第17話 事情聴取するお嬢様
センジの体中にできた傷に、包帯やガーゼなどで治療を施した後、シィプは気絶した少年を連れてどこかへと去って行ってしまった。
その後、シィプは何分か経過したところで談話室に入り、そこにいる痛々しいセンジの姿を再度視認して、一瞬だけ悲しそうな目をした。
シィプは、ポケットの中からボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押してテーブルの上に置く。
センジは、それを興味深げな眼差しで見つめた。
先ほどイノシシを倒した少年と、シィプの会話が聞こえてくる。
「はあ。記憶が飛んでいる、ねぇ」
「ええ。そうなんですよ。だから、あのとき答えに窮したのもね? それなりの理由があったっていうか……ていうかナイフを突きつけられて答えないなら、それくらいの事情もあろうや、というものですよ。ははは」
ガチャリ、と重い金属の動く音がする。
シィプと長い付き合いのセンジにはわかった。銃の撃鉄が起こされる音だ。
「わー! わー! やめろ! 銃はやめろ!」
「いやだなぁ。ちょっとチラつかせただけじゃないですか。仮にここで暴発を起こして、弾丸があなたに当たったとしても事故ですよ事故」
「全身を拘束具で雁字搦めにしている人間に対して、よくもまあそんな台詞が吐けるなアンタ! 友達から人でなしって言われたことない?」
「ふむ……確かにこれはあんまりかもしれませんね。拷問、失礼。尋問の役には立たないのは確かです」
「取り繕わなくていいよ! 拷問だってことはわかってるよ、流石に!」
「指の骨を丹念に一本ずつ、ぶち折っていくというのはどうでしょう」
「古典的ギャング式拷問!? それショックを起こして死んじゃうから!」
「そうですね。だから死ね」
そしてボイスレコーダーから流れる発砲音。
ガタンゴトンと部屋が揺れるような音と、少年の悲鳴。
そしてボイスレコーダーの録音は終わった。
今、センジの目の前にいるシィプが
「とまあ、今の会話の通りです。彼が記憶喪失だということは間違いがありません。脈拍を見れば少しの応答で真偽はわかります」
「ん。ちょっと待って。少しの応答って具体的にどのくらい?」
「この会話に当てはめると、わー! わー! やめろ! 銃はやめろ! のちょっと前あたりですね」
「じゃあ後の会話、全部シィプの悪趣味じゃない!」
「すみません。天王星で反政府派のテロリストたちを拷問していたときのクセで。はしたなくはしゃいでしまいました。彼には申し訳ないことをしましたね」
シィプは両手を頬に当て、恥かしそうに身悶えする。
五割は本心の言葉だろう。
残りの五割で興奮している。何かの拍子にもう一回やりたいと言い出しかねない。
しかし、そんな本性をいつまでもシィプは晒さず、すぐに事務的な調子に戻った。
「……さてと。彼が何故、奈良家の敷地内にいたのかは不明です。ですが、彼が無害なのも間違いがありません。適当に金を掴ませて、そこら辺に放り出すのが一番かと」
「ん。そうね。それが一番よ。シィプ、拷問室へ案内して」
シィプは、センジの言葉に首を傾げる。
「私に茶封筒をお渡ししてくれれば、一人できちんと処分しますよ? もちろんこっそりお金を抜き取ったりもしませんし」
「余計な脅しをかけないように見張るのよ。私が! あなたを!」
「おや。信用がありませんね」
「ことこういうことに関してはね!」
その言葉にシィプは含み笑いをし、もう一つだけ報告を行う。
「……しかし、ご注意くださいませ。お嬢様。彼、どうも普通の人間ではないようです」
「普通の人間じゃない?」
「傷の治りが早すぎます。ナイフで首の薄皮を切ったはずなのに、いつの間にか治っていました」
ふぅん、とセンジは感心したが、すぐにどうでもいいと切り捨てた。
まずは拷問室に向かう。
その足取りは軽やかだ。
◆◆◆
「私は奈良家の次期党首。奈良センジ。今日からあなたの雇い主よ!」
センジの後ろに控えていた笑顔のシィプは、その状態のまま固まった。
拘束具を着たまま床に投げ出されている少年は、怪訝な表情を浮かべている。
両名、こう思っていた。
『え? なんだって?』
その様子に不安を覚えたセンジは、しどろもどろになる。
「あ、あれ。聞こえなかったのかしら。じゃあ、もう一回」
ゴホンゴホンと咳払いをして、再び寸分違わぬ挙動でセンジは言う。
「私は奈良家の次期党首。奈良センジ。今日からあなたの雇い主よ!」
「……はいィ?」
笑顔のシィプの顔から、汗がどっと噴き出る。
どうも言い間違いでも聞き間違いでもないようだ。
「お嬢様。この男が無害であることは話しました。それは保証しましょう。ですが、それだけでしたよね。報告内容はそれだけだったはずです。ただ無害なだけの男を、どうして雇うと?」
「だってコイツ、強いじゃない?」
確かに、ナイフ一本で大イノシシを屠る手前は見事だった。
それはシィプ自身も認めざるを得ない。なにせ目の前で見ていたのだから。
だが、あの程度ならシィプでもできる。
センジは社会的地位の高い場所にいるため、それなりのボディガードも必要だという理屈もわかる。
だが、やはりそれもシィプ一人で事足りるのだ。
そう目で訴えると、センジは鼻白む。そして、億劫気に語った。
「私を護衛するだけならシィプ一人でも充分よ。その点に関して疑ってはいないわ」
「ならば、何故?」
「私は魔術を使って星術師になる」
決然とした言葉。シィプは呆気にとられる。
センジの顔は、追い詰められた戦士のそれに似ていた。
「研究者としてはもう、お父様にもお母様にも追いつけそうにないわ。いや、仮に追いつけたとしても何十年かかるか。それじゃあ遅すぎるじゃない?」
「……お嬢様、まさか」
「星術師試験は、合法的に試験会場に持ち込めるものなら、どんなものでも使えるのよね? 仮に人的資源だったとしても!」
「いけません! それだけは!」
「もう決定事項よ! やると言ったらやる!」
シィプの制止を振り切ったセンジは、力強い足取りで少年のもとへと歩き、その拘束を魔術的解除呪文を使って一瞬で解いた。
少年はほっとしたように、解けた拘束を眺める。
センジは気付いていないが、シィプは絶句していた。
複雑な拘束着を一瞬で解除するなど、仮に彼女の両親でもできるかどうか。
「あなたの名前は……そうね。確か、記憶喪失だったんだっけ。それじゃあ……」
センジはちらりと、彼の首にかかっているペンダントを見る。
コバルトブルーの金属に、リンゴの模様が描かれていた。
とびきり面白いことを思いついたような笑顔で、センジは宣言する。
「リンゴ! しばらくはリンゴと呼ぶことにするわ! よろしくね!」
「……え。いや、あの、俺は」
「雇われたくないとか断るとか言ったらシィプに処分してもらうから」
「今後ともよろしくお願いいたします!」
一瞬で少年、リンゴは屈服した。
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