第6話 人の居ない井の頭公園

渋谷からでる井の頭線の終点、吉祥寺の南側に広がる井の頭公園。そんな普段の井の頭公園では見たことのない勢いで吹き出す湧き水がそこにはあった。あまりに多すぎる湧き水で水面が盛り上がり、暖めたばかりの容器に張ったラップが膨らむように湖面はシワもない。少し離れたところにできている波紋が溢れ出る水の量と勢いを表していた。


水は透明度が高く水底まで見ることができた。もわもわと舞い立つ黒い砂はまるで液体のようだ。


砂地のような培地に下から空気などを送り込むと、吹き上がろうとする力と落下する力とがあるところで釣り合い個体がまるで液体のように振る舞うことがある。流動層または流動床という現象である。

下から吹き上がる力が働いている間は砂はまるで液体のように振る舞うが、吹き上がりが止まれば一瞬にして「土の中にいる」状態になる。


流動床に足を取られれば、もがけども浮力を得ることができずにただずぶずぶと沈みこむだけだろう。山葵わさびも、さすがにこれにはどうなるのかの好奇心よりも恐怖を覚えた。




東京は地質的にはおよそ4つのパートにわけることができる。埋立地、堆積地、台地、そして山間部だ。


江戸時代以降に埋め立てられた皇居より東側の人造の埋立地、荒川と多摩川が侵食し関東平野を形成した堆積物による扇状地、そして西側は関東山地ならびに武蔵野台地からなりたっている。武蔵野台地と呼ばれる台地は、東京23区と武蔵野市、三鷹市のあたりが間際となっており、井の頭公園などはその台地の崖線はけ地にある。



武蔵野三大湧水池むさしのさんだいゆうすいちとは、井の頭公園の井の頭池、善福寺公園の善福寺池、石神井公園の三宝寺池のことであるが、これらの地点で水が湧くのは、武蔵野台地がこれらの湧水池で崖を形成しているからだ。地面の中を流れていた地下水が崖面で地表に現れる。地下を走っていたはずの地下鉄が渋谷のような谷地ではいつのまにか地上3階にでてくるようなものである。


縄文時代の遺跡はこれら湧水エリアから出土することが多い。

これら台地のへりでは垂直に井戸を掘る技術がなくても衛生的な飲料水にありつけるのであるから当然のことであろう。先人達も真剣に不動産物件選びをしたに違いない。台地側に住めば大雨などで増水した川に巻き込まれることなく、安全に居住することができる。また、湧き水の量は地面に染み込む雨水の量に比例するため、地表をまだ人工物で覆っていない時代の湧き水は水量も多かったはずだ。地下水が地表にでるまで数十年の歳月がかかるため、直近に天候不順などで渇水となっても豊富な水量を確保できる。

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