第25話

 魔王城に戻った俺は、玉座の間で復活するとシルファーから戦評を聞かされた。


「我はこの色のマナは見たことがない。いや、おそらくこの先、百年……二百年と魔王を続けたとしても、見ることは無かったであろうな」


 胸元からシルファーが取りだしたマナの色は、深い青……藍色だった。


「いったいどれくらいになったんだ?」


「十億マナを突破したぞ。端数まで正確に言えば十億二千百五十万八千三百マナであるな」


「十億と二千万マナか。そいつは……すごいな」


 俺は呆然とした。


 十億マナだ。


 もしスキルを選んだら、どんな力が手に入りやがるっってんだよ。


「どうしたアークよ。そのように惚けた顔をして?」


「あ、いや……なんつうか実感がわかなくて。つうか、中庭のモンスターで一番高いのは三首ドラゴンあたりだよな。あれが十億くらいか……」


 シルファーも困ったように眉尻を落とした。


「うむ。ブルードラゴンをイズナが倒した今、有効な手立てといえば、ブルードラゴンを複数体用意するほか無いのだが、おそらく今のイズナは王国の秘宝“聖剣ドラグレイド”も振るうことができるであろう」


「なんだよそのドラグなんちゃらって」


「ドラゴンの鱗すら切り裂く最強の剣であるな」


「それはドラゴンにだけ特別強いって感じなのか?」


「おそらくそういった魔法的な力がかかっておるのだろうが、それを抜きにしても名剣にはちがいあるまい」


 ヤバイな。


 イズナを強くしすぎちまった。


「だが、心配はいらぬぞ」


 シルファーが胸を張った。


 相変わらず自信たっぷりに縦揺れしやがる。


「なんだ? 良い作戦でもあんのか?」


「作戦ではないのだが、以前、書庫で過去の魔王の書を読んでいたところ、この城の地下深くに封印の間があるというのを知ったのを、思い出してな」


「封印の間だと?」


「とある魔王が戦乱を避けるため、自らを封印しようと試みた。その研究の成果が貴様が使いこなした中庭の魔物たちなのだぞ。彫造化は封印状態のようなものだからな」


「んなこといきなり言われてもわかんねぇし」


「アークは頭が良いのに、時々バカであるな」


「うっせー! いきなりそんな話されてもわかんねえっつってんだよ。結論を言え」


 俺の言葉にシルファーは少しだけ驚いてから、微笑んだ。


「封印の件は……貴様には関係のないことだったな。話を続けよう。その魔王は異世界から呼び寄せた魔物を、実験的に封印したというのだ」


「つまり……なんだよ?」


「封印の間に行けば、中庭の魔物を越える強力な魔物を得られるやもしれん」


 シルファーは玉座から立ち上がると、俺に告げた。


「では、さっそく参ろうか」


「あぁん? 今から行くのかよ」


「こんなこともあろうかと、お弁当をつくっておいたぞ」


「ピクニックじゃねぇだろ」


「似たようなものだ。では一旦解散しよう」



 部屋に戻った俺は私服に着替えると、スマホと財布をポケットに入れた。


 まあ、この魔王城で誰に取られるわけでもねぇが、貴重品は肌身離さずって習慣はそうそう変わらない。


 城の地下牢に続く扉の前で待たされた。


 五分もせずに現れたシルファーは、普段のふわっとしたローブ姿から、登山家みたいな服に着替えてリュックを背負っていた。


「どうだ? この姿は。自分ではなかなか決まっていると思うのだが」


「全然似合ってねぇし」


「うーむ。こういう時は褒めるものだぞ」


「わー。すてきー」


 なんかシルファーのやつ妙に浮かれてるな。


「そうであろうそうであろう。やっとアークも女心というものを理解したか」


 女心とか……何言ってんだよ魔王様。ったく。


 俺の気持ちなど気にも留めず、意気揚々とシルファーは先に進んだ。



 地下牢の奥に隠し階段はあった。


 薄暗い中を、シルファーの手にした小型の魔力灯が照らす。


 二人並んで階段を下りる。


 うわぁ……正直言うと行きたくねぇ。


「帰りは転送魔法で玉座の間まで戻るので、これを昇る必要はないぞ」


「なんだよ! じゃあ、最初から封印の間まで転送すりゃいいだろ」


「それではつまらぬからな」


 楽しげにシルファーは降りていった。


 つうか早いって! ちょっと待てよ!


 いくら一本道で迷子にならなくても、なんか怖ぇよ!



 いったいどれくらい下るんだか。かれこれ五分は階段を下りている。


 ふと、シルファーが呟いた。


「マナも魔法もスキルも、願いなのかもしれぬな」


「はぁ? 急に何言い出すんだよ」


「願いが集まったものではないかと思ってな。貴様のスキルも、きっと心のどこかで願っていたから、選ばれたのかもしれぬぞ」


「手からオリーブオイルを出したいなんて、思ったことはねぇぞ」


 が、読心スキルについては心当たりがなくもない。怪我をして走れなくなってからしばらく、人間不信が続いたからな。


 けど、偶然だろ。


 肘があごにつく能力とか、願いでもなんでもねぇし。


 俺の反論にシルファーは微笑んだ。


「それは貴様の基礎的な能力や、費やしたマナの量が少なかったからであろう。一番に叶えたい願いというものは、そう易々と手には入らぬが、百番目や千番目のどうでも良い願いなら、叶いやすいということだ」


 オリーブオイルが手から出るのは、千番目以降の願いだな。きっと。


「そういや俺の能力はどうなってるんだ?」


「このような感じであるな」


 シルファーが指を鳴らすと、ウインドウが表示された。


 敏捷性が微増している他は、大して変わってねぇ。


 まあ、イズナと戦闘をしてんのは手駒モンスターで、俺自身は戦ってねぇんだから当然か。


 シルファーは続けた。


「相変わらず極端なチャートであるな」


「うっせー。元陸上部員舐めんな」


「そうであったな。アークは走るのが大好きだった」


「好きとか嫌いとか、陸上部はそういうじゃねぇんだが……いや、まあ嫌いなら走ったりしねぇか」


 そんな話をしながらようやく狭い階段を下りきると、今度はだだっ広い場所に出た。


 野球のドーム球場くらいの大きさのお椀をひっくり返したような、地下広場だ。


 特別、光源らしいもんは見当たらないのに、うっすらと明るい。


 そのドームの中心に、真四角の建物があった。


 大理石で覆われてんのか、真っ黒でつやつやしている。


「あそこが目的地であるが、ここでお弁当タイムにしよう」


 シルファーは広場にシートを引くと、リュックの中からバスケットとポットを取りだした。


 今夜の夕飯はシルファー特製のサンドイッチだ。


 スモークサーモンやタマゴサンド。


 レタスとトマトのサンドイッチにハムチーズ。


 どれから食べていいか迷うな。


「このサーモンは我が釣り、捌き、下ごしらえをして燻したのだ。燻煙するためのチップには、胡桃とならを使ったのだぞ」


 なんだかわからんが、こだわってるってのだけはわかる。


 俺はサーモンのサンドイッチをぱくついた。


「美味いな。シルファーは良い嫁になる」


「ば、バカを言うな! 魔王をからかうでない!」


 からかっちゃいないんだけどな。


 シルファーは顔を赤らめながら、俺にポットのお茶を勧めてきた。


「先ほどの話の続きだが、マナは願いを叶える力であり、願いそのもののようにも思える。自分でも何を言っているのかわからぬし、とりとめもないので聞き流してほしい」


「あ、ああ。聞くよ」


「我は魔王として幹部を異世界より召喚するのに、マナを使うのだ。それは“我を助けて欲しい”という願いにほかならぬ」


 で、俺が呼ばれたわけか。


 ここに来る直前、現実はクソだ。


 こんな場所にはいたくねぇ……って思ってたけど、それも“願い”だったのかもな。


「残念だったな。俺みたいなので」


「貴様が来てくれて、本当に良かった」


 真顔で返されたよ。まっすぐ見つめられると、恥ずかしいだろうが。


 そのままシルファーは言う。


「マナ放送は国民の“安心したい”という願いから生まれたのやもしれぬ。勇者や冒険者が戦う様をその目で見て、国が守られている……自分たちが守られていると実感したいのだ」


「じゃあイズナの使う雷撃魔法は?」


「敵を倒したいという願いであるな」


「あー。そりゃそうだな」


 当たり前すぎて俺は気付かなかった。


「それに、ミノンのことなのだが……」


「ミノンになにかあったのか?」


「向こうで元気にやっておる。言いたいのはその肉体の変化についてだ。あやつがこちらにやってきた時は、小柄な少女であったと、以前にも話したろう」


 信じられんけどな。


「その目は信じておらぬな。だが、イズナと戦い、迷宮を任され……短期間のうちにあのような成長を遂げたのだ。あれも今思えば、ミノンの願いだったのやもしれぬ」


「じゃあ、胸を大きくしたいと願えば、あの洗濯板勇者の胸もでかくなったりすんのか?」


 少し考えるような素振りを見せると、シルファーは首を左右に振った。


「勇者は勇者としての能力に願いの力を集中しておるからな。それに肉体の変化に関しては、この世界の住人よりも、異世界からの召喚者の方が強く出やすいらしい。つまり、ラフィーネ時代と体型が変わっていない、我のこれは天然のものであるぞ」


 シルファーはぐいっと胸を張って見せた。俺はサンドイッチをぱくつく。


「このハムとチーズのやつも、超うまいな」


「まったく、アークはスケベなのだか淡泊なのかわからぬな」


「俺様はエロスの化身、疾走するインモラルアウトサイダーこと道化魔人アーク様だぞ。つうか、スケベって言い方がなんかその……古いな」


「ふ、古い!? そうなのか?」


「いやその……つうか、女がそういうことを言うな。引くから」


「そ、そうか……」


 なにしょんぼりしてんだか。俺は聞き返した。


「じゃあ、異世界から来た俺やミノンみたいなのは、願えばどんな姿にもなっちまうのか?」


「極端な話、そうであるが……アークは自身の身体に変化を感じることはないか?」


「そういやぁ……身体のことじゃねぇけど、時々スイッチが入るみたいなことはあるな。道化魔人モードがオンになるって感じだ。あとは、向こうにいた頃と比べものにならんくらい、全力疾走で長時間走れるようになった」


 無酸素運動と有酸素運動の境目がなくなったみてぇだ。


 シルファーは笑顔で告げた。


「地味であるな」


「うっせー!」


 さっきの“スケベという言い方は古い”って言ったのの、お返しを喰らった気がした。



 俺とシルファーは広場中央の、黒い立方体の前までやってきた。


「ここが封印の間である。実はまだ、中には入ったことがないのだ」


「どうしてだ?」


「一人では……怖くて」


「魔王にも怖いもんがあるんだな」


「あ、アークは我を守ると誓ったではないか」


「ああ。じゃあ俺が先に入るぜ」


 観音開きの扉には鍵もなく、あっさりと開いた。


 中は……おかしい。


 外観の立方体よりも広い……つうか、宇宙空間みたいだ。


 シルファーも俺のあとからついてきた。


「なるほど。空間を広げる魔法がかかっておるな。この建物自体が魔法陣か」


「おい? どうなってんだよこれ」


「貴様の戦闘装束のズボンにある、ポケットと同じだ」


 同じだって言われて、はいそうですかってなるかよ。


 恐る恐る、俺は先に進んでみた。


 すると、左右に白い彫造が並び出す。


 振り返るとすぐそこに出口があって、進んでる気がしないのに歩く度、その彫造の列の奥へ奥へと進んでいった。


 わけがわからんが、実際そうなのだ。


 そこでやっと気付く。


 彫造にはそれぞれ、台座に小さなプレートがついていた。


 文字は……読めるものだ。


「怪物王テュポーン? 十億マナ……って、まさかこれが異世界から呼び寄せたっつうモンスターなのか?」


 他の彫造にシルファーが近づいてプレートを読む。


「神を喰らう獣フェンリルとあるな。強そうではないか!」


 俺もシルファーの調べていた彫造のそばに行く。


 狼みてぇな像だった。


 こいつも十億マナだ。


 他の像も調べてみるか。


「龍神ヤマタノオロチに……なになに、こっちは夢魔女帝サキュバス……」


 全裸みたいな格好の等身大エロフィギュアの前に、シルファーが回り込んだ。


「これはいかん! アークこれはいかんぞ!」


 自分の裸は堂々と見せるのに、彫造がだめですかそうですか。


 俺はさらに先へと進んだ。


 色々と見て回ったが、中庭のモンスターとは明らかに違うやつらだ。


 つまり、ボス部屋ってことか。


「財宝竜ファーブニールに冥府の番犬ケルベロス……なぞなぞ大好きスフィンクスって、こいつだけ紹介文が軽っ!? えーと、海棲王リヴァイアサンに、世界を喰らいしものベヒーモスか。食いしん坊キャラかよ。で、こっちの派手な鳥は神鳥王ガルーダか。原神竜ティアマトはおっぱい大きいですね」


 竜とも蛇ともつかない女性系モンスターだが、スリムな腰つきには見合わないほどの大きなものをお持ちでした。


 あまりに大きいので、見ているうちに、おっぱいがゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。


 これは本当におっぱいなのか? 胸にケツがついてんじゃねぇか?

「いかん! それもいかんぞ!」


「いいだろ別に。見てたって減るもんじゃなしに」


 ティアマト像の前にシルファーが割り込んできた。


「ともかくいかんのだ!」


「わーったよ。えーとじゃあ次はっと……四神一体イツァムナー? 合体ロボみてぇな名前だな……つうか、いったいここにはボスキャラが何体あんだよ?」


 どれも一体十億マナだ。


 こんだけあったら、調べるだけでも、どんだけ時間がかかるかわからん。


 だいたい、道化魔人の装束のポケットと同じなら、俺の望むモンスターの彫造の方から引き寄せられるように、俺の元へとはせ参じるだろ。


 俺の望みは――。


 イズナと戦わせるのにぴったりなモンスターだ。

 あいつはもう、この世界の通常のモンスターなら、大概は倒せるようになってる。


 かといって、イズナじゃ勝てないようなモンスターでもまずい。


 ゲームの知識だが、ここにいるモンスターどもは、どれもボスキャラ級だ。


 人間の英雄に倒されてるのも少なくねぇが、神を食ったり殺したしてるやつもいる。


 イズナとちょうど同じくらいの実力のモンスターが欲しい。


 俺は目を閉じ念じた。


 イズナと同等の力を持つモンスター! イズナと同等の力を持つモンスター!


 なんて、都合良く来るわけねぇか。


 だいたい、今のイズナの戦闘力を俺は正確につかめてねぇ。


 自分の強さも弱さも知ってるのは、イズナ自身くらいなもんだ。


 瞬間――。


 何かが動いたように感じた。


 ゴゴゴゴと、重いものを引きずるような音がする。


 俺が目を開くと、目の前にあったはずの四神一体イツァムナーの像が、そっけないマネキンに変わっていた。


 シルファーが驚きの声をあげる。


「おお! 像が独りでに動いて入れ替わったぞ! これは……なんであろうな? 服を着せて飾るには良さそうだが」


「マネキンとかマジ舐めてんのか」


 俺はプレートを確認した。


「最強にして最弱……ドッペルゲンガー?」


 あんまり聞き慣れない単語だ。


 これまで出てきたモンスターは、わりとメジャーどころが多かったからな。


 まあ、知らんのもいたけど。


 こいつは俺が知らない方のやつだ。


 ポケットからスマホを取り出す。


 ポータルサイトのトップページが開かれた。


 向こうの世界だと、人から人に感染する未知のウイルスでパニックが起こってるらしい。


 なんかやばそうだが、今の俺には関係ねぇし。


 俺は“ドッペルゲンガー”で検索した。


 ネット百科事典の内容を読む限り、神だの悪魔だの竜だのじゃない。


 こいつは神話の時代にまで遡ることもなく、ここ数百年の間に認知された“現象”だ。


 正直、しょぼい。


 最強にして最弱ってのも、よくわかる。


 こんな奴に十億マナはもったいないかもしれん。


 が、こいつこそ俺が望む唯一のモンスターだった。



 俺がドッペールゲンガーを購入しても、その彫造の本体は消えなかった。


 代わりにって感じで、俺の手にミニフィギュア化したドッペルゲンガーが発生する。


 シルファー曰く「封印の間の魔物に購入数の制限は無さそうだ」とのこと。


 つっても、一体が十億マナだからな。


 そうそう買えるもんじゃねぇ。


 所持マナは残り二千万ほどだ。


 俺とシルファーは封印の間を出ると、転送魔法で玉座の間に舞い戻った。


 それからシルファーが風呂に誘ってきたのだが、丁重にお断りだっつーの。


 階段を下りただけで汗もかいてねぇし……そもそも女と風呂に入るってのがおかしいんだよ。


 最初の頃はシルファーが、何考えてんのかわからん変な奴って感じだったんだが、最近はその……女っぽいっつうか……。


 あああああああああああああああああああああ! なに意識してんだよ俺は。


 あいつは魔王で俺は部下。


 部下としてあいつを守る。


 そう決めただろ。


 もやもやした気持ちになったので、俺は自室に引きこもって、久々にネットをした。


 俺の行方不明の件は相変わらずの検索結果だ。


 向こうの世界は色々と、がちゃがちゃしてやがる。


 ウイルスの件もそうだが、アメリカが中国の南沙諸島埋め立てに抗議して、攻撃するだのなんだのって話から、噂じゃなくガチで第三次世界大戦待ったなしみたいな風潮だ。


 あー、もうそっちはそっちで好きにやってろ。


 ネットを落としてベッドに倒れ込んだ。


 俺は持ち帰ったドッペルゲンガーのミニフィギュアを手にとって眺めた。


 こんなもんに十億払っちまったが、勇者イズナが先代ラフィーネを越えちまった以上、ステージ6の展開はこれしかねぇもんな。


 あいつは――イズナは自分が死んでも良いって思ってやがる。


 なら殺させてやろうじゃねぇか……自分自身の手でな。



 どこぞの海峡の間に浮かぶ島が、イズナとの決戦の舞台だった。


 島から両岸が見えるくらいの距離だ。


 民家らしきものもなく、隔離されていた。


 決闘には相応しい。


 イズナは外見からして大幅に変わっていた。


 剣はその鞘や柄にいたるまで、竜の意匠が施されている。


 新しくなった鎧はブルードラゴンの鱗のような鮮やかな青だった。


 しかし……下半身がスカートになっており、その丈も短い。


 物理的にも魔法的にも防御力は上がってるんだろうが、倫理的な防御力は下がってんぞこれ。


 イズナは俺をじっと見つめて、剣も抜かずに呟いた。


「あ、あの……質問してもいいですか?」


「あぁん? くだらねぇ質問なら却下だぜ」


「本当に……ミノンを殺したんですか? 嘘をついていませんか?」


 急にどうしたんだこいつ。


「嘘ついてどーすんだよ」


「遠征を終えて王都に帰還した冒険者さんたちから聞いたんです。迷宮が復活して、その番人がミノンと名乗ったって……」


 俺は小さく肩を上下にさせた。


「同姓同名の他人だろ」


「牛の半獣人の女性だったそうです」


「そりゃあ、すごい偶然だな」


 イズナはじーっと俺を見つめる。


 こいつが戦闘態勢にならんと、いつまで経ってもマナ放送が始まらん。


 軽く挑発して剣を抜かせるか。


「つうかずいぶん立派な剣に鎧だなぁ。いやぁ、これで中身がもう少し胸の大きい美女だったら、俺様も戦う前に降参してるとこだぜ」


 さっと胸のあたりを腕で覆い隠すようにして、イズナは続ける。


「この剣も鎧も……あ、あなたのおかげです」


「ハァ? 何言ってんだ?」


「ブルードラゴンの弱点を教えて、倒させてくれたじゃないですか?」


「偶然だろ。んなもん」


「偶然なんかじゃありません! あなたはわたしを殺そうと思えば、簡単に殺せるんです。夜中、寝ている隙をついて暗殺だってできるはずです」


「それがまあ、夜中とか転送魔法ができないんだわ。やれりゃあとっくに殺ってるって」


 口から出任せを並べる俺に、イズナは納得しなかった。


「夜中でも来られるはずです! 最初の頃は気付かなかったけど……夜中にわたしの部屋に来て『ただの通りすがり』だって言いましたよね」


 最初にイズナと会った時のあれか。あん時はまだ、俺もこっちの世界のことがさっぱりわからんかったからな。


「さっきからグジグジうっせーな。とっとと抜けよ」


「ちゃんと答えてくれるまで、今日は戦いません!」


「はぁ? 職務放棄とかって、お前、勇者の使命舐めてんの?」


「またそうやって、遠回しだけど、わたしのことを心配して……」


「してねぇよ。あんだけ苦しめたろ」


「それも……わたしを育てるための愛の鞭だったんですよね?」


「きもっ! きもちわる! 自意識過剰じゃねーの? 敵にまで自分は愛されてるとか思っちゃうわけ?」


「そんなことありません! けど、不自然じゃないですか。だったらどうして……テントウムシでわたしを倒そうとした時に……剣を避けろなんて言ったんです?」


「んなこと言ったか? あれはラフィーネとかいう勇者の亡霊が出てきたおかげで、俺の計画が台無しになっちまっただけだ。思い出すだけで腹立たしい」


 イズナは力強く首を左右に振った。


「ラフィーネ先輩が出てこなくても、あなたはきっと振り下ろした剣をわざと外して、わたしに反撃の機会をくれたはずです。どうしてそんなことをするんですか?」


 ああ……クソッ! こいつ、気付いてたのかよ。


「うるせぇ黙ってろペチャパイ人間パイペチャン」


「む、胸の話はしないでください!」


「洗濯板ブス」


 俺は小学生か。


「う、うう! こっちは真面目に話してるんですよ! いいです。絶対に戦ってあげませんから」


 ヤバイな。このままじゃらちがあかん。


 イズナは俺の顔を指さした。


「ミノンと組んでいた時だって、あなたは手出ししてこなかったじゃないですか」


「こっちにも色々事情があんだよ」


「その事情を聞きたいんです」


「言うと思ってんのか、胸だけ二次元ケツ三次元」


 こいつの寝言から察するに胃は四次元だろうな。


 って、くだらねぇこと考えてる場合じゃねぇ。


「さっきから、胸の話ばっかりですね。もしかして、本当は小さな胸の女の子が、す、好きだけど素直になれないんですか?」


 言いながらイズナの顔が耳の先まで真っ赤になった。


 あー。真面目な奴がそういうこと言うなよ。


 エロネタに免疫ないくせに、無茶しやがって。


「ど、どうなんですか?」


 引くに引けなくなってキョドリだしやがった。


「俺がテメェなんぞに興奮するかよ!」


「実際したじゃないですか! すごく……ふ、膨らんでて……」


 カニかまショーック!


 あれは事故だ許せ忘れろ。


 俺は土下座した。


「なあ頼むから剣を抜いてくれ。じゃない、ください。それで戦う意思を見せていただけると、この道化魔人めは勇者様に感服し、心の底より敬意をもって、疑問質問なんでもお答えいたしますから」


「や、やめてください! あなたが嘘つきなことくらい、さすがにもうお見通しです」


 チッ……バレてたか。


 俺は立ち上がった。


「じゃあよ、どうすりゃ戦ってくれるわけよ勇者ちゃん」


「ちゃ、ちゃん……って。ちゃんをつけるなら、勇者の方じゃなくて……せめて名前につけてくれても、いいんじゃないですか?」


 イズナが肩を落とした。


 何をわけわかんねぇとこで落ちこむかね。


 思春期ですかーこの勇者ちゃんは?


「わかった。交換条件でどうだ。お互いに質問は一つだけ。で、先に俺から質問すっから、その質問に答えられたら俺も答えてやる」


「そういって、こっちの質問をはぐらかしたりするんじゃ……」


「あー。そうなんだやっぱりそうなんだー。魔王軍の幹部とは腹を割って話せないってことかー。残念だなー。俺様信用ないもんなー」


「わ、わかりました! なんでも質問してください! お答えしますから」


 よし。そうだな、何を聞こう。


 全然考えてなかったぞ。


「じゃあ、今日のパンツの色は何色だ?」


「ええっ!?」


「答えてくれるんだろ? 俺が三百六十五日エブリデイセクハラ記念日こと道化魔人アークだってのは、百も承知だよなイズナちゃんよぉ」


 イズナは深くうつむくと、ぽつりと呟いた。


「……んく」


「はぁ? もっと大きな声で言わないと聞こえませんなー? ちょっとこの島、風が強いみたいで」


 俺は手を耳に当ててみせた。


「ピンクです! それじゃあ、わたしの質問にこたえてください」


 ピンクかなるほど。


 さーて、どうはぐらかそうか。


 まあ質問の内容次第だな。


「道化魔人アークに質問です。あなたは……実はいい人なんじゃないですか? そうなんですよね?」


「それ質問がおかしいだろ。そこでイエスとこたえるような奴は偽善者丸出しだし、ノーとこたえりゃ、やっぱりそいつは悪いやつかもしれん」


 イズナの表情が緩んだ。


「今の解答で十分です。どんな事情があるかは、わたしには想像も付きませんが……これで心置きなく戦うことができます」


 イズナはようやく剣の柄を手に取った。


「あなたを信じて」


「はあああああ!?」


 剣を構えたと同時に、空にマナ放送のウインドウが広がった。


 ようやくこっからが本番だ。


 いつになく、戦う前に長い問答になっちまったぜ。


 イズナは俺に切っ先を向けて吠えた。


「もはや、この聖剣ドラグレイドを手にしたわたしに、あなたは勝つことはできません。幾千、幾万の大軍をもってしても、それらを必ず打ち倒します。どのような強敵を前にしても、わたしは負けません」


 そりゃ結構。


 つうか、こいつさっきまでと雰囲気が、がらりと変わりやがった。


 あの頼りない勇者ちゃんから、まるでシルファーが……先代勇者ラフィーネが乗り移ったみたいな感じだ。


 勇ましいだけじゃない。


 指先まで動作が流麗じゃねぇか。ちょっとかっこいいぞ。


「言ってくれるじゃねぇか。だがな……テメェにゃ弱点がある」


「もう、虫系の魔物も克服しました」


「そんなんじゃねぇよ。根本的な部分だ。テメェには決定的に足りてねぇもんがある」


 イズナが腕で胸元を覆い隠そうとした。


「そこじゃねぇよ!」


「ち、違うんですか。すみませんてっきり……」


「謝るなっつーの! てめぇの今日のパンツの色をばらすぞ」


 俺の一言でマナ放送のコメントが加速した。


「いいかマナ放送をご覧のみなさま! なんで俺様が勇者イズナのパンツの色を知ってるかについては、ご想像にお任せするが……こいつの今日のパンツはピンク色だそうだ!」


 のぞき魔だの変態だのと、今日もコメント欄を流れる罵詈雑言が心地良い。


 イズナは顔を真っ赤にさせた。恥ずかしいのと怒りと半々ってとこだな。


 コメント欄は嘘だ嘘だの大合唱。


「おーっと、嘘だと思うか? 今からイズナをひんむいて証明してやるぜ。行け! 我が忠実なるしもべよ!」


 俺はポケットからドッペルゲンガーのミニフィギュアを取り出すと、イズナの正面に立つように展開させた。


 小さなフィギュアが大きくなっていく。


 その姿もマネキンからイズナへと変貌していった。


 ここにもう一人のイズナが生まれたのだ。


「こいつはドッペルゲンガーという魔物だ。自分と同じ姿をしたドッペルゲンガーに出会うと、その人間は死ぬと言われてるぜ」


 俺はドッペルゲンガーの後ろに立つと、スカートをめくって見せた。


 マシュマロのようなお尻を包み込むピンクの薄い布地に、マナ放送のコメント欄が爆発した。


 棒立ちのドッペルゲンガーの肩を抱き寄せるようにして、俺は告げる。


「こいつを倒せねぇまま俺を逃したが最後、テメェをコピーしたこのドッペルゲンガーで俺様は毎晩楽しませてもらうぜ。ヒャーッハッハッハ!」


 これでイズナも、さすがに俺がどういう奴か理解しただろ。


「そこまでわたしのことが好きなんですか!?」


「はああああああ?」


「だ、だって……家畜にして飼いたいとか言いましたし。わ、わたしの大ファンじゃないですか?」


「ちげえええええええええええええええって! ドッペルゲンガー! こうなりゃ本物を倒して、成り代わっちまえ! そして王国の中枢にもぐりこんで……ヒャーッハッハ! もしかしたら、お前らの王も、とっくの昔にドッペルゲンガーと入れ替わってる誰かの傀儡かもしれねぇぜ?」


 ドッペルゲンガーの変身能力を披露しつつ、社会不安をばらまいてやった。


 ファンタジー感溢れてんのに、情報化社会だもんなこの世界。


 疑心暗鬼のパンデミックでも起こしちまえ。


「そ、そんなことはさせません!」


「なあイズナ。テメェは本当に世界のために自分が死んでもいいのか?」


「覚悟は決めています」


「じゃあ……死ねよ。殺れドッペルゲンガー」


 俺はドッペルゲンガーをけしかけた。


 迷い無く、ドッペルゲンガーはイズナめがけて踏み込み斬りつける。


 イズナも剣で弾き返したが、それすらドッペルゲンガーは読んでいるようだった。


 剣技の応酬は続いた。


 二人の動きがあまりに速く、どっちが本物か目で追うのがやっとだ。


 この場で見ている俺と違って、マナ放送の視聴者にはどっちがどっちか、もう判断もつかんだろう。


 二人は互角に戦った。


 当然だ。お互いの強みも弱点もわかってんだからな。


 両方とも、ある一線を越えてる気がする。


 死んでも構わない……つまり死線だ。


 普通の人間が越えねぇようにしてるところを、こいつらはあっさり追い越していく。


 命をなげうって戦ってなきゃ、イズナはブルードラゴンには勝てなかった。


 ドラゴンの口の中に入って戦意を失わなかったのも、イズナが最初から命を捨ててるからだ。


「なあイズナ。死んじまえよ。テメェの代わりはそいつでもできるんだぜ? 魔法も剣技も全部同じなんだ。王国の連中だって、テメェが本物か偽物かなんて、実はどっちだっていいんだよ。毎日楽しませてくれりゃあ誰でもいいんだ。死んで楽になれ」


「「その手には乗りません!」」


 同じ人間の二つの声がユニゾンした。


 ドッペルゲンガーの恐ろしさを垣間見たぜ。


 イズナと同じタイミング、同じ呼吸、同じトーンで言いやがった。


 物まねとかコピーってレベルじゃねぇ。


 もはやイズナそのものだ。


 数回切り結ぶと同時に二人はバックステップで距離をとる。


「「収束雷撃魔法!」」


 お互いの手のひらから雷撃を放った。


 中点で魔法同士がぶつかり合い、爆ぜる。


「「スパークエッジインフィニット!」」


 さらに強化された必殺技も、ぶつかり合ってその威力が消滅した。


 まるで鏡と戦ってるみてぇだ。


 二人が消耗して肩で息をするのまで、一緒だった。


「どうしたイズナ? 息が上がってるぜ?」


「「そんなこと……ありませんっ!!」」


 強がりも二人一緒か。


「なあ。テメェに足りないものが何かわかったか?」


「「わからなくてもいいです。勇者の務めを果たすまでです」」


「それだよ。足りねぇのは……押しつけられた使命しかねぇ。空っぽじゃねぇか。そこに足りないのはテメェ自身の意思だ。このままじゃテメェは俺が操るドッペルゲンガーと同じ、ただの操り人形だぜ? 自分のしたいことも我慢して、世界中の人間の期待を背負わされて、負ければ死ぬって毎日だ。そんな人生になんの価値がある? テメェはこの世界の全員を満足させるためだけに生きてんのか? それで幸せなのか!?」


 二人の剣が同時に下がった。


「「わ……わたしは……」」


「だからとっとと死ぬか、俺様の家畜になれよ」


 すると、イズナが切っ先を俺に向けて吠えた。


「お断りします。そんなにわたしが欲しいなら、そのドッペルゲンガーを持って帰ってくれてもかまいません。そして、もう二度とわたしの前には姿を現さないでください」


 チッ……なんか変な空気になってきちまったぞ。


「はぁあ? 本当にいいのか?」


「ええ。かまいません。その偽物の空っぽな勇者もどきで、寂しく満足感を得て独りえつに入っていればいいんです。おぞましくおろかな道化魔人にはお似合いです。お情けで命だけは助けてあげますから、消えてください」


 ちょ……おい。待てって。


 俺はマナ放送のコメントを確認した。


 なんかこっちも微妙な雰囲気だ。


 魔王軍は殺せってのに、勇者が見逃したらいかんだろ。


 なんとか軌道修正しねぇと。


「いや、待てって! いいのか俺を逃がして?」


「そもそも、あなたが出てきたところで、いつでも簡単に殺せるじゃないですか。最近は苦戦することもありましたが、わたしのそっくりさんを出してきた時点で、もうネタ切れが近いんじゃないですか?」


 ヤッベー! 見抜かれてる。クソが。


 イズナを甘く見てたぜ。


「わたしはもうあなたみたいな雑魚に付き合うつもりはないんです。これからは魔王城を……魔王を倒すことに専念したいんです。あなたにはその等身大のわたしフィギュアをあげますから、もう二度と姿を見せないでくださいね」


 すると、マナ放送から歓声があがった。


 イズナの魔王城攻略宣言が出たのだ。


 今まで以上の盛り上がりと喝采だった。


 そして、俺への「帰れ!」コールが始まった。


 元々アウェーだってのはわかってたが、観客にまで見放されたら……だめだいくら考えてみても、この状況以上のマナ放送の盛り上がりは難しい。


 ここは撤退だ。


 つうか、生きたまま戦闘を終えたことなんてねぇんだが、どうなるんだ?


「お、俺様を生かしておいたこと、きっと後悔するぞ! おら帰るぞドッペルゲンガー!」


 実に三下っぽい捨て台詞が出ちまった。


 呼びかけに、一瞬、ドッペルゲンガーはきょろきょろとしたが、うなずくと俺の後ろについてきた。


 逃げる俺とドッペルゲンガーを、イズナが指さして笑う。


 なんか悔しい。


 が、粘着してこの盛り上がりに水を差すのも、入手マナが減りそうだし、なによりドッペルゲンガーが無傷で残ったのはでかいな。


 こいつさえ残ればやりようはまだある。


 今回分のマナを丸儲けだし、十億の手駒も無事なら、万々歳だ。


「あっちに船があるはずです。ここを離れましょう」


「あ、ああ。詳しいな」


 まあ当然か。


 イズナのコピーみたいなもんだから、地理やらなんやらも知ってるんだろう。


 俺はドッペルゲンガーと小舟に乗るとこぎ出した。


「さてと。じゃあそろそろ元に……」


「戻さないでください」


「なんでだよ。つうかドッペルゲンガーのくせに生意気だな」


「すみません」


「ったく。フラット大胸筋なところから、律儀な性格まできっちりイズナだぜ」


「はい。本人ですから」


「だからもういいんだって。そういうのは」


 ボートを漕いでいるうちに、遠くでマナ放送のウインドウが閉じるのが見えた。


 ドッペルゲンガーがため息をつく。


「本当に、わたしが本物でなくてもみんな良かったんですね」


 俺は櫂を漕ぐ手を止める。


「え?」


「お迎えが来ました」


 空からゆっくりと、巨大な鳥が降りてきた。


「霊鳥フルーレです。王国内でしたら、半日もあればどこにでも自由に移動できます」


「ほー。だから勇者との戦いはいろんな場所で行われてたのか……って、なあ……お前はドッペルゲンガーだよな?」


「違うんですけど、どうすれば信じてもらえますか?」


「あー、こりゃダメだな。元に戻すか」


 ミニフィギュアに戻れと俺は念じてみた。


 だが、戻らない。


 そして霊鳥フルーレは俺たちの進む方向とは反対の方角へと飛び去っていった。


「もしかして、ほ、本物のイズナ!?」


「はい。あの……勢いと流れで着いて来ちゃいましたが、別に本当に家畜にしてほしいとか、思ってないです」


「なんで入れ替わってんだよ! つうかあの堂々としゃべってたアレ……あっちがドッペルゲンガーだったってのか?」


「そうです。びっくりしました」


 びっくりじゃねぇよ!


 止めろよ!


 俺も混乱してるよ!


 ドッペルゲンガーってのは、本人と同じなんじゃねぇのか?


 同じだとすれば……こうなったのも、イズナがイズナだったからか。


 自分より他人の幸せを優先する……イズナになったドッペルゲンガーは、それをイズナに対して実行しやがった。


「いいのかよ。つうかどうすんだよこの状況!」


「わ、わかりませんが、わたしがいるべき場所には、もう……戻れません。かといってこの世界に、わたしを受け入れてくれる他の場所なんて……」


 イズナの顔は世界中に割れている。


 それに、俺がドッペルゲンガーのデモンストレーションをしちまったんで、こっちの本物のイズナがドッペルゲンガーと思われてるわけだから……。


「あー。これマジでどうなるんだろ」


 櫂を漕ぎまくるうちに、小舟は海流に翻弄されながらも、島の西側に見えていた向こう岸へとたどり着いた。


 そこに待っていたのは……猫執事だ。


 ただし、超デカイ着ぐるみバージョンだった。


 中身はお察しじゃねぇか。


「お前どうしてここへ?」


「とりあえずおうちに帰りましょうにゃー。そちらのドッペルゲンガーもいっしょですにゃー」


「いやちょっと待て!」


 猫執事がスッと右腕をあげて指を鳴らした。


「転送魔法!」


 つうかどうやって音を出してんだ?


 あの肉球ハンド、見た目以上に器用でやがる。


 俺の身体だけでなく、イズナの身体も足下に生まれた魔法陣から放たれる光の中に溶けて消える。


 次に視界がひらけると、そこは魔王城の玉座の間の、いつもの赤絨毯の上だった。

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