第11話 レボリューショナル貧乏剣術

勝負は、それからあっさりと付いた。

ロボットは、役目を終えたとばかりに一切の動きを止める。


「……ふー……上手く行った、かな」


何事もないかのように、林太は肩を回し、ストレッチをする。

勝者は、生身の、それも武器を持っていない林太だった。


遠くから、パタパタと二つの足音が近づいてくる。

それは、テスカと琴良の二人だった。


「おお。二人とも。ロボ騒動はもう終わったよ」

「ん……あ?」


戦う気満々だったテスカは、肩すかしを食らったかのように、立ち往生しているロボを見上げる。


「……ちょっと待て。このロボ、一切破損してないじゃないか。なんで止まってるんだ?」

「ロボは無事だよ。俺の手ではどうにも壊せないくらい固いし」


琴良が興味深げに、無邪気にロボを触っているのを尻目に、林太は続ける。


「琴良さん直伝の剣術、奇素舞流きすまいりゅうの奥義を使った」

「お前らのそのジャ●ーズ愛はなんなの?」


眉を顰めるテスカのことは無視して林太は続ける。


「俺たちの流派の言う『剣』の定義は、人間の使う道具ほぼ全般なんだ。つまり、このロボも俺たちの流派にとっては剣。

この流派の極意は、とにかくひたすら効率よく力の流れを捻じ曲げて、爆発的な破壊力を産み出すこと。

それを応用すると、敵の剣術家の振るう剣の力の流れすら捻じ曲げることができる。剣を受け止めた瞬間に、肩を脱臼させたりね。

今回は、蹴りを入れられた瞬間に、ロボの力の流れを狂わせたんだ。多分、コクピット内部が大きく揺れて、どこかに頭をぶつけて脳震盪を起こしたんじゃないかな」


一息に語られた理論を聞いて、テスカはぽかんと口を開ける。

要約すれば、無敵のロボの外側から衝撃を加えて、中にいる脆弱な人間を攻撃したということになる。


「……おい。コクピットなんて外から見えないだろう?」

「二発ぶちかませば、どこら辺にコクピットがあるかはわかるよ。あれだ。エコーロケーションの原理で」


またもテスカは絶句する。

ばつが悪くなった林太は、居心地が悪そうに肩をすくめる。


と、そこで、林太もテスカに聞きたいことがあったということを思い出した。


「おいテスカ。それより契約のことだよ」

「あ」


テスカは、しまったという顔になる。

言い忘れていただけで、隠していたつもりはなかったのだろう。


「まったくとんでもない体質にしてくれたな! いや、今回は助かったけどさ!」

「とんでもない体質って?」

「おい」


流石に怒りそうなので、威圧的な声を出す。

しかし、テスカは慌てた様子で手を振った。


「待て! 本当に私は契約の内容を知らないんだよ! ただ黒蛇族の能力として、そういうことができると先祖から聞いたことがあるだけだ! 言い伝えの内容もアバウトで、詳しいことは何も知らない!」

「その割には、あの岩手ってヤツは黒蛇族の契約のことを知っていたような」

「アイツらは独特の情報ネットワークを持っている。

なあ、知っているか? 怪人がこの地球に来て一番驚くことは、自分たちの種族のことを、自分たちが知っている以上に詳しく書いている怪人図鑑の内容だ。私たちは、お前たちが思っている程、私たちのことを知らないんだよ。興味がないし、人類学の文化も火星では未発達なんだ!」


そうなると、この契約の情報源として、テスカには一切期待できない。

この場で契約のことを最も知っている人間は、というと。


「……何とか岩手をロボの中から引きずり出せないかな」

「お? 処す? 処す?」

「もう口を閉じてて」


どこか楽しそうに、目を輝かせているテスカに溜息を吐き、琴良に話しかける。


「コトラさん! なんか開閉スイッチみたいなものはない?」

「あー。そうですねー。十数年前に上階で見たヤツよりも大分新しい型みたいだけど。根本的な仕組みはあんまり変わらないですねー。背中のプラグに鍵をさせば、多分開きますよー」

「鍵なんてないよ」

「ピッキングでも可です。というかそっちの方が十倍も楽に済むかと。鍵屋のおじい様を呼んできます?」


中からスバルを引きずり出す算段を付けていると、そこで人型ロボが首を少しだけ、がしゃりと動かした。

テスカは目を鋭くする。


「起きたぞ! どうする!?」

「あーららら。林太ってば、あなたちょっと一撃が浅かったみたいですね。修行が足りませんよー」


息子を諌めるその口調に反し、琴良は楽しそうだ。口の端が吊り上っている。


「どれ。私が亜羅詩流あらしりゅうの真の威力を見せて上げましょう」

「もう素直に青森流でいいだろ!」


テスカはそう言って、腰を落とす。すぐにでも飛びかかって、蹴りを入れるつもりなのだろう。

しかし、その必要はなかった。スピーカーから声が漏れる。


「ぶ……」


ぶ?

三人が首を傾げると、ロボの胸部からガスが漏れる音が響く。

ガスの圧力が抜けたハッチは、ゆっくりと開き、その中から一人の男が出てきた。

年齢は林太と同じ程度。いや、まったく同じと言ってもいいかもしれない。濃い青のスーツを着こなしており、その表情は満面の笑顔。

頭をどこかにぶつけて切ったのか、だくだくと首まで血で濡らしている彼は、両手を広げて高らかに叫ぶ。


「ブラヴォーーーウッ!」


琴良と林太は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

その親子の横で、テスカがやれやれと首を横に振った。


「……戦意は、ないみたいだな。でなければ顔を出すわけがない」

「御無沙汰だな、テスカトリス!」

「テスカでいいと言っているだろう。お坊ちゃまは堅苦しいから困る」

「もうお坊ちゃまではない。総帥だ!」


テスカとスバルは、どこか親しげに話している。

その光景が心底理解できない、という態度を林太は隠しもしなかった。


「……あれが総帥!? 俺と同じくらいじゃないか!」

「どうも親が暗殺……早死にしたらしくってな。息子が企業を乗っ取り……予定よりも早く継ぐことになったんだ。頭脳は大学修士レベルだったから問題はなかったし」

「なんかところどころに怪しげなワードが入ってなかった?」

「……」


テスカは目を逸らす。

彼女は林太に嘘を吐かない。だから、これ以上のことは話せないのだろう。


なるほど。今までの行動と、今の言動を見ればわかる。

彼を一言で表すなら『サイコ七光り野郎』だろう。


血を流しながら、狂ったような笑顔でスバルは言う。


「貴様を認めよう、貧乏人! お前は成功者の私よりも強い! 凄く強い! かなり強い! はーっはっはっは! 強いぞーーー!」

「うるさい」

「む。そうか。呼び名が貧乏人では可哀想だ。そういえば名前を聞いていなかったな。いや、トリープからの報告に名前があったかもしれないが、興味がなかったので忘れただけかもしれない」


なにも『貧乏人』というワードに不快感を覚えたわけではない。

裏の意図も何もなく、本当に声がうるさいのだ。


「貴様の名前を聞こう! 貴様の口から聞きたい! 貴様のことを頭脳に刻もう!」


ここまで暑苦しい求め方をされると、逆に教える気が失せるが、しかし教えないとなると永遠に付きまとわれそうだ。

語り口調がやたらくどい。


「……青森林太」


仕方がないので、名乗る。

スバルは、それを聞いて『万人のための役者じみた笑顔』ではなく『友人のための個人的な笑顔』を浮かべた。


「いい名だ。今度こそ、もう忘れないぞ。さて、黒蛇族の契約の詳細だったか? もちろん知っている! テスカトリス以上に!」

「あ。そうだった」


あまりにスバルのキャラクターが濃いから、すっかり忘れてしまっていた。

だが今は、それが重要案件だ。依然としてそれは変わらない。


「さあ! 何でも聞くがいい! 知っている限りは全てを話そう! だが! その前に!」


スバルの表情がまた変わる。笑顔ではない。追いつめられたような、不愉快そうな顔だ。


「その前に?」


林太が促すと、不愉快そうな顔のスバルの頭から、せきを切ったように血が溢れ出す。まるで噴水のようだ。

そして、だらりと垂れさがる両腕。胸部ハッチから転がり落ちる体。

ずしゃり、と落下して、その場に血だまりを作る。


「た、助けてくれ……死ぬ……」


唖然と、三人は死にかけの総帥を見下ろす。

その中の一人、琴良が、それを指さしながら困ったように言う。


「……林太。この人、面倒臭い……」


琴良に言われたらおしまいだ。

テスカと林太の両名は、シンクロしたように溜息を吐く。


かくして、テスカと岩手グループの因縁に、一応の決着がついたのだった。

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