5話「歩み」

 エルル達が訪れてから四日目の朝。

 外は昨日まで降り続いていた雨が嘘だったかの燦々と陽光が降り注いでいた。

 

 和解した後も結局昨日は街に赴ことはなかった。

 この三日間意地でエルル達を拒絶していたため彼女たち用のスペースを設けていなかった。

 なので急遽空き部屋を掃除し、二人の人間が寝泊まりできるように改造する必要があった。

 数日間ぐらいの使用なら問題ない部屋に仕上がったが。その作業のせいで街をゆっくり観光できる時間がなくなってしまったというわけである。

 

 そして四日目の今日、天候にも恵まれ、時間もたっぷりあることで約束通りフォードタウンに向かう準備を整えていた。

 だが、



「え、メディは来ないの?」

「はい。わたくしは留守番をしております」



 メディは外出を拒んだ。



「どうしてまた?」

「知的好奇心からも興味が注がれるのは確かなんですけど、連日雨が降っておられたせいでその――」



 メディは首から下に纏う衣類を一瞥してからエルルとゲーテの服装にも目をやる。



「洗濯物が溜まっているではないですか。明日も晴れるとは限りません。干せる日に洗濯をしてしまった方がよろしいですわ」

「言ってることは間違ってないが、無理してやる必要もあるまい。そんなに気がかりならば午前中に済ませて午後から出かければいいだけだ」

「お気遣い感謝しますわ、ゲーテ様。しかし洗濯以外にも使用した部屋の掃除だったり食材の整理などやることは尽きません」



 ゲーテの提案にもメディは一切ひるまない。

 彼女の頑なな態度にエルルとゲーテは困惑を見せていた。



「しかし折角の旅行なんだ。どんな者であれ機会があるなら是非……」

「この旅を敢行したのは他でもない、貴方様のおとなりにいるエルルです。私は今も昔も主従の従に過ぎません。その場その場に合った補佐をするのが私の務めであって、今のそれは恩になっているゲーテ様の身の回りの世話をすることなんです」



 再度の誘いも全くなびかずに拒否されてしまう。それどころか身の回りの世話をする宣言をされてしまい、ゲーテは言葉に詰まってしまう。

 やはり彼女は遣り手である。今となっては口車では敵わないかもしれない……。



「そこまで言うなら仕方がない。エルルと二人きりでデートにしゃれ込むとしよう」

「で、デートっ!?」

「デートというにはいささか年が離れていると思いますが……。良くて父と娘のお出かけですね」



 父と娘、か。

 ゲーテはデートの二文字に戸惑うエルルをチラッと見る。

 娘と同じ風貌の少女と街を歩くことが親子の外出になるならば、メディの言う通りだろう。

 メディが娘の存在を知っていて狙って言ったのか、それとも純粋な冗談だったかは判断がつかない。しかしそれでも皮肉が効き過ぎである。


 心の中で苦笑しながらゲーテは答えた。



「どうしても親子の外出となると母と子が多くなりがちだ。たまの休日くらい父と娘が親睦を深めても構うまい」

「ええ、その通りだと思います。エルルにゲーテ様も楽しんできてください」



 メディとの会話の応酬と終えると振り返ってエルルを呼んだ。



「それではエルル、参ろうか」

「あ、はい。いってきまーす」



 エルルが手を振りながら少し先行していたゲーテに駆け寄った。



「いってらっしゃいませ」



 背中からメディの見送る声が聞こえてきた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「どこにいてもあの城は見えるんですね」



 エルルが視線を向けた先には大きなお城があった。

 

 川を挟んで聳え立つ山のようなお城はしかしフォードタウンの近代的な建築物に比べると古めかしい様相を呈している。

 建物の長い歴史を示すように所々塗装が剥がれていたり、中には崩れている所も見受けられる。

 けれど街の何処からでも眺望が出来るため存在感は異様に大きく、また今なお堂々と街を見下ろす威風は城そのものの頑健さを表すようでもあった。



「あれは今のフォードタウンが生まれる前からあったもの……前時代の遺産だな」



 かつてフォードタウンは魔物の侵攻を受け、原型を留めないほど壊滅し、実質街は死んだ。

 あまりにも再建するには困難で戦後十年近く経っても手付かずの状態だったらしい。

 それを覆したのが現在フォードタウンを治める貴族、ケヴィン・フォン・アルベルトである。



「彼はとても有能だと聞く。この周辺は資源も豊かで、今の街の様子からも分かるように成長の余地がある。が、しかし国境に近いだけあって昔から小競り合いが多かったのだ。その隣国が悪いことにエッケルム帝国というのだから、この街に降りかかる脅威は想像出来るだろう?」

「エッケルム帝国……気性が荒く、攻撃的な国ですね」



 エルルの言葉にゲーテは頷いた。


 エッケルム帝国は魔物の侵攻以前から野心的な国家だった。日常的に隣国を牽制し、闘志を煽る。また諸外国との外交でも自国の取り分を多く得ようとするなど、例を上げれば枚挙にいとまがない。

 だが古代から意欲的なその性質が国を育て上げていったのも事実だ。

 大陸を代表する国家でも簡単に手をだせないほどの軍事力を持っており、国民の統一力も目をみはるものがある。

 結果として魔物による侵略が進んでいた時――人々はこの時代を統一時代と呼んでいる――を除き、現代も変わらず脅威の存在として君臨していた。



「十年近く放棄されていたにも関わらず、帝国は手を出して来なかったんですよね。それは一体何故でしょうか」

「至極簡単な話だ。エッケルム帝国も統一時代に大きな被害を受けているんだ。……絶好の機会にそれを活かせないほどにな」



 ゲーテは帝国の情勢を詳しく知るわけではないが、戦後から数年間はこれまでの長い歴史の中で最も苦難な時代だったということだけは話に聞いていた。



「とはいっても十年も経てば元に戻る。当然彼らはこのフォードタウンを狙い始めた。しかしそれを食い止めかつ街を再建したのがかのケヴィン・フォン・アルベルトだ」



 ゲーテは街の英雄であるケヴィンの伝説を語る。


 かつてのフォードタウンは街の機能を失い、その大半が瓦礫の山と化している程だったがなんとそこで暮らす住人も僅かながらいた。

 それは他に身寄りのない元々の街の住人と、何かしらの事情でこの土地に身を移さねばならなくなった者だった。

 ケヴィンはそういった寄る辺ない事情でこの地に集うもの達に注目した。普通の貴族は平民に協力を求めることは少ない。それも人権を失っているに等しい人間に働きかけるなど論外だ。

 しかしケヴィンは例外だった。

 まず彼等に物資や生活するために必要な物を与えた。代わりに街を復活させるために力を貸して欲しいとケヴィンは言った。そして協力を申し出たものには準貴族同等の権限を与えて街の再建に取り組んだ。


 住民たち主体の再建計画が乗り始めた頃、いよいよエッケルム帝国がかつての勢いを取り戻した。徐々に光が当たり始めたとはいえまだまだ脆弱である。

 そんな中、ケヴィンは己の外交と政治の力を遺憾なく発揮し帝国を食い止めた。この部分は彼の才能によるもので、他の人間がかの帝国をどのように言いくるめたかは語られていない。けれども一切の損害なく交渉を済ませたのは他の特権階級の者達も驚嘆の声を挙げた。



「ではケヴィン様は己の手腕一つで街を立て直し、エッケルム帝国と間を取ることに成功したのですね。それどころか都市近郊並の近代的な街にまで発展させた、と」

「ケヴィン氏の政治経済手腕は並大抵のものではないよ。いずれ歴史で語られる程の著名人になるとまで私は考えている。……しかし」



 ケヴィンに対するゲーテの思いに嘘はない。

 この街の住民にとっては世界に平和をもたらしたゲーテ以上にケヴィンは慕われていると本気で考えている。


 だが一つだけゲーテには解せないものがあった。

 それは現在のフォードタウンを作り上げた平民の拾い上げが長い年月をかけて変遷し、あるシステムに変貌を遂げたことだった。

 あるシステムの名は『シンデレラ』といわれている。



「しかし……何でしょう?」



 エルルがこちらに顔を向けてくる。

 彼女の純粋な顔を見てゲーテは言葉を続けたことを後悔した。



「……いや、何でもない」 



 そもそもエルルはここに住まうわけでもなし、この事を無理に話す必要はない。


 更に言えば良くない感情を抱いてるのはあくまでゲーテの主観だけだ。

 他の者……特に若い娘はシンデレラに憧れを抱いている者の方が圧倒的に多い。

 ゲーテのように髪や髭が白い老人と若い娘達の考え方や感性はかなり変わってくる。例えエルルに話した所で同情を得られるとは限らない。

 また『シンデレラ』があるお陰で街に恩恵があるのも確かなのだ。若い娘は『シンデレラ』に選ばれるのを夢見て美しなくなる努力を重ねている。その努力は裏で経済を回し、人との繋がりを濃くしている。

 ……そう、全体的に見れば良い環状になっている。納得行かないのは新しい時代に付いて行けない古い時代の者だけなのだ。



「それよりも少し休憩しないか。年のせいか結構体にガタが来ていてな」

「私も歩きまわってすっかり疲れてます。どうせなら落ち着いた所で羽根を伸ばしたいんですけど」



 エルルはわざとらしく腰を叩くゲーテを見ながら笑って言った。



「落ち着いた場所か。ふむ……有名なレストランではなく、隠れ家的な店でいいのかね?」

「はい、是非」

「ならば選択肢は一択だ」



 二人は体の向きを変え、市街地の外れを目指して歩みを再開した。



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