第5話 湧き水のほとりに

早く寝たためか、意外と緊張していたのか、はたまた野鳥が煩かったからか日が登るのと同じごろに目が覚めた。

実際のところは寒さで目が覚めただけなのだが、はじめての野宿者がそれに気がつくことはない。


ペットボトルの水を昨日は500ml1本使ってしまったので、残りはあと1本しかない。だが、だからといって食わないわけにも飲まないわけにもいかず、さらにボトルをあけ一口飲むと昨晩同様に乾燥米にも入れる。これが朝食として食べることができるようになるまで、あと一時間も掛かるのだ。



飲み水の問題は早くも深刻だ。寝覚めに顔も洗えなければ、大自然のなかでトイレをいたしても手を洗うことすらできない。この小さなペットボトルが無くなるまえに、この森の中からなんとかして水場にたどり着かねば今晩にも飲むものもなくなってしまう。人間は食事をとらなくても2週間程度は生存できるが、水分補給がまったくできない環境ではわずか75時間程度で死に至る。



だが、焦りはない。昨日確認した山並みと富士山の方向から、時間軸こそ違えどここが自分が住んでいた東京で、関東平野であることにはおそらくは違いはあるまい。だとすれば、ここから数キロ圏内には武蔵野の三大湧水池がある。井の頭公園は徒歩でも数十分もいけばたどり着けるところにあった。それがどんなに原生林に沈んでいたとしても3時間もあれば着けるだろう。「水が美味い、井戸のかしらだな」と徳川の将軍に名付けられた湧き水ならこの時代でも飲めるに違いない。




夜中、毛布がわりに羽織っていたブランケットを畳むと、焚き火の痕跡を丁寧に消し出発した。



結論から報告すると、迷うこともなくあっさりついた。方角だけを見定めて進んだのだが、ある程度進むと途中で幾筋もの獣道が水場に続いていたのだ。途中で食事の休憩をいれたが、2時間もかからなかった。


そして今、池を前に二択で揺れているのである。

湧き水が出ているところで空になったペットボトルに水を汲むか、それとも、対岸の崖に見える人工物、屋根のようなものの正体を近くまで確認しにいくかである。


脳内会議を開催する。湧き水は逃げない。しかし、あれが建造物であった場合、人がいる可能性がある。その人物が友好的か敵対的かで状況は変わるか? YES変わる。ならば不確定要素は先に潰しておくべきだな。ほい、結論は出た。



池を大きく回り込むと、そこには明らかに人の手によって作られたと思われる建物が立っていた。拾ってきたような木を土に埋めて立て、周りをカヤのような茎状の植物で覆ったものだ。簡素というか、子供が作った秘密基地のようなものであるが、だが、それは確かに建物であった。



建物のまわりには膝丈ほどの草が多い茂り、蔦植物が建物を覆っていることから、とても今現在も誰かが住んでいるようには見えない。しかし、かといって朽ち崩れ放棄されているわけでもないといった状況だ。小屋は大人が2人もはいったら満杯になる程度の多きさで、似たような状況の建物が他にも4軒、雑多に並び建っている。



「この建物、入り口がないな?」


いや、正確には入り口おぼしきところはある。しかし、壁と同じような素材で塞がれていた。ここを最後まで使っていた人は意図してここを塞いで立ち去ったのだろう。わずかにだがその部分を覆っているカヤだけが新しい。

誰かに侵入されないように、いやこの場合は誰かではなく獣などに荒らされないようにだろうか? わざわざ蓋をして立ち去ったのだろう。・・・ということは、再びここに戻ってきてこの建物を利用する意志があるということかもしれない。



建物に近寄り、入り口のような場所をこじ開けて中を覗き込んでみる。煙で燻したような強烈な匂いがまだ残っていた。草がものすごい勢いで茂っているので錯覚したが、人がここを離れてからまだそれほど時間は経っていないのだろうか?



こんな小さな小屋で火なんか焚いたら、ワラ山の中で焚き火をするようなもので、小屋ごと丸焼けになっちゃうのにという疑問はすぐに解決した。

どの建物からも近い広場の中心に窯場とおもわしき痕跡があったのだ。土が焼けてしまっているからか、灰が固まってしまっているからかはわからないが、その一帯だけ下草が茂っていない。



「ここで生活してたのか?」


足先で灰をガツガツとほじくると、いろいろな生ゴミの燃えさしが出てくる。それはここで食事をつくっていましたという証拠のようにも思えた。



池の周りを回った結果、同じような建物群を他に6ヶ所みつけた。

人影はどこにも見当たらなかったが、ここの人たちは陽当りのよい南側物件をご所望だということには親近感を覚えた。どこも水場まですぐ降りられる池の北西側の斜面側にあり、いずれの湧き水のポイントからも2~300メートル程度の好立地の場所につくられていた。



建物群の規模は、1軒だけがぽつんと離れて建っているものもあれば、一番多いところで7軒が密集していた。建物が多いエリアは湧き水地点に最も降りやすく、平坦な空間が比較的大きく開けたところである。これら建物群を集落と呼ぶなら間違いなくここが中心地であろう。そして他の箇所には見られなかった大きな特徴は、「建造物」、そう建造物と呼んでも差し障りのない建物がここには建っていたのである。



この集落でみかける建物はわずか一本の掘っ建ての柱に壁となる箕をかけただけの簡素なものであるが、このうちのひとつだけが、なんと、高床式の建物だったのである。6本以上の柱を立て、蔦などを巧みにつかい構造をつくり、長めでまっすぐな枝をいくつも渡し屋根や床をつくっている。これはどんなに屈強な男でも独りで建てることはできないだろう。複数の大人がコミュニケーションをとり協力しあわないとなし得ない成果が確かにそこにはあったのだ。



高度な木材加工をした痕跡はないが、木を切りそろえた痕跡は見て取れた。原生林に放り出されたときは、人類が生息もしていない時代すら覚悟した。竪穴式住居しか見当たらなかったときは、原始時代に来てしまったのかと考えもした。だが、協力共生しあう小さなコミュニティが、これだけ密集しているってことは、この時代にもそう遠くないどこかに文明に近いものがあるかもしれない。




さて、ここに、いかにも集落の中心っぽい建築物がある。

となれば、ハッカーがやることはひとつ。

レッツ侵入インベイジョン

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