第2話 男の気合と、女の度胸
フードを深く被った何者かに連れられて、着いたのは武器庫のような場所だった。
ゲームや漫画でしか見たことのない、あるいは全く使い方がわからない形状の武器が整理されて置かれていた。
非現実的なその光景に、あらためて背筋がゾッとする。
「これからお前達には、ミノタウロスという魔物と戦ってもらう。そのための武器を今から選べ」
フードを被った者からの言葉。声から男だとわかる。
だが、わけのわからない単語が出てきた。
「『ミノタウロス』に『魔物』?ゲームのやりすぎじゃねえのかよおっさん」
挑発気味に出した言葉も、沈黙で返されると何も言えなくなる。
しかしその沈黙のかわりに、フードの男は部屋にあった鏡のようなものに手をかざした。
すると、その鏡にテレビのように映像が出てくる。
「トリックとかだと信じたかったんだけどね」
隣で桐生がぼそりと呟いたが、その言葉には諦めの色が確かにある。
その映像に映っていたのは、体が人間、顔が闘牛の、神話で聞いたことのある通りのミノタウロスが、片手で斧を振り回している姿だった。
「・・・・CGだろ。こんなもん信じられるか」
映像内でミノタウロスの相手をしていたらしい者の体が文字通りミンチになった。
そのリアルさと、非日常感で、胸から吐き気がわいてくる。
「信じようが信じまいが構わないが、もうすぐお前達の順番だ。早く武器の用意をしろ」
「悪い夢にもほどがあんだろ・・」
頭に血がのぼらず、自分が青ざめていくのがわかる。相手の冷たくも真剣な声で、これがドッキリでもなんでもないことを、嫌でも悟らざるをえなくなる。
それでも、自分の本能が現実と向き合うのを嫌がっていた。足がくすんで、動かない。
だが、隣の桐生は違った。
「・・・・・・・・・・ねえ、弓はある?女性でも使いやすいの。あと、武器はいくつでも持っていいの?」
その平常的な声を聞いて、フードの男も少し間をあけた後、
「弓はこっちだ。非力ならばこちらにあるものがいい。矢筒はここだ。武器はいくつもっても構わんが、持ちすぎると動きも鈍ってしまうということを、念頭におくのをすすめる」
桐生は男の言葉にありがとうと礼を言うと、指図された弓のある場所へいき、ガチャガチャと漁る。
それを見て、体が勝手に桐生のところにかけよった。
「おいあんた、今のを見て何も思わなかったのかよ!れっきとした化け物だ!あれと今から戦わされるってよ!」
「・・・・・・・・」
話しかけても、反応はなかった。ただ武器を漁るだけ。
「あぁ、どうせCGだろって?わかってるなら話がはええだろ!あのフードの男ぶっ潰してとっととこの茶番終わらせて、元の生活戻ろうぜ!?さっきの牢屋だって、変な角生やしたガキだって、ドッキリに決まってる!だからーー」
パァンと、かわいた音がした。
その音と同時に自分の頬に傷みが走り、言葉が途切れる。
桐生にビンタされたということに、遅れて気が付いた。
「夢なら、これで目が覚めればよかったのにね」
桐生が言う。強い口調ではない。それでも、芯のある態度で。決意を示した瞳で。
その目には少し涙が溜まっていた。でも、それを落とさないよう、必死でこらえているのがわかった。
「CGじゃない。ドッキリでもない。茶番でもない。これは現実だって、もうあなたもわかってるでしょ?」
反論なんて出来なかった。
その通りなのだから、する必要もなかった。
唇を噛む。
どうしてこいつは、こんなに強くいられるのか。
桐生は後ろを振り向いた。その表情は見えない。
「だったら向き合うしかないじゃない。あなたがどんな人間か、私は知らない。毎日どれだけ喧嘩してるのか、どんな不良なのかなんて知るわけない。でも、今がそんな『日常』じゃないことくらいわかるでしょ?」
そうだ。ここには先生も、不良仲間も、喧嘩の相手も、親もいない。
叱ってくれる人も、道を正してくれる人もいない。
誰かが見守ってくれる、『日常』ではない。
「私だって逃げたいのよ・・」
桐生の口から声が漏れた。
今まで気丈に振る舞ってきた女性はそこにはいなかった。
その背中は小さかった。
手は確かに震えていた。
その手を隠すように、もう片方の手でおさえる。
それを見て、何故か胸が締め付けられた。
「でも逃げられない。だから向き合わなきゃならない。男の子なんでしょ?なら、もっとちゃんとしなさいよっ・・・・」
その顔はこちらからは見えない。けれど、必死な感情は伝わってくる。
訴えるような、願うような感情が。
「私だって、こわいのよっ・・・・」
剥き出しの感情が、言葉となって小さく吐き出された。
聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟かれたそれが聞き間違いであるかどうかなんて、目の前の女性を見れば明らかだった。
この人も俺と同じだ。こわくないはずがない。
でも、逃げることなんて出来ない。だから強がることに決めたんだ。
それに比べて、俺はなんだ。
幻想を見すぎて、現実から目をそらして。
こんなわけのわからない状況じゃ、何が正しいのかもわからない。
でも、このまま場に流されるのは違う。
それだけは強く感じた。
パァンッ!!と。
力の限り思いきり、自分の頬を両手で叩いた。
かわいた音が、気持ちのよいくらい部屋中に響く。
「・・・・・・・・あなた」
スポーツ選手がよくやる仕草だ。
でも、こんな痛いとは思ってなかった。
こんなに気合が入るとも、思ってなかった。
驚いた目でこっちをみる桐生の目を、ようやく見返すことが出来た。
まだこわさはある。けれど、それに立ち向かう覚悟は出来た。
なにより、
「女が、覚悟決めたんだ。男が決めなきゃどうするってんだ……!」
不敵に笑って見せる。強がりで、無理矢理なことくらい、目の前の女はお見通しだろう。それでも、やらずにはいられなかった。
やらずには、自分の決意を示さなければ、現状に立ち向かうことは出来ないと思ったから。
「やんぞ!おい、フードマン!オススメの武器を教えろ!」
「誰がフードマンだ。そうだな、お前には・・」
すぐにフードの男の指示の通りに体を動かし、武器を探す。
桐生のクスッという笑い声が聞こえた気がしたが、気のせいということにした。
それからフードの男のすすめてくれるものを手に取ったはいいものの、どれもピンとは来なかった。
「これもなんかなぁ・・もっと、デカイ武器とかないのかよ。もしくは殴る武器!」
「お前は筋力をつけてはいるものの細身だ。大きな武器だと体が持っていかれるぞ。かといって、殴る武器だとミノタウロスの懐に入っていくというリスクがある・・いけるのか?」
「うっ・・・・そもそもさ、ミノタウロスってどんな奴なんだよ。俺神話とか覚えてなくてよ」
知らないのか。と聞かれて、素直に頷く。
桐生も情報を得るために、こちらに耳を傾けているのが視界の隅で頷く。
「ミノタウロスほど有名な魔物もいないぞ・・・・。ミノタウロスとは見ての通りの猛牛を二足歩行化した化け物だ。大人が二人がかりでようやく持ち上げられる重量の斧を片手で振り回せるほどの剛力を持っている。
知能は単純だが、言語を理解出来たり、学習能力もある。ここにある武器くらいなら今までの挑戦者が全て使ったことはあるだろう。それらをあいつは全て蹴散らしてきた。安易な奇策は通じんだろうな。火も吐ける。魔法と同種類のな」
「・・・・魔法、ね」
想像したくなかったが、やはりと思ってしまう。今までの出来事を考えてみれば、予想できる答えだ。
だが今すぐに追求すべきところではない。
棚に置かれた武器に目をやる。
使い方も教わったはいいものの、これら全てについて知られているとなると、容易には使えそうにない。
と思っていると、整然と並べられた武器類のなかで、1つだけ武器だけではなく、ガラクタのようにも見えるものなどがいくつも入った、不自然な箱があることに気が付いた。
「・・・・あれってなんだ?」
「あれはどこからか流れてきた武器や得たいの知れない液体の入った箱など、使い方もわからないものを集めてぶちこんだようなものだ。かつて召喚魔法に失敗して出てきたものもある。道具のようなものが多いが、使い方もわからなければ、欠陥品も多い。使うのはやめておくべきだ」
「・・・・ふーん」
ガラクタばかりという箱をのぞき、漁ってみる。そして、数秒後だ。そのことに気が付いたのは。
「オバサン、昔なんか運動とかそういうのやってた?剣道とか」
「次に言ったらシバきたおすわよクソガキくん。私は元々弓道部よ。父親が警察官だから、私もそれを目指していた時期もあって、柔道や剣道も少しはやってたけど」
「警察官?なら、拳銃とか撃ったことあんの?」
「・・・・いや、海外で何回か撃たせてもらったレベルだけど、あなたね。普通銃を撃つなんて経験したことあるひとのほうが珍しいわよ。それに、周りの武器見なさいな」
桐生が指差した先の、棚に置かれた武器の数々。槍や西洋剣、ハンマーや鉄球など、それらは全て中世の時代にでもありそうなものであった。
フードの男曰く、俺達の知る銃たるものもあるにはあったがだいぶ旧式であったり形や形式自体違うもので、一度一度撃つのにリロードが大変時間を使うものだったので、実戦では使えることもなく、威力もないとされたので、『銃』という名称すらつかなかったおもちゃとして扱われたらしい。
「近代文明の武器なんてないから、私達の知識や経験を活かして戦えるかもわからない。そんな状況でーー」
「フード男!俺らが戦う時間まであとどのくらいある?」
桐生がなにか言いかけたが、構っている時間が欲しい。
もしかしたら勝機が、ほんのすこしはあるかもしれない。
「1時間だ」
「その1時間で、俺達に教えて欲しいことがある!」
俺の考えが正しければ、あの映像に映った化け物を相手にしても生き延びる方法がある。
この世界だからこそ、自分達の世界と違うからこそ、出来るやり方ならば。
生きるためなら、なんだってする。
必死に前を見続けることしか、今は出来ないのだから。
入場の時間となった。
時間通りに来た係員に連れられて、闘技場と呼ばれる場所の入場口までくる。
「せいぜい頑張ることだな」
「色々ありがとな」
入り口まで見送りに来てくれたフードの男の言葉を礼で返す。
「最初は敵にしか見えなかったけど、色々教えてくれたし、あんたほんとは良い奴なんじゃねえのか?」
「バカかお前は。上からお前の試合までのサポートを任されているだけのことだ」
呆れた声ではあったものの、悪い奴にはどうしても見えなかった。
隣にいる桐生はバカという部分に強く頷いている。なんでだ。
「……ついでにサービスしておこうか。『身体強化』!」
え?と声をあげる前に、手をかざされる。
直後、自分の体の周りに膜のようなものが一瞬見え、消えた。桐生も同様だったらしく、同じように自分の体に目をやっている。
「なにやったのよ?」
「魔法だよ。身体の強度を上げる単純な魔法だ。無いよりかはいいだろう」
俺と桐生がその言葉を聞いて礼を言おうとしたが、口を開く前に、フードの男は背中を向けて歩き出していた。
「おーいフードマン!!もしお前がいじめられそうになった時には、俺に言えよ!俺が助けてやるからよ!」
「いや、私達これから死ぬか生きるかの瀬戸際なんだからね・・あなた頭悪いでしょ。精神的な意味で」
臆病者の蓋を開ければ単細胞か、という呟きが隣から聞こえてきた。
でも、やっといつもの自分が出せてきているのは確かだ。
問題は、隣の桐生。
「強がるなよオバサン。きっとすぐに元の日常に帰れるさ」
「なめないでくれるかな、クソガキくん。最初のころよりかはマシだけど、楽観的になればいいってものじゃないんだよ。ましてや強がればいいってもんでもない。あの映像が本物だったなら、死ぬことなんて普通にありうるんだから」
実際にビビってる部分があるのは、この人には隠しても無駄らしい。
だが、強がりに関してはお互い様だし、
「それでも俺は男だぜ?強がってなんぼだ」
「だから男はアホだって言われるのよ。チームプレイ、死ぬ気で頼むわよ」
入場のアナウンスがなった。
死か生か。この試合の先に俺達がどうなってるかなんて、誰にもわかりはしない。
それを理解し、同時に踏み出す。
互いの目があい、口が自然に開いた。
「じゃあ、いくよ不良くん」
「じゃあ、いくぜOLさん」
その呼び名にもう、
侮蔑の意味は存在しない。
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