7-1

 二百年以上の平和が続いた列島を、一つのしらせが震撼させた。東大陸が西大陸との麻薬戦争に敗北し、半植民地化したのである。列島と東大陸は縁海を隔てているとは言え、蒸気船の時代となった昨今では往来も容易い。


 麻薬戦争において、東大陸は旧態依然とした軍備をもって西大陸軍と相対した。為に、広大な東大陸が最新式の軍隊に蹂躙されるのに、二年と必要としなかった。東大陸は麻薬と戦争に傷つき、嘗ての威光は見る影も無い物となっていった。



 この頃の列島もまた、西大陸諸国の往来に晒され、佐幕派と倒幕派に分かれての政争に明け暮れていた。

 剣聖もしばらく外出を控え、庵で悠々自適な日々を過ごしている。


 ある朝、剣を休めて庵で瞑想していると、外に気配を感じた。例の、旅人の気配であった。

 剣聖は刀掛台から黒銀の聖剣を腰に佩き、庵の外に出る。少なからぬ緊張と共に旅人と対峙する。

 が、すぐに場は和やかな雰囲気に包まれた。

 旅人は礼をすると、訪問の無礼を詫びた。次いで剣聖に頼みがあって訪れた事を告げる。旅人の真摯な様子と、その背後にある切迫感を感じ取って、剣聖は旅人を庵へと招き入れた。


 対座すると旅人は、何の前置きもせずに切り出した。

 世界の覇権を賭けて大陸の精兵と戦って欲しい、と。

 相手は西大陸の近代国家の軍隊である。西大陸は先の麻薬戦争の勝利で、東大陸を事実上の勢力下とした。彼らの次なる標的は南大陸であり、もし南大陸の征服を完了すれば、列島を含めた他の島国に対しても同様の侵略を開始するだろう。

 南大陸は長らく西大陸と争ってきたため、平和を貪っていた東大陸と違って抵抗を続けている。とは言え、それも既に時間の問題である。

 近いうちに西大陸と南大陸の間で、大きな戦争が起ころうとしている。順当に戦えば西大陸が勝つのはほぼ間違いなく、そうなってしまっては手遅れである。その戦争に介入し、悪い時代が来るのを防がなくてはならない。


 剣聖が黙って聴いていると、旅人が説明を続ける。

 三つの大陸と、それに対応する三つの宗教は、長い間均衡を保って存在して来た。勿論、これまでに何度か勢力の不均衡が訪れた事はある。しかしそれも、人類の営みの中で自然に吊り合う範囲の事であった。

 だが今回は話が違い、西大陸の科学の猛威は世界規模で変革をもたらす。西大陸が今度の戦争に勝つことになれば、帝国主義の名の元に世界は絶える事の無い闘争に見舞われることになるだろう。

 しかし反対に、東大陸が勝つ事が出来れば、いや、西南両大陸を引き分けに持ち込ませることが出来れば、可能な限り平和な世界を目指す事が可能になる。

 今この世界では、西大陸は高い科学力と先進的な社会構造を持ち、南大陸は物量と資源にまさっている。東大陸が上手く立ち回ってバランスを保てさえすれば、完全とまでは行かないまでも平和を実現できるのだ。


 剣聖は旅人の説得を聴き終えると、思案の沈黙も僅かに引き受けることを告げた。

 剣聖にとっては、旅人が嘘をついていないことと、旅人の頼みを聞き入れる理由が有るだけで十分であった。旅人は驚きと共に喜びをあらわにし、これで希みが繋がったと、何度も礼を言った。



 数日後、剣聖はいつもの愛刀と腕輪を身に付けて、旅装で出立した。列島の西の港町から船に乗り、東大陸へと渡る。

 東大陸の荒廃は、目を背けたくなる程に悲惨な光景であった。街は活気が全く無く、民は暗い顔で困窮している。麻薬中毒者の呻き声と、子供のか細い泣き声が中耳で不快に混ざり合う。頻繁に小競り合いが起きるのであろう、彼方此方に新しい銃痕が見られた。


 旅人の手配した案内人に連れられて、大陸中央部へと向かう。途中、共に戦う仲間達と合流したが、皆並々ならぬ強者である事は一目でわかった。

 二つの集団が有るようだが、何やらお互いとても仲が悪そうである。青い羽織を着た侍の集団と、それより幾らか近代的な服装で人数も多い志士達。彼らこそが、列島から選りすぐられた最高戦力であるらしい。

 東大陸は勿論のこと、列島も侵略の危機に晒されているため、大軍を派兵する余力は無かった。ここに居る者達を除いては、皆祖国の地で侵略者に対抗すべく闘っている。旅人の奔走ぶりを見るに、これだけの軍勢を参戦させるだけでも、相当な無理を重ねている事は容易に窺われた。



 三大陸の中央には世界の背骨とも呼ばれる大山脈が走っており、その南側に山地に挟まれた広大な盆地がある。西大陸と南大陸を大軍で行き来するには、ここが最も重要な通り道であった。今回の主戦場は、この盆地を中心とした一帯に及ぶことになる。

 剣聖達は盆地の入口で旅人と別れると、ゆるやかな傾斜面を登って行った。旅人は物資の手配や南大陸軍との調整を一手に引き受ける。

 盆地の横手の丘に登って見渡すと、西南両軍は既に戦闘を開始していた。


 剣聖達から見て右手に、西大陸の兵が見える。

 青を基調とした軍服に身を包み、白のズボンや赤の肩掛けが鮮やかであった。黒の軍帽を誇らしげに被っているが、階級や兵種によって形が異なるのだろう。

 近代的な軍隊であり、最新鋭らしき重火器を揃えている。銃剣を持った銃歩兵隊が整然と隊列を組み、ライフルを抱えた軽歩兵と、擲弾兵も混じる。南軍に向けて大砲も構えており、騎兵はサーベルと騎銃を装備する。

 陣地作りをする工兵の姿も見え、それを将校が手際良く指図していた。司令部を中心に、伝令と号令は計算し尽くされた緻密な挙動を見せる。豪奢な二角帽を戴く元帥は白馬に跨り、長い銃身を掲げた猟騎兵と、胸甲を着込んだ槍騎兵がその周囲を囲んでいた。


 左手には、南大陸の大軍が戦線を展開している。

 西軍より装備は劣るとは言え、こちらの陣容もかなりのものだ。軍服こそ赤、緑、黄色と入り混じるものの、どの部隊も練度と戦意の高さが傍目にもわかる。何より人数が多く、西軍の倍以上は居た。

 大量の騎兵部隊は弓騎兵を豊富に含み、重騎兵と共に駱駝らくだ騎兵も見られる。一族や部族単位での参戦も多いため、彼らは強い結束と信頼関係の元、巨大な軍団の中でもその勇猛を際立たせていた。

 歩兵は銃と曲剣を主装に大地を埋め尽くしており、中には一部だが、西軍並の装備の新式歩兵も存在した。新式歩兵部隊は完全なる西大陸式の軍隊であり、西軍相手に少しの遅れも見せてはいない。


 剣聖は、初めて見る異国の軍隊に興奮し、食い入るように見入っていた。

 ふと、両軍の後方の補給隊の辺りに、異常な気配がある事に気付く。西軍は神官らしき格好をした人物から、南軍は商人らしき格好をした人物から、その気配は発せられていた。旅人と似た気配なので、恐らく同種の者達であろう。



 剣聖が観察している間に、両軍は本格的な戦闘に突入した。

 西軍と南軍の間を、銃砲が飛び交う。南大陸の大軍は、数に物を言わせて西軍を攻め立てた。騎兵が散開し、歩兵は銃を構えて隊列を保ちながら進撃する。

 が、西軍の密集した火力の前に、瞬く間に多数の死者を出した。

 銃の射程、大砲の精度、戦術、部隊の流動性、何をとっても西軍が上であった。陣形を変えつつ、火力を集中させる。敵が怯めば、すかさず歩兵、騎兵の突撃を織り交ぜる。

 西軍は元帥を中心に、伝令兵は働き蜂の如く舞い駆け、将官達は命令の意図を良く汲んで実行した。軍の動き全てに無駄が無く、まるで一つの生き物のようであった。


 南軍は攻め手に苦しみ多数の犠牲を出したが、距離を測りながらじわじわと競り合った。数では遥かに南軍が優勢である。

 南軍も、歴戦の精鋭が揃っているという点では西軍に一歩も引けを取らなかった。とりわけ弓騎兵達は、勇猛で知られる遊牧民族の血を受け継いでおり、火器をも恐れずお互いの射程のぎりぎりを攻めた。敵大砲を含めた全兵種に対しての囮、牽制、更には狙撃まで、実に幅広く活躍した。

 改めて見ても、よくこれだけの数の練度の高い軍隊が集まったものである。それは正に、南大陸の物質的豊かさと、宗教的結束力の証明であると言えた。と同時に、長年の確執による西大陸への反発の表れなのかもしれなかったが。



 戦闘が煮詰まって来た頃、剣聖達東軍は部隊を二つに分け、機を見計らって西軍左翼に殺到した。奇襲である事も相まって、容易に西軍の側方を突く事に成功する。


 東軍の二つの部隊の片方は、西軍兵が初めて見る侍の集団である。突如として現れた正体不明の異装の兵隊に、西軍兵の慌てようは酷いものであった。それも、恐ろしく強いのである。

 青い羽織をはためかせ、十名程でその数倍の銃歩兵隊に突っ込んで行く。血飛沫と共にものの数秒で銃歩兵隊は壊滅し、みるみる内に侍達の羽織は色を変えた。

 特に侍達の団長と副長、その直属の隊長達は次元の違う強さであった。単身で数多の敵兵を殺し、騎兵でさえ一刀に薙ぎ斃した。

 各隊の長を中心に敵兵に襲いかかる姿は、正に狼の群れである。小隊単位の集団近接戦において、古今東西彼らより強い者はまず見当たらないだろう。各隊それぞれに離散集合を繰り返し、敵兵士を殺しまくった。


 東軍のもう一つの部隊は、西軍と同じか、見方によってはそれ以上の装備と質を備えた近代的軍隊である。志士達の一糸乱れぬ統率と、死をも恐れぬ勇敢な攻撃は西軍兵を次々と屠っていった。

 何せ西軍兵は、未だ嘗て自らより優れた異大陸軍と戦った事が無い。西大陸式の戦闘を学習し、更に研究改良を加えた東軍独自の用兵は、この戦場において最大の脅威となった。

 陣地戦においても西軍を圧倒し、左翼側からそのまま中軍にまで達してしまいそうな程である。各兵がそれぞれの役割を極めており、敵騎兵や士官級は狙撃手によってその命を散らす。砲の精度は脅威的かつ効率的で、敵砲兵を殆ど寄せ付けない。そして敵軍が崩れを見せれば、銃剣と刀を振りかざして一斉に切り込んでいった。


 ところで剣聖はと言えば、青い羽織に混じって敵軍に突っ込んでいた。最初の突撃時だけは目立たなかったものの、それ以降は全軍に先駆けて敵中へ斬り入った。

 この時代の銃歩兵の戦いは、銃を斉射した後に銃剣で白兵戦をするのが主であった。まだ後装式銃は一般に普及していなかったため、再装填まで身体を起こしたまま弾込めしなくてはならなかったのである。侍達は味方の援護を受けながら敵の銃撃を凌ぐと、次弾装填までの間隙に短銃等で牽制しつつ斬り込んだ。

 しかし剣聖は、敵銃の斉射を前進しながら避け切り、瞬く間に部隊ごと全滅させた。それも血飛沫や断末魔を上げる暇すら与えず、何気無い動作でしめやかに殺し尽くすのである。

 敵軽歩兵のライフル弾さえゆらりと躱し、返り血を被ることはおろか、息を切らす様子すら無い。その寂とした無双ぶりは、友軍でさえ唖然とする程であった。

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