第24話

 俺は赤い絨毯にひざまずいた。頭を垂れて言う。


「魔王様。なに言ってんだテメェは」


「さ、様付けしておいてひどい言い方であるな」


 顔を上げて、改めてシルファーの顔を見つめた。


「俺は向こうには帰らんぞ」


「だが……良いのか? 向こうの世界に家族や友人もおろう」


「いいんだよ。俺がいなくなったことを気にもかけねぇ世界のことなんて」


 最近じゃすっかりスマホもいじらなくなったな。


 どうせ俺の失踪事件なんて、誰も気にしちゃいないんだ。


 俺は立ち上がった。


「んなことより、飯にしようぜ」


「す、すまぬ! 貴様はすぐにも帰ると思って……今夜は何も用意しておらぬのだ」


「はああああ!? 人がこんだけがんばったのに、飯抜きかよ?」


「か、カップ麺ならあるぞ。実は以前、投書していたおかげで我の私書箱に、ステーキ味の試作品が届いておるのだ」


「マジかよそれ! 食わせろ!」


 毒入りだろうが不死者は死なない。


 つうか、真に受けて作ったのかよカップ麺製造業者。


 つうわけで、今夜は二人でカップ麺を食べた。


 シルファーはトマトスープベースのベジタブル味で、俺は試作品のステーキ味だ。


 ヤバイわ。


 ここんところごちそう続きだったんで、こういうスナック感溢れる味が恋しかったってのもあるが、ステーキ味のカップ麺マジでうまい。


 醤油ベースにブラックペッパーが利いてて、ビーフエキスもたっぷりだ。


 売れるだろ、これ。


 期間限定でいいんで、商品ラインナップに入れてくれ! 箱で買うから。



 カップ麺を食べ終えると、シルファーがじっと俺の顔を見つめて来た。


「な、なんだよ。俺の顔にナルトでもついてんのかコラァ」


「残ってくれるのは嬉しいが……残ると決めた本当の理由を知りたい」


 あっ……そうだった。


 今の俺がやってることは、最終的にシルファーをイズナに殺されることに繋がってる。


 今日の巨人兵との戦闘で、イズナは強敵を打ち倒してレベルアップした。


 イズナが強くなるほど、シルファーは死に近づいていく。


 それをシルファー自身も望んでいやがるのが、なんか……嫌だ。


「お前は俺が守ってやるよ」


 シルファーの顔が耳の先まで真っ赤になった。


「い、いきなり何を言うのだ!?」


「守ってやる。ずっとずっとこの世界にいてやる。俺は帰らない」


「死ぬこともできぬのだぞ? 今は良いが……生き続けられるというのは永遠の地獄だ。我にはもう家族はおらぬが、家族がある者であれば辛かろう」


 親が先に死ぬのはわかるが、兄弟や恋人や、子供がいたりしたらどうだ?


 自分はずっと変わらないのに、みんな年老いて死んじまう。


 そのうち自分を知ってる人間みんな、いなくなって取り残される。


 孤独に耐えられん奴には、死ぬより辛いかもな。


 シルファーは沈痛な面持ちのまま続けた。


「かつて……魔王になった者の中には勇者の頃からの優しさを持ち続けたモノもいた。その優しさゆえに後継者を厳しく育てられず、魔王を殺せるだけの力を持った勇者が生まれぬという事態もあったのだ。その魔王は狂ってしまったよ。そして一転して苛烈な魔王となり、最後は勇者に倒された。その死に顔は安らかで喜びに満ちていたという。死による解放のみが、唯一の救い……ということだ」


「そうなのか」


 俺もこの世界にずっと居続けたら……いつか、そういう化け物になっちまうんだろうか。


「我も実際、この目で見たわけではないがな。唐突だが書庫を覚えておるか?」


「あ、ああ。あの読めない本だらけのな」


「あれは記憶の保管庫でもあるのだ。書庫の本は魔王が死ぬと一冊増える。その魔王がどのような行いをしたかが、そこに物語として残されるのである」


「あそこの本ってのは、そういうもんだったのか」


「すべてがそうではないぞ。レシピ集などもあるからな。ただ、魔王の書は魔王にしか読めぬ。なぜああいった本があるのかを、我なりに考えてみたのだが、きっと同じ過ちを繰り返すなという戒めなのであろう」


「シルファーは全部読んだのか?」


「すべてを読んだわけではないが、時間を作って読み進めておる」

 んで、俺には帰れ……ってか。


「なら一緒に狂ってやるよ」


「な、何を言っておる。ちゃんと我の話を聞いていたのか?」


「冗談で言ってるつもりはねぇ」


「アークよ……貴様という男は……」


 俺は口元を緩ませた。


「おかしくなっちまった魔王は、どうせボッチだったんだろ。俺がいっしょにいれば、シルファーはおかしくならねぇ……もしおかしくなっちまったら、俺も一緒におかしくなってやるよ。お前がどうなろうと、寂しい思いはさせねぇから」


 シルファーの表情が、くしゅっと潰れるようになった。


「そ、そのようなことをして、貴様は何を得られるというのだ」


「欲しいもんはこの世界に……いや、お前からいくつももらったからな。少し返すくらいいだろ」


 走れるようになった。

 やりがいを得た。

 前向きになった。

 一緒に戦う楽しさを知った。

 飯が美味かった。

 魔王様は泣きじゃくった。


 こうしてみると、俺と大してかわらねぇガキで……ただの、普通の女の子だな。


 俺は続けた。


「それにシルファー。お前がおかしくなるほど永い時間はかからんかもしれん。なにせ俺は十万回死ぬことなく、三百年も必要とせず、この短期間に一億マナを貯めた天才道化魔人だからな」


 スッとシルファーの大きな瞳から、涙が引き潮のように収まる。


「なにか策があるのか?」


「策なんて上等なもんじゃねぇ。賭けだ……勝算はそれこそ神のみぞ知るってな。だからもう少し、イズナとの戦いを続けさせてくれ」


「それは構わぬが……信じて良いのだな?」


「俺はどこにもいかないし、お前を守り続ける」


「わかった。我も貴様の忠誠に、全身全霊をもって応えよう」


 こうして、道化魔人アークと魔王シルファーの盟約は結ばれた。

 シルファーが告げる。


「それで、次はどうするというのだ?」


「ステージ5で、イズナには先代勇者ラフィーネに並んでもらうぜ」


 俺は所有マナの全額をつぎ込むことにした。



 購入したのは通常のドラゴンよりも強力な、一億六千マナ級のブルードラゴンだ。


 シルファーが言うには、中庭のドラゴンの中でも一対一であれば、このブルードラゴンは五億、十億のドラゴンに匹敵するか、それ以上らしい。


 その城の塔ほどもある巨体もさることながら、青い鱗は硬く魔法すらも弾き、雨水のように受け流すというのだ。


 この鱗の一枚でも手に入れれば、冒険者は生涯、盾選びに悩まなくなる――とさえ言われているんだとか。


 ブルードラゴンは防御力において、他のドラゴン以上だった。


 続くシルファーの説明を聞く限り、空を飛ぶタイプのドラゴンは、人間たちの飛行艇を落とす能力に特化されているらしい。


 首が三つあるタイプのドラゴンは、三連ブレスによって城に張られている超強力な防御結界さえ破壊できる、


 攻城兵器に近い性質のものだった。


 今、勇者と一騎打ちをさせるにあたり、最強の戦力はこのブルードラゴンだとシルファーは太鼓判を押した。



 青い竜の鱗は雷撃魔法を受け流し、イズナの剣による攻撃はことごとく弾かれる。


 火山の火口を背負って、イズナはついに追い込まれていた。


 ブルードラゴンのはき出すブレスがイズナの身を焦がす。


 彼女は自身に回復魔法をかけながら、戦い続けた。


 が、もうそろそろ息切れだろう。


 ドラゴンの巨体は巨人兵とは比べものにならないくらい俊敏で、鈍重さなんて欠片もねぇ。


 尻尾を振るえば大気を鳴動させ、鞭のようにしなった一撃を避けきれず、イズナは打ち据えられた。


 俺は口元を緩ませる。


 笑ってんじゃねぇ。


 焦ってんだ。


「どうだイズナ。そろそろ俺様の家畜になると宣言するか?」


「クッ……い、嫌です。絶対にお断りです。それに、たとえわたしが死んでも、次の勇者がきっと……だから、わたしがここで屈する姿を見せるわけにはいかないんです。勇者が敗北を認めるなんて、もってのほかですから」


 相変わらず自分が死ぬことは怖くないってか。


 こいつもなんとかしてやらんとな。


「つうか、先代のラフィーネが死ぬとこは見てねぇのか?」


「魔王城には結界が張ってあって、マナ放送は通じてないんです……そんなことも知らないんですか?」


「あっ! 今死にかけてるくせに生意気だなテメェは」


「聞かれたからお答えしただけなのに、ひどいです」


 本当に律儀なやつだなイズナは。


 しかし……そうか。


 魔王城での決戦だけは、世界に配信できねぇよな。


 魔王が死んで勇者が魔王になるところなんて、この世界の秘密そのものじゃね

ぇか。


 結局、魔王城に何人も勇者は乗り込んでんだけど、今だに魔王が存在し続けてるってことで、この世界はまとまっていられるってわけだ。


 ああ、前に“視聴者数でラフィーネVSドラゴン戦を上回った”って話をシルファーにされたけど、そういやなんで魔王戦じゃねぇのかって、あの時は気付かなかったな。


 色々納得したぜ。


 さてと……じゃあそろそろ仕上げといこうか。


 イズナの呼吸も少し落ち着いたみてぇだしな。


「しかし本当に愛おしいな。俺様のブルードラゴンは。あれほど悩まされたテメェの雷撃魔法も、この美しい鱗がすべて受け流してみせる。それに、どんな剣技も通じねぇ。最強! まさに最強だ! さあ、食い殺せ。勇者を丸呑みにしろ! 生きたまま胃の中で溶かしてやるぞ!」


 ブルードラゴンが倒れたままのイズナに、あぎとをいっぱいに開いて突っ込んでいった。


 イズナの小さな身体を包むように食らいつく。


 瞬間――。


「収束雷撃魔法!」


 イズナはブルードラゴンの舌の上に立ち、上あごに剣を突き立てると魔法を放った。


 そうだ。


 それでいい。


 いかに強力なドラゴンの鱗も、身体の中までは守れねぇんだからな。


「収束雷撃魔法! 収束雷撃魔法! 収束雷撃魔法!」


 俺はイズナを信じちまってる。


 あいつなら気付くって。


 刃を通じて体内に直接魔法を撃ちこみまくり、ついに耐えきれなくなったブルードラゴンは、山が倒れるように地に伏した。


 俺はそれを見上げたまま、小さな虫みたいにプチッ! と、押しつぶされたのだった。


 勇者イズナはこうして、先代ラフィーネを越えたのである。


 ラフィーネが倒したのは、マナ換算にして一億マナほどのグリーンドラゴンだった。


 その鱗は強靱だが、魔法に弱いという弱点があったのだ。


 剣技と魔法に長けたラフィーネとグリーンドラゴンとの一戦は、勇者育成機関でも教材に扱われるほどの有名な動画らしい。


 だが、イズナはそれよりも格上のブルードラゴンを倒してみせた。


 その結果、イズナは魔王を倒す実力があると認められたっつうわけである。


 マナ放送はお祭り騒ぎで、魔王討つべしと王国中が大盛り上がりだ。


 連中が大騒ぎしてくれたおかげで、俺が得たマナも――莫大なものとなった。


 問題はその使い道だ。



 ブルードラゴンを倒して成長したイズナに対抗できるだけの戦力が、魔王軍の中庭にはもう残っていなかった。

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