第3話 『現代』の戦い

闘技場入場後、中央に着くと同時に、目が覚めた時にあった少年の声がした。


「我が闘技場へようこそ最弱種族!」


声が会場中に響き渡る。

客席を見渡してみると、上の方にその小さな姿があった。

紫寄りで黒く細い、女性のような髪を風でなびかせながら高笑いする。

他の観客もある程度の高さのフェンスの上の観客席で、上から俺達を眺めている。

想像はしていたが、普通の人間なんて見当たらなかった。動物を変形したような体や悪魔のような生き物。人の形ではありつつも、耳や目が常人のそれではない者ばかり。


「万一ハロウィンだったとしても趣味が悪いな・・」


そして目の前には映像通りのミノタウロス。

いや、映像よりも筋肉や、斧についた血の匂いがリアルで匂ってきて気持ち悪い。

先程までミノタウロスと対峙していたものらしき肉片もあたりに飛び散っているのを見て、緊張感が走ると同時に少しだけ胸が痛む。


「というか、あなたってほんとに不良なの?」

「あ?何言ってーー」

「だって、今悲しそうな顔してたじゃない」


目ざとい。その一言につきた。

闘技場の真ん中に出るようにアナウンスが鳴る。俺は歩き出しながらも答えをだした。


「不良を否定する気はないけど、俺はいじめとかくだらないことやってる奴になら普通に手出すさ。それ以外は普通の一般高校生と同じってだけ。生き物が亡くなれば悲しむこともある、血も涙もある一般人だよ」


ふーんと、興味がないわけでもない態度で返事を返す桐生。意外そうにこちらを見る。


「私は自分に関係のない命なら、そんな悲しむこともないような冷たい人間だからなあ。そういう意味では、私のほうが悪い人なのかもね」


アナウンスでルールが説明された。

簡単なことだ。戦闘不能になれば負け。勿論『死』もそれに該当する。戦いについては基本自由。なにをしてくれてもいいらしいが、それはこのだだっ広い闘技場内の話。観客席にちょっかいなどは断じて禁止のようだ。


「でも、それは考えだけだろ。結果的に誰かを傷つけたりもしないだろ?よくテレビで、暴力はいけないとか言って、人を殴っている矛盾したヒーローいるだろ。やってることは同じだ。どう繕おうが、気に入らないから人殴ってるだけの底辺だよ俺は」


アナウンスの説明後に、俺達を召喚したとか言っていた少年が出て来て、何か叫んでいた。もし勝てば、『わしと旅に出る権利』・・だのなんだの聞こえるが、言ってる意味はわからない。

それより副賞の、『なんでも願いを1つ聞く』という言葉に耳がいった。

帰り方がわからないとしても、このわけのわからない状況をなんとかするチャンスになりうるかもしれない。

気合いを入れて、眼前のミノタウロスを睨み付ける。


「そうかもしれないけど、私は好きよ。そういうの」


桐生もそっけなく言ったあと、強がる笑顔で前を向く。俺と同じで、副賞のことを聞いたからだろう。

あちらも既に準備は万全といった状態でこちらを睨み付けている。

言語がわかるだけあって、律儀にアナウンスのスタートの合図を待っているのだろう。

闘技場を見渡し、状況確認。

基本開けた丸い平地ではあるが、隠れることも考えてはいるのか、端のほうに木々が数本いくらか生えていたりはする。映像通り。

なら、考えた作戦は有効だ。

実現できる度胸があるかはまた別の話だが。


『それでは、両者準備はよろしいか!』


よろしくないと言っても無駄だろう。

視界の上のほうに、少年がニヤリと笑うのが見えた。せいぜいあがいてみろと言わんばかりのその顔に、血が沸き立つ。

上等だ。何がなんでも生き延びる。

怪物を前にして、緊張感のある空気のなか、桐生の息を飲む音が聞こえた。直後、


『では、はじめ!』


スタートの合図がなった。

ミノタウロスは咆哮を鳴らし、俺達は武器を出しながら一目散に駆け出す。




「ニンゲン‥‥メズラシ!」

「マジで喋るのかよこの怪物!」


ミノタウロスの呟きに毒づきながら、ミノタウロスの懐に向けて駆け出す。

小物が入ったポーチを懐に。あちらには見えないように背中に『あるもの』を。そして現在メインの武器は・・


『パンチグローブ』


嵌めて殴れば威力が上がる。簡単にいえば、メリケンサックの強化版だろう。足にも同じような装備を仕込んである。

だが、それらの問題は、あまりに短いリーチ。

「・・・・?バカ?ソンナモンーー」

「届く前に仕留めりゃいいってか?じゃあやってみろ!」


ミノタウロスの斧の攻撃範囲に、ギリギリ差し掛からないところでとまる。

そこでポーチから取り出した道具で作り出すのは、煙。


「??ジャマ・・」


ただ、煙といっても濃いものではない。少し目を眩ませるか否か、その量もか細いもの。

だが、それだけで充分。


「懐、もぐったあ!」


身体強化のお陰だろうか。体が軽く、ダッシュも人並み以上にできた。

横に振りかざされた斧をかわし、さらに近くに距離を詰める。


「‥‥ッコイツ‥」


雑な作戦ではあったものの、案外なんとかなるものだ。おかげで、ケンカの間合いになった。


「ニンゲンゴトキガ・・」


2メートルの巨体、ミノタウロス。その顔に戸惑いはあれど、余裕もあった。

今までの闘技場の試合での経験からだろう。

初めはその巨体と筋力をおそれ、接近戦を避け、遠くからの攻撃に徹するが、最期にはやけになって接近戦に望む、そんな挑戦者が今まで多くいたのだろう。

そんなやけっぱちの攻撃が、威力を持つはずもなく、砕け散ったことも簡単に予想がつく。

だからこそ、接近戦での『真剣勝負』を挑む者なんてコイツは見たことはないはずだ。

そう、だからこんなに余裕を持てる。

だからこんなに、


「ガ・・・・ッッ!」


鳩尾に隙が出来る。

拳を振り抜いた。吹き飛ばすまでいかなくとも、ケンカで鍛えた筋力と身体強化で、その巨体を後ろに下がらせる。

だが、そこで容赦なく『矢』が襲った。

桐生の弓を構えている姿が、一瞬その瞳に写ったが、それはその瞳が写した最後の映像だった。


「ッッオオオオ!」


貫かれた片目から血が溢れる。

あれが毒矢だったら終わっていたかもしれないが、そんな都合の良いものはなかったため、片目を潰した結果だけで終わる。

それでも、充分すぎるほど良い結果なのだが。


「この世界には魔法があるんだったよな?」


必死に考え、わからないところを教えてもらった。あのフードの男からこの世界の常識を。


「だったら人は日常的にそれに頼るはずだ。つまり、拳を使ったケンカなんてしない」


だから知らない。人体で痛みを感じやすいのはどこか。素手の接近戦で気を付けなければならないのはなんなのかを。

原始的な戦術や科学を。現代知識をこの世界の者は知らないのだ。

試合前に桐生が主となり作戦を考えた。

動物が一番弱くなるのは、『未知の物』に対して。

どうしていいかわからない、迷いが生じる。


「お前発煙筒って、知らないよな?」


先程煙を作り出した使い捨ての発煙筒を、ミノタウロスのいる地面に投げやる。


「・・?」


武器庫の雑な道具箱に入ってあったものだ。

他にも様々なものがあり、使い捨てカメラや発煙筒、携帯など、それは自分達の世界にある物ばかり。

未知の物には手を出してない、だからこそ。

それを利用すれば勝つ可能性がある。

これを推測し、考えたのは桐生。


「流石は年の功」

「黙りなさいクソガキ!」


現代の道具と、現代の知識と、現代の戦術で。

今までの自分の人生の経験を、全てだしつくして勝ちに行く。

まだ握った拳には、汗がたまっているけれど。


「ジョウトウ・・」


ミノタウロスは片目から矢を引き抜き、立ち上がる。

ここまでは作戦通り。

だがどんな作戦でも、100%などない。

そこに命もかかってるとなれば、緊張や焦りも半端なものではなかった。

それでも強がっていられるのは、おそらくただの意地だろう。

男のプライド以外には、ない。


「かかってきな。本物のケンカ教えてやるよ」

ケンカに負けたい男など、いないのだから。

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