第18話 アウトサイドの人々と研修する太郎

岩手グループは、東京の一等地に存在する工業重機企業だ。

金星の超科学技術オーバーテクノロジーをどの企業よりも早くに輸入し、それを利用した商品を国を越え、星を越え、あらゆる場所へと販売している。


最近の売れ筋商品は、ほとんどが現総帥である岩手スバルの発明であり、現在も成長を続ける大企業だ。


その岩手グループの本社。外の景色がよく見える社長室。そこに一人の怪人の少女と、若き総帥がいた。


「どういうことだ! なぜ林太のことを迎えに行かない!?」


テスカは苛立ち混じりに机を叩く。

もちろん力はセーブしている。本気で彼女が暴れたら、部屋そのものが壊れかねない。


机にあつらえた椅子に座っているのは、岩手グループ総帥の岩手スバルだ。ウェーブが緩くかかった茶色の髪を弄りながら応える。


「安心しろ。彼は無事だ。ただ、ちょっと厄介なことになっているだけでな」

「厄介なこと?」

「奈良家の敷地に落ちている」

「ナラ……」


聞いたことのある名前だ。

テスカは記憶を手繰り寄せる。

あまりにも有名な名前だったので、すぐに思い出せた。


「……大魔導師ナラか!」

「その末裔だな。先祖代々水星の力の恩恵を受けてる地球人類だよ。金星の恩恵を受けている私とは似た者だな」

「で、その生え抜きどもの土地に落ちたら、何がまずいんだ?」

「まず一つ。岩手グループと奈良家の人間は仲が悪い。私の祖父が総帥をやっていたころ、魔術の知識を得るために、あの家の弟子たちを大量に引き抜いたことがあってな。残念ながら、私と協力関係を結んだお前たちのことも良くは思ってくれないだろうな。私自身はどうでもいいのだが」


テスカは不愉快そうに眉を動かす。


「お前の会社、本当にロクなことをしないな」

「次に、あの家は相当に広い。死体をいくつでも埋め立てられる程にだ。そして最後。これが一番最悪なんだが……ときにテスカ。『天王星の羊』のことを知っているか?」


質問の意図がわからず面食らうが、それも有名人の二つ名だ。


「天王星にかつて存在した、伝説の兵士……だったか? 悪いが拷問狂だったってエピソードくらいしか、まともに記憶していないな。あ、あと五年前だったか六年前だったかに急に行方知らずになったって」

「五年前からあそこでメイドをやっている」

「は?」


質の悪い冗談だと思い、テスカは苛立ちを覚える。

しかし、スバルは大真面目だった。


「興味本位で、あの家に何回かちょっかいを出したことがあるんだが、その度に死にかけたよ。あの女は本当に危ない」

「……えっ。マジで?」

「マジだ。もしも仮に、林太が一言でも、なにかの言い間違いであっても『岩手スバルと知り合いだ』とでも漏らしてみろ。その瞬間に私たちの死は確定する。この前のときに『次はない』と言われたからな。企業の重役全員、私の友人全員を私ごと皆殺しにするだろう」


目を皿のように見開いたテスカは、深呼吸を繰り返し、平静を取り戻したあとで一つ頷いた。


「なるほど。ところでお前、誰だ?」

「記憶喪失のフリをしたところで無駄だぞ。彼女は生体センサーを搭載している。脈拍と瞳孔の状態から、対象が嘘を吐いているかどうかが目視で判別できる。嘘を吐く訓練でもされているのなら話は別だが、貴様はそうじゃないだろう」

「……ふふっ。そうか。ところでスバル。私たちって友達じゃないよな?」

「安心しろ。貴様がどう思っていようと、私たちは友達だ」

「ぬがああああああ!」


テスカは頭を抱えて絶叫する。

思いもよらぬ危機が、岩手グループに迫っていた。

せめて、林太が奈良家の者に気付かれる前に、脱出してくれることを祈るばかりだ。


ジャンクポットから抜け出し、『街』への帰還を果たした最初の一日は、こうして終わっていく。

社長室の外は、もう夜空だ。


◆◆◆

「さてと。それでは勉強の時間と参りましょうか」


メガネをかけたシィプが、真っ暗な空間に一筋指すスポットライトを浴びている。


彼女が指を弾くと、プロジェクターが起動。スクリーンに太陽系の映像が映り始めた。その映像をバックに、シィプは説明する。


「現在、この銀河には地球以外に、生物の住んでいる惑星が七つあります。

一つ目。太陽にもっとも近い星、水星。鉱石産業、とりわけ魔術の発動に必要な魔宝石が大量に採れることで有名です。別名が魔術の聖地。水星原産の生物は主に、概念体と呼ばれる実体のない高知能生物です。まあ、幽霊みたいなものですね。生物と呼べるかどうかは疑問ですが、ひとまず意思疎通はできます。

二つ目。超科学技術の星、金星。こちらは鉱石だけでなく、燃料も大量に採れます。そして、過去にこの星は『地球上で扱い切れなくなった天才』を追放する流刑地として使用された歴史があり、その結果として科学技術が地球のそれを大幅に超えました。金星原産の生物は特になし。不毛な土地だったからこその流刑地でしたからね。

三つ目。怪人たちの星、火星。独特の重力波の影響か、あるいは未知のウイルスによるものかは不明ですが、ここで産まれる人類は特殊能力を持つ『怪人』となります。比較的地球と似た環境ですが、治安は全ての惑星の中でも最悪です。主な火星原産の生物は言うまでもなく怪人。

四つ目。高速進化の星、木星。弱肉強食を体現したかのような混沌の星で、植物が植物を食べる共食いを繰り返し、ときに大気圏を突き破る成長を見せます。昨日発見した新種が、次の日には絶滅種になっていることなんてザラです。ただし、その反面、どんなものが見つかってもおかしくない夢のある星でもあります。極端に言えば、文字通りの金のなる木があるかもしれません。木星原産の生物は『日によって変わる』としか言いようがないですね。ただ動物よりは植物の方が多いです。

五つ目。怪獣と怪物の星、土星。星の表面は特殊なガスで覆われ、少し寒いですが、自然豊かで水も豊富。住んでいるのは地球の常識を越えた獣やモンスターばかりです。神秘的な美しさがある上に、写真映えがするので、よくセレブの人たちが旅行に行きます。たまにガイドの忠告を無視したおバカなセレブが怪獣に食べられてしまう、なんてニュースもやっていますね。主な土星原産の生物は怪獣。

六つ目。戦争と謀略の星、天王星。戦争をやっている理由は、ただ単に『今がそういう時代だから』というわけではなく、その戦争が兵器のテストのためのものだからです。つまり壮大な模擬戦ですね。誰が作ったのかはわかりませんが、古くから星の各地にあるジェネレーターから生まれ出た人造人間たちが、より強い兵器を作るために日夜切磋琢磨。殺し殺されの大乱闘を行っています。何故そこまでして強い兵器を作ろうとするのか……人造人間の私自身、よくわかりません。主な天王星原産の生物は人造人間。

七つ目。記録者と書物の星、海王星。太陽系に存在するあらゆる文化を記録し、保存することを目的とした星です。海王星には『天然のレコーダー』とも言うべきガラス状の観測台があって、誰かが作ったのか偶発的に出来上がったのかは不明ですが、原住民たちはこれを覗いて、太陽系を紀元前から記録しているとのことです。海王星原産の生物は妖精。サイズは人間と同程度ですが」


一通りの説明が終わり、シィプは息を吐く。

メガネの位置を直し、続けた。


「昨今は宇宙船事業が活発化。渡航技術も安定してきており、その恩恵を受けた地球の経済はかつてない発展を見せています。ですが、他の星の技術をここに持ち込むということは、それなりにリスクもありました。

つまり、地球の常識では考えられない星間犯罪の多発です。その星間犯罪を治めることを専門としたスペシャリストのことを、星術師と呼びます。

星術師になるためには、他の星の技術に精通していなければなりません。少なくとも、これらの星のどれか一つだけでも、です。

と、いうわけで」


シィプは指を再度弾く。

プロジェクターは役目を終え、そして部屋に明かりが灯る。

その部屋にいたのは、シィプだけではない。スクリーンの向かいの椅子に座っていたのは、退屈そうに欠伸をするセンジと、緊張した面持ちのリンゴだ。


「やるからには、徹底的にやりますよ」

「シィプってば、話が長いよ。そんなの言われなくってもわかってるって。ねぇ、リンゴ?」

「えっ!? ああ、はい」


いきなり話を振られたリンゴは、辛うじて頷く。

その後、何かに気付いたかのようにすぐに首を横に振った。


「いや! 待ってよセンジ! 俺は……」

「リンゴさん。次にお嬢様を呼び捨てにしたら、鼻の穴を一つ増やしますよ?」


シィプの慇懃な口調で放たれる、チンピラのように無礼な言葉。

その手にはアイスピックが逆手で握られているので、イヤなリアリティを感じる。

慌ててリンゴは言い直した。


「……お、お嬢様! いきなりそんなことを言われても!」

「もちろん給料は弾むわよ。日給一億円でいい?」

「値段えっぐ! いや、そんなバカげた給料が払えるわけがないだろ!」


無表情のまま、センジは足元に置いてあったアタッシュケースを開いた。

中にはびっしりと諭吉が並んでいる。そう、おそらく一億人ほど。

その全てと目が合った気がして、リンゴは失神してしまいそうだった。


「先払いなら文句ないでしょう?」


なんてことはないようにセンジは言う。

飴と鞭の二連コンボが非常にえぐい。

リンゴは天井を仰いだ。もう泣いてしまいそうだ。


「それでは今日のところはこれで、おしまいといたしましょう。もう遅いですし。私はお暇させていただきます。おやすみなさい、お嬢様」


映写室から出ようと、シィプは平然と歩き出す。

出口のドアに手をかけたところで、彼女は振り向いた。


「……リンゴさん。あなたの部屋も用意してあります。案内しますのでついてらっしゃいな」

「え。ああ! はい! はい!」


椅子から立ち上がり、リンゴはシィプの背中を追う。

そのとき、床に置いてある開けっ放しのアタッシュケースをどうしようと逡巡し、結局持って行ってしまった。

リンゴは出口のところで、センジに軽くぶっきらぼうな会釈をする。


センジは、映写室から出ていくリンゴの方を、笑顔でずっと見ていた。


「……受け取ってくれた、わね。ふふっ」


明日から計画は始動だ。

こういうとき、いつでもセンジはワクワクする。

一体、明日は何をしようか。そう考えるだけで楽しかった。

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