃撃の命中と謎の金属音が主張されたが、密生した植物と戦局の変化のお陰で両断された銃弾が発見される事は無かった。

 命令通り帰投した剣聖は、折角の偵察が無駄に終わった事を知らされる。列島軍の猛攻に耐えきれず、軍事大国軍が海岸の基地へと撤収したのである。本隊の位置はおろか、基地の様子、要塞化がかなり進行していることまでも、既に列島軍一兵卒に至るまで知るところとなっていた。

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