貝塚ハック
第2話 デジタル・デトックス
落ちるような感覚のあと着地した地面は、厚く降り積もった落ち葉でふかふかの地面になっていた。
フローリングだった床はそこにはなく、部屋の壁もない。周囲は雑然とした森で視界がきかない。
準備はするが自重はしない。それがハッカークオリティである。
だが、その自重のなさが裏目にでることもある。
「やっちゃったかな・・・。これって
いじる桁の位置を間違えてしまったようだ。
なにかをミスったようだが検証しようにもアクセスしていたマシンもなければ元に戻す手段もない。
完全に身に着けていないと自身のノードとは判定されなかったのだろう、最後に操作していたキーボードなどは周囲になかった。キーボードの前ならなんでもできるぞという万能感も、突然ほおりだされた森の前では小動物もいいところだ。
気分を切り替えるように首をふる。
「好奇心は猫をも殺すというが、人生にこんなハマり方があるなんてな。」
「宇宙空間に投げ出される可能性もあったわけだからそれよりはましか。壁の中に居るじゃなくてよかったぜ!」
地球の自転や公転、宇宙全体の膨張などを考えれば、自分の時間軸を動かした瞬間に宇宙の藻屑になっている可能性もあった。やってしまった事への反省はほどほどに、考えうる最悪のケースよりはよかったとポジティブに考え始める。この楽観的合理主義と気分の切替の速さはハッカーには重要な資質だ。
やっちまったことはしかたあるまいと笑いとばすと、森をかきわけて進むことにした。
遭難したときは尾根や頂上を目指せというが、セオリーどおり僅かな傾斜を辿って高台に向かうように歩く。落ち葉でふかふかと沈み込むような足元と、折り重なる倒木が道を阻む。他の木の幹にひっかかって倒れきれていない倒木も多く、慎重にならざるを得ない。
倒木に幾度となく迂回を強いられ、なかなか進むことができなかったが30分ほど歩くと少しだけ見晴らしのよい丘の上に出た。岩場が多く背の高い木が減り見晴らしがぐんとよくなった。
さらに岩場をすこし進むと見覚えがのある大岩があった。高さが2.5メートルぐらいの岩の周囲をぐるりと回り、ピタピタと懐かしむように岩肌にさわり確信する。
小学2年生になってはじめてその岩を登り切ったときの達成感とともに、どこに手をかけ足をかければ登れるかまで覚えている。子供の頃からよく登って遊んでいた大岩だ。周囲にコンクリートの土台もなければ岩の傾きもすこし違うが、家から徒歩5分程度のところにある神社とお寺の境内の境目にその大岩はあった。
そのように一応考えての行動ではあったのであるが、5分もかからずに行けるはずの道のりにたっぷり30分以上かかるとは思ってはいなかったのである。
そして、岩に登りさらに絶望した。
山並みにぶつかるまで延々と続く緑の森。黒々とした山の向こうには頂を白い雪に覆われた富士山らしき単独峰がみえる。自分が居た時代では最低でも10階建て以上のビルに登らなければ見えないはずの富士が、周りよりわずか数メートル高いだけのこんな岩の上に登っただけで見えてしまった、その現実にである。
人工物はまったく見当たらず、森の切れ目すらわからない。
時間移動したのは1年どころか100年前ですらなさそうだ。
周囲は風の音しかしない。高く伸びやかに鳴く、なにがしかの鳥の甲高い声が微かに風にのって聞こえてくるだけだった。
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