第5話 勝つためならば
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闘技場に赴く前。
黒崎は箱の中を覗いてニヤリと笑った。
「これ、俺らの知ってるものばっかじゃん」
「ガラクタ扱いって言ったわよね?ほんとに?」
桐生が警察官が持っていそうな小さな拳銃を見ながら不思議そうに言う。
フードの男は頷き、それらは自分達の文化のなかには無いものであり、どこからか流れてきた不要な産物であると告げた。
「なんでこんな物騒なもんあんだよ」
「周り見なさいよ、棚におかれてる武器のレパートリー。弓矢とか西洋剣とかばかりで、一昔前のを揃えましたよって感じでてるでしょ?」
つまり、と桐生が話をまとめるように。
「『ココ』ではそれが当たり前。それ以外の道具は武器とも見られないってわけでしょ?」
ゾクッとする言葉を放った。今自分達がいる状況、場所の異質さを認める言葉に、また背筋が少々凍りかけるが、ぐっとこらえる。
だが、現代のものばかりといっても、武器とはいえないものが多かったのも事実だ。
発煙筒やライター、コンビニの防犯用ペイントボール、使い捨てカメラや花火、ガソリン缶や釣り道具など、日常で見かけていたものも多数ある。
「どれも異質なものばかりでな。一部でこういったものの研究が進んでいるとは聞くが、一般的には広まってもいない。使い方を知っているのか?」
フードの男が渋い声でこちらに質問してくる。
本気でわかっていないようなその声色に少々驚きながらも、そこに勝機があると判断した。
「ねえフードさん、私達の作戦成功のために、今から言う質問に答えてくれないかしら」
それは桐生も同じだったらしい。
フードの男にこの世界の常識を、一般的な知識を聞いていく。例え『魔法』や『魔物』なんてワードが出てきても思考は止めなかった。
それらを全て受け止めて常識として考える。
それを勝つための鍵とする。
『ココ』の常識と『俺達』の常識のその差違が。ごくわずかな勝利の可能性に繋がると感じたから。
それにすがる。勝つために。
生きて日常に戻るためなら、なんだってやってやる。
ーーーーーーーーーー‥‥‥‥
「人間相手なら、怖くて出来やしないんだけどなあ!」
500ミリリットルの水液は入りそうな小瓶をポーチから取り出して、投げつけた。
小瓶はその強靭な肉体に当たると同時に割れて、中に入っていた液体もその勢いでミノタウロスの体にかかる。主に顔の部分だ。
「コンナモノォ!!」
構わず突っ込んでくるミノタウロスの横なぎの殴打を日本刀を受け流すように構えて、受ける。
昔どこかで習ったことだが、両に刃のついた両刃剣と日本刀で違うのは、攻撃の際『叩く』か『斬る』かの違い。
両刃剣が真ん中の芯の部分が出来ているため、何かを『壊す』などには向いているが、鮮やかに斬るなどには向かない。日本刀はその逆だ。だから、まともに刃同士など、何かと真正面からぶつかれば折れるのが通常だ。
そういった意味では、この刃物は出来損ない。
だがこの刀はぶつかれないそのぶん、
「ッッッ!!!!」
攻撃を『流す』ことには向いていた。
日本刀特有の沿った刃で力の向きを無理矢理ななめにそらして直撃を避ける。
あの攻撃をまともに受けたら勝目はない。
だから、両刃剣での防御なんてものは端から捨てていたのだ。だから日本刀を選んだ。
が、それでも体格と力に差があるのも事実。
技術経験も小学時代のみ。
威力を押さえ込めるわけもなく、体ごと地面を跳ねて転がった。
勢いがなくなり、地面に転げて止まった後になって自分の体の各所で鈍い痛みが走る。
「ちょっと!大丈夫!?」
どうやら桐生のところまで飛ばされていたようだ。すぐ後ろで声がする。体は痛みで動いてはくれないが。
だがもしも両刃剣で防御しようとなんてしていれば、この程度ではすまなかっただろう。
剣ごと折られて終わりだった。
「◼◼◼◼◼◼、◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼‼」
ミノタウロスが呪文を唱える声が聞こえた。
こちらに首を向けて、火炎放射の準備だろう。
追い撃ちとはまさにこのこと。
観客席からは結局当然の結果か。と嗤う声が聞こえた。
確かに、決着はもう見えていた。
「ほんっと最悪‥‥っ!」
桐生が悪態と同時に矢を放った。
その矢は、細工も何もしていない矢。
そしてその矢すら、タイミング的にもミノタウロスのところに届くほんの直前あたりで、火炎放射のえじきとなり、灰になって消えるだろう。
それは誰の目にも明白。
「サヨナラダ、ニンゲン!!ケンカヲオソワルコトモデキズ、ザンネンダ!」
勝ち誇り、ミノタウロスの目が笑う。
その口を開き、赤く光らせたそれは、まさしく魔法を放つ前兆。
「そうだな。殴りあいのケンカはまた次の機会に教えてやるよ。でも今回教えてやるのはなんでもありのケンカだ」
ミノタウロスの口から勢いよく炎が出る。
その炎の渦は発射された直後、桐生の撃った矢を早々に飲み込み、
『ミノタウロス自身』の体を巻き込み、爆発した。
「ーーッッッッ!!!??」
熱く、熱く。その大きな体を焦がす。何が起きたかなど理解は出来ない。
体が弾けそうな痛みを覚えながらも、自身の体についた火の深刻さを知り、転げまわって火を消すはめになる。
だが、その火が消えるころには、ミノタウロスの体は全身の火傷を表すように、黒くなっていた。
一定以上の距離のあった桐生と黒崎でも、爆風を耐えるのに必死だったほどだ。人間ならば余裕で死に至っているだろう。
「‥‥‥‥ガソリンってもんがある。車‥‥まあ便利な機械仕掛けの移動手段の、燃料、みたいなもんだ」
このミノタウロスはまだ息があった。
火傷の痛みをこらえながらも、まだこちらを睨みつけていた。
何故という目で。
「たまに俺の世界でも爆発事故とかがあってな。灯油とガソリンの間違い。そのガソリンって燃料は、火がつくと爆発する。灯油とかと違い、よく燃えるとかそんなレベルじゃなく、な。そんな燃料を使った矢を、桐生がお前に当てたんだよ。
‥‥いや、ちょっと違うな。」
そう。桐生が最後に放った矢は、細工も何もしてない矢だった。
「当てた、とは違うな。当て続けてた。が正しい」
そう。桐生が『最後に』放った矢は。
それ以外の矢が、既に伏線だったとは知らず。
「最後の瞬間は、矢を選んでる暇がなかったからね。あそこは不良くんのせいで余裕なかったわよ」
「あ?いや、俺の時間かせぎのおかげでここまでいけたんだろ!」
ギャーギャーと言い争う。
それすら観客は黙って見続ける。
目の前の状況に唖然として。
「ま、ガソリンの臭いは少し特殊だし、燃料自体の液体もネバネバして怪しさを覚えられる可能性もある。だから、ペイントボールの臭いの成分を利用した矢を、はじめにカモフラージュとして使ったんだ」
「あの臭いに使われる成分には、嗅覚を刺激する役割がある。鼻を使えなくしてから、あなたにとってはダメージにもならない矢を放ち続ければ、あなたは私の攻撃すら気にもしなくなる」
だからどんな矢だろうと、あなたはそれを受け続ける。と続ける。
攻撃を受けていない桐生も、緊張感はあったのだろう。やっと一段落したと言わんばかりに、表情に安堵の色がある。
ミノタウロスの体の特徴や嗅覚などをフードの男に聞きながら必死に練った作戦は、桐生が主となって作ったもの。
その一つ一つの動きの重要さ、責任は大きなものだったろう。
だが、やるべきことは残ってる。
「マケ‥‥‥‥ナイ‥‥‥‥‥‥!!」
ギシギシと、腕の筋肉が唸る音がした。
ミノタウロスが体の痛みをこらえて必死に立ち上がるその姿に、観客がざわめくのが聞こえる。
『勝ち』への執念が、その姿から伝わってきた。
黒崎達はフードの男から聞いていた。ミノタウロスはこの試合では負ければ『死』の扱いを受けている、と。
誰にでもある死にたくないという意志が、ミノタウロスを立ち上がらせていた。
「ウオオオオオオオオオオオ!!!!」
「悪いわね」
桐生が構えた。弓をではない。
ポーチからだした、『拳銃』を。
黒崎も刀を構えて、ミノタウロスに回り込むように突っ込む。
「カツ!!!!ゼッタイ!!」
「私達だってこんなとこで死ねないのよ」
パン!パン!と。
渇いた音が二回鳴った。
撃たれたのはミノタウロスの両太股。
ミノタウロスは吠えた。何をされたのかわかることもなく、下半身の激痛に対して悲鳴をあげるように。
もっとも、その体では理解をしても、避けることは出来なかっただろうが。
「弾が二発しか入ってなくってね。確実にあてるには、こうするしかなかったのよ」
崩れ落ちたミノタウロスの足の腱を黒崎の刀が斬った。これで立てない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「不良くん!!」
刀はすぐにどこかに投げた。最後の一撃に刃なんていらなかったから。
泣き叫ぶように吼え、腕を振り回す。そんなミノタウロスに最後に必要なのは、全身全霊の一撃。
「元の世界に帰る!!!!そのためにも!」
かんがえなしの暴力なんてものは当たらない。振り回された腕を全て避けきり、拳を握った。固く、固く。
そして振りかぶられたその拳は、
「負けられねえんだよ俺達は!!」
深く深く、ミノタウロスの顔面に突き刺さった。
地面に叩きつけられたその顔は白目を向き、起き上がる様子はない。
誰が勝ったのかなんて明白だった。
観客はしんとして、身動きすらとれなかったが。桐生と黒崎、二人で顔を合わせた。
しばらくは互いに息切れこそしてたものの、現状を再認識して、
「俺のおかげだな!」
「私でしょ!!!!」
また、ケンカをはじめる。
初めてあった時とは、どこか違ったケンカを。
こうして二人は、この世界で生きる権利を得た。
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