第10話 かなり無敵なロボ
起きたテスカを一人で銭湯に向かわせてから、林太は考える。
テスカと契約を交わしたとき、トリープの慌てようは尋常ではなかった。
慌てた理由は、契約を結んだが最後、他の人間と契約を結ぶことが不可能になるからだと予測できる。
だがこの場合、単なる八つ当たり目的でない限り、テスカを追う理由がなくなるため、こうやってトリープたちが尚も追跡をやめないことの説明にはならない。
そこで思い出されるのは、あのロボットは林太のことを本気で殺そうとした、という事実だ。
この二つを結びつけると、導き出される仮定は一つ。
契約は林太が死んだ時点で満了。あるいは無効になる。
テスカと契約を結びたがっている上司は、テスカのことを積極的に殺そうとはしない。そして、林太が生きている限り、契約は結べない。
ならば、二手に別れた場合、あのロボットは間違いなく林太を追うだろう。
まずは林太を殺さない限り、契約するだけの条件が満足に揃わないのだから。
果たして、その予測は正しかった。一瞬だけ考える素振りを見せたものの、空をホバー飛行しているロボットは、林太の方を追う。
「いいぞ! そのまま付いて来い!」
やはり、林太が向かう先はジャンクポットの大穴の下だ。
そこが林太のステージだから、という理由もある。だが今、彼が大穴の下へと向かうのは、もう一つ別の理由がある。
そこでなら確実に、ロボットが飛行をやめるからだ。
しかし、そこに至るまでの道が遠い。
もちろん、肺が潰れかねないほどに全力で走っているが、流石に銃弾より速くは動けない。
ロボットは林太の後ろから、亜音速の弾丸を次々と発射する。
空を飛んでいるから狙いが定まらないのだろう。それは林太の傍を掠めるだけで、ダメージを与えることはないが、林太の心から余裕を奪うには充分すぎる威力があった。
それに、何故だろう。ちらりと後ろを見て、弾道をよく見てみると、それが野球の変化球のように曲がっているように見える。
具体的に、あらぬ方向に向かって撃たれていたはずの銃弾が、林太の方へと方向を変えて、迫ってきていた。
空から走っている標的を撃っているにしては、あまりにも狙いが正確すぎる。
着弾したそのときに爆発するHE弾でないことだけが救いだろうか。
先ほど、別れ際にテスカに聞いた話を思い出す。
『あのロボは、とある企業の御曹司……いや、もう総帥になってたっけな。とにかく社長だかなんだか偉いヤツの専用機だ。
銃の中には
金星の超科学技術をふんだんに使って作られた最強の兵器。あれを倒すのは骨が折れるぞ』
もしかすると、銃弾は撃った後に、振動によって弾道を変えることができるのかもしれない。
だとしたら、あの弾はあらゆる装甲を瞬時に切り裂き、
流石に、ある程度の射撃の安定性は必要だろう。少なくとも空から、足場もない状態で当てられる程ではない。
だが、もしもあの兵器が飛行をやめたそのときは、あの命中補正は厄介だ。
◆◆◆
ジャンクポットの大穴の真下。
ゴミの山がところどころにできている、いつもの場所へと到着した。
ここは林太の
「頼む。頼むよ……降りてきてくれ」
走りながら後ろの様子を伺う林太は、呪文のように唱え続ける。
おそらく降りてくるだろうとは思ってはいるが、不安が消えない。
しかし、不安は霧消することになる。
大穴の真下に来るかなり前から、段々と高度を落としていたらしい。
しばらくそのまま滑るように地面を移動していたが、ある瞬間にジェットエンジンを停止させ、慣性を殺さぬまま地面と接触。勢いそのままに走り出した。
それはそうだ、と思いつつも、林太は胸を撫で下ろす。
この大穴からは、ゴミが落ちてくる。それも大量に。
唯一、午後三時からの三十分間のみが、ゴミが一切落ちてこない時間帯だ。
ジェットエンジンの中にゴミが巻き込まれたが最後、もうあのロボットに上へと帰る手段はなくなる。
その怖れがあって、まだ飛行をやめないならば、厄介以前にバカだろう。
あの人型戦闘機は遠隔操作で、中に人が入っていない可能性は考えたくもなかった。その場合、機体の使い捨て覚悟でこちらに攻撃をしかけてきたかもしれない。
だが、それもありえないと踏んでいた。遠隔操作にしては反応が機敏すぎる。ラグがないからだ。
中に人が入っていて、状況を見て操作をしていることは間違いがない。
――ここまで来れば、あとは機敏さの勝負だ。ゴミの山に紛れて、背後に回り込み一撃。そこから一気に叩き込み、勝利をもぎ取る!
林太は歯を食いしばり、ぐるりと振り返ってロボットと相対する。
最後のひと踏ん張りだと鼓舞し、地面に突き刺さっていた鉄パイプを抜き取り、ゴミの山を縫うように進む。
これでおそらく、あちらは林太を見失うはず。
そう思い込んでしまったのが失策だった。
ゴミの山の隙間からロボットの姿が一瞬だけ見える。
そのとき、ロボットと林太の目が合った。
「……なにっ!?」
がしゃり、とロボットの巨体に合わせて作られた銃が、林太に向けられる。
そうだ。これがあった、と思い出す。
最初の一撃のとき、ロボットは建物の中の林太のみを正確に狙撃してみせたのだ。
原理はまるでわからないが、透視かそれに類する何かで、林太のことを認識している。
故に、隠れていたのは林太ではなく、一方的に敵のことを認識できるロボットの方だった。
銃の引き金が、無情に引かれる。
咄嗟に弾道に向かって鉄パイプを投げたが、あらゆる装甲を貫く弾には無力だった。一切軌道は変わらず、林太の体に衝撃が走る。
呆然と、下を見てみると、服を貫いて腹に見事な大穴が開いていた。
「あ……」
――死んだ。こんどこそ死んだ。当たってる。間違いなく。
あまりのことに、もう痛みすら感じない。
林太はそのまま、何年もの間、自分を助けてくれたゴミの山に膝を付く。
「……あ?」
だが、死なない。腹に開いた大穴が、先ほどよりもこころなしか小さくなっている。
気が付けば、その辺りに飛び散っていた血や肉が、映像の巻き戻しのように、元あった場所へと戻っていく。
「お!?」
結果、服以外の全てが元通りとなった。腹には傷一つ付いていない。
「な……な……な……!?」
青森林太は、一般的な地球人類だ。こんな、とんでもない体質は持っていなかったはずだ。
不死性。
そうとしか表現のしようがなかった性質が、彼の体に宿っている。
「素晴らしい!」
「噂には聞いていた。絶滅危惧種、黒蛇族の『契約』の効果! それがあれば私は無敵になれる!」
「……これが、契約の効果、か?」
つまり、またしても林太はテスカに救われたのだろう。
ただし、トラブルを連れてきたのもテスカ本人なのだが。
林太は立ち上がり、ロボットと再び相対する。
「ぐ……かなり気持ち悪いが、でも今回ばかりは助かった。これ、今日の昼ご飯も元に戻ってるんだろうな? いや、それよりも」
林太は死なない。
ならば、これ以上の戦闘は無意味ではないのか。
「おいアンタ! もうこれ以上の戦いは」
しかし、言い終わる前に林太の頭の右半分が吹っ飛んだ。
スプーンで掬われたゼリーのように、綺麗に抉られた頭は、やはりすぐに元に戻る。
「ぶ、はっ!?」
どうも、まだやる気らしい。
一体何故、と林太はまたしても考える。
少なくとも、このロボの中にいる何者かは、林太よりも黒蛇族の契約について詳しいのは事実だ。
ならば、この契約を無効にする方法もなにか知っているのではないか。
いや、知っているのは契約を無効にする方法というよりも、契約の内容そのものだ。
仮にだが、この不死性に何らかの制限がついていたとしたら。
例えばそう、アクションゲームのような復活の回数制限。つまるところ残機の数だとか。
だとしたら、林太がこのまま攻撃を受け続けていれば、いつかは本当に死んでしまうのではないか。
「冗談じゃない! くそっ!」
その思考にまで至り、林太は泡を食ったように慌て、無謀な突撃へと転じる。
一体どの程度復活できるのかは不明だが、直線で勝負をかけた方が明らかに早く済む。
次は首が吹っ飛んだ。だが、やはりすぐに復活する。
右腕が吹っ飛んだところで、やっとロボットの足元に到着することができた。
そのあたりにあった適当な廃材を掴み、思いきりロボの右脛に激突させる。
この剣術独特の爆発音が響いたが、ロボの装甲は一切、ダメージを受けなかった。へこみもしない。
「固っ!」
狼狽していると、サッカーボールのように思いきり蹴り飛ばされた。ゴミの山に叩きつけられ、身動きが取れなくなっているところをまた銃で撃たれる。
もう人体のどこが、どんな壊れ方をしているかもわからない。滅茶苦茶だ。
「ぐっ!」
ゴミの山からなんとか脱出し、また廃材を引っ張り出して、ロボの左脛を攻撃。やはり爆音が響くだけで、破壊できない。
エネルギーが中和されたり、分散されているわけではなく、単純に装甲が固いのだろう。機体がビリビリと震える手応えはある。
「無駄だ。私の愛機は、人間の手では破壊できない!」
「……確かにそうだね」
林太は、このロボを壊すことを諦める。
師匠の琴良なら壊せるのかもしれないが、少なくとも林太には不可能だ。
「念のために言っておくが、助けは期待しない方がいい。私はその前に、お前を何回でも壊すことができる」
どこか誇らしげなその声に、林太は俯く。
廃材を手放し、脱力していた。
勝ち誇ったような笑い声が、ロボのスピーカーから漏れる。
「私の名は岩手スバル。産まれながらの成功者。悔しがることはないぞ。私に勝てる人間なんてこの世にはいないのだから!」
再び林太を蹴り飛ばすために、ロボの足が振りあげられる。
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