第3話 呉服買う少年

その男は、名前はトリープと言う。テスカを追って、地球上の負の吹き溜まりであるジャンクポットへとやってきた異星人だ。


彼女の容姿のことを『偶然に近い手段で手に入れた泡銭で着飾った成金の子供』として記憶していたため、ついさっきすれ違った足のついたボロ布のオバケのことをテスカだとは微塵も気付いていない。


かれこれ、この場所に来て数時間は経っている。この村の住人の話によれば、定期的にモンスターが現れてこの辺りを食い散らかすらしいので、長居はしたくないのだが。


その顔と挙動に焦りが見え始めたころ、彼の携帯に着信がかかる。画面を見なくとも誰がかけてきたのかはわかるので、あまり出たくはないのだが、相手は上司なのでそうもいかない。

溜息を吐き、携帯に出た。


「はいこちらトリープ」

「テスカは見つかったか?」


労いの言葉や挨拶よりも先にそれかよ、とはもちろん言えない。言えないが、相手にはこちらの表情がわからない。表情はその分だけ辟易としたものとなった。


「見つかってません。間違いなく地上のどこかにはいるはずなんですけど」

「あんまり悠長になるなよ。『試験』まで時間があるわけではないし、調整も色々あるからな」

「もちろんです」

「あと上の方で色々調べてみた結果、面白いことがわかってね」

「はい?」


何の話なのか。

そう聞き返す前に相手は続ける。


「彼女、どうもそっちに墜ちる前にギャンブルで有り金を全部スッてたみたいでな。身ぐるみも全部剥がされてたんだよ。多分、全裸かそれに近い恰好になっているはずだ」

「……あっ!」

「心当たりがあるようだな。それじゃあ、健闘を」


相手は通話を切る。

トリープは自分の落ち度を反省し、三秒くらいで切り替え、先ほどすれ違ったボロ布のオバケの元へと走った。


◆◆◆

「おお」


場所は呉服屋。林太は更衣室から出て来たテスカの姿に感嘆する。

ゴミの中にいたときについた汚れのほとんどは、ウェットティッシュなどの簡単な方法でしか落としていないが、それでも充分すぎる程にきめ細やかな肌が目を引く。露出しているのは、たおやかな手と首から上のみだが、それが逆に艶めかしい。


顔は今の今まで見えなかったが、テスカは物凄い美少女だったのだ。目はくりくりと大きく、純粋で優しそうな印象を与えてくる。

その瞳が自分の着ている桃色の着物と、紺色の袴の着心地を確かめる度に動く様は見ているだけで楽しい。


「肌触りはお世辞にもいいとは言えないが、まあこんなもんか。流石に贅沢は言わねーよ」


人格と言動はげんなりする内容だが。


「もうちょっと遠慮しなよ、せっかくツケでいいって言われて貰ったものなんだからさ。ところで、その顔」


やっと見えたその顔は、造形は整っている。ただし、左半分だけだ。右半分、特に目の周りは――


「ああ、これか? 火星原産、黒蛇族くろへびぞくの特徴。黒曜鱗こくようりんだ。角質一枚で三万円くらいするぞ?」


黒い鱗に覆われていた。正確には角度によって違う色を放つ玉虫色の鱗。それは

地球原産の普通の人類である林太には理解しがたい造形だが、しかし彼女はむしろ誇らしげにウインクなどをして見せつけてくる。


「火星原産ってことは、やっぱりテスカって」

「当然この星の人間じゃないな。旅行者だ。ちょっとワケありの」


テスカはあっけらかんと言う。林太はそれとなく付け加えた。


「ここに落ちてくるヤツはみんなワケありだよ」

「そうだろうけど、私の場合は……いや、今はいいか。そんなことより大事なことがある」

「腹が減ったとか言ったらデコピンね。チュートリアルはここまででいいでしょ」

「……お前、私みたいな流れ者の処理、これが初めてじゃないな」


御明察。

探偵事務所とは名ばかりの何でも屋は、上から墜ちてきた者たちの世話を引き受けることが最も多い。

そして、ある程度『ここでやっていけそうだな』と思った人間がまず最初に要求することは、大抵の場合は食事なのだ。

余裕を思い出し、空腹を自覚した者に投げかける言葉は決まっている。


「生活必需品をゴミの山から漁るのを手伝ってくれると約束するなら、食事処の紹介と代金の建て替えをやってあげるよ。ここはそうやって回ってる場所だ」

「乗った!」

「交渉成立」


そこではたと気づいた林太は、店のカウンターでニコニコ笑っている老女に声をかける。


「ばあちゃん。なんか欲しいモンあったら言ってね。レア度の高いものでも見つけてきてあげるからさ」

「いいよォ、今回はタダで」


思わぬ言葉だった。思わず林太は『なんで?』と聞き返す。

すると、老女は忍ぶように笑いながら、一種不気味な目線を向けてきた。


「こんなんでも女だからねェ。色恋沙汰の臭いは大好きなのよ」

「えっ? ばあちゃん? なに言ってんの?」

「ここに墜ちてくるのは、パラシュート付きのゆりかごで落とされる赤子、死ぬつもりで飛び込んだ失職リーマンの死にぞこない、新天地を求めて飛び込んだ冒険家崩れ。エトセトラエトセトラ……リンちゃんと同年代の女の子の案内なんて滅多にあることじゃないだろう?」

「あっ。確かに」


納得しかけたが、林太は頭を横に振る。


「いや、だからって色恋沙汰じゃないよ!」

「本当に? これがきっかけでその内ーとか、ない?」


ない! と頭ごなしに否定することは簡単だが、その場合はテスカの魅力すらも否定するようで気が引ける。

口ごもっていると、テスカが思いついたように手を叩いた。


「ああ。なるほど。それでさっきから店の外でチラホラとジジババどもが見えたり消えたりしてんのか」

「ええっ!?」


振り返って店の出入り口を見てみれば、確かに彼女の言う通り。

全員が隠れているようだが、人数が相当に多いらしく、壁やら積み上げられたダンボールの端やらからはみ出ている。


「お前って愛されてんだなー。ちょっと打算的な言い方するんなら、この村での地位が相当高いってことか。私にとって得なら本当に付き合ってやらんでもないが?」

「上から目線&即物的ッ!! お断りだよ! そんな愛の無い男女付き合いイヤだよ!」


その必死の拒絶が、どうもテスカの琴線に触れたらしい。見下すような笑みを浮かべながら、厭味ったらしく棒読みで誘惑をする。


「すきよだーりん」

「冗談でもやめろ! なんか外のギャラリーがちょっとざわめいてんじゃん!」

「……ちょっと楽しくなってきたな。母親とは大違いだぞ、林太」


あれよあれよと言う間に、テスカに気に入られてしまったようだ。新しい玩具を手に入れたかのように、くすくすと笑っている。


「よく見たら食事処のじいちゃんもいるし。勘弁してよ、もう。気まずいなぁ」

「元気出せって」

「お前のせいなんだけど! もういいよ! 行こう!」


林太は半ばヤケクソだ。ぷいと出口へと踵を返し、早歩きで店から出ていく。その場に残ったテスカは、老女の方を向いた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はいはい、なんでしょ」

「アイツ、強い?」


妙な質問をするな、と老女は首を少し傾げたが、すぐに忍び笑いをしながら答える。


「ええ。それはもう」

「そうか。それは本当にいいことを聞いたな……」


テスカも似たような忍び笑いをし、老女に『ありがとさん』と手を振ってから林太を追った。


そのとき、ふと自分に向かっている視線を感じる。それは『殺意』にも似た、獲物を睨むときの視線だった。


(……やっぱりさっきのでバレてたな)


テスカはその視線の主に見えないような角度で、小さく笑う。


(だが今はベストタイミングだな。私を狙っているのなら好都合。なんとかアイツをぶつけて、林太の強さを計るとしようか。それで私の基準に敵うようなら……)


テスカは歩調を早める。もう『試験』が始まるまで、あまり時間がない。

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