第4話 立ち上らない煙

あたりは薄暗くなりはじめていた。

電波が入らないため電源を落としていたスマートフォンのカメラを拡大しつつ大岩の上に立ち上がり周囲を見回す。彼が今探しているのは森から立ち上る煙だ。


もし、近場に人が住む集落があれば夕刻には炊事のための煙が立ち上るはずだ。

はずだ。

はずだ・・・。


はずなんだけど、あたりがすっかり夕闇に染まるまで、ただのひとつの煙も確認できなかった。

見渡す限り光もなければ煙もない。

どうすんだこりゃ。




複数のモニターをつけっぱなしの生活。人工的な明かりから離れたのは何時以来だろうか。月の明かりと星空だけでこんなにも明るいもんなのかと新鮮な驚きのなかただただ暗くなっていく夜を迎えていた。


すっかり日が沈んでからたっぷり数時間後、注意深く大岩から降りると日が暮れる前に用意しておいた焚き火の薪に近づく。焚付用に拾った松ぼっくりと松の葉にライターで火をつけると、小枝に火を移していった。とたんにパチパチと勢いよく火が回っていった。


火を着けるのを日が暮れるまで待ったのは、自分だけが一方的に見つけられてしまうのを恐れたのだ。

こういうところは職業病だろうか。いや、ハッキングを職業と呼ぶのかは定かではないが、こちらから先に相手を見つけてやろうという目論見は外れたことには違いない。

このような場合、相手が自分以上のスティルス性能があるか、もしかしたら自分の周りにターゲットがいないかである。どちらもよくない傾向だ。



そればかりか、いやなものを見てしまった気もする。

光学レンズではないただのデジタルズームで画面を拡大しただけだからだと思うのだが、黄昏時の夕焼けに浮かぶ富士山の山頂が2つあるように見えたのだ。稜線の形もかなり違うようだった。中腹部に飛び出るように見えるはずの宝永山も確認できなかったのだ。


そこまで富士山に詳しいわけではないので、宝永山が富士山の右にあるのか左にあるのかもわからないし、きちんと見えるものかもわからないが、もし、宝永の噴火口がないとすれば、300年まえの江戸よりも前にきてしまった事になる。



だが、もしかして、いまが江戸時代にすらなってないとすると、関東にはあまり人がいないのではないかという不安も覚えずにはいられないのだ。今がいつの時代だかわからないけれども、ならば京都に向かえばいいのか? いや奈良か? 鎌倉か!?それとも、どこにあるかもわからない邪馬台国を探さなきゃならんのか? はたまた、エジプト文明、黄河文明、インダス文明、メソポタミ文明あたりまで探さないと文明にたどりつけんのか? いやそもそも、ここに人類はいるのだろうか・・・。



情報があまりに不足している。明日夜があけたら、本格的に探索しなくてはならない。


情報の探索を自分の足でやらなくてはいけないというのはなんて非効率なんだろう。

もし、情報も得られず事態も改善しないなら、ここで水や食料を確保する算段もたてないとだめかもしれないし、本気でサバイバルの準備をしなければいけない。


いろいろ考えなければいけないことは多いけど、ま、なんとかなるだろと、山葵わさびはのんきに岩に背をよせ、せめて寝袋があればなーなどと考えつつ、焚き火の前で眠りについた。

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