第12話 旅立ちのきっかけ:悲劇の足音

ひとまず、ロボのことは遠くから様子を見ていたトリープに任せることにした。

最低限の操縦はできるらしいので、あれがゴミに埋もれる恐れはないだろう。

琴良は、もう自分は用済みとばかりに探偵事務所へと帰って行った。あとの処理は面倒なので、林太に全て押し付けるつもりらしい。いつものことなので林太も特に異存はない。


次に、スバルへの応急処置だが、本当に簡単な治療でことは済んだ。

懸念材料を片付けた後は、やっとのこと本題に入ることができる。


診療所のベッドに横たわるスバルは、林太、テスカに語り始めた。


「黒蛇族は絶滅危惧種で、その情報を集めるのには相当に苦労した。だが歴史上、数多くの地球の有権者たちの傍には黒蛇族の影がちらほらと見えていた。一番古い記録は紀元前のメソポタミア文明。岩手グループの触手が自由自在に伸びる範囲はほとんど地球限定だが、それでも調べること自体は可能だったんだ」


林太は怪訝そうに眉を動かす。


「それは……どういうこと? 宇宙船事業が活発化してから、まだ百年も経ってないじゃないか」

「知らないのか? 宇宙船がない時代であっても、星と星の間を行き来する方法はいくつかあったんだ。水星の次元転移魔術。金星の量子力学的テレポーター。火星の怪人たちの特殊能力……もちろん、黒蛇族にテレポーテーション能力はないから、地球に来るときは他の怪人頼みだったらしいが」


スバルの丁寧な説明に、林太は頷く。

それを見たスバルは気を良くして、更に饒舌に語りだした。


「怪人たちを含め、異星人が何故、地球に来るのか……諸説ある。まず、この地球は重力、空気圧、温度、湿度、資源、様々な観点から言って、数ある惑星の中で最も住みやすいからだ。

地球に住みたい異星人にとって大事なのは、原住民たちの社会に馴染めるかどうか。

そのころの銀河では、星と星を行き来できる手段は本当に限られていたから、戦争もなにもできないし、征服っていう発想が出なかったんだろう。

そのころの地球人類の数もかなり多かったし、出来上がった社会に逆らうのは得策じゃないことは誰でもわかる。そもそも、そのころの他の惑星の文明力は、どこも地球とどっこいどっこいだったしな。それに……」

「スバル。話を元に戻せ」


テスカの言葉に、スバルははっとなる。

一つ咳払いをして、気持ちを切り替えた。


「まあ、つまりだ。遥かむかしから怪人たちは能力を活かし、地球に根付いていた。ある者は神として崇拝され、ある者は妖怪として恐れられ、そして黒蛇族は、地球の有権者たちと契約を交わすことを条件に、いつでも高い地位を保証されていた。

その記録によれば、黒蛇族の契約の内容の予測を、かなり精度を高めて行うことができる。もう言わずともわかっているかもしれないな。黒蛇族と契約した人間は、


何度も攻撃された記憶が蘇り、林太の体中に寒気が走った。

死なない方がいいに決まっている。だが、あそこまで攻撃を受けて死なないのも異常だ。気が狂いそうになる。

そんな林太の様子を見て、テスカは不安そうな顔になった。


「……林太。大丈夫か?」

「ああ。続けて」


林太はつとめて平静を装う。

スバルは、頭に巻かれた包帯を弄りながら話を続けた。


「契約の期間は、その契約を交わした黒蛇族が死ぬまで。契約の対象となるのは口づけを交わした者。契約が有効な間は、対象者はどれだけの攻撃を受けても絶対に死なない。傷もすぐに治る」


ならば、林太と戦ったときのスバルの言葉は全て、ハッタリだったのだろう。

あそこで逃げずに立ち向かってよかった、と林太は冷や汗を流す。もしも林太が逃げ出した場合、スバルは不死者に対応するあの手この手をゆっくり考えていたに違いない。


割と、不死者を攻略する手段はいくらでもあるのだ。代表的な方法と言えば封印だろうか。


「ただし、この契約には例外がある。契約主の黒蛇族が泣いている間は、不死性が不活性になるんだ」

「なんだって?」


聞き捨てならない言葉に、林太の意識が現実に引き戻される。

その顔を見て、スバルは意地悪そうに笑ってみせた。


「……絶対に彼女を泣かすなよ。泣かせてしまったとしても、すぐに泣きやませろ。じゃないと、本当に死ぬからな」

「う……」


ぞっとしない話だ。

テスカを一生泣かせない。それではまるで――


「ふふ。まるで結婚したみたいだなぁ、林太?」


思いつきはしたが、言わずにおいたことをテスカが言ってしまった。

林太はこの際、少し強めに否定する。


「あーあ……もう! だから俺は星術師にならないって言ってるだろ! 他を当たりなって!」

「いーやーだーね! 私は絶対にお前を連れていく! お前じゃないとイヤだ! お前を連れていけないくらいなら、永遠にここに残って駄々をこね続けるぞ」


更に強く否定されてしまった。

これでは本当にラチが明かない。

そのやり取りを見たスバルが、首を傾げた。


「貴様は星術師にならないのか?」

「ああ。この場所が故郷だからね。離れるつもりは毛頭ないんだよ」

「そうか。残念だ。新しい友達ができたと思ったのに、あと三ヶ月の命だなんて」

「ああ、俺も本当に残念だ……待て。今、なんて?」


何かの聞き間違いかと思って、林太はすぐに聞き返す。

だが、スバルは何のこともないように言う。


「む。だって、テスカが死んだら、お前も死ぬだろう?」


冗談を言っている調子ではない。

心底、当然だろうという顔をしている。だが、林太とテスカには何の話をしているのかすらわからない。

スバルはしばらく考えた後、何かに思い当った顔になる。


「……もしかして、知らないのか? 日本の地上部分は、もうすぐされる予定なんだぞ?」

「な……は?」


焼却消毒?

物騒な単語だ。そんな言葉、今の今まで聞いたことがない。

先に取り乱したのはテスカの方だった。


「ちょっと待て! スバル! それは一体、何の話だ!?」

「……あ。そうか。なるほど。わかったぞ。そもそもこの地上部分にいる人間や動植物は、公には既に全滅したことになっている。実際にはそんなことはないと東京の住人は知っているが、政府のヤツが大々的に宣伝したりするわけないか」

「一人で納得するな! すぐに教えろ!」


テスカに揺さぶられたスバルは、記憶を巡らせながら答えた。


「この地上から出たモンスターが、ついに飛行能力を持ち始めたんだ。これが増殖し始めたら、未曾有の大惨事になる。まだ『街』の方まで飛べるような個体は出てきていないが、いつか出るのも時間の問題だ。だから政府は、この地上のことを三か月後に焼却消毒することに決定したんだよ。

そういえば、一般のメディアは大々的に報道していなかったな。いやむしろ、一切情報が出ていなかった。もしかすると私のような情報通しか知らないのかも……いや、その発想はまったく考えてなかった。みんな知っているものだと」


テスカの顔から血の気が引いていく。

舌を絡ませながら、更に詰問した。


「な……バカな! その焼却消毒っていうのは、具体的に何をやるつもりなんだ!」

「具体的にどうもこうも……文字通りだろ。超科学の星、金星から得た技術と、戦争の星、天王星の兵器をハイブリットさせた面制圧型光線兵器を大量に投下して、一気に地上を焼き払うんだ」

「バカ野郎! ここにいる連中はどうなるんだ!」

「……どうでもいいだろ?」


ケロリと、スバルは言ってのけた。

罪悪感も何もない、本当に澄んだ瞳で。


いつの間にかスバルの胸倉を掴んでいたテスカは、目を見開いたまま停止した。


「……そんな……そんなのってあるかよ。だって、ここにいる連中みんな、いいヤツなのに……どうでもいい、なんて……」


胸倉を掴んでいた手を離し、ふらふらとテスカは後じさり、診療室の壁に背中をぶつけた。俯いている彼女の眼は、光が揺らめいている。今にも涙が溢れそうだ。


そんな中、林太は逆に、冷静になっていった。


頭の中で、手に入った情報を整理している。

そして、しばらく考えた後、スバルに目を向けた。

それは、力強い目だった。


「……岩手」

「スバルでいい。何だ、林太?」

「俺たち二人を上に連れて行け」


その言葉を聞いたテスカは、勢いよく顔を上げる。


「金があれば全てを支配できる……今は、テスカがいつか言った通りじゃないと困るな」

「林太……!?」

「焼却消毒なんてさせない。させてたまるもんか」


取り乱さない林太を見て、スバルは薄く笑う。


「……いいだろう。私はどっちにしろ、契約の力が欲しかったのだ。自分自身が契約者になれなかったのは確かに残念だが……まあ、貴様なら文句はない」

「借りは返す」

「当然だ。絶対に返してもらう」


スバルはますます笑みを深くした。


「出発は明日の三時だ。用意は怠るなよ」

「うん」


林太は頷き、そしてテスカに向かって、真っ直ぐ言う。


「なるよ。星術師」

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