第21話
翌日――。
朝食を食べ終え、いつも通り準備を整えると、俺とミノンは転送魔法で勇者イズナの元へと送り込まれた。
飛ばされたのは、風が吹き抜けるだだっぴろい平原だ。
隠れる場所もなく、正面からのぶつかり合いは必至って感じだな。
見ればイズナの軽鎧が、これまでのものより豪華な装飾のものになっていた。
剣もシンプルなデザインから、柄に宝玉がはめ込まれたゴージャスなものにバージョンアップしてやがる。
髪型も少しだけ変わっていた。
「馬子にも衣装ってやつだな勇者イズナ! つうか、髪型変えた?」
イズナが驚いたように目を大きくさせた。
「わ、わかるんですか?」
なんでちょっと嬉しそうなんだよ。
「この道化魔人アーク様を見くびってもらっては困る。常に貴様を攻略することのみを、考えているからな。どのような些細な変化も見逃さぬのだ」
ちょっとシルファーみてぇな口振りになっちまった。
「そ、そんな……一日中、わたしのことばっかり考えてるみたいなこと言わないでください!」
俺のほっぺたが左右に引っ張られた。
背後に立つミノンの仕業だ。
「いででで。なにしやがるミノン!」
「アーク様ったら、わたくしの事も少しは考えてくださってもよろしいのに」
なんか、怒ってるのか?
「今日は勝負リボンですのよ」
振り返ってよくみれば、ツインテールを結ぶリボンの色が金色になっていた。
「あー。なんか金色だな」
「もう少し『似合ってるな』とか、ありませんの?」
「俺は普段の赤の方が好きだ」
ミノンはイズナに「一分くださいませ」と告げると、ビキニアーマーの腰ベルトについている、小さなポーチから赤いリボンを取り出し、金色のリボンから付け替えた。
たぶん、あのポーチには俺のズボンのポケットと同じ魔法がかかってるんだろう。
四次元ポケットならぬ四次元ポーチだ。
「準備できましたわ! いざ尋常に勝負!」
髪型を決め直し、ミノンがポールアックスを構えた。
「望むところです!」
イズナも剣を抜いた。
真新しい刀身は磨き上げた鏡みてぇにピッカピカだ。
マナ放送のウインドウが晴天に開いた。
「つうかイズナ。その剣も鎧もどうしたんだ?」
「ミノンと戦うようになって、急に能力が上がりだしたから、より良い装備を扱えるようになりました」
つうことは、イズナ本人の能力だけでなく、装備も含めて総合的にかなり強くなってるってことか。
これまでは俺を何度倒しても、装備レベルが上がるなんてことなかったのにな。
ミノンはイズナに拮抗する力を持ってっから、その戦いでイズナが得られる経験値も高いんだろう。
ゲームでも雑魚を百匹倒すより、一回だけ強敵と戦った方が経験値を得られたりするもんな……ってことは、誠に遺憾ながら俺は雑魚ってことだ。
マナ放送のコメントを確認した。
『今日はまだ生きてるな』
『そろそろライバルから降格なんじゃね?』
『イズナ新装備きたああああああ!』
『まだいんのかよあのカス』
とまあ、いつも以上に俺への舐めたコメントが躍ってやがる。
うっせー!
俺はイズナを指さした。
「行けミノン! 新装備なんてどうせこけおどしだ!」
「は、はい!」
俺の指示でミノンがイズナに向かって突進した。ポールアックスを振るう。
イズナはパワーに勝るミノンの攻撃を、回避する傾向にあった。
だが、ミノンの一撃をイズナは剣で受け止めた。
「やりますわね! けど、戦いの勝敗を決めるのは装備だけではありませんわ!」
「それはどういうことですか?」
「わたくしには、戦いを見守ってくださる愛しい人がおりますもの」
「わ、わたしだってマナ放送を通じて、世界中の人々が応援してくれてます!」
二人は二度三度とお互いの刃をぶつけ合った。そのぶつかり合いの激しさで、空気が震えて微振動が皮膚に伝わるくらいだ。
んで、ちょっと離れたところで様子をうかがってる俺には、二人がなに言ってんのかわかんねぇ。
ここはまだちょっかいを出すとこじゃねぇな。
重要なのはメリハリだ。
マナ放送じゃ俺はすっかり過去の人でミノンの添え物扱いだが、料理だってメイン食材の脇を固める付け合わせや、彩りを与えるパセリの一振りだって大切だ。
それだけで一気に見映えが増すからな。
自分で考えててなんだが、俺……パセリかよ! パシリみてぇじゃねぇかクソ。
俺が眉間にしわを寄せている間も、二人は剣と言葉を同時にかわしていた。
「世界を敵にまわそうと、本当に愛する人を守り戦う方が幸せですわ。あなたは世界を愛していますの? すべての人々を愛していると言えますの?」
「そ、それは……けど、わたしは勇者です。勇者が世界を守るのに理由なんて必要ありません!」
ガギンッ! ガギンッ! って金属音がでかすぎて、二人のやりとりは相変わらずさっぱりわからんが、なんかすげぇ“戦ってる”感がある。
さらに数度打ち合うと、イズナがバックステップで距離を取った。追わずにミノンが得物を構え直す。
「間合いが遠のけばリーチの差で、そちらが不利ですわよ」
「そんなことありません。行きますッ!」
イズナの手に雷光が走った。嫌な予感がして俺は叫ぶ。
「避けろミノン!」
ほぼ同時にイズナが剣を振るった。
「必殺! 雷鳴剣――スパークエッジ!」
ミノンがイズナの剣を振るった軌道から逃れるように、横に跳ぶ。
イズナの振るった剣筋をなぞり、三日月型の光が疾走した。野生の草花を巻き込んで、三日月は高速で飛翔しながら切り裂いていく。
光の通ったあとは綺麗さっぱり、そこだけバリカンでもかけたようだ。
かわしたように見えたミノンがその場に膝を突いた。
「くっ……危なかったですわ。あの光る刃は周囲に雷撃魔法を帯びていますのね」
「そうです。さあ、観念してください」
「そうはいきませんわ。こんなもの、かすり傷ですらありませんもの」
ミノンはポールアックスを杖代わりにして、立ち上がった。
雷撃魔法耐性を持つミノンが、直撃でもないのにふらつくほどの威力なのか。
こいつはミノンに厳しいな。
マナ放送はイズナの放った、見た目にも派手な必殺技にわいていた。
俺はゆったりとした足取りで、焦る素振りを見せずにミノンの前に立つ。
「いけませんわアーク様」
「ここは俺に任せて回復に専念してろ」
小声でやりとりをすると、イズナに向き直りその顔を指さした。
「ほほーう。俺様を練習台にして、ついに必殺技を完成させたかイズナ」
「これでもう、魔王にも負けません」
「甘ぇな。必殺技を編み出したのが自分だけだとか思ってんのか?」
イズナの表情に緊張が走った。
「ま、まさか……デスブレスよりも恐ろしい技を編み出したんですか? そ、それとも……」
一瞬だけ、イズナの視線が俺の股間に向いた……気がする。
あー。ごめんなトラウマ製造器で。
「実に残念だぜ」
「なにが残念なんですか? もったいぶらないでください」
「もうテメェで遊べなくなるんだからな……勇者イズナは今日、ここで死ぬんだ。なあミノン?」
ミノンが俺の背後でポールアックスを振り上げた。
「ええ。アーク様の仰る通り……わたくしの必殺技で葬ってさしあげますわ!」
どうやら、動けるくらいには回復したらしい。
俺はマナ放送を確認した。
おお、良い感じに動揺してるな。
そりゃまあ勇者イズナの必殺技お披露目回が、逆に俺らのターンになったわけだし。
「覚悟しやがれ。大地を穿つ断罪の巨斧の露と消えろ!」
俺の口上に合わせて、ミノンが気迫のこもった声を上げた。
「ハアアアアアアアアアアッ!」
猛牛のようにイズナめがけて突進する。
イズナは受けて立つ構えだ。
「ガイアアアアアアアアアア!」
ミノンはポールアックスを大上段に振り上げた。
攻撃している時ですら、防御への意識を怠らないはずのミノンが、胴体の防御を完全に捨て去る。
イズナが飛び込んで胴を一閃すれば勝負はつく。
だが、イズナは引いた。
そう。引くしかねぇんだよクソ真面目な勇者イズナは。
俺もミノンも不死者だから何度でも甦る。
近接戦闘ができるやつなら、自分が怪我しようが死のうが、お構いなしでつっこんでいくようになりがちだ。
が、ミノンはそういうタイプじゃねぇ。
むしろきちっと防御を固めて持久戦に持ち込むような奴だってことは、何度もやりあったイズナが一番良く知ってるだろ。
そんなミノンが防御を捨てて、必殺技を放とうっていうんだからな。
胴を“わざと無防備にしている”可能性も考えるだろ。
カウンターを誘うための罠かもしれねぇ。
が、罠なんてねぇんだ。
ミノンが頂点まで振り上げタメを作ったポールアックスに、全身の筋力と体重を預けるようにして振り下ろす。
「ブレイクッ!」
ミノンのタイミングに合わせて、俺は集中線を発生させた。
タイミングドンピシャだぜ! 本番で決められるなんて、最高に気持ちいい。
集中線が巨斧に宿る。
ミノンの攻撃は見た目に地味だ。が、これでちっとは見られるようになったろう。
イズナはミノンの振り下ろした刃を剣で受けなかった。
まあ、受け止めてたら釘みたいに地面に打ち付けられてただろうな。
身を翻してイズナはかわす。
ミノンの放ったガイアブレイクは地面を穿った。
瞬間――イズナの足下が爆発したように吹き飛び、土煙が舞った。
「――ッ!?」
爆発はイズナを派手にぶっ飛ばす。ちょっとやり過ぎなくらいだ。
ポールアックスの打ち付けられた所を中心に直径十メートル。深さ五十センチほどのクレーターができあがった。
地面を吹き飛ばしたミノンが、ゆっくりと斧を引きもどす。
放った当人が、自分の出した力に驚いているようだった。
ミノンは本番で練習以上のことをやってのけやがった。
地面ごとイズナを吹き飛ばした豪快な一撃に、マナ放送はどよめきを通り越して混乱している。
つうか……あれ? 俺の集中線いらなかったかも……いやいや、必要だった。
たぶん……きっと……。
滞空時間の長かったイズナの身体が、ようやくドサリと地面に落ちた。
かろうじて受け身はとったみたいだが……すぐに立ち上がってこない。
結構効いちまってるな。想定外だ。
ミノンが再びポールアックスを振り上げた。
「わたくしの中に、これだけの力があったなんて驚きですわ。アーク様……トドメを刺すチャンス……今回はわたくしにお譲りくださいませ」
やばい! 前回は俺がイズナへのトドメのチャンスを逸してる。
けど止めなきゃイズナがマジでやばい。マジやばいって。
「いや待てミノン。ここは俺様が……」
「勇者イズナは決して侮ってはいけない相手ですわ。それは刃を合わせて来たわたくしが、一番良くわかっていましてよ。魔王軍の幹部として、一人の戦士として、誇りを持って確実に葬ると誓いますわ」
いかん。しっかりしろよ勇者イズナ! テメェはシルファーもお墨付きの才能の持ち主なんだろ。装備も良くなって成長してんだろうが!?
ミノンが仰向けに倒れたままのイズナの元へと向かおうとする。
俺はすかさずミノンの腕をとった。
「なあミノン」
「なんですの?」
「勝利も決まったことだし、褒美をくれてやる。耳を貸せ」
「まだ勝利は確定していませんのに、気が早すぎですわ。けれど、いったいどんなご褒美なのでしょう?」
ミノンが身体をかがめると、俺は彼女の頬にそっと……唇を寄せた。
自分から自分の意思で、女にキスしたのはこれが初めてだ。
どんな手段を執ろうと、ミノンの足止めをせにゃならん。
もうシルファーはイズナを助けにはこられんのだから。
「はうううううううううううううう!」
ミノンの顔が真っ赤になった。
鼻息が荒くなる。
まるで赤い布を見た闘牛みたいだ。
「わたくし、がんばりますわ! がんばって勇者イズナにトドメを刺しますわね!」
やべー! 恥ずかしがってしおれるとか、俺を殴ってくるとか思ったのに、なんでか余計に気合いが入っちまった。
ミノンが恥ずかしそうにうつむき気味で呟いた。
「うまく勇者にトドメを刺せたら……続きをお願いしますわね」
続きってなんだよ!
「ちょっと待てミノン」
俺の制止は今度こそ振り切られた。
やばいやばいやばいやばい。
イズナはようやく立ち上がろうとしてるが、間に合わん。
何かないか?
スキルは……だめだ手からオリーブオイルを出してる場合じゃねぇ!
カニかま……違う! 読心スキル……違う!
そうだ俺にはまだあのスキルが残ってるじゃねぇか。
自分の肘を自分のあごにつけるスキル!
って、絶対に違う!
ミノンがポールアックスを振り上げた。
イズナはまだ立てない。
俺は走った。
敏捷性にだけは自信がある。
十メートル走だ。
この世界で強化された俺の肉体は、一歩目からトップスピードに加速すると、ミノンが振り下ろすポールアックスとイズナの間に、ヘッドスライディングよろしく滑り込んだ。
その時になって気付いた。
イズナの手のひらに――反撃の雷撃が集まったことに。
「てやあああああああああああああああああああああああああ!」
「収束電撃魔法!」
ミノンの気合いの一撃を背中に受け、正面からはイズナの電撃魔法に焼かれ、俺はあっさりと死亡した。
その後、ミノンはイズナと一対一になったのだが、俺がいなくてもミノンは攻勢を継続した。
だが、最後はイズナの必殺技の前に沈んだらしい。
イズナは今日の戦闘で見せたスパークエッジを、連続かつ高速で重ね打ちする“雷鳴十字剣――スパークエッジクロス”を、実戦の中で編み出したのだ。
より広範囲かつ高威力になったスパークエッジを避けきれず、ミノンも奮闘むなしく倒されてしまった。
魔王城の赤絨毯の上にひざまずいて、顛末をシルファーから聞き終えると、ミノンが隣りで深刻そうな顔のまま俺に告げた。
「かばっていただいたおかげで、あのあとも戦うことができましたけれど……まさかこの手でアーク様を倒してしまうなんて……わ、わたくしのことがお嫌いになりましたわよね?」
さすがのミノンもポジティブにはなれんか。
「嫌いになったりしねぇが、アレだわ。イズナを倒せなかったんで、ご褒美の続きはお預けだ」
「お預けということは、まだチャンスはあるのですわね!?」
前言撤回……相変わらずポジティブでいやがるな。
しかしまいったな……次回のイズナとの戦いも、なんとかうまく乗り切らんと。
ちっとばかし負担に思えることもあるが、考えるのは嫌いじゃねぇし。
ただ、どうすっかな。
このままのペースで進むと、ミノンとイズナの戦いが、俺じゃ関与できないくらいの高レベルなバトルになっちまう。
舌先三寸や一万マナ級のスキルじゃ、限界も近い。
玉座の上からシルファーの澄んだ声が響いた。
「迷宮番人ミノンよ。大儀であったな」
「あともう一息というところで、今回も力及ばずシルファー様には申し開きもございませんわ」
「貴様は十分に戦った……が、ここまでだ」
シルファーの言葉にミノンはハッとした表情になる。
「なにをおっしゃいますの? 次こそは勇者を葬ってごらんにいれますわ!」
魔王は首を左右に振った。
ミノンが悲しげに眉尻を下げる。
「わたくしでは、もうイズナには勝てないとおっしゃりますの?」
「そうではない。ようやく迷宮への再配置が可能となったのだ」
ミノンは複雑そうな顔をした。
もともと、復帰のめどが付くまでのコンビだってのを、今の今まで俺はすっかり忘れていた。
シルファーが続ける。
「貴様が仕事を途中で放り出せぬ性格であることは、我も心得ている。が、イズナに対決を挑むのは、道化魔人アークの役目。貴様には本来の仕事を全うしてもらいたいのだ」
「そ、そうですわよね」
少しだけほっとしている自分がいる。
その一方で、ミノンが魔王城を去るのは……寂しくもあった。
すぐに抱きついてくるし、牛っつうかデカイ犬みたいだし、わけのわからん場所をオイルマッサージさせるし、野菜ばっかの食生活で肉が食えなくなるし……。
けど、急すぎやしねぇか?
「おいシルファー。いくらなんでもいきなりすぎだぞ」
ミノンの復帰で魔王城の上空を守る雷鳴が復活する。
が、人間たちの航空戦力である飛行艇は、その燃料となる鉱石が不足してて飛ばせない。
鉱石が出る鉱山は魔王軍が押さえてるんだろ?
「急に思えるかもしれぬが、当初の計画通りであるぞ。それに……ミノンよ、本日の貴様の働きが、このような形で結実したのだ」
シルファーがそっと胸元から、マナの結晶体をつまみあげた。
鈍く濁ってるけど……青だ。
緑の時の方が綺麗に光ってたよな。
ミノンは自分の口を手で覆うようにした。
シルファーが呟く。
「一億マナを突破したようであるな。本日の貴様の評価は六百万マナほどだ」
俺と組んでからミノンは何回か五万マナを出してるが、それも一億の大台の前じゃ端数扱いか。
「は、はい……シルファー様。ありがとうございます」
褒めた方がいいのか? おめでとうって祝福すべきなのか?
悩む俺に一瞥くれてから、シルファーはミノンに問う。
「さあミノンよ。決めるが良い。迷宮担当の後任のことなどは、すべてこちらで手配するので、なんら心配はいらぬぞ。それに……貴様の記憶からこの世界の出来事を、すべて消してやろう」
な、なんだと!? 記憶を消すってどういうこった。
ミノンは返答できずにいた。
今のは俺としても聞き捨てならんぞ。
「おいシルファー! 元の世界に戻るやつは、ここでの記憶を失うのかよ!?」
「焦るでないアークよ。あくまで希望者のみだ。こちらの世界での記憶がトラウマになる者も少なくない。それに……元の世界からまた、こちらの世界に来たがるようなことも……記憶が無ければ思いつきすらせぬ」
確認がとれて、なんでか安心しちまった。
記憶を消すのは強制じゃなくて、本人の希望次第。
魔王なりのアフターサービスってことか。
黙り込んでいたミノンが顔を上げた。
「わ、わたくしは……せめて迷宮を仕上げてから……満足のいくものを生み出してからでなければ、後任には任せられませんわ」
シルファーは優しく微笑む。
「そうか。無論、無理に元の世界に戻ることはないのだぞ」
その一言にミノンの表情が和らいだ。
「ありがとうございますシルファー様。わたくし、まだ元の世界には帰りませんわ。先代を越える大迷宮を完成させたうえで、一億マナを再び貯めて……帰るのはそれからでしてよ」
そのままミノンの視線が俺に向き直った。
「ですから、勇者イズナの打倒はアーク様にお任せいたしますわね。ああ、ご褒美の続きをいただけないことだけが、心残りですわ」
「ミノン……お前……」
「約束してくださいませ。必ずイズナを倒すと」
真剣な眼差しに俺はうなずいた。
倒しちゃまずいんだがな。
「ああ。約束する。イズナの事は俺に任せろ」
ミノンが寂しげに微笑んだ。
「アーク様は貧弱ですから、心配ですわね」
「う、うっせー! 俺様の知略の泉にはコンコンと凶悪な勇者抹殺計画がわき上がって溢れてるぜ」
「あらあら、アーク様ったら♪」
俺の軽口に今度は普通に笑うミノンに、なんて返せばいいのかわからない。
「そんなお顔をなさらないで」
「べ、別に寂しいとか思ってねぇし。つうか、これで大手を振って肉が食えるからな! イズナをミノンに横取りされる心配もねぇ」
「そうですわね。それでこそアーク様ですわ」
「それにな……元の世界に帰っちまったら、もう会えないかもしれんけど……こっちにいる限り、また会えるんだろ?」
「ええ。当然でしてよ。ただ……しばらくはお会いできないでしょうね。わたくしの次の迷宮は、より深く広大なものになりますから、冒険者たちも簡単には攻略できませんわ。最低でも一年以上は持たせるつもりでいますし」
一年……か。
「一年後のアーク様の成長が楽しみですわ。ああ、けれどアーク様のことですから、一年もあれば一億マナくらい貯めてしまいそうですわね……」
「誰が帰るって言ったよ」
今の俺には残る理由がある。俺は続けた。
「つうかむしろ、一年持たすつもりが三日で攻略されて出戻りなんて、かっこ悪いことになるんじゃねぇぞミノン?」
ミノンは不敵な笑みを浮かべた。
「わたくしを誰と心得ていますの? 新たに必殺技まで習得した迷宮番人のミノン様ですわよ」
「あっ! 俺の口上パクッたな?」
目をぱちくりとさせて、彼女は続けた。
「短い間でしたけど、アーク様に出会えて本当に良かったですわ。迷宮も、わたくし自身の戦い方も、守りを固めることに主眼を置きすぎていたことを、アーク様は気付かせてくれました」
「そんなん教えてねぇし」
「わたくしが教わったと思った時点で、それが真実になりますのよ」
ミノンはそっとうなずいた。
最後までこいつは前向きだ。
にしても、今生の別れってんじゃねぇけど、ずいぶんとあっさりこういうことが起こるんだな。
死んでも復活するから、別れに関する感覚が麻痺しちまったのかもしれん。
玉座の上からシルファーの声が響いた。
「今夜はささやかながら、ミノンの壮行会を執り行う。良いな二人とも」
「ありがとうございますシルファー様」
「お、おう。そういうことならやぶさかでもねぇ」
ちなみに、俺の本日の評価はさすがに0マナってこともなく、三百万マナとミノンの半分の評価だった。
とはいえ、ものすごい手応えだ。
添え物のパセリみたいな暗躍しかしてなかったけど、ミノンの力を引き出してやれたんじゃねぇかと思う。
ピンチとチャンスと逆転劇。
この三つを意識した作戦は、これからも通用しそうだな。
問題は、今後どうやって強くなったイズナをピンチに追い込むか……ってところだ。
ミノンとはもう、一緒に戦えねぇんだし。
なんだよ俺。さっきまで「ミノンと一緒に戦うのは大変だ」とか思ってたんじゃねぇのかよ。
壮行会も兼ねた夕食の席で、俺は今日得た三百万マナで買える手駒モンスターをミノンにプレゼントした。
「こ、これをわたくしにくださると?」
「ああ。俺なりに吟味してみたつもりだ」
選んだのは鎧騎士の上級グレードモンスターだ。大型のモンスターじゃ迷宮に収まらないだろうし、ミノンと並んで歩けるサイズで、防御力が高いやつにした。
特殊能力みたいなもんはねぇけど、きちんと仕事をしてくれそうなやつだ。
「護衛としてそばにおくにはぴったりですわね。アーク様と名付けて、たっぷり酷使させていただきますわ」
「おいやめろ! 酷使すんのは構わんが、その名前は別のに変えてくれ!」
シルファーが吐息混じりに呟いた。
「そうであるぞミノン。アークと名付けるのであれば、酷使などせずいたわってやらねば。弱いのだから」
「それもそうでしたわ!」
キャッキャと楽しげな女子二人に、返す言葉もねぇ。
「言ってろ……ったく」
野菜のキッシュを食べながら、俺はぼやいた。
グラスから水を一口含んで、喉を湿らせるとシルファーが告げる。
「我からの餞別は新しいポールアックスだが、そちらは迷宮の貴様の私室に送ってある。成長した今の貴様であれば扱えるであろう」
「あ、ありがとうございますシルファー様!」
俺のプレゼントよりも感激してるっぽいな。
まあ、当然か。
「つうかシルファー。俺にもなんか武器よこせよ」
「貴様の武器はその逃げ足の速さと、頭の中につまっておる脳みその回転速度であろうに」
「この世界でも知力低い評価されてんだが?」
「これからも足りない知恵を絞って励むがよい」
わーったよ。
諦めた俺からシルファーはミノンに視線を向け直した。
「話は変わるが、貴様が開墾した裏庭にはどのような作物を植えようか」
「でしたらトマトが良いですわね」
「良かろう。我とアークで丹念に育てるとしよう」
「俺もやんのかよ?」
「不服か? せっかくミノンが耕したというのに。実ったら地下迷宮に転送してやろう」
「本当ですのシルファー様? あ、あの……お願いできますかしら」
赤い瞳に一心に見つめられて、俺は心の中で白旗を振った。
「や、やるよ。やりゃあいいんだろ」
そんな話をしながら、三人だけの壮行会の時間はあっという間に過ぎていった。
夜半、壮行会が一度解散したあと、俺は正装に着替え直して玉座の間に向かった。
ミノンは今晩中に、迷宮番人として出立する。
駆け足だがそれがミノンの希望だった。
なんだか信じられん。
本当にミノンはいなくなるんだな。
直前になってようやく実感がわいた。
玉座の間に入ると、すでに旅立つ準備を終えたミノンが。俺を見るなり抱きついてきた。
「もう! 遅いですわよアーク様ったら」
“ミノンのやつ、なんでこんなに早く行こうとすんだよ?”
(――これ以上、一緒にいたらアーク様との別れが寂しすぎて、本当に泣いてしまいますわ。実感がわかぬうちにお別れして……泣くのは地下迷宮で一人でと、決めましたの。最後の姿が泣き虫ミノンでは、心配されてしまいますもの)
「ミノン……お前……」
「わたくしがいなくても、しっかりシルファー様をお守りしてくださいませ」
「わーってるよ」
ミノンの腕から俺の身体はそっと解放された。
玉座から立ち上がるとシルファーが腕を上げる。
「では、戦果を期待するぞ。迷宮番人ミノンよ」
「おまかせくださいませ、魔王シルファー様! 行って参りますわね、道化魔人アーク様」
「ああ。不死者に言うのも変だが、元気でな」
シルファーが指を鳴らす。
「では行くが良い! 転送魔法!」
ミノンの足下に魔法陣が生まれ、彼女の身体は光に溶けるようにのみ込まれる。
光の中に消えるまで、ずっとミノンは笑顔を絶やさなかった。
翌朝、朝食は血の滴るようなステーキだった。
念願の肉だ。
食いたいと恋い焦がれてきた肉だ。
なのに、三人で囲んでいた食卓にぽっかりスペースが空いたようで、うまいのに……なんだかぼやけたような味に感じられた。
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