7-4
東軍は一兵卒に至るまで果敢に戦ったが、既に全滅は時間の問題となっていた。未だ抗戦を継続する者は、数名の侍と小隊程の志士を残すのみである。
侍達は遠巻きに銃嵐に曝されており、志士達は騎兵に囲まれ嬲り殺しにされていた。最早退路も無く、後はどのように討ち死にするかという状況である。
だが、東軍兵の誰一人として、少しの怯えも抱いてはいなかった。
志士の一人などは銃を失い刀は折れ、腕は負傷し動かなくなっている。そんな丸腰と言って良い状態にも関わらず、心底から不敵な笑みを浮かべていた。その笑みの意味するところは、まごう事無き勝利の陶酔であった。高潔なる精神と共にその魂を燃やし尽くせたのだ、それを生命の勝利と呼ばずして何と表現出来ようか。
志士が感極まって咆哮した、正にその時であった。大地を揺るがす喊声が後方から響き渡る。突撃の軍鼓が山々に木霊する。彼方より南軍が、総勢を率いて怒涛の如く押し寄せてきていた。
時は決戦当日の早朝へと
敗兵を纏めて城塞へ引き揚げた南軍は、決戦準備を済ませながらも煮え切らないでいた。
特に上層部の貴族連中が、悲惨な敗北を受けてすっかり弱腰になっていた。実の無い籠城や更なる後退、講和や降伏まで唱え出す者も居る。
言い換えれば彼らは、己の憶病と保身の為に国はおろか世界を売ろうとしているのであった。
しかし、中には果敢に敗北を受け止め、その上で闘おうとする者も居る。
遊牧民の血を引く勇猛な戦士達は、先頭に立って決戦を唱えた。前線に立つ精強な兵は皆、兵科を問わず決戦の準備を黙々と整えている。
彼らは現実的に、出来得る限り早く決戦を挑む事が、僅かに残された可能性の中で最大限の希望を抱いている事を理解していた。
時間が経つ程にこちらの厭戦気運は蔓延し、西軍は東軍の掃討を済ませ万全の状態で進撃を開始するだろう。更には敵の工作員に付け入る隙を与える事になり、内部分裂の危険性も高まる。特に商工業分野と密接に繋がる財界において、西大陸の影響は既に無視できない物となっているのだ。
そんな状況の南軍の元へ、東軍の橋渡し役の旅人が現れる。
皇帝の御前、ほぼ全ての将と高官達が注目する中で、旅人は口を開いた。東軍の惨状を包み隠さず報告し、このままでは全滅を免れない事を正直に告げる。
それを聞いた高官達は表情に更なる
しかし旅人は、そのような者達など微塵も眼中に入れてはいなかった。旅人が語りかけていたのは、燻る火種を持て余した南軍の戦士達に対してであった。
旅人は高らかに、東軍が間も無く全軍をもって総突撃する事だけを告げる。
当然、南軍の高官達は首を傾げた。これはブラフで、逆に南軍を囮に
実際のところ、東と南の大陸は今でこそ共闘しているが、過去には相争った事もある。東大陸の帝国が南大陸の大半を征服し、西大陸まで攻め入った事もあるのだ。
だが、旅人の言は、南軍の誇り高き戦士達にはしっかりと届いていた。特に遊牧民の末裔達は、そのルーツを東大陸に持つ者も居る。東軍の武士道精神とはまた異なる誇りを、彼らはその胸に秘めていた。
勿論彼らも、旅人の言をそのまま真に受けた訳ではない。それぞれに背負うものがあり、守るべきものを持つ者達である。
しかしそれでも、駆け付けずには居られなかった。そうさせるだけの気迫を、旅人は迸らせていた。もし旅人が本当の事を言っていた場合、彼らの誇りは地に堕ちる事となる。
ある部族長が、皇帝に対して威力偵察の申し出をする。続いて他の部族長や酋長、将軍級までもが同じ申し出をした。皆、心に小さな火を灯し、熱き風を求めている。
これだけの申し出があっては皇帝も受け入れるより他に無い。拒否すればそのまま叛乱でも起こりそうな雰囲気であった。
だが皇帝も流石の器量である、申し出を逆手に取って鋭い判断を下した。
偵察の申し出を行った者達に対して、生命を賭しての広範囲かつ隠密な策敵を命じたのである。そしてそれを担保として、全軍での出撃を勇ましく宣言した。
先行する偵察部隊は、西軍に気付かれぬよう丘の草地に身を埋めた。
彼らの多くは南軍騎兵の中でも最も精強な、高原地帯をその根源とする遊牧騎兵である。志願して最前に配置された者達であり、その兵質たるや東軍の侍にも一歩も劣っていない。
潜伏より暫くの後、彼らの瞳に映し出されたものは、東軍の鬼気迫る最終決戦であった。
直ちに本軍へと最速の早馬を飛ばす。
目の前で繰り広げられる勇壮な血戦を、南軍兵達は歯を食いしばって見つめていた。草の間に伏せった彼らは、飛び出したい衝動に駆られながらも必死にそれを抑える。ここで寡兵で攻め入ってしまっては、東軍が注意を引きつけているのが台無しになってしまう。
南軍の戦士達は悔しかった。それはもう悔しかった。
次々と討たれる東軍の勇者達を前に、戦士達は涙を呑んで地に
南軍兵の祈りも虚しく、とうとう東軍が全滅するかと思われた時であった。待ちに待った南軍本隊が、漸く戦場へと到着した。
南軍兵達は皆、東軍の壊滅を目の当たりにして自軍の不甲斐無さを嘆いた。東軍の者達はわかっていたのだ、こうでもしなければ南軍が再び一つにならない事を。
東軍兵が自らの生命で生み出した炎が、南軍に勢い良く燃え広がる。先程まで消極的な意見を述べていた者達でさえ、今は熱く駆け走っている。
既に誰もが、生きて戻る事など微塵も考えてはいなかった。負ければ全滅、良くて相討ち、どちらにしても待つのは死である。しかしそれは気高き栄誉の死であり、彼らをして英雄たらしめる物に相違無かった。
南軍は何かに駆り立てられるように、その勢いを増しながら西軍の正面へと突撃していった。
南軍の到着を知った西軍が、直ちに陣形を整える。
流石は西軍であった。天地がひっくり返る程の南軍の怒涛にも、大きく乱れる事は無い。
西軍元帥が白馬に跨り、督戦すべく方々へ号令を下す。後方に控えていた予備隊を、南軍に備えていた部隊と合流させる。東軍残兵の囲いを残し、全部隊を南軍へと向ける。
元帥は右手を高々と揚げ、迫り来る南軍の頭上を指さし叫んだ。
東軍は全滅した。後は南軍を蹴散らせば我らの勝利である!
白馬が前足を高々と上げて
皆、元帥を凝視して、天を指す腕が勝利へと振り下ろされるのを待った。
正に、号令が下されようとしたその時である。
元帥の赤いマントが、急に膨れた。
膨れて、柱となって、弾け飛ぶ。それは、勢い良く吹き上がる、真紅の血柱であった。
血滴と共に、元帥の抜殻が馬上から崩れ落ちる。元帥へと注がれていた視線が、その脇で紅光りする刀へと移ろぐ。
其処には剣聖が、血柱を背に抜き放たれた殺意を掴んでいた。
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