さあ、勇者を倒しにいこう

波樹 純

第1話 魔王と不良とOLと

「さあ、我の力となれ!」


こどものころゲームやアニメで聞いた悪役の言葉。

それが目覚めの言葉だった。

周りの地面から煙があがり、その煙の先で高笑いしているとみえる影と声。


喉に煙が入ってくる。息がし辛い。


寝起きの頭と体を動かし、そちらへ歩き、煙からでる。

するとそこには、オモチャのような角を頭から生やした、10もいかないくらいの少年の姿があった。



状況が読めない。昨日は疲れきっていたから、帰ってすぐにベッドに体を投げたはず。

目の前の少年はバカみたいに口を開いて高笑いしている。


「はははははははははは!!これで勇者のやつを倒し・・・・は?」

「なんだこのガキ」


思わず本音が出てしまった。

自分の周りをまとっていた煙がはれ、姿を見たと同時に少年の高笑いはとまり、その動きもフリーズしている。

よく見ればその少年は、背中にマントをはおっており、ゲームでいう魔王のような格好をしていた。

まだあまり機能しきっているとは言えない頭だったが、今日がハロウィンではないことは覚えていた。


「に、にににに・・・・・・・・人間だとおおおおおおおおお!!??」


目の前の少年が叫びだした。

嫌な夢だと、そう強く感じた。



高校3年生、黒崎和人(くろさきかずと)。

頭は悪くなかった。だが素行は良くなかったし、目つきも悪い。だから人には好かれない。ただ、喧嘩ばかりの人生だった。

生意気だから。なんて理由で絡まれて、やり返したらその復讐。それをやり返してもその復讐。その繰り返し。

やっと大学という進学先が決まったにもかかわらずまた喧嘩をしてしまい、次に問題をおこせば、進学は無くなるものと思えと教師に釘を刺された。

ムシャクシャして布団に入った。



そしたらこのわけのわからない夢だ。

ストレスだけがたまっていく。


「史上最強の召喚魔法のはずなのにまた・・・・何故だ!何故うまくいかんのだ!」


目の前の少年が動揺を隠さず喚きだす。

周りにいた者達がそれをみて、落ち着くように声をかける。どれもフードを深く被っていて顔は見えないが、背丈は高く、大人のようにみえる。

だが、そんな抑制も意味はなさないようで、少年は狼狽したままだ。

しかし、流石に目の前でウダウダ言われつづけられるのはこっちとしても鬱陶しい。


「うざい、わめくなクソガキ」


最大限に嫌そうで、かつ威圧するように声を出した。不良相手にいつもビビらせているソレを、年端もいかない少年に躊躇なくみせる。

ここがどこかもわからない。夢であっても醒めはしない。そんな状況で目の前で騒がれるのは不愉快そのものだった。

だから黙ってもらう。そのつもりでの威圧だったが、


「・・・・あぁ?」


少年に、黙る素振りはなかった。

その低い声は目の前の少年のものだということを遅れて理解する。


「お前、誰に口を聞いてるんだ?」


怒気の混じった一声。いつもの不良相手なんて比べ物にならないほどの威圧感に背筋が震えた時には既に手遅れだった。

自分の体が急に重くなり、地面に胸が、手が、額がつく。ズシリとなにかに押さえつけられている感覚だが、それは自分の経験したことのない力だった。起き上がれない。


「・・・・っ!!?」


何が起きてるのか分からない。だが、自分を押さえ付ける力がどんどん強くなっていってるのはわかった。


「……っ!何がーー」

「まあ、失敗してしまったものは仕方がない。次にかけるとしよう」


気軽なその言葉のするほうに向けて、気力を振り絞り、必死に顔を上げた。

少年の様子に変化はない。少なくとも自分のように、重力に苦しんでいる様子は。

つまり、この体を押さえ付けるトリックのようなものは、目の前の少年の仕業なのか。

だとしたら、こいつさえなんとかすればーー


「・・・・驚いた。普通の人族ならば、立つことなんて到底不可能なはずなんだけど」


気がつけば足と手が動き、立ち上がろうとしていた。重力で震えながらではあったものの、目の前の少年を睨み付け、必死に自分の拳を振り上げることに意識を集中させる。


少年がこちらを観察してくる。

ジロジロと、商品の値段を見定めているように。

そして数秒たった後、満足したようにニヤリと笑った。


「魔物共のショーの相手にはなりそうかもな。こいつを牢へ投げ込め」


なにをいってる。

その疑問を口に出す前に、少年が指をパチンと鳴らした。意識があったのはそこまでだった。




「・・・・・・・・あ?」


目が覚めた。覚めたはずだった。

それなのに、いつもの部屋の天井は見えない。石で作られた牢。

目の前にあるのは自分を閉じ込めている鉄格子だけだ。蹴っても、殴ってもびくともしない。


「どういうことだ・・夢じゃなかったのかよ」


殴ったときも蹴ったときも、反動や傷みはちゃんとある。状況のわからなさにめまいがしてきて、足元がふらつく。


「ちょっと、ちゃんと立ちなさいよ」


後ろから声がした。女性のものだ。

振りかえると、そこには見た目成人したばかりかどうかというところの女性が、三角座りで座っていた。

髪は栗色のロング。顔も小さくて鼻も高め、目もパッチリとしており、一般的にみても端正な顔つき。振る舞いによってはお嬢様といったイメージも付くだろう。

だが、


「ここで倒れられても面倒だし。にしてもほんっっと最悪よ。なんでこんなガキと同じ牢屋で。なんかのドッキリにしてもタチが悪いわ」


見下したように悪態をつくその姿からは、そんなイメージが湧くはずもなかった。


「・・・・なんだよあんた」

「あんたじゃなくて、桐生 紗綾(きりゅうさや)って名前があるのよ私には。社会人1年目OL23歳。女性に先に名乗らせて恥ずかしくないの?」


少しムッとしたものの、ここでの言い争いは意味がない。


「黒崎和人。18歳の高校3年生だ」

「ガキってことね。目付きも悪いし、不良ってところ?」

「年増よりかマシだろ」


あまりにも相手が突っかかってくるため、売り言葉に買い言葉を出してしまう。

だが相手に気にする様子はなく、ため息をつかれる。誰かにというよりも、この状況に、苦悩しているようにみえた。

手を頭にやり、聞いてくる。


「あなたはどうやってここに来たの」

「・・信じてもらえないだろうけど、部屋で寝てて、気が付いたら部屋じゃなかったんだよ。10歳くらいのガキが目の前にいてーー」

「つまり私と一緒か」


桐生が話を無理矢理遮るように、自己完結する言葉をだした。

正直キレそうになるが、なんとか自分を落ち着ける。


「私もそうなのよ。まあ周りの話を聞く限り、私はあなたの次に来たみたいだけど」

「は?」

「なんか大騒ぎだったわよ。コスプレお坊っちゃまが、『何故だ!また失敗だと!?しかもあの暴れだした男といい、何故人間などという貧弱な種族を・・・・』とか言って」


身ぶり手振りで物真似をしながらも説明してくれる。正直うまい。特に生意気そうな目が。


「この牢屋に連行されてる時にも詳細聞いたんだけど、その暴れだした男ってあなたでしょ?」

「そうだけど」

「血気盛んねー。そういう時は黙って状況観察が基本でしょうに。それじゃあ今自分が置かれてる状況とかわからなくなるでしょ単細胞くん」

「じゃあオバサンにはわかんのかよ」

「あなたよりはね、クソガキくん」


即答された。人差し指をこちらに向けてくる。


「かといって、ここがどんな国か、どんな地域かとかはわからないけど」

「じゃあ駄目じゃーー」

「でも、ここは私達の知らない場所だってことはわかるわ。私は学生時代、色んな国に行ったことがある。そこで色んな知識を得たし、様々な国や文化を知れた。でも、私はここに来てから、知らないことばかりを経験してる。言ってる意味、わかるわよね」


言葉を途中で切られ、諭すように言葉を投げられる。俺に危機的状況だということを伝えるために言葉を選んでるのだろうか。


「着いた時にいた部屋の内装。どれも見たことのない、あるいは文化や文明がめちゃくちゃに混じりわったものだったわ。文明品なんかの配置なんかも違和感しか感じられなかった。ここにいるのがどこの国かの検討もつかない」


それにしても、考えや視野が自分よりも断然進んでいる。ここに来て、どれだけ冷静に周りを見渡せているというのか。頭を使うことができているというのか。

俺はただ、目の前のことにぶつかることしか出来なかった。

この女性は、自分が思ってたよりもずっと頭がまわるのかもしれない。


「考えたくはないけど、可能性としては地図にも載ってないような誰も知らないどこかの国に拉致されて飛ばされたことも充分有り得るわ。でも、1つだけ言えることがある」


息を呑んだ。

この人がなにが言いたいか、もうわかっていた。でも、直接聞きたくはなかった。

朝起きたら親がいる。先生と言い争う。

放課後に喧嘩をする。

そんな下らない不良の生活。


「これはドッキリでもバーチャルでもない現実であり、私達の今までの『日常』に戻れるかはわからないってことよ」


そんな日常はもう、終わってしまったのか。



そんな会話をしていると、

コツコツとこちらに足音が近付いてくるのがわかった。

それが絶望を告げる足音だというのは、予知は出来ても、避けることはできなかった。

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