第28話

この世界の連中は去勢済みってくらいに無抵抗だった。


 つうか、ビビッてんだろうな。


 今は魔王軍の戦力を恐れて平伏してるって感じだ。


 魔王城に戻ってから、各国の要人を地下牢にぶち込んで監禁すると、俺は分身たちからモンスターのミニフィギュアを回収した。


 誰か造反すんじゃねぇかと思ってたのに、意外にも俺の分身どもは素直だった。そのことに一番驚いた。


 一号から六号までの“俺”もドッペルゲンガーミニフィギュアに戻して、俺は玉座の間でシルファーと謁見した。


 玉座について長い足を組み、頬杖をつきながらシルファーが聞く。


「アークよ。世界を手にしてなんとする」


「実はこの先のことは、あんま考えてなかったわ」


「今は恐怖で麻痺しておるが、いずれどの国からでも火の手はあがるであろう。魔王軍へではなく、魔王に屈した現政権や王政に対する反乱だ。それを鎮火するに魔王軍の戦力を用いれば、今度こそ大量の血を流すことになる。今のままでは、この統一は長くは続かぬ……」


 目先の恐怖に世界中が慣れたら終わりってか。


 俺は勝つ方法を思いついても、勝ち続ける……統治する方法はさっぱりだ。


「そうか。すまん」


「情けない顔をするな。貴様は我にはできぬ方法で、よくがんばってくれた。だから、この先のことは我と……新参謀にまかせてみぬか?」


 玉座の脇にすっと音も無く影が立った。


 それは……メイド服姿のイズナだった。


「イズナ……お前どうしたんだその格好?」


 エプロンドレスが妙に似合っていやがるな。


「勇者として失業しちゃったので、魔王城に住み込みで働かせてもうらうことにしました」


「我の参謀にと思ったのだが、メイドになりたいと言ってきかぬのだ。アークよ、説得せよ。我がデザインしたビキニタイプの女幹部服が、着る者がおらぬと寂しがっておる」


 ビキニタイプってミノンのアレと同系統か。


 イズナが拒否すんのも無理もねぇな。


「それともアークが着るか? 伸縮性に富んだ素材で作ってあるので、貴様にも似合うであろう」


「着せようとすんなよ! イズナの好きにさせてやりゃあいいだろ」


「そうですよシルファー様♪ このメイド服、とても可愛くて気に入ってます」


 イズナは嬉しそうに笑った。


 なんか、吹っ切れたっぽいな。


「そういや、先輩って呼ぶのやめたのか?」


「一応、住み込みのメイドですから」


「あっそう」


 イズナがほっぺたを膨らませる。


「そっちから聞いておいて、素っ気ない返事すぎじゃないですか?」


「考えてみりゃ、別にどうでもいいことだって気付いたんだ」


「うわー。ひどいです。道化魔人って身内にもこんな態度なんですか?」


「つーか魔王軍じゃ俺の方が先輩だかんな。ちょっとパン買ってこいよパシリ」


「お断りします。わたしの主人はシルファー様だけですから」


「うわ! 可愛くねぇの」


 俺とイズナがにらみあうのを見て、シルファーは大きなため息を吐いた。


「これこれ。喧嘩をするな。時にアークよ。先ほどの我の質問に返答がまだであるぞ」


「質問ってなんだっけか?」


「この世界のことは、我らに任せよということだ」


 まあ、実際、人質を取って世界征服宣言するとこまでは俺の仕事だったが、それからあとの外交は全部シルファーが処理してるしな。


「ああ。じゃあ頼むわ」


「よかった。これで貴様も心置きなく元の世界に帰れるであろう」


「ハァ?」


「見よ。このマナの輝きを」


 シルファーがそっと胸元から取りだしたマナの結晶は、見る角度や光の入り方で様々に変わる玉虫色だった。


 まるで虹を結晶にしたみたいだ。


「おい、それ……俺のマナなのか?」


「千億マナ以上であるな。千億マナ級のスキルを獲得しても、億単位が残るほどあるだろう。端数が億とは恐れ入る」


 じゃあさっそく千億マナ級のスキルを……って、得てどうすんだよ。


 百億マナ級のスキルがチートのバランスブレイカーなら、千億マナ級は強くてニューゲームか?


 人生やり直せるとかか?


 獲得スキルは今の俺の望みに反応しちまう。


 もし、俺がこの世界に居続けたいなんて思ってスキルをゲットしたら……。


「どうしたのだアークよ」


「べ、別になんでもねぇよ。つうか……シルファーは俺を帰らせる気なのか?」


「心臓の返却に必要な一億マナなど、今のアークなら端数で払えてしまうからな。こちらの世界のことは我らに任せるが良い。よくここまで尽くしてくれた。感謝する」


「やめろよ。そういうの……」


 帰る……か。帰ってどうする。


「なあ、向こうに帰ったら、俺のスキルはどうなるんだ?」


「スキルは持ち帰れぬ。それに肉体の強化も無くなってしまうな。貴様が望むのであれば、ここでの記憶は消すが?」


「それはやめろよマジで」


「そうか。記憶は保持したままで良いのだな」


「良いもなにも、俺は帰らねぇって言ってんだろ!」


 イズナが目を見開いた。


「故郷があるのに帰りたいって思わないんですか?」


「俺はシルファーを守るって契約したんだ」


 シルファーが微笑んだ。


「それならばイズナがおる。もう貴様は用済みであるぞ」


「う、うわ……言い方ってもんがあるだろ」


「貴様が聞き分けぬからだ」


 用済みか。


 シルファーがそこまで言うなんてよっぽどだ。


 けど事実その通りだ。


 道化魔人は勇者を担当する刺客的なポジションだった。


 勇者不在のこの世界に、俺の居場所は……無ぇ。


 これ以上、やれることがあんのかって漠然と思ったけど、こういうことだったんだな。


 黙り込む俺にシルファーが唇を震えさせた。


「す、すまぬ。言い過ぎた」


「なに謝ってんだよ。つうか、俺はどうしても帰らなきゃならんのか」


 ゆっくりと魔王は首を縦に振る。


「魔王の書で知ったのだが……目的がなくなった不死者の心は歪みやすい。その歪みが大きくなり、いずれ本物の化け物になってしまう。不死者ゆえに殺しても滅びぬ。そうなればこの世界にとって厄災だ」


「そうか……」


 数年後か数十年後か、数百年も生きれば確実に俺は化け物になってんだろうな。


「すでに他の幹部たちはそのほとんどが帰還をしておる。みな、貴様に感謝しておったぞ」


「なんでだよ?」


「魔王軍の勝利は他の者たちの獲得マナにも影響したのだ。みな手持ちのマナと合わせ、一億マナ越えをしたというわけだ。貴様はその立役者だぞ」


「感謝の気持ちがあんなら、顔くらい見せりゃいいのに」


「みな、恥ずかしがり屋なのだ」


 どういう理由だよそれ。


「魔王城の防御はどうなってるんだ?」


「すべて解除してある。じきに海も静まり空を覆う雲も晴れるだろう」


 じゃあ、もうミノンも帰っちまったんだな。


「人質は? 俺がいなくなったら戦力はどうなる? 新しい勇者が出てきたら大変だろ?」


「良いのだ。アーク……心配してくれるのは嬉しいが、ここから先はこの世界の人間の足で進んでいかねばならぬ。異世界の者の力に頼り切りではな……」


 シルファーの瞳には悲しげな光が宿った。


 どうしてこんなことを言うのか、読心スキルで知りたいって気持ちがわいてくる。


 けど、ダメだ。そいつは……ダメだぜ。


 返答できない俺に、シルファーは優しく語りかけるように続けた。


「アークよ。この世界の民を怨まないでほしい。みな弱い人間なのだ。我も勇者となる才能をたまたま天に授けられただけで、力がなければマナ放送に一喜一憂している、群れの羊の一匹だったに違い無い」


 イズナが「そんなことないです」と、言いたげにしてるのが、顔を見ただけでわかる。


 シルファーなら、どんな境遇でもどんな能力でも、その時にできることをやったはずだ。


 むしろ、俺の方だ。そうなるのは俺の方だ。


 才能が無いとか、運が無いとか理由を探して、努力することから逃げて、どうしようもないと諦めて、現実に向き合わずに視線を落とし、目をそらし、壁があれば引き返して……。


 そんな俺に、この世界は……シルファーはチャンスをくれた。


 失敗してもいいんだ。何度でも挑戦すればいいんだ……って。


「怨んだりしねぇよ。むしろ、あいつらには親近感がわいてるくらいだ」


 同族嫌悪もあるけどな。


 シルファーは安心したように息を吐いた。


「そうであるか。これで我も心置きなく、貴様を元いた世界へと送り出せる」


「勝手に送り出すのを決めんなよ」


 部活の追い出しじゃねぇんだから。


 イズナがじっと俺を見つめた。


「シルファー様は、わたしが最後までそばにいますから」


「最後までって、どういうことだ?」


「あっ……ええと……わたしが死ぬまでってことです」


 なんかいま、引っかかる感じがしたぞ。


 俺に隠してることがあるのか?


 なんだよ。仲間はずれはかわいそうだろ。


 俺様だけのけ者なんて、超かわいそうなんですけど?


「シルファー。俺に隠し事してないか?」


「してどうなる」


「どうなるって……ええとだな」


 口ごもる俺に、シルファーは玉座から立ち上がった。


「よし! そこまで言うなら一緒に風呂に行こう。お互い裸でぶつかり合えば、貴様の疑念も晴れるであろう!」


「行くかよバーカ!」


「うう、ばかとはなんだ。ひどいではないか」


 落ちこむシルファーの隣りで、イズナの顔が苦しげに歪んでいた。


 ああ、こりゃ……本当になんか隠してんな。とびっきり深刻なやつだ。


「とりあえず、しばらく考えさせてくれ」


「風呂には行かぬのか?」


「しつけぇよ魔王様!」


 シルファーの顔を指さしてから、俺は玉座の間を出ると自室に向かった。



 部屋に戻ってベッドに倒れ込む。


 このふかふかな感触とも、別れなきゃならんのか。


 仰向けになると、俺はスマホを取りだした。


 最近じゃ、すっかり使う機会も減ったな。


 充電に関してはイズナがいるんで、雷撃魔法でいつでもできるようになったんだが……。


 ブラウザアプリを起動させると“接続が確立できません”とエラーが出た。


 なんだよこれ。壊れちまったのか?


 確認してみると、ネットに関係してない独立してるアプリは動いた。


 他はダメだ。どうやら、元居た世界とのリンクが閉じちまったらしい。


 ハァ……俺がこの世界を攻略したせいで、なんか色々と変わっちまったのかな。


 それとも、もう攻略のための知識は必要ねぇから、とっとと帰って来いってことなのか……。


 元の世界へ帰る。


 帰ったら俺は、普通の人間に戻るんだ。


 不死者は死ねないからこそ特別で、死ねないからいずれ、この世界で化け物になっちまう。


 普通に戻るのは幸せ……なんだよな。きっと。


 トントン……と、ドアがノックされた。


「開いてるぜ」


 猫執事かと思ったら、ドアが開くとそこには褐色肌の小柄な女の子が立っていた。


 服装は地味でおとなしめだ。


 髪型はツインテールで、ミノンにそっくりだった。


「だ、誰だテメェ!?」


 ベッドから跳ねるよう身を起こして立ち上がり、身構える。


「わたくしの顔を、もうお忘れですの?」


 赤く燃えるような瞳が俺をじっと見つめた。


「もしかして、み、ミノンなのか?」


「ええ。どうなさいましたの? そんなに驚かれて」


「いやいやいや驚くだろ別人すぎんだろ」


 胸も無ければ腰のくびれもなく、身長だってぐんと縮んでいる。


 今のミノンが元々の姿ってんなら、俺が初めて会った時のこいつは変わりすぎだ。


 願望で姿さえここまで変わる。


 悪い方にこの力が働くと化け物にもなっちまうんだな。


 ミノンは「ふふふ」っと笑ってから言った。


「魔王様にスキルを解除していただきましたの」


「そうか。腕力や体力強化のパッシブスキルを持ってたもんな」


 部屋の中程まで進むと、ミノンは俺の正面に立った。


 ち、ちっちぇ~~。イズナと大して変わらないとか言ってたけど、イズナより小柄で華奢な感じだ。


「つうか、先に帰っちまったと思ってたぜ」


「アーク様に挨拶もせずに、そのようなこといたしませんわ」


「そ、そうか。わざわざ出向いてくれるなんて……ありがとうな」


「どうしましたの? 素直でアーク様らしくありませんわね」


「うっせーよチビ」


「それでこそアーク様ですわ」


 嬉しそうにミノンは微笑んだ。


 そして続ける。


「それにしても、こちらこそ驚きましたわ。世界を統一してしまうなんて……それに、勇者イズナも仲間に引き入れて……この先、どういたしますの? やはり、元の世界に帰られるのかしら?」


「ん、ああ……つうか、テメェも俺に帰れって言いに来たのか?」


「違いますわよ。むしろその……」


 ミノンは膝をすりあわせるようにもじもじし出した。


「も、もしよろしければ、わたくしの世界に……いらっしゃいませんか?」


「はあ?」


「不自由なおもいはさせませんわ。家は裕福ですし……言葉も一年もあれば覚えられます。シルファー様の承諾も得ておりますわ。アーク様が望んでくださるのであれば……ただ、向こうではわたくし、車椅子が手放せない身体ですし……この世界ほど魔法が発展しておりませんから、きっとスキルも消えて、アーク様も不死者ではなくなってしまうと思いますの。戦いの日々のような刺激的な日常もなくて、退屈かもしれませんが……」


 心細そうにミノンは俺の顔を見上げた。


「わ、わたくしは……そばにアーク様がいてくだされば……幸せですから」


「ミノン……お前……」


「も、もちろん、アーク様のお気持ちが第一ですわよ」


 ミノンの世界に行くのは、片道切符だろうな。


 俺を知る奴がミノンしかいない世界で、人生をやり直せる……か。


 ミノンは思い詰めたような顔でうつむいた。


 こいつが良い奴だってのはわかってる。きっと、悪いようにはならんだろう。


 けど……。


「悪いな。俺にはまだ未練があるんだ」


 俺自身の人生に未練があった。


 やり直すにはまだ、早い。


 ミノンの瞳に涙が浮かぶ。


 なのに、顔は必死に笑おうとしていた。


「そ、そそそ、そうですわよね! シルファー様のことが心配ですものね。わたくしも、お二人は切っても切れぬものと思っておりましたもの」


 俺とシルファーに、そんな絆みたいなもんがあるなら……シルファーだって俺を帰そうとはしねぇだろ。


 ミノンは俺の眼前までやってくると、めいっぱい背伸びをした。


「お、おい……近いぞ」


「あの……届かないので、少し膝を曲げてくださいませんかしら? 最後にわたくしの願いを聞き届けてくださいませ」


「最後って……ええと、これでいいか?」


 俺が膝を曲げるとミノンは俺の頬にそっと唇を触れさせた。


「これでおあいこですわ! では、またいつか……何かの縁でお会いできる日を夢見ておりますわね!」


 言い残すとミノンは涙を止めて笑顔になった。


 そして、吹き抜ける風のように、部屋から出て行ってしまった。


「あいつ、俺がキスしたのを根に持ってたのか」


 感触の残る頬に触れながら、俺は呆然と立ち尽くす。



 走り去る小さな背中が、俺が見たミノンの最後の姿だった。



 夜中になっても寝付けず、俺は裏庭の畑にやってきた。


 設置されていた大型の魔力灯は撤去済みだ。


 空を見上げると月が優しい光で魔王城を照らしている。


 明日からは、この魔王城にも朝日が降り注ぐのか。


「こんな時間に奇遇であるな」


「うわ! 急に背後から話しかけてくんなよ」


 絹の薄衣姿のシルファーが、城の陰から月の光の下に歩み出て、俺の隣りに立った。


「どうしたのだアークよ? このような時間に。トマトが食べたいのか?」


「野菜泥棒じゃねぇよ。つうか実ってねぇだろ」


 シルファーは「そうであるな」と笑った。そして聞く。


「野菜泥棒でなければ、なにをしておるのだ?」


「ミノンのやつ、ここにいるかと思ってな」


「あやつは元居た世界に帰ったぞ」


「え? もう帰ったのか?」


 そんなすぐに帰るなんて思わねぇよ。


 ったく……帰るんなら見送りくらいさせろよ。


「あやつらしいであろう」


「つうかミノンが帰るなら、教えろよ! 薄情だな」


「ミノンのたっての希望であったからな。最後の瞬間に貴様がいると、泣いてしまうと心配しておった。笑顔で別れたいとな」


 俺と別れた時は泣いてたぞ。あいつ……。


「また俺を仲間はずれにしやがって」


「なにも貴様の事を嫌っている訳ではないぞ」


 そう言うとシルファーは夜空を見上げた。


「月が綺麗であるな」


「ああ……そうだな」


 俺は畑に視線を落とした。


「こんなことなら、世界攻略は遅らせればよかったぜ。ミノンにここのトマトを食わせてやれんかった」


「ああ、確かに心残りだ」


 シルファーもそっとうなずいた。


「これからシルファーはどうするんだ? 魔王の務めも果たしたんだし、好きな事をし放題だな」


 目を細めて魔王は言う。


「我もやりたいことはすべて、やり尽くした」


「じゃあ……どうすんだよ?」


「眠りにつこうと思う」


「はあ?」


「自身を封印した魔王のことは何度か話したであろう」


「そいつは結局失敗したんだよな」


「だからそうならぬようにと、イズナに策を授けてある。あやつには勇者のフリをしてもらうのだ。あやつも我に従ってくれた」


「フリとかわけわかんねぇ……つうか、なんでシルファーが封印されなきゃなんねぇんだよ。あ! そうか封印されたフリをすんだな?」


 シルファーは首を左右に振る。


「フリではない。我も貴様も永い時間を経て化け物になってしまっては、悲しいではないか。我は封印され、貴様は帰還する。それで良いのだ」


「お、俺は……お前と一緒なら……」


「それではいかんのだ。我がここにいる限り、貴様が元の世界に帰らぬというなら、やはり我は封印されるよりほかない。我は封印に守られるのだからな」


「んなもんはへりくつだ! お前が自分を封印したって、俺はこの世界に居続けてやる」


 瞳に涙をため込んで、シルファーは俺を見つめた。


「そのように意地の悪いことを言うな。これは考え抜いたすえの……結論であるぞ」


「俺は反対だ。どんな理由があってもな」


「そう言うな。理由くらい話させよ」


 シルファーの手が、そっと俺の胸のあたりに触れる。


「この世界の民は弱い。魔王という存在はやはり、必要なのだ。だから我は勇者イズナの手により深い眠りにつく。ただし“我を心の底から求める邪悪なる存在が現れれば、いつでも復活する”と呪いの言葉を残してな。勇者イズナの口から伝われば、みな信じるであろう。イズナは地下牢に囚われた各国の要人を助け出し、魔王の封印に成功して凱旋するのだ。今の魔王城であれば霊鳥フルーレもこの島まで来られるしな」


 だから魔王城を武装解除したってのか。


 それがお前とイズナの答えなのかよ?


「別に封印されたって告知しておけばいいだろ。で、どこか片田舎に隠遁して、自由に暮らせばいいじゃねぇか」


「それではいずれ、我は化け物に……本物の魔王に変わってしまう。封印され時間の流れも止まり、眠りについていればそうはならぬからな。なに、心配はいらぬ。眠ってしまえば寂しさすら感じぬのだ」


「テメェは良くてもイズナはどうすんだよ?」


「史上初めて魔王の封印に成功した勇者として、英雄を演じ続けると約束してくれた。イズナにも辛い目を負わせてしまうが、我らの代からこの世界を変えていくと決めたのだ」


 そんなんでいいのか?


 いいわけ……ねぇだろ。


「結局なんも変わってねぇじゃねぇか! シルファーとイズナは救われてねぇだろ!」


「優しいなアーク……いや、阿久津志郎。最後に貴様とこうして話せて、本当に良かった」


「はあああああっ!?」


 ドクン……と、俺の胸に鼓動が生まれた。心臓が早鐘を打つ。


「もう……会うこともあるまい」


「ま、待て! ふざけんな!」


 俺はまだ、帰るなんて言ってねぇぞ。


 吠えようとした俺の口から、声が途切れる。


 足下に魔法陣が生まれて、光が俺の身体を包み込んだ。


「さらばだ。アーク。我は貴様の事が……」


 シルファーの言葉はそこで途切れた。


 目の前が暗転する。


 足下から地面が消えるような感覚。浮遊感。落下していく感触に俺は思いだした。


 この世界に来た時と同じだ。



 ドサッ……と、俺の身体は地面についた。


 先ほどまであった月は朝の日差しに取って代わられる。


 見上げれば青空が広がっていた。


 心臓のあたりをかきむしるようにわしづかみにする。


 ドクン……ドクン……と鼓動を感じた。


 俺は立ち上がる。


 ここはどこだ?


 小高い山みたいな丘の上だ。


 見渡す限り……廃墟だった。


 振り返ると俺の家も、まるで爆撃にでもあったみたいな廃墟になってやがる。


 うちだけじゃねぇ。


 見渡す限りどこまでもだ。


 ここは本当に日本なのか?


 俺の住んでた世界なのか?


 スマホを起動させる。


 ネットは不通だった。


 そう……か。


 向こうにいた時、ネットが通じなくなったのはこういう理由だったんだ。


 ははは……ははははは!


 俺がいない間に、何があったのかは見当もつかんけど、こっちの世界は滅んでたらしい。


 この破壊が俺の視界の範囲内だけなのか、それとも日本全国なのか、世界全土なのかはわからんがな。


 最後にネットを通じて見たニュースを思い出す。


 たしか、未知のウイルスが蔓延したとか、第三次世界大戦間近とかだったよな。


 俺がドッペルゲンガーを手に入れたあたりだ。


 証拠なんてねぇけど……俺がイズナと戦ってスキルを得たり強くなるほど、こっちの世界で起こる事件が……でかくなってなかったか?


 それにこっちと向こうじゃ地図がほとんど一緒だった。


 向こうとこっちと……。


 なんか、関係があったのかもしれん。


 じゃあ、こっちの世界が無茶苦茶になったのは、俺のせいか?


 魔王軍が世界を征服しちまった影響か?


 ははは。考えすぎだよな。


 はははは。渇いた笑いが口からタレ流れる。


 廃墟になった世界に一人で、俺は地面に膝をついた。


 人の気配どころか犬も猫もいねぇ。


 スズメやカラスも見あたらねぇ。


 ふと視線を我が家の廃墟に向けると……。


「あれ……チャリ……あるじゃねぇか」



 俺の愛機が瓦礫に埋まらず、家の前に倒れていた。

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