第1話 ハッカーの好奇心

時枝ときえだ 山葵わさびは誤解を恐れず有り体に言えばハッカーとよばれる人物である。

日課としているハッキング成果を漁っていたときの出来事だった。


ハッキングというと大げさだが、本人がその場で手を動かして侵入したりするわけではない。彼がプログラミングしたスパイダーボットが代わりにあちらこちらに巡回して集めてきた成果を「なにかないかな?」と、しげしげと観察しする程度である。


ロボットを犬のようにしつけ、何かめぼしいものがあったら拾ってくるよう命じてネットという荒野に解き放つ。あとは、犬がなにか拾ってきていないか、ときどき犬小屋を確認する。それだけだ。

ただ、現実と違うのは犬が人の家の鍵を自由にあけたり、金庫の中にまで入り込み痕跡も残さず帰ってくる。そんな、ちょっとだけ特別なしつけをしているだけである。


彼の趣味は純粋にありあまる知的探究心を満足させるためだけのものであり、データを壊したり奪ったりすることが目的なわけではない。むしろデータを破壊したりするクラッカーと呼ばれるそのようなおイタがすぎる連中を見つければ、からかい半分に連中の邪魔する程度には人物は善良なのである。誰にも気が付かれずに世間の平和を守っている。どちら側かといえば正義の味方だとさえ本人は勘違いしているぐらいだ。


そういうわけで、今日も何か変わったことはないかな?という、おはようがわりのハッキング成果を確認していたわけだ。


その日、ある名門私立大学に「遊びにいった」ロボットくんS83号が帰ってきていなかった。



「ありゃ、蜜壺ハニーポットにハマったかな? 俺のボットを捕まえるなんて、とうとう腕たつシステム管理者でも着いたか?」



山葵わさびはセキュリティ担当者と「遊ぶ覚悟」をきめ、音信不通になっているロボットを遠隔操作からマニュアルにきりかえる通信を始めた。



データの目次インデックスをつくろうとしたが、ファイルがどこまでつづくのか、終わりのみえない巨大なデータにボットが絡まってしまっていたようだ。覗こうとしているその情報の塊りは、ファイル構造でもなく、データベースのような構造でもない。しかしそれでいて、すべての箇所がめまぐるしく更新されている。


侵入先のネットワークにぶらさっがっているすべてのマシンの演算能力をほとんど使い潰しているのに全容すらみえない、ばかでかいサイズだ。このような全容すらつかめない規模のデータは大学のデータセンター程度では保持できないはずで、侵入したネットワークがさらにどこか別の仮想ネットワークに接続してしまったのかもしれない。



通信帯域を限界まで広げ、データを眺めてみたが開始位置も終了位置もわからない。ただひたすらデータが流れているだけだ。流れる生データを見ても読めはしない。それでも見るのはデータの内容を知るというよりは鳥瞰し出現するパターンから何のデータなのか、どのような暗号アルゴリズムをつかっているのかなどを判別するためである。画像なのか、音声なのか、数値データなのか、またそれらをどのように圧縮しているのかは、豊富な経験をもつハッカーがデータを追えばある程度は想像がつく。


今回も生データを眺めつづけたことで、ある程度のパターンが頻出していることがわかった。


「これは、もしかしたら暗号化どころか圧縮すらもしてないんじゃね・・・??」



分析に必要な初期化説がたつと今度は簡単なプログラムを書く。出現するパターンがどこで切れるのかを判読させるため、粒度を変えながら再帰自己学習するちょっとしたスクリプトだ。このような繰り返し処理なら人間がやるよりもプログラムのほうが何億倍も早く処理することができる。



プログラムをあてることでバイナリの奔流はノードに姿をかえた。人間がみてわかりやすいように樹形型に切り替えたのだ。


あいかわらず文字化けしたデータが表示されているので意味はわからないが、意味がありそうな繰り返しパターンさがしだす。木が枝分かれしていくように、これは幹、これは枝、これは葉と枝葉末節の粒度を切り替えていく。ひとつのノードにカウントできないほどの下位構造をもつものや数百しかもたないもの、さまざまな規模のものがあった。



やたらと複雑な下位構造もち目まぐるしくデータが書き換えられている、おおよそ約71億程度のデータ群が目にとまる。そこに注目したのはたんなる予感的なものであるが、ある特定の条件下では直感に従うのは合理的でもあるのだ。



さらにプログラムを追加で書いて、類似度が高い群を検索する。条件を追加して対象を1億程度にまで絞り込むと、さらに条件を追加した。結果が3400万件ぐらいだとわかると山葵わさびニヤリと笑った。さらに条件を足して100万件ぐらい絞りこみをすると、一覧でならべ、さらに条件をどんどんと絞り込んでいく。



そしてしばらくすると、画面に表示されているのはとうとう1つのノードのデータだけになった。

文字化けに混じっていくつかの数字が緩やかに動いている。



山葵わさびは部屋の中を移動したり、物を手にもったり、足をあげたりおろしたり、着ているものを脱いだりと奇妙な行動を繰り返えしながらデータを眺め、やがて一つの結論にたどり着こうとしていた。



それが信じられず、ぼーーっとモニタを眺めている。



部屋に午後3時のアラームが響き我にかえった。



・・・このデータはもしかして俺か??

一挙手一投足まで追跡されてるなんてことがありえるのか???



この一秒単位で変化しているのは経過時間だろうか?

年齢か?

年、月、日、秒?

・・・。

書き換えたらどうなるんだろうか?

ためしに数十秒だけ前にもどしてみよう・・・。



何度かのふわりと浮いた感覚がしたあと、部屋に再び午後3時を知らせる時計のアラームが鳴った。




山葵わさびの、そこからの行動は早かった。

ここ1年分の宝くじや競馬の結果、念のため10年分の株価情報や金融商品情報を外部メモリにまとめて突っ込むだけでなく、めぼしいもについては紙でプリントアウトもし、デスクの下においてあった災害時非常用の持ち出し袋にすべてをつめこむ。鞄を背負った状態でデータの状態を確認する。



そして、興奮した様子で年を表しているとおぼしき箇所の数字を1減らしたのだった。

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