第二章:煙の立っている場所に必ずしも火があるわけじゃない
第20話 都市伝説:裏星術師試験
「さてと。映写室に行くまでもないわ。今、この部屋でブリーフィングを開始するわよ!」
センジは二人をテーブルに着席させる。
風呂で体を洗い、執事服に着替えたリンゴと、先日全裸で屋敷を走り回ったときにメイド服を紛失し下着姿となっているシィプを順繰りに見つめる。
「……ああ! まったく、本当にシィプはしょうがないメイドね!」
センジは大きく息を吐いてから、右手の人差し指に付けている指輪に意識を集中させる。指輪には青い宝石がはめられていた。
リンゴは、それがセンジが使う魔宝石だということがわかる。
ただ、それはとても小さい。通常、魔宝石は純度が荒い物ほどに大きく、純度が高いものが小さくなる。
魔宝石の純度が高い方が強力な魔術を発動させやすくなるのだが、そうなると値段が張るのだ。
やはりお嬢様。魔宝石も随分と質の高いものを身に着けている。
指輪が小さくキラリと輝いた瞬間には、シィプは昨日見た通りのメイド服に身を包んでいた。
「おし。転移終了。ほつれとかない?」
シィプはメイド服の状態を確かめる。特に損傷はないようだった。
「……問題ありません。見事なお手前です。ところでこれ、どこにありました?」
「中庭の噴水近くの茂みね」
「ああ。そういえば全裸になって思いっきり飛び込んだ記憶がうっすらと……」
それを聞いたリンゴは、信じられない表情でシィプから距離を置く。と言っても、椅子半分程度だが。
リンゴの動作はさりげないものだったが、シィプは
「大丈夫ですよ。ストレス発散した後、風呂には入ってますから。そもそもあの噴水、綺麗な水を使ってますし。掃除もかかしていません」
「なんか先輩って、第一印象を遥かに超えるくらい変なメイドだね……」
「リンゴもすぐに慣れるわよ」
そう言うセンジも苦笑いだ。
「流石に朝起きたとき全裸のシィプが同じベッドで寝ていたときは驚いたけどね」
「おいメイド!」
「ところでお嬢様。今日はいかがいたしましょう」
しれっとシィプは話を元に戻す。
やり口が非常に強かだ。内情はどうかはわからないが、表面上は罪悪感を一切覚えていないように見える。
センジもこれ以上追及せず、にやりと笑って発表する。
「……星術師試験は二ヵ月後、四月二十日にやることになっているわ。参加受付は試験開始の前々日まで有効。もちろん既に抜かりなく、昨日ネット上で受験料を決済して、受験票をさっき貰ってる」
「さっき? 郵送にしては早すぎるような」
リンゴがそう問うが、センジは得意げに答える。
「星術師協会が受験票を届ける手段は郵送じゃなくって転送なの。魔術由来か超科学由来かはわからないけど。とにかく本当にすぐに届くわ」
センジはズボンのポケットから封筒を取り出す。
星術師協会と書かれた封筒で、中からカサリと紙が入っている音がした。
「でもまあ、だからって真面目に今から魔術の特訓をする気はない。ちょっと捻くれたやり方で行こうと思ってる」
「つまり?」
シィプが先を促すと、センジは声量を少し多くした。
「裏星術師試験よ」
聞いたことのない単語に、リンゴの片眉が吊り上る。
「裏……?」
「星術師に纏わる一番有名な都市伝説。根も葉もない場所から産まれる徹頭徹尾オカルトな都市伝説とは対を成す、事実と現実がこうだから、実はこうなんじゃないかという不安から産まれたリアル指向の都市伝説よ」
センジの言葉を聞いた後、シィプはくだらないと言わんばかりに脱力し、鼻から息を吐いた。
「ありえないですね。眉唾ものです」
「ちょ、ちょっと。あからさまにテンション下げないでよ。こっちもなんか申し訳なくなるじゃない」
「あの……お嬢様。一応その都市伝説の内容を教えてくれないかな」
おずおずと手を上げるリンゴに、センジはすぐに機嫌をよくした。
シィプは既にテーブルに頬杖をついて、リラックスしている。ブリーフィングに飽き始めていることを隠しもしない。
それをあえて視界に入れまいとしているセンジの健気な説明が始まる。
「まず前提として、上位の星術師は実力者を試験なしで星術師にすることができる『指名』っていう特権があるの。指名できる時期は限定されていて、大体星術師試験が始まるちょっと前くらいなんだけど。ひとまずこのことを念頭に入れておいてね。
ことの始まりは十年前。星術師試験に集まる異星人たちで大わらわとなっている東京でのこと。とある事件が巻き起こっていたのよ。異星人が片っ端から捕まえられて、奴隷商人に売られているっていう事件。
星術師になりたがっていたみんなは、大体正義感が強いからね。受験の手続きを終えた後、あるいはときに受験の手続きすらほっぽりだした人たちが、その事件の解決に乗り出したの。
でも、いくら捜査しても奴隷市場の足取りが掴めない。先にネタバレしちゃうけど、そんなものは最初からなかったからね」
「最初から無かった?」
「星術師になりたがっていた連中を試すために、上位の星術師たちが情報を操作して作り出した『架空の事件』だったのよ。本当は捕まえられた異星人なんて一人もいなかった。いたとしても、上位の星術師たちが自分たちの邪魔にならないように真っ先に始末していたの。真相に辿り着いたヤツを星術師に指名して、口止め料としてたから、このことが明るみに出たのは随分後だったんだけどね」
それが本当ならば、星術師にとっての大スキャンダルだ。
仮に架空だったとしても、事件を自分たちで作るなど許されることではない。
「当然、このことは全宇宙を揺るがす大ニュースとして駆け巡った。この後、星術師たちが指名権の円滑な行使のためとはいえ、自分で事件を作り出すことは重大なタブーとされ、以降こういう『裏星術師試験』はなくなった……ということに表向きはなっている」
「表向きは?」
「だから都市伝説なんですよ」
シィプが口を挟む。しかし、もうリンゴの隣の席にはいない。
いつの間にか彼女はキッチンに入り、紅茶を人数分淹れていた。優しい香りが漂っている。
「今でも裏星術師試験は存在していて、それを彼らは隠しているだけなのだ……ってね。くだらないでしょう」
口調に反し、紅茶を運ぶ所作は優雅だ。
まずはセンジ。次にリンゴ。最後に自分の席に紅茶を運び、着席する。
「そんなものあるわけないでしょう。今どき小学生でも信じていませんよ」
「ところがどっこい! そうとも言えないんだなぁ、これが!」
センジは、指輪に意識を集中させる。
そして、先ほどと同じ要領で、テーブルの上に新聞を召喚した。
大見出しに書かれているのは『恐怖! 東京の街中に謎のモンスター現る』という文字。
「昨日の新聞よ。この記事の要点はこう。『深夜に大きなモンスターが現れて、人々を次々に捕食。死者推定十名を出す大惨事となった。だが丸呑みにされたり、死体が一部だけしか残っていなかったりして、被害者の身元は全員不明。モンスターはどこかへと消えてしまった』……って内容」
モンスターという単語を聞き、リンゴの背中が粟立つ。だが、何故こんなにも心がざわつくのか、リンゴには検討も付かなかった。
彼の心情に気付かず、センジは尚も楽しそうだ。
「おかしくない? 一応死体は一部分だけ残ってるみたいだし。指紋一つで家族構成や前科が丸見えになるこのご時世に、死者の身元が一人もわからないっていうのはないでしょう? でも実は一人も被害者がいないとしたら、話は完全に別になる」
「……それが裏星術師試験だと?」
シィプの疑わしげな目に、センジは怯まない。
「仮にそうじゃなかったとしても、私たちの肩慣らしにはちょうどいい。モンスター退治は、最高の暇潰しでしょう?」
「……ふむ」
シィプは紅茶を一啜りする。ティーカップをソーサーに置いてから、頷いた。
「いいでしょう。確かに余興くらいにはなりそうです。調べるだけなら、ですが」
「決まりね。裏星術師試験でも、そうでなくっても、ひとまず調べることで決定! リンゴもそれでいいわね?」
「ああ。やる!」
そこに自分の記憶の手がかりがあるのかもしれない。
リンゴは、一も二もなく引き受けた。
満場一致。一時はどうなるかと思ったが、センジは臣下たちの協力をなんとか取り付けた。
「それじゃあ、シィプ。私の外出準備を手伝って。あ、リンゴは……何か欲しいものはある?」
「壊してもいい武器全般。つまりジャンク」
自然と口から出た言葉に、リンゴ自身も驚いた。
だがよくよく考えてみると、昨日の時点で自分の戦闘スタイルはこうだったという記憶だけはある。
センジはしばらく考えたあと、シィプに訊ねた。
「……たくさんあるわよね?」
「ええ。それなりに」
「ですって。その点に関しては安心していいわよ。それじゃあ、八時に迎えに来るわね。正門で待ち合わせって言っても、場所がわからないでしょう?」
「ああ。助かるよ」
こうして奈良家の目的は定まった。
目指すは裏星術師試験。
そのために、正体不明のモンスターを追う。
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