第四章 違和感の正体①
次の日学校に行くと、珍しく奏太が早く登校してきており、龍之介に話かけていた。
「なぁなぁ龍之介聞いているのか?」
「すまんがお前の声は聞こえない」
「返答しているじゃねーかよぉー。聞こえてるんだろぉー。なーあー」
「……」
「本当に無視するのやめて! 俺だって傷つくんだぜ! ちょっと龍之介ったらー。もーう。話聞いてよぉー」
なぜかどんどん奏太がオネェ言葉になっていくのが面白くって二人を眺めていたら、龍之介と視線が合ってしまった。眉を潜めて煩わしそうにしているのに何も言わないが、助けを求めているように見えたので思わず近づいて行く。
「お、おはよう」
「おー。空也じゃん! おはおっはー!」
「おはよう、小野」
龍之介が少し安堵するような顔をしたような気がした。一瞬のことだったので気のせいかもしれない。
挨拶をした後は、何と話しを続ければいいのだろう。二人は話をしていたように見えたので(一方的に奏太が喋っていたともいえる)、それに合わせる形でいいのだろうか。
「奏太、どうしたの?」
どもらずに言うことができて安堵していたため、奏太が満面の笑みを浮かべたことに僕はその時まで気づかなかった。
「そうそうそれなんだよ、空也! いやぁ~んッ、聞いてくれて嬉しいぜ!」
「あ、うん」
「何だよそっけねぇな。まあいいけどさ。空也って、宿題やってきた?」
「宿題? 英語だったけ? 一応……」
自信はないけど、と言おうとしたのに、その前に奏太に腕を掴まれる。
「見せて! 即効写してノート返すから!」
「で、でも僕、あまり英語得意じゃ……」
「いいから見せてよぉー。写させてよぉー。本当は龍之介にお願いしたんだけどね、見せてくれないのよぉー」
何でオネェ言葉なんだろう。だいぶ気持ち悪い。
僕は苦笑しながら龍之介を見る。視線が合ったものの、龍之介は我関せずといった装いで文庫本に目を落としてしまった。
「ねぇ、聞いてんのか、空也ぁー」
「あ、うん」
「いいのか! よっしゃぁ! ありがとうっありがとう! 一生恩に着るぜ!」
思わず頷いてしまった手前、今更ないがしろにするわけにもいかずに、僕は鞄からノートを取り出すと奏太に渡した。「さんきゅー」とノートをひったくると、自分の席に着き一心不乱にシャーペンを振り回す奏太。僕はちゃんとノートを返してもらえるのか、それが不安になる。
帰り、僕が仕度をしていると花桜梨がやってきた。その後ろからは、チラチラと花桜梨を気にしながら奏太が口をパクパクさせている。
髪の毛を耳に掛け直す動作をしながら、花桜梨が口を開いた。
「帰ろ。空也」
「俺も俺も俺も俺も!」
「うふふ。尼野君も一緒に校門まで行こうね」
「なぁに。あなた達、新宮さんと仲がよかったのね。じゃあ、あたしは委員会があるから、また明日ねー。りゅう、行くわよー」
「……ああ。またな、お前ら」
くるくると回りながら教室を出て行く夕芽の後を、不愛想に龍之介がついて行く。
その後姿を見ていた花桜梨が不思議そうに呟いた。
「あの二人って、付き合っているのかしら?」
「ん? うーん。俺から見た予想だけどな、それは違うと思うぞ。少なくとも笹岡は龍之介のこと何とも思ってないからなぁ」
「そういえば、橘木君っていつも一人でいるよね。何でなのかな。私、中学からこの町に引っ越してきたのだけど、いつも気になっていたのよね。同じ委員長の笹岡さんは人気あるのに、どうして橘木君はみんなから避けられているのかな、って」
「あれ、そういえば新宮さんも中学の時にこの町に引っ越してきたんだっけ? 俺も中学の途中からここにいるけどさ、龍之介って笹岡といるとき以外は一人だよなぁ。まあ、俺は話しかけてたけど、無視されてた……」
「そういえばいつも一人だよね」
「まあ、本人いないところでこんな話すんのも馬鹿らしいし、早く帰ろうぜー」
「そうよね。ごめんね、尼野君。この後用事あったりするよね」
「いやいやいやいや。俺は新宮さんと一緒にいられるなら、校門まで一時間でも二時間でも時間をかけて行くぜ! なぁ」
そんなにやけたドヤ顔で僕を見ないで欲しい。
僕も花桜梨とずっと一緒にいたいとは思うけど、奏太と一緒にされるのは何か嫌だ。
困った顔をしていると、花桜梨がクスクスッと笑い声を上げる。
「そんなにも時間をかける方が嫌だよー。尼野君って本当に面白い」
「いやいやそれほどでも」
照れている奏太に思わず声をかける。
「褒めてないと思うよ」
「えっ! そうなの!」
クスクスと花桜梨が笑った。その笑顔を見るだけで心が癒される自分がいる。
「じゃあ、帰ろっか」
「うん、そうだね、空也」
「そうと決まれば、俺は先に行くぜ」
「いや、それは意味ないから」
「そうじゃん! 俺は新宮さんと一緒に帰りたいんだ!」
「うふふ、面白いなぁ」
校門につくと、奏太がぶんぶんと大きく手を振って花桜梨を笑わせてからもうダッシュで去っていった。
僕と花桜梨は顔を合わせると思わず吹き出す。奏太が道先の角に消えていったのを見届け、僕たちは歩きだした。
「空也、学校はどう? そろそろ慣れてきた?」
「うん。花桜梨がいてくれたから、かな」
「え? あたしが? うそー、そんなことないよー。何もして無いはずなんだけどなぁ。あたしというより、尼野君じゃないの?」
「奏太?」
奏太と言えば、なぜかいつもテンションが高い。素直なのだろう。思ったことがそのまま口や顔に出るためわかりやすく、まだ会って二週間しかたっていない僕でもなんとなく彼がどういう人なのかわかってしまった。だけど素直でうるさいぐらい調子のいい性格の彼と、クラスメイトは距離を置きたがっているように見えた。恐らく扱いがめんどくさいのだろう。僕もたまにそう思う。
それでも転校してきて緊張していた僕に最初に話かけてくれたのは奏太だった。移動教室の場所が分からず困っているときに案内してくれたのも奏太だ。そう思うと、奏太がいたからこそ、僕はこんなにも学校生活が楽しいと思っているのかもしれない。奏太がいなければ、きっと今頃龍之介や夕芽はもちろんのこと、花桜梨ともまともにしゃべれなかっただろう。
「尼野君、ちょっと変わったところあるけど、優しいし面白いよ」
奏太のおかげなのかもしれない。それでも、やっぱり僕は花桜梨と再会できたからのような気がするんだ。
「そうだよね。……でも、やっぱり、僕は花桜梨に会えたからだと思うんだ」
「あれ? でも、本当にあたしなんにもしてないよ。空也とたまに会話して、こうしてたまーに一緒に帰るぐらいじゃない?」
「そうかもしれない。けど、僕は……」
その時、不意に視界の不意を横切るものがあった。気のせいだろうか。白いものが視界の端を横切ったような気がしたのだが。
花桜梨の手入れされた艶のある茶髪が風に浮く。それに思わず目がいって、さっき横切ったもののことなんか忘れてしまっていた。
「空也?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「そう? まあ、慣れてきたならよかった。幼馴染としても嬉しいよ」
幼馴染。そう、それだ。僕は、彼女が幼馴染だから、懐かしい彼女と一緒にいられるから、だから安心して学校に通えているのかもしれない。僕が幽霊を見えることを、知っている唯一のクラスメイトでもあるし。
あれ。
そういえばまだ聞いていなかった。僕が忘隠高校に転校してきてから、彼女とまだ幽霊の話をしていない。いや、小学生の頃に幽霊の話をしたことも数回しかなかったのだけど、それでも彼女は僕が幽霊を見えるということを覚えているのだろうか。
「花桜梨」
「なあに?」
「覚えてる?」
「何を?」
「僕が……あの、――見えるってこと」
卑怯だ、と思った。幽霊という言葉を隠して彼女に聞く辺り、やっぱり幽霊が見えることを知られるのが嫌いなのだ。こんな体質で産まれてきたがために、嫌な思いをしてきたから。
彼女が忘れていてくれればいいのに。
そう願う自分がいることに気づいてしまった。
「見えるって……幽霊のこと?」
でも願いはすぐに崩れる。
彼女が忘れるはずかないことを、僕は過去の自分と共に思い出す。
僕がいじめられていたことを知っている彼女が、その理由を知らないはずがないのに。
ああ、だけど。
同時に、安堵している自分もいた。
「空也、どうしたの?」
「う、ううん。何でもない。覚えてくれていて、ありがとう」
「どうしたの急に。変なの」
うふふと、柔和に微笑む花桜梨を見て懐かしさが湧き上がる。
僕は照れてしまい顔を逸らすと、前を向いて歩き出した。
「変わらないね、花桜梨は」
「えー、そんなことないよ」
「小学生の頃から変わらず優しい」
「それは――」
丁度交差点についた。
花桜梨が足を止めて僕を見ると、言葉を続ける。
「空也もでしょ? 全く変わってない」
そう言う彼女の微笑みは、やっぱりあの頃から少し変化している気がした。どうしてこんなにも大人っぽく笑うのだろうか。それは成長したからか、それとも僕が成長していないから?。
「またね」といって帰って行く彼女の背中を見て、湧き上がる違和感を飲み込んだ。
花桜梨は変わっていない。変わらないでいて欲しかった。
でも無理なのだろう。幼い頃、彼女は両親を失くしている。明るく振舞おうとしているものの、それでも表情の陰りから彼女の気持ちをひしひしと感じてしまい、見ていられずに僕は視線を逸らして歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。