第二章:結婚は人生への即死呪文
第7話 地球の事情はみんなの事情
何もかもが波乱の内に始まり、そして終わったその日。
ジャンクポットに駆け巡ったニュースは、このようなものだった。
「おいおい。喧嘩が終わったらすぐに家の修繕に来るって言ってたのに、林太のヤツは何をやってるんだ?」
「なんでもファーストなキッスにあてられて、寝込んでいるらしいですよ」
「初心すぎるだろ! 相手はやっぱり……」
「ええ。あの火星人の女の子だそうです」
「助けた女の子に惚れられた、か……ロマンス一直線だなぁ」
ジャンクポット内の老人たちの暇を潰すのに十分なトピック。
その中心人物である林太が目覚めたのは、翌朝のことだった。倒れたのは昼の三時前後のことだったので、かなり長い時間を眠っていたことになる。
寝起きで上手く働かない頭を、布団の中で必死に動かす。
昨日は?
テスカを拾って?
トリープと戦って?
いつごろ寝たんだっけ?
「……うう。ダメだ」
眠気と同時に、空腹感も邪魔をして思考が上手く纏まらない。
それに、体も少し重い気もする。しかも熱っぽい。
掛け布団のせいでわかりにくいが、体も二倍近くの大きさにむくんでいる。
なんとも最悪な目覚めだった。
「……ん? いや待て。人間の体はそんなむくまねーよ!」
気付けば、体が重いのも心因性の物ではない。熱っぽいのも、林太の体の他に熱源があるからだ。
がばり、と掛け布団を左腕で剥がしてみれば、寝巻き用の薄い生地の浴衣姿のテスカがいた。林太と融合せんとばかりに密着している。
寝ている間の身じろぎや寝返りのせいで、少し乱れて肌があちらこちら露出している。目の毒だ。朝から健康によろしくない姿だ。特に下半身の。
あまりのショックに一気に脳が覚醒し、昨日起こったことの記憶が全て鮮明に蘇る。
「ぬ、ぬ、ぬがーーー! 思い出したーーー!」
あまりのことに林太は悲鳴を上げ、テスカはそれに呼応し、ゆっくりと目を開ける。
「あ……あー。おはよう、林太」
「おはよう! そしてどいてくれ!」
◆◆◆
宇宙船事業が活発化してから幾星霜。
地球は他の星から、様々な恩恵を受け、経済的にも技術的にも大きな発展を遂げた。
しかし、その結果として、様々な形で社会が歪み始める。
水星との交流に端を発した、地球の法では裁けない魔術的犯罪の多発。
金星から流入した、超科学技術の暴走。
火星からの来訪者、怪人の起こすトラブルの数々。
あげていけばキリがない。
それらの歪みから人々を守るため、国際政府はある計画を急ピッチで推し進めた。
計画の名は星術師計画。
他の星の技術に精通し、下手を打てば国そのものが滅びるような星間犯罪を治めるスペシャリストを集め、地球を守ることが計画の要だった。
結果として、星術師たちの存在により、国、ときには地球そのものが救われることもあった。全世界のトップが、金に糸目を付けずに計画を推し進めたことが功を制し、計画は成功以上の成功となったのだ。
そして現在、星術師は銀河系でもっとも稼げる仕事となっている。
他の星の者が、星術師になるために地球に来るほどだ。
「それで、一年に二回行われる、その星術師になるための試験を受けに私が来たのさ。お金が欲しくって」
テスカは粉末スープをかき混ぜながら、そう語る。
「ただ誤算があった。星術師になれるのは地球出身のヤツか、地球原産のホモ・サピエンス・サピエンスだけ。つまり私には受験資格がなかったんだよ。これ、地球に来るまで知らないヤツが結構多いらしい」
「無駄足だったってこと?」
「いや……微妙に違うな。一応、裏道はある。つまり受験資格のあるヤツと組めばいいのさ」
テスカはそう言うと、にやりと林太に笑いかける。
どことなく話の着地点が見えてきた。
彼女は続ける。
「星術師試験の詳しい内容はこうだ。受験資格は地球出身であること。受験者は、試験会場に合法的に持ち込めるものならば、どんなものでも試験に使える。そう、例えば私みたいな怪人であってもだ」
「……なるほど。つまり星術師になりたい人は、強い武器か強い相棒を欲しがるってことね。他の星の出身の人たちは、そのおこぼれを貰いたいがために、強い候補と組みたがる」
その通り、とテスカは頷いた。
「それと、仮に受験に成功しても、ずっと星術師としてやっていくんだ。性格が不一致だと辛いだけだろう? 私はずっと探していたんだよ、お前みたいな人間を。お前となら星術師としてやっていける。昨日のことで、そう確信したんだ!」
「お断りします」
「ええっ!?」
腰を丁寧に折り、林太はテスカに頭を下げる。
完全に予想外だったのか、テスカは今までにないほどに狼狽した。
「え。ちょっと待って。なあ。私の話、聞いてた?」
「星術師になって、って話だったよね」
「うん。それと、星術師はこの銀河で最も稼げる仕事だとも言った」
「丁重にお断りします」
「冗談だろ!?」
冗談だと言うのならば、そもそもの話をしなければなるまい。
林太は頭を上げて、現状の話を始めた。
「……ここをどこだと思ってるのさ」
「どこって、ジャンクポット……あ!」
テスカはやっと気づいたようだ。
そう。ここはジャンクポット。
捨てられた者たちの吹き溜まり。
今ここにある現実のみを考慮するならば、上階へ這い上がる方法が一切ない。
街は高さ三〇〇〇mの遥か彼方に浮いているのだ。
支柱もなく、ふわふわと、地上から完全に独立している。
そして、話を聞くに、どう考えてもその試験会場があるのは上階だ。わざわざ地上でやる意味がないだろう。
百歩譲って、上へ行く手段があったとしても――
「それに俺は、このジャンクポットから離れる気は一切ないよ。ここが故郷だ」
「……ぬ……」
テスカは口を『へ』の字に曲げる。そして、必死に何かを考え始めた。スープをかき混ぜる手も止まっている。
「……私は諦めないぞ」
「諦めないだけなら勝手だね。俺は絶対にイヤだけど」
「もう契約もしてるんだ。今さら『イヤ』なんて通るか!」
「契約?」
聞き覚えのある単語だ。
しかし、その詳細を訊く前に、まだ熱が十分に抜け切っていないスープを一気飲みしたテスカは、探偵事務所の居住スペースから出て行ってしまった。
「……そういえば、まだ謎は残ってたな」
一体、契約とは何なのか。
トリープの上司が求めていたものであることは、なんとなくわかるが。
「あ」
そこで林太は閃いた。
上階に昇る手段が、あるかもしれない。
ただ、それをテスカに伝える義理はない。先ほど言ったように、ここが故郷だ。離れるつもりは毛頭ないのだから。
◆◆◆
ジャンクポットの居住区から離れた場所。
傷だらけのトリープは、上階にいる上司と話をしていた。
予想外の邪魔が入ったことと、契約を他の人間に奪われたことを伝えると、彼は心底落胆したような声色を出したが、しかしトリープを叱りはしなかった。
「どうやら、私が下に行くしかないようだね。ご苦労様」
素直に労われると、それはそれで怖い。
もしかして、今日、自分が消されるのではないかと不安になる。
「安心しろ。契約を奪う方法なんていくらでもある。まあ全部強引な方法だがね」
「しかし、現在テスカと一緒にいる少年は凄まじい強さです。それに契約をしているとなると、完全に未知数かと……」
「備えは万全にしていく。それじゃあ、計画の始動は今日の午後三時。お出迎えをよろしく頼むよ」
それきり通信は途絶えた。
トリープは通信機をポケットの中にしまいながら、空を仰ぐ。
ネズミ色の空に開いた、大きな青い空に向かって呟いた。
「お待ちしております。岩手スバル総帥」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます