第二章

6-1

 中央地域から勃興した幕府によって、列島は統一、平定された。

 しかしその後も権力争いは続き、真の意味での天下太平が成し遂げられたのは、統一から実に二十年以上も後の事であった。

 その間、時の権力者の主導による大陸出兵から、没後の後継者争いを経て、列島が東西に分かれる大戦があった。天下を決定付けた、かの有名な天下分け目の合戦である。

 その戦を境に国の大勢は決まり、今では一つの平和な時代が形成され始めていた。



 一人の剣豪が、城下町へと流れて来た。

 剣豪は世の武芸者や剣術家をことごとたおし、天下無双の名を欲しいままにしていた。長い四肢と筋張った肉に覆われたしなやかな肉体を持ち、かつて人斬刀と呼ばれた長刀を腰に帯びる。

 天下分け目の合戦から十余年、戦争の様式変化と太平の波は、剣術の在り方にも影響を及ぼした。戦争の技としての剣術は徐々にその立場を失い、剣術それ自体が目的と成って行った。

 剣豪も、剣の道を極めんとする内の一人である。先日行われた剣術仕合で好敵手を下し、最早天下に並ぶ者は無いと言われていた。

 しかし剣豪は、ふとしたことで或る噂を耳にした。

 この城下町から少し離れた山の麓に、剣聖の故郷の村がある。その更に西方にそびえる険しい山脈の何処かに、剣聖のいおりが有るのだとか。以前その近辺で遭難した旅人が、伝承に出てくる剣聖と特徴の一致した人物を見たと云う話だった。

 剣豪はその性格から、真偽を確認せずに居られなかった。どんなに天下無双に近付こうと、伝説の剣聖の名声には及ばなかったのである。


 剣豪は、伝説など伝わるにつれて尾ひれが増えただけの物だと思っていた。そのような虚飾ごと、この長刀をもって叩き斬ってやるつもりであった。

 腰に帯びた長刀は、一般的な刀に比べて異様に長細かった。一見すると軽くて扱い易そうだが、実際手に持つとずしりと重い。その刀身は凍てつくように鈍く輝き、対峙する相手に妖しげな冷気さえ感じさせた。人を斬り過ぎたからなのか、刀匠の怨念でも残っていたのか、実際の所はわからない。しかしいずれにしても、この世に二振りと無い名刀であった。

 入手当初、剣豪は刀に魅入られたのか、快楽殺人者の道を歩みかけたことがあった。だがそれを克服して踏み越えることにより、圧倒的な強さを身に付けることができた。

 剣豪も、最初から剣豪であったわけではない。数々の修羅場を潜り抜け、天下分け目の決戦では生死の境を彷徨さまよった。そして生き延びた後、武者修行の際に出会った鍛冶師に頼み込んで、この長刀を打って貰った。それからと言うもの国中の武芸者と斬り合いを重ね、心身共に鍛え抜いて来たのである。最早天下に敵の居ない状態となった今、剣聖の伝説を打ち破り、真の天下無双へ勇躍せんとしていた。



 剣豪は支度を整えると、件の村へと出立した。朝方に城下を発ち、昼頃には目的地へ到着する。

 栄えてはいないが寂れているわけでもない、どこにでもありそうな村であった。村には小さな剣術道場があり、剣聖が初めて剣を握った場所だと銘打っている。

 剣豪は道場主を訪ねると、剣聖について話を聞いた。

 話によると、道場主の父親が剣聖と共に戦場に出たことがあったらしい。だが道場主が父から聞いたという話は、どれも街中に伝わる伝承の類と大差なかった。分厚い鉄の門を斬り壊したとか、独りで城を落としたとか、この手の話はどれも似たり寄ったりである。それを話していたという父親も、先年老衰で亡くなってしまったそうだ。剣聖に似た人物の目撃情報についても、真新しい事は聞けなかった。

 ただ一つ、これまでの話と違っていた点は、道場主が剣豪を強く止めようとした事であった。剣豪が、もしまだ剣聖が戦える状態であるならば、斬るつもりでいることを宣言した時である。

 理由を問うと、剣聖を斬ると言って山へ入った者は、誰一人として帰ってきた事が無いらしい。近くの寺の住職が言うには、剣聖の目撃情報があった場所は山の聖域にあたる。そのため殺気を持って入山した者は、尽く神罰に遭って命を落とすのだとか。

 それを聞いた剣豪は、かえって剣聖の存在に期待を抱かずには居られなかった。

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