7-2

 東軍の参戦により、戦局は東南連合軍の優位に進むかとも思われた。

 しかし西軍の優位はその先進的な軍隊だけでは無い事を、東南両陣営は思い知ることとなる。

 一つは、圧倒的カリスマと指揮能力を持つ元帥の存在である。

 東軍の攻撃で左翼が崩れ始めると、迅速に対応策を講じる。まずは距離を取るべく全ての戦線を下げ、左翼側に兵力を移動させた。瞬時に戦況を把握すると、集中砲火で東軍の足を止めつつ陣形の再構築に着手する。剣聖でさえ、密集した弾幕と精密な狙撃の前に慌てて後方へ退がる程であった。

 そしてもう一つ、西軍はその殆ど全員が忠誠心の厚い国民軍なのである。

 元々は自国存亡の為に決起した彼らであったが、他国へ攻め入る今となってもその忠誠は変わらない。南軍の大軍勢に向かって、本軍の後退を成功させるために犠牲も厭わず特攻した。前衛部隊の一部による特攻であったが、あまりの激しさに反って南軍の方が損害が大きかった。

 たまらず追撃を控える南軍を尻目に、西軍は陣形を大きく変える事に成功する。東軍もその様子を知って、歯軋はぎしりしながら後退せざるを得なかった。

 結局その日は膠着状態となり、お互いに距離を取って野営に入った。



 夜、東軍の陣中では侍達も志士達も非常に活気に満ちていた。旅人が物資を運んでくれるお陰で、今のところ補給面での心配は無い。

 陣中なので宴とまでは行かないが、士気を養うために多少騒ぐのも許されているようだ。初めて経験する大陸での戦争で、世界一の軍隊を相手にこれだけの戦いが出来たのだ。損害も軽微な上、戦局を変える程の戦果を上げられた事に多くの兵は満足している。隅っこに座って寛ぐ剣聖に対しても、兵達が先生だの何だの言いながら賑やかに絡んで来た。


 しかしそれらの一般兵達を余所に、東軍の指揮官達は険しい表情で卓を囲んでいた。敵指令部の対応の早さと訓練の行き届いた大軍に、舌を巻かざるを得なかったのである。

 特に丘上から敵部隊の動きを見る事の出来た、志士達の指揮官は大いに危機を感じていた。確かに初戦において、自分達こそが最も優れた軍隊であるという自信は芽生えかけていた。だが、だからこそ、数の脅威という物もよく分かった。あれだけの大軍で連携良く攻め立てられれば、寡兵の東軍は一たまりも無いだろう。

 戦争は質だけでも量だけでも勝てない。言うなれば双方の掛け算と、その他諸々の関数が相まって勝敗が決まる。故に先見に秀でた志士達の一部は、この戦争の行く末に大きな不安を抱えていた。

 剣聖は一般兵に紛れながらも、焦燥感漂う指揮官達の卓へと注意を向けていた。静かに腰を上げると、近くの高所へと登る。大陸特有の乾いた季節風が、火照った身体に気持ち良い。剣聖は西軍司令部の陣屋をじっと見据えると、殺意をそっと刀に収めた。



 翌日から戦局は一進一退となった。

 西軍は初戦の損害を教訓とし、数と火力で東軍を抑えようとする。東軍は数の不利を南軍との協同作戦で補いながら、勇敢に銃火を交えた。旅人が南軍との間に立ち、合同の軍議を開いて連携を構築する。

 南軍も、東軍の戦力には大いに期待しているようであった。この戦争で西軍と張り合える装備の軍隊は、南軍には一部の新式歩兵しか無かった。他の兵士も精強ではあるものの、どうしても近代戦においては一歩劣る。

 侵略に対する抵抗と聖戦の名の元に大兵力が集まってはいるが、その内実はとても一枚岩とは言えなかった。それぞれの部族や豪族が強力な王権に付き従う形である。それは大軍隊の行動において、どうしても西軍との差となって響いていた。

 総じて見れば装備で劣り、兵で劣り、組織としても劣っているのである。しかし南軍は、物量と信仰心と、そして何より西大陸への反発心から、一歩も譲ること無く激しく西軍に喰らい付いた。


 一方の西軍の司令官は、東軍への対処に苦心していた。

 中でも手を焼いたのは、青い羽織の集団であった。明らかに時代遅れの装備と戦法にも関わらず、被害が甚大であったのだ。そしてそれは、西軍兵の恐怖と士気の低下を誘発しかけていた。

 青い東軍に近付かれたら、部隊が一瞬で壊滅する。彼らは東洋の秘術を用い、気付いた時には味方の部隊が全滅していた、と云う報告まで来ているのだ。

 加えて東軍のもう一つの部隊は、質だけで言えば間違いなく世界最強であった。一糸乱れぬ戦いぶりは、元帥のみならず全ての将士を震撼させた。

 最早、彼らを打ち破らない事にはこの戦争に勝利は無い。それが西軍指令部共通の認識となっていた。

 西軍にとっての東軍に対する強みは、膨大な戦力を自在に操れる事である。故に東軍を倒すには、大局的視野に立ち、彼らの及ばない部分で主導権を握るより他に無い。そしてそれこそが、西軍元帥の最たる長所である戦略眼の見せ処でもあった。



 日をまたいで、戦争は数日に渡り続いた。

 その間お互いに数多の戦術を試み、大小の損害を出しつつ接戦した。中でも激戦地となったのは、やはり東軍と相対する西軍左翼であった。

 西軍は大量の兵と銃弾を東軍の前衛部隊にばら撒いた。可能ならばそのまま押し包んで撃滅したいのだが、東軍の志士達と南軍がそれをさせない。しかし西軍は辛抱強く作戦を継続し、ひたすらに東軍の兵力を少しずつ削った。

 元帥は、この戦場の肝は東軍の近代軍隊に有ると見ていた。東軍の前衛を倒すにも南軍と分断するにも、彼らを相手に一時でも勝利する事が必要であった。

 数日に渡る戦いで、寡兵の東軍は気力も体力も消耗し出している。そろそろ何処かに付け入る隙が現れる筈であった。


 西軍の戦い方は実に徹底していた。

 青い羽織の侍達に対しては、もっぱら竜騎兵と軽歩兵を当てる。竜騎兵は中距離用の騎銃を持った乗馬兵であり、サーベルを携行している。発砲しながらの騎馬突撃と、機動力を活かした銃撃の一撃離脱戦闘において、その特性が発揮される兵科であった。

 侍達の射程ぎりぎりから銃を放ち、離脱する。追われれば、その先には軽歩兵がライフルを持って待機しており、狙撃するという寸法だ。じわじわと遠巻きに攻め立てながら、侍達を孤立させるべく攻め立てた。

 当然、志士達は味方を分断されないように動いた。散開しつつ援護射撃しては、また隊列を組み直して敵銃兵に当たる。

 今度は西軍が志士達の部隊に対して、銃歩兵や胸甲騎兵をぶつけようと軍を動かす。しかしそれもいち早く出足を止められ、今度は侍達の攻撃範囲に入りそうになるので慌てて引き返すのであった。



 結局のところ戦局が動いたのは、東軍側の戦線とは反対の南軍左翼であった。南軍左翼は旧式の兵装が多かったが、各々の将が歴戦の勇士であり、西軍相手にも大きな崩れを見せる事なく渡り合っていた。

 しかし徐々に、西軍軽歩兵のライフル狙撃による将士の損耗が響きだす。西軍兵の損害は有る程度潰しが効くものだが、南軍の勇将達の代替は難しかった。

 また、日を経るにつれて装備の差は兵達の疲労の差としても表れた。南軍兵はそれでも戦意を衰えさせること無く戦ったが、徐々に綻びは見え始めていた。

 その綻びを見逃さずに、西軍元帥はここぞと言うタイミングで近衛部隊を投入した。長射程の銃を持つ近衛猟騎兵と、超精兵の近衛槍騎兵である。それに近衛銃歩兵隊が付き従い、南軍左翼へと突入した。

 南軍左翼は崩れ出し、指揮系統も混乱する。狙撃による勇将の減少が、戦線の崩壊を助長する。

 すかさず、対峙していた西軍部隊が次々と突撃を開始した。銃を斉射しながらの銃剣突撃は、南軍全体を潰乱させるのに十分な威力を発揮する。南軍はとうとう堪えきれずに、退却を開始せざるを得なかった。


 東軍も合わせて退却しようとするが、西軍元帥はそれを許さない。予備隊まで投入して南軍との間を断ち切って追い込む。

 その間も、侍に対しては竜騎兵と軽歩兵、志士に対しては近接兵科と、徹底した攻撃を仕掛け続けた。

 西軍の戦力の大部分が、東軍撃滅へと割り当てられる。剣聖も、敵の弾幕の前に反撃もままならず、皆と一緒に後退するより他無かった。

 東軍は徹底的に追い込まれ、多数の損害を出した。丸一日かけて山の麓の森林地帯まで逃げ延びると、そこで漸く束の間の休息を得ることが出来た。

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