第9話 ロボで来る御曹司

噂が噂を呼び、既に林太がジャンクポットを去るという噂は、収拾がつかない程に大きくなっていた。


余計な尾ひれはひれが付いては、もう林太一人でどうのこうのできる問題ではなくなる。


発端はテスカかもしれないが、噂を噂たらしめるのは伝言だ。そして、伝言が正しく過不足なく伝わることは、ほとんどない。


少し離れた場所では、実は林太は亡国の王子ということになっていた。


「もうダメだ! おしまいだ! なんで俺がこんな目に合わなくっちゃならないんだ!」


噂を取り消すことを諦め、事務所に帰ってきた林太は、両手を地面について慟哭する。

琴良はモンスターを持ち帰った後、返り血を落としに公衆浴場へと向かったために、今この場には林太以外には誰もいない。


「テスカめー。帰ってきたら絶対にデコピンしてやるからなー。くそー」

「あれ? 私を呼んだか?」


その聞き覚えのある声に、はっと顔を上げる。いつの間にか、傍にいる和服姿の美少女。

灰色の髪のセミロングを弄りながら、小憎らしい顔で微笑んでいるテスカ。


「テスカ。お前のせいで俺はねぇ。あらぬ噂をたてられてねぇ……」

「あらぬ噂? これから上階に行けば、噂は事実に変わるだろう?」

「……お前」


林太は立ち上がり、彼女の瞳を覗き込む。


「どうしてそこまで星術師にこだわる?」

「……お金が欲しいから。言っただろ。星術師は銀河中で最も稼げる仕事だ」

「なんでお金が欲しいんだ?」

「そこに理由を求めるか!」


耐え切れないとばかりに、テスカは大声で笑った。

しかし林太はくすりともしない。


「あのな、林太。お金で買えない物は、この世に一つも存在しないんだよ。わかるか? つまり、お金がたくさんあれば、叶わない願い事はないんだ。それは世界を支配できることと変わらない」

「テスカは、世界を支配したいの?」

「それは結果論だよ」


テスカは、そこから笑いをふっと消しさり、林太と正面から向き直った。


「……誰にも支配されたくない。なら世界を支配するしかない。それだけだ」


林太は、射竦められたように呼吸が止まる。

その瞳の奥に宿る光は、憎悪。そして悲哀。

単なる強欲からの言葉ではない。テスカは何かを抱えている。


そこまで考えて、ふと林太の頭に浮かぶ仮説。


「テスカ、もしかしてお前は……」


そこまでだった。

唐突に横槍が入り、言葉は最後まで伝えられることはなかった。


突然屋根を突き破り、林太に一直線に向かう亜音速の弾丸。

それは正確な狙いで、林太の命のみを刈り取らんとばかりに、頭に命中。


そして――


◆◆◆

バカな。

その言葉だけがトリープの頭の中を満たす。


説得も何もあったものではない。

スバルは、一キロメートル先の民家に向かって発砲。


ガラクタ造りの家は、見るも無残に四散した。


だがトリープが驚いていたのは、そこではない。マシンのスペックはトリープも良く知っている。こういう芸当ができる機械だ。


問題はそれを実行したことだ。勧告も脅迫も一切なしで。


「総帥、あなた、なんてことを……」

「問題ないよ。あの少年の頭しか撃ちぬいてない。搭載した生体センサーに狂いはないことは、事前のテストで確認済みだ」


トリープは絶句した。

受け答えがズレている。そんなことはどうでもいい。


「なにも殺すことはなかったでしょう、と言いたいのです」

「ああ、そう」


しかし、やはりこう言っても会話が続かない。


本物だ。人を殺しても尚、彼は一切動じていない。

殺人鬼なら殺人を楽しむ。善人なら殺人を悔やむ。


だが彼は、人の命への興味そのものを欠いている。楽しんでもいないし悔やんでもいない。

トリープも林太のことを殺そうとしたが、しかし一応、彼なりの敬意と責任感は持ち合わせていたつもりだ。恨み辛みを引き受ける覚悟だった。

だがスバルは、それすらも心の中に存在しない。


「じゃ、あのペシャンコになった建物から、テスカを回収しようか。周りに被害が出ないように速度を抑えて撃ったけど、まさかあそこまで建物が脆いとは思わなかったよ」


そう言って、ロボットは姿勢を変える。狙撃体勢から移動体勢へ。

しかし、その途中で、ガラクタと化した建物がうごめいた。


腕ずくで瓦礫がどかされ、蹴りでもって移動に邪魔な残骸を排除する。

そうやって出てきたのは、テスカではない。


ボロボロになった林太本人だ。腕にはぐったりとしているテスカを抱いている。

必死の形相で建物から出て、足をもつれさせながらも、どこから攻撃されたのかを窺うようにキョロキョロと周りを見渡している。


トリープは、間違えてテスカの頭を吹っ飛ばしたのでは、と一瞬考えた。だがテスカの方も目立った外傷はない。

そもそも、あの弾をまともに食らったのだとしたら、人体が残っていること自体がおかしいのだ。


「総帥。あれは一体」

「なるほど」


スバルは大して、驚きもしていなかった。死んでいて当然なのだが、死んでない場合も想定内と言わんばかりの態度だ。


「トリープ。あれが契約の効果だ」


その内、林太の目がこちらの巨大ロボを捉えた。

親の仇でも見るような目で睨み付けた後、走って住宅街の中心へと走っていく。


「……ん?」


何故?

昨日戦ったときは、住宅街への被害を気にして、外縁へと逃げていたはずなのに。


トリープはそう思ったが、しかし違和感を上司に話すことはしなかった。驚かされた、せめてものお返しとして。


◆◆◆

「テスカ! おい、起きてくれ! テスカ!」


テスカのことを抱えて走りながら、林太はその名前を呼ぶ。

今、林太は自身の人生史上もっとも必死になっていた。


確かに頭に銃弾のようなものが命中したのだが、林太はこの通り生きている。

どんな奇跡が、どれくらいの確率で起こったのかは知る由もない。だからひとまず、このことは脳の片隅に置いておくのみで、考察は後にした。


今重要なのは、あのトリープと一緒にいたらしき巨大ロボの詳細。

次に、テスカの怪我の状態だ。


ひとまず、銭湯にいる琴良にテスカを預ける。それが林太の当面の目的だが、しかしその前に、彼女からロボの詳細が聞けないと困る。


あれは建物の中にいた林太を、正確な狙撃でもって襲った。

どんなカラクリになっているのか聞けないことには、どう対応すればいいのかわからない。


その内、必死の声がなんとか届き、テスカが目をうっすらと開ける。


「林、太……」

「テスカ! 寝起きで悪いんだけど、聞かせてくれ! あれは一体なんだ!?」

「あれって……」


テスカは気絶していたのだから、あれと言われてもわからないだろう。

そう気づいて、林太はどう説明しようかと頭を巡らせる。


しかし、林太の腕に抱かれていたテスカは、林太の顔から目を逸らし、林太の後ろへと視線を送る。


「……あれのことか?」

「えっ」


逃げるのに夢中で気付かなかったが、遠くからジェットエンジンの音が聞こえる。テレビで聞くものよりも、かなり鮮明で、迫るような音。

林太は泣きそうになった。もう振り向かなくてもわかる。空を飛んで、ロボットが追ってきているのだろう。上空からこちらを狙っているに違いない。


「そりゃ……追ってきますよねぇ。そりゃそうですよねぇ。ははは」

「林太! アイツ、銃を構えてるぞ!」


完全に覚醒したテスカの言葉で、空笑いすら出なくなる。

緊張と疲れのせいで喉が干上がってしまった。


敵は空。こちらの戦闘スタイルは接近戦。

もうどうしようもなかった。


「……いや、待てよ」


方法は、一つだけ残されているかもしれない。

仮にあのロボと戦うのならば、の話になるが、可能性は完全に断たれていないことに気付いた。


「テスカ。銭湯の方へ行って。コトラさん……所長にこのことを伝えて!」

「林太は、どうするつもりだ?」

「どうするもこうするも……」


昨日会ったばかりの女の子のせいで、面倒事が雪崩のように押し寄せてくる。普通なら戦う義理はない。

しかし、あのロボットは、テスカが近くにいたにもかかわらず発砲した。

仮に林太のみを殺せるという確信があったとしても、建物が崩れてテスカが怪我をするかも、と考えたはずだ。探偵事務所は、一目見ればわかる程に造りが杜撰だ。遠目でもわかる。

多少の怪我は許容範囲の内だと言うのなら、最悪、四肢をもいででもテスカのことを連れ去るだろう。


想像してみるに、どうもまともな扱いは期待できそうにない。


流石に面倒を引き受けた都合上、テスカを無責任に放り出すわけにもいかない。

せっかく助けた命を、わざわざ誰かに譲渡する意義もない。


一体どうするのか。答えは一つだけだ。


「あのロボは、俺が始末する!」

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