第8話 外堀埋め子
林太は後悔した。
テスカは何故『諦めない』と言いながらも、探偵事務所に留まって林太を説得しなかったのか。その理由を考えるべきだった。
そういえば、前に彼女は『一度好きになった人には嘘を吐かない』と言っていた。
それはつまり、好きではない人間には平気で嘘を吐くという言葉の裏返しでもあったのだろう。
その証左として、林太は窮地に立たされていた。昨日のトリープは明確な敵だったので叩きのめせば済む話だった。しかし、今日の林太を追いつめているのは、彼が愛しているジャンクポットの住人たちだ。殴るわけにもいかない。
先日荒された町並みを直すため、住宅街の方へと向かってみれば、老人たちが林太の顔を見るなり悲しそうな目になった。
かと思えば、林太の手を引っ張って、あれよあれよと言う間に食堂へと連れて行く。
食堂はすっかり直っていた。
しかも、余計なオプションまで付いている。
食堂の奥に、急ごしらえで作ったような横断幕。
そこには『林太くんのお別れ会』と書かれていた。
「えっ……えっ?」
事情が呑み込めないでいると、林太の後ろから続々と老人たちが現れた。
みんながみんな、お通夜のようなムードだ。
「林太くん。あの子の婿に行くんだって?」
「はっ?」
「寂しくなるねぇ。でも、あんなに小さかった林太くんも、もう十五歳だもんねぇ。本当に早いもんだねぇ」
ハンカチを片手に、目頭を拭う電器屋のお婆さん。それにつられたように、老人たちはみな涙を流したり、顔を背けたりしている。
段々と何が起こっているのか理解できてきた。
何故か『林太がジャンクポットを離れる』という噂が、この住宅街に流れているのだろう。
ことここに至って、そんな噂を流した容疑者は一人しか思い浮かばない。
「ちょっと待って。そんなこと、誰が言ったの?」
「あのテスカっていう怪人の女の子だけど」
「……ふっ」
自嘲気味に笑ってから、心の中で毒づく。
――あのアマッ!
◆◆◆
「さてと。問題はあのアマだが……」
テスカは噂を流した後、住宅街の外れをふらふらと歩いていた。
上へと昇る手段は、無理に探さず天運に任せることにして、今はひとまずできることからやることにしたのだ。
まず、噂を流して外堀を埋めること。
次に、琴良を味方に付けること。
彼女が息子を素直に差し出すかどうかは未知数だが、説得の材料はいくらでもある。
金、嘘、脅し、揺すり、エトセトラ。
もちろん暴力も説得の手段の一つにカウントしている。
あの林太に剣術を教えたのは琴良で間違いないだろうが、しかし不意を突けば攻略の目があることは、やはり昨日の林太の戦いぶりを見ればわかる。
師匠の弱点は、子にも似るものだ。
だが、探せども探せども見つからない。
朝に目覚めた時点で、琴良はどこかに消えていた。
探偵事務所の可変椅子を倒して寝ている姿を、テスカは夜に見ているので、おそらく二人より早くに起きて外にでかけたのだろう。
しかし、どこへ向かったのか見当もつかない。
どこかで入れ違いになったのかも、と不安になり、戻ろうかと考え始めていた。
しかし、その必要はなくなった。あの爆音が聞こえてきたからだ。
「村上流……! い、いや関邪丹流だっけ?」
おそらくどっちも正しくないが、仮にでも名称がないと呼びにくいのも確かだ。ひとまず関邪丹流と呼ぶことにした。
爆音の方へと走っていくと、どんどんと暗くなっていく。
穴の方から遠ざかり、海からも離れていく。やはり林太の言う通り、内地は闇の世界なのだろう。
爆音に近づいていくと、わかる。あの音は、昨日林太が使っていた関邪丹流とは違う。大きすぎる。まるで花火のようだ。
そして、爆音が聞こえなくなったところで、やっと琴良を見つけることができた。服装は昨日見たのと同じものだが、背中に大きなバッグを背負い、そこから大量の廃材がはみ出している。
更に、琴良の目の前には、首から上を失くした巨人としか形容できないような、不気味なモンスターが倒れていた。
首の断面の直径だけで琴良よりも遥かに大きい。
テスカが唖然としていると、全身を返り血塗れにした琴良が、テスカの方を振り向いた。
「ああ。テスカさん。おはようございます」
「……おはよう」
話には聞いていた。この場所には、モンスターが出ると。
その解体済みの肉を見たことがある。随分と大きいな、とも思った。だがこれは、あまりにも大きすぎる。あの大蛇すら可愛く見えてくるほどの巨体。
「参りました。もうちょっと南におびき寄せてから殺すつもりだったのですが。ここは住宅街と離れすぎてますね。さあ、どうしましょう。持ち帰れません。貴重なお肉なのに」
「こ、これを食うのか?」
「ええ。みんなこれを食べて、命を繋いでるんです。ああ、本当に困ったわ」
そう言う琴良は、巨人の周りを行ったり来たりを繰り返す。
途方に暮れているのは見ればわかるが、それにしても返り血と暗闇のせいで、彼女こそがモンスターのように見えて仕方がない。
「……人手が必要かもな」
「ああ。そうです。人を呼べばいいんです。私ったらうっかりしていました」
光明が見えた琴良は、一歩、テスカの方に歩み寄る。
びくりと震え、テスカは一歩退いた。小さい悲鳴も出たかもしれない。
最早、説得できるような相手ではないことは明らかだった。
恐怖に立ちすくんでいる内に、琴良はテスカを横切って住宅街へと戻っていく。
横切るその瞬間、琴良は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
どこまでお見通しだったのかは知りようがないが、テスカが林太を連れていきたがることは、大雑把に予測できていたのだろう。
「……くそアマめ……」
冷や汗を浮かべながら、負け惜しみを言うことくらいしか、テスカにはできなかった。
◆◆◆
午後三時。
林太が誤解を解くために奔走し、琴良が町の人間を連れて巨人を持って帰ろうと奮闘し、テスカが空を見ながら星術師試験に思いを馳せている内に、その時間はやってきた。
日常はいつも、唐突に壊れる。
トリープは、そんな取り留めもないことを考えていた。
「いつ見ても理不尽な姿してるなぁー」
大穴から降下してくる人影は、遠目でもわかる程に大きい。ジェットエンジンで落下速度を緩めているのか、轟音が響いている。
それは、岩手スバルの『企業』が金星から輸入した技術を総動員し作り上げた、巨大ロボットだった。
搭乗人型戦闘機。真っ赤なカラーに、シャープなフォルム。デザイン面にまでこだわった一流の品だ。
それがゴミの山の上に、神々しく降り立つと、トリープは頭を垂れて、最大限の礼を尽くす。
「ようこそおいでくださいました。岩手グループ総帥」
「堅苦しいのはいい」
スピーカーから声が聞こえる。もうジェットエンジンは停止しているので、声はよく聞こえる。
「さあ。そのテスカと一緒にいるという少年のことを教えてくれ。私はその強さを、この愛機でねじ伏せる」
「仰せのままに」
大人気ない。率直な感想はそれだったが、もちろんトリープは口にしない。
代わりに、少年のことを全て、細かいことやトリープ本人の主観も交えて報告した。
「なるほど。謎の武術を使う、ね……なら話は簡単だ」
岩手は、右手に持っていた銃をトリープに見せびらかす。
「……遠距離戦、ですか。やはり」
「そうだ。要は近づけさせなければいい。子供でもわかる」
確かに有効だ。相手は所詮、生身の人間なのだから。
しかし、あの戦闘機の持っている銃は、確か旧世代の戦車の装甲をも溶かす
だとしたら到底、人間相手に使う装備ではない。
(……金持ちの恨みは買うもんじゃねーな)
トリープは、わざとらしく溜息を吐いた。
これと戦って、死ななければ奇跡だろう。
せめて、脅しの時点で少年が折れてくれることを祈るしかない。
戦闘にもつれ込んだが最後、待っているのは悲劇だけだ。
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