22:馬車の中
美衣歌とアルフォンを乗せた馬車は城から続く一本の道を下り、静かな城下を走り抜けてゆく。
狭い馬車の中。2人は並んで座っていた。
座席にゆっくりとおろされた。アルフォンがドアを内側から閉めると、閉めた音が合図かのように走り出し、アルフォンは当然のように美衣歌の隣に座る。狭い座席でぴったりと恋仲の二人が寄り添うように肩がくっついて、身動きが取れない。
膝の上で固く両手を握りしめて、美衣歌にとって拷問のような状況を回避するためには反対側へ移るしかない。男の人の近くにいたくなくて、立ち上がるとドアのカーテンの隙間から外を眺めていたアルフォンがこちらを振り返り無言で二の腕をつかんだ。
「え、あの」
つかまれた腕から外套越しにほわんとした別の熱が肌に伝わる。
「危ないから座れ」
強く下へ力任せに引かれる。
身体が斜めになった拍子に、運悪く車体が揺れた。
(わわわっ)
あまりに唐突のことでたたらを踏みバランスを崩した美衣歌はぐらりとアルフォンの方へ倒れた。
なにか、捕まるものを探す余裕もなくアルフォンの腿の上にどさりと座ってしまう。
(ギャー!)
密着したところから、男の人の足の硬さが伝わってきて、心の中で悲鳴が上がった。
「すいません!」
腰を浮かせると、二の腕がまだつかまれたままなことに気が付く。
「あ、あの」
「おとなしく、隣に座っていろ」
おとなしくと言われても。
「何もしない。前にも言っただろ……忘れたか」
「い、いえ。覚えて、ます」
アルフォンの隣へすとんと座った。二の腕から手が離れ、ほっと安堵したのもつかの間。
二の腕から離れたアルフォンの手は膝の上に無造作に置かれた美衣歌の右手を捕えた。
相手の熱が直に肌から伝わってくる。心臓が高鳴った、気がした。
男の人の大きな手は美衣歌の小さな手をすっぽりと隠した。
アルフォンの手が気になって、全神経が右手に集中していて、ほかのことにかまっていられない。
右手の甲に相手の手のひらが重なり……美衣歌が抵抗しないのを感じ取って二人の掌が重なり合った。
目をそらせなくて、アルフォンの手の動きを凝視する。
指の間にアルフォンの指が押し入り、相手と指が交互になる。強くもなく、ふり払えばほどけてしまうぐらいの力で握られた。
(これは、何もしないに入るのでしょうか!?)
アルフォンの手はケイルスの手よりも嫌悪は湧き上がってこない、けれど。握る必要はどこにもない。
(ど、ど、どうしたら)
握られたアルフォンの指の間で、力なく宙に浮く美衣歌の指。握ってしまえば、これは憧れの恋人繋ぎというものになる。
心の中で歓喜の叫びをあげながら、恋人でもなんでもない人とつなぐこれも恋人繋ぎになってしまうのだろうかと疑問に思う。
(なんか、違う気がする)
意図がつかめず、離してほしくてアルフォンを振り返ると彼は足を組んで、外を見ていた。こちらを振り向く様子はない。
かといって、直視することもできず、車輪からくる振動に意識を逸らせようと努力しても他人の熱が手から伝わるのは緊張をもたらすようだ。
街道の溝に車輪が取られ、車体が揺れる。
座席のクッションは硬くもなく、振動を吸収してくれる程軟らかくもない。構造上、車輪が座席の後ろにあり、直接体に響いてくる。
何度目かの振動に座席から腰が浮き、馬車が左に曲がる遠心力で美衣歌の身体は空中で揺れた。
遠心力に刃向おうと咄嗟に右足に力を入れた。踏ん張りもむなしく隣に座るアルフォンの腕に頭を寄りかかるように倒れた。
驚いたアルフォンが、振り向く。
「すいません」
頭を離して、座りなおす。
しばらく走ると、今度は右折。振動が来ると自然を腰を浮かしてしまうようになり、今度は左へ傾いていく。左側には窓があり、カーテンが引かれている。カーテンが頬をかすめ、窓へ側頭を強打する前に、反対からつないだ手を強く引っ張られた。
アルフォンの肩に頭が乗る。頭を離した瞬間、大きな揺れが美衣歌を襲った。
「!」
足元から痺れるような大きな振動に、腰が跳ね上がり体制が崩れる。座席からずり落ちそうになり、アルフォンの右腕に支えられる。
「段差が思ったより高くて大きく揺らしちゃいました。大丈夫でしたか?」
御者台から、クレストファの声がかかる。
「問題ない」
握られていたアルフォンの左手が美衣歌の手から放れる。
右手にアルフォンの暖かかったぬくもりがなくなり、少しさみしさを感じた。
車内は適温なのに、触れられていた手が冷えていくような気がして、外套の中へ手を入れた。
両手を擦り合わせると、美衣歌とは違う人の体温が右手に残っている。
美衣歌の手で温めても、全く違うぬくもり。美衣歌の体温以上に高いそれに心拍が跳ね上がった。
腰にアルフォンの腕がまわり、引き寄せられる。
美衣歌が顔を上げると、斜め上にアルフォンの横顔があった。
整った輪郭に、さらりと揺れる髪の間から覗く奇麗な耳。耳には小さな緑色のピアスが。
血流は更に上がり、美衣歌の体温を上昇させる。
心臓に悪すぎる。
「あの」
顔を逸らして声を上げると、思った以上に大きな声が出た。
「大丈夫なので……放して、ください」
次の振動は耐えられる。身体の中心に力をいれて、乗り越えれば振動に耐えられる……はず。
自信は全くないけれど、手を放してもらえるなら。
「馬車が揺れるたびに、それに合わせて揺れた挙句、床に落ちかけておいてか?」
(気づかれてた!)
狭い車内。隣で動いていて、気が付かないわけがない。
「平気で……わっ!」
油断していたら馬車が揺れ、アルフォンが美衣歌を引き寄せる。近くにある掴めるものにすがりついて、振動に耐えた。
ほっと一息ついて、手で握っているものがアルフォンが着ている外套なのに気づく。
慌てて放しても、もう遅い。全く、大丈夫じゃなかった。
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