第4話 執念と活路

ブンブンブンと、斧が振り回される音が闘技場内に響き渡る。

それを避け回るのは容易ではなかった。

近くを避けただけでも、風圧だけで体が飛ばされそうになる。

掠めただけで体は傷付く。

一定距離を保って避けに徹するのが精一杯で、あれ以来まともなダメージは与えられていない。

相手の生態も、どこが弱点かもわからない。そんな状態では危険な勝負には何度も出られない。


「ドウシタ‥‥‥ガキ!」

「うるせえぞ化物風情がよ‥‥!」


毒づいて鼻で笑うが、勿論強がり。

だが、こうでもしなければ精神がおかしくなる。

生死のかかった勝負なんて、勿論経験したことはない。もしそれとまともに直面すれば、恐怖で足が崩れてしまう。

ミノタウロスの猛攻を紙一重で交わしながらも、必死に攻撃の機会を狙える間合いをとりつづける。


「◼◼◼◼、◼◼◼◼◼◼◼◼‥‥」


ミノタウロスが何かを口に出す。

聞いたことのない言語に一瞬狼狽えたが、すぐに危険は察知した。

フードの男に教えてもらった、あれはーー


「魔法が来るわ!!」


後ろからの桐生の声が来ると同時に、体が勝手に動く。

一瞬口が赤く光ったあと、その口から吐かれた炎からなんとか逃れる。

だがその炎が元いた地面を焦がした場所から溢れる熱気が、『魔法』というものの脅威さを物語っていた。

(少し距離があるだけでも肌が焼けるようだ‥‥)

まともに食らえば勿論お陀仏。だが恐怖で足がすくんでも結果は同じ。

ならば、動くしかないだろう。


「あたれっっ!!」


桐生から鋭い矢が何本か飛ぶ。だが、ミノタウロスにあたってもそれは刺さるとまでいかず、どれも強靭な筋肉で弾かれて終わる。

さっきは油断していたところに『目』に直撃だったからきいたのだろう。

警戒されてしまっては、どうにもならない。


「くっ!!」

「おい、しっかりしろよOLさん!」

「うるさいわね、やってるわよ!!でもこれじゃいくらやっても無意味でしょ!」


顔面を狙ってもヒュンヒュンと首の動きだけでかわされている現状では、隙を作ることさえ出来ていない。

それでも、懐に入れていない今、攻撃方法はそれしかない。


「弓矢尽きないようにしてくれよ!」

「矢筒には大量に突っ込んだから安心しなさいよ!!」


複数同時発射を何回も繰返し、安全な距離からの矢の応酬をくり出した。

顔面狙いかと思えば、そうでないものもあり、矢も通常のものばかりではなかった。

ミノタウロスは自身の体で矢を弾き飛ばした部分から異臭を感じ取った。何かが粘りつくように付着しており、不快感を与えるような強烈な匂い。


「『防犯用ペイントボール』があったから、その素材を使って作った特性弓矢。どう?」

「ボウハ‥‥?」

「そこだあ!!」


相手が匂いに気が散ったその瞬間、決死の覚悟で懐に入った。

相手の自分に対する反応が遅れたのは、矢でやられて隻眼になっている角度からの突入だったからだろう。


「これなら、間に合う!」


背中から隠していた『あるもの』を取りだし、その武器を抜き、『斬る』。

と同時に、相手の斧を転がりながら避けた。

相手の胸につけられた傷は浅い。

だがまだまだ、チャンスはある。

武器を前に構え直す。自分の国の文化であり、現在では使われなくなった凶器の、『日本刀』を。


「おい、なんだあの不出来な剣は?」

「未完成か?今にも折れそうだ」


周りの観客が、自分の構えた日本刀をみてざわつくのを感じた。

ふざけてるのかという野次も飛んでくる。

それもそうかもしれない。武器庫に並んでいた剣は、どれも西洋剣。それも、レイピアなど、極限まで細さ、鋭さに特化したものか、太く作られた両刃刀といったものしかなかった。どちらかの種類しかなかったのだ。


そんな世界で、あの箱に入っていた中途半端な太さで、片面の刃の日本刀。周りには不出来としか受け止められなかったのだろう。


「デキノワルイケン‥‥‥‥」

「そうか?俺にはこれ以上ない武器だけどな!」


小さい頃に学んだ剣道の知識と技術。

昔父親から教えてもらった、木刀や竹刀の使いかた。自分が西洋剣ではなく、これを選んだのはそのくらいしか根拠にはなりえなかった。それでも、使ったことのない形の武器は避けたかった。


「ツヨガリダ‼」


斧を上から振り下ろして来るのが見えて、ギリギリで横にかわす。

地面を破壊するほどの勢いのある斧に、風圧で体がふっ飛び、風圧や飛ばされた石で体が痛め付けられる。


「っいてえなおい‥‥‥‥」


この流れが繰り返される。決定的なダメージはなくとも、徐々に体には傷と疲労だけが増えてきた。

剣道の知識や技術は、基本的にあくまで常人を相手にするもの。それが活かせる状況にない。

その間、桐生も矢を放っていたが、ミノタウロスはそれに興味も示さなくなったように、飛んできて弾かれる矢などに目も向けず、改造された矢などによる、異臭などの攻撃も気にしなくなっていた。臭いなど小細工だと言わんばかりに。



目の前の男を潰そうとする。何度でも。

今まで潰してきた者達のように。



「アキラメロ‥‥‥‥」



それでも、目の前の男はしつこい。

希望がまだあると言わんばかりの目でこちらを見てくる。立ってくる。

攻撃をかわしているだけの癖に。それだけでボロボロの癖に。


事実、黒崎は現在攻撃をかわしているだけだが、もし斧とあちらの刃が交わったとしても結果は向こうの刃が折れるだけで終わるだろう。

武器を捨てて、拳闘での勝負に持ち込もうとしても、知恵をつけたミノタウロスは、地面を壊して近寄らせもしないだろう。

弓矢に関しても、ダメージにすらならない。

だからこそ、負ける可能性などない。

ミノタウロスはそれを何となくだが感じ取っていたのだろう。

何度目の攻撃の余波を目の前の男は受けたのか。

ボロボロの体で立ち上がってくるその姿に、ミノタウロスは自分から近づき、その刃を振り上げた。

背中に打たれ続けている弓矢も、今となっては関係ない。



勝利を確信したはずだった。



「悪いけどよぉ‥‥」


その男の目を見るまでは。


「諦めてやる‥‥理由がねえ‥‥‥‥!」


その本能が恐れるなんてことを、想像できるはずもなかった。


背筋が凍らされた直後に、ミノタウロスは斧を振り下ろす。この恐れは間違いだと。そう自分に言い聞かせるために。

だが、そんなものは現実逃避に過ぎない。

一度本能が逃げてしまった。心が逃げてしまった。ならば当然、隙が出来ないはずがない。

その男が、それを狙わないわけがない。






「おおおおおおおおおっっっ!!」


接近。振り下ちてきた斧を持つ『手』の部分に自分の刀の鍔(つば)を当て、斧が落ちてくる勢いをおさえる。


「ナメルナ‥‥‥‥!」


それでも強引に力を加えてくる。が、もうこの態勢になれば関係はない。

刃をあて、押し合うだけが剣技ではない。

「鍔競り合いって、知ってるか?」

自分の力を抜き、相手の力を利用して、背後に下がる。その間際に手首をくるりと回し、相手の武器の持ち手のところを斬った。

「ッ!!」

「引き小手っていう技だ!覚えときな!」

斧を思わず落とした相手の懐に再度潜り込み、柄の部分で鳩尾に一撃。

その後に斧をすぐに後方に蹴り飛ばす。


「‥‥ッ!オノナンテナクテモ‥‥‥‥!」

「そうだな。てめぇには『力』がある。それに『経験』も。ケンカを教えるとは言ったけど、この性能差じゃ、勝てそうにもないのがぶっちゃけだ。でもな、ケンカはなんでもありだ」


ポーチから最後の小道具を取り出す。

これが仕上げだ。

このふざけた夢のような出来事に、幕を下ろすための。


「終わりにすんぞ化物」


もう自分の手に、汗は残っていなかった。

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