第22話

 イズナの元に転送魔法で飛ばされる前に、俺はシルファーに頼んで一緒に中庭に来てもらった。


「デートに誘うのであれば、もっとロマンチックな場所が良いぞ」


 シルファーが軽口を叩く。


「言ってろよ。だいたいそんな場所、この城のどこにあるってんだ?」


「夜になれば素敵な星空が見られるぞ」


「豪快に嘘つくなよ。いつも厚い雲に覆われてんだろ」


 空を見上げると、以前ほどの勢いや激しさは無いが、雷鳴が復活していた。


 ミノンのやつ、がんばってるみたいだな。


 俺の隣りでシルファーが笑う。


「今日は休みにして一緒にトマトの苗を植えようか?」


「ミノンが働いてんのに、そういうわけにはいかねぇよ。俺には俺の役目があっからな。で、こうして中庭に来たのも、モンスターが欲しいからなんだが」


「ふむ……」


 細いあごを指で挟みながらシルファーはうなずいた。


 それからまじまじと俺の顔を見つめて黙り込む。


 なんか言えよ! 間が持たないだろ。


「ミノンがいないから相方が欲しい……ってんじゃないからな」


「ではまたイズナの弱点の虫系か? タリスマンによって、虫系のモンスターがまったく効かぬというわけではないが、効果はそれなりに薄くなっておるぞ」


 なるほど。タリスマンってのでも、完全無効とまではいかないのか。


 まあ、それはいい。


「イズナの弱点をついて勝つ必要は無い。つうか、俺が勝ったらまずいだろ」


 シルファーは少し悲しげな顔になった。


「それはそうなのだが、ミノンとの戦いで力を増した今のイズナは、ドラゴンすら倒しかねないのだ。一千万マナ級のモンスターでは、足止めがやっとかもしれぬ」


 ドラゴンは一番安いのでも一億マナはする高級モンスターだ。


 正直そこまで強くなってるとは思わなかったが、イズナがいくら強かろうとまあ関係ねぇし。


「ドラゴンなんざいらん。なぁに……ちょっと派手にしてやるだけだぜ」


 俺は道化魔人らしく不敵な笑みでシルファーに返した。



 転送される場所の状況も考えてモンスターを購入する。


 準備を整え終えると、時刻は昼過ぎになっていた。


 ミノンと組んでからは割と早めな時間帯に襲撃してきたが、今回は少し手間取ってこの時間だ。


 シルファーに送り出されて俺が降り立ったのは……城の中だった。


 赤い絨毯が足下からまっすぐに伸びている。


 その先の一段高い場所に玉座がすえられていた。


 雰囲気は常に薄暗い魔王城とは正反対だ。


 白亜の宮殿のような城で、金銀財宝をちりばめ飾られた絢爛豪華な雰囲気じゃねぇか。


 そして、玉座にはヨボヨボっとしたしわがれたジジイが、王冠をかぶって座っていた。なんかトランプの絵札みてぇな格好だな。


 ジジイの前にひざまずいていた勇者イズナが、すかさず立ち上がり振り返る。


「こんな所にまで現れるなんて……安心してください。衛兵の方々は、王様を安全な場所へ」


 イズナの指示で衛兵たちが王を奥の間へと連れて行った。


 あいつが王国のトップか。


 なんか拍子抜けだ。


 威厳も風格もありゃしない。


 人は見た目によらないってのは、ありゃ嘘だぜ。


 俺はぐるりと玉座の間を見渡した。


 天井も高いし、なかなかに広いじゃねぇか。


 結構結構。


 イズナが剣を抜き構えた。


 それを合図にするように、王宮の天井にマナ放送のウインドウが開く。


 切っ先を俺に向けたまま、イズナがきょろきょろと落ち着かない。


「こ、今回はどんな作戦かわかりませんが、ミノンはどうしたんですか?」


 あー。そっかそっか。


 ミノンが迷宮に帰ったのを、こいつは知らないんだな。


 ブラフに使える材料だ。


 ミノンを伏兵っぽくみせて、奇襲があるとハッタリをかませば、昨日ミノンが放ったガイアブレイクの威力の印象もあるし、イズナは戦いに集中しづらくなる。


 が、そういう使い方はやめだ。


「あいつは俺が処分した」


「え?」


 イズナはきょとんとしている。


「あの調子じゃ何度やったところでテメェを倒せねぇからな。なあ? テメェだっていらねぇゴミは捨てんだろ?」


「ご、ゴミだなんて。わたしにとっては敵でしたが……あなたには仲間のはずです!」


「仲間だぁ? あんなやつは手駒の一つにすぎねぇんだよ。だいたい、パワー系のキャラが、スピード系のテメェに一撃を受けきられたらおしまいだろうが。ああいう噛ませ犬……いや、かませ牛は、とっととステーキにして食うに限る」


 俺が舌なめずりをすると、イズナは震えた。


「もしかしたらいい人かと思ってたのに……やっぱり魔王の手先だったんですね」


 誰がいい人だって?


 ああ、ミノンのことか。


 イズナにとっちゃ、敵だけど技と技をぶつけ合える、良いライバルだったもんな。


 そんな“いい人”を殺した俺は、極悪人だ。


 マナ放送のコメント欄も良い感じに香ばしくなってきた。


 内容は主に“魔王軍は道化魔人を処分してミノンを重用すべきだろ”――ってな論調だ。


 最高経営責任者の魔王が責任を問われるのも、時間の問題だな。


「つうわけで、今日こそテメェをぶっ殺してやる! もう家畜のように飼うのもやめだ! だいたいそんな貧相な身体じゃ、食うところもねぇだろうし」


「ゆ、許さない……わたしはあなたを許さない!」


 イズナの怒りを全身に浴びて、俺は恍惚とした笑みを浮かべた。


 こいつは本気で怒ってる。たぶん、貧相な身体云々の部分じゃねぇ。


 ミノンを俺が殺したことに、心底腹を立ててやがるんだ。


「どう許さないって?」


「仲間を仲間とも思わないあなたは……私が倒します」


 ビンゴ! なんか俺ってば冴えてるぅ。


「倒すのはいつも通りじゃねぇか。芸の無い勇者だな。憎いんなら俺を捕まえて監禁して拷問して、恨みでもなんでも晴らせばいいだろうが」


「勇者はそんなことしません」


 マナ放送だと「死ね死ね殺せ、生きたまま皮を剥げ」なんてな、グロいコメントが飛び交ってるぜ。


「けどな……何度倒しても俺は甦る」


「なら、甦るたびに倒すまでです。あなたが魔王の手足となって働くことが、嫌になるまでお付き合いしてあげます」


「そいつは律儀なこった。ご立派ご立派」


 シルファーがイズナを後継者に決めたのは、こういう奴だからか。


 真面目でまっとうだが、融通は利かなそうだ。頑固な奴ほど一途で、道を踏み外すとあぶなっかしい。


 だから……イズナみたいなのが憎しみにとらわれたらヤバイと思うぜ。


 シルファーは後輩がかわいいあまりに、イズナの性格を見誤ってんじゃねぇか?


 こいつは自己評価が低い。


 なにせ勇者としていつ死んでも構わないって思ってんだからな。


 それはそれで立派な覚悟にも見えるが“自分はなにされてもいい”って、暗に言ってるようなもんだ。


 そのくせ、先輩の勇者ラフィーネの墓参りをしたり、好敵手になりそうだったミノンの死に怒りを露わにしたりもする。


 そもそも勇者ってのは、自身の危険を顧みず人々を守る救世主様だ。


 自分はどうなろうとかまわない。


 誰かを守りたい。


 尽くしたい。


 たとえ命を失おうとも……。


 そんなやつが、魔王を倒して、このクソみたいに歪んだ世界の秘密を知った時に、いったいどう思うよ?


 自分を支えてたものが足下からガラガラと、崩れ落ちちまう。


 魔王が実は尊敬する勇者ラフィーネで、それを自分が殺すなんてなったら、こいつは納得できんだろうに。


 俺がシルファーの立場なら、ネタ晴らしもせずに手紙を残して、イズナに殺されるって手段を使うだろうな。


 でなきゃイズナは魔王を殺れん。


 そのあと、遺書を読んですべてを知り、ラフィーネを救えなかったことをイズナが後悔し続けるのなんて、想像すんのは難しくもねぇ。


 なんでもできる自信家のシルファーでさえ、迷うと“我”が“私”になって、弱気をみせちまうんだ。


 それでもシルファーはマジですげぇよ。


 超がんばってんよ。


 けどあいつは「自分にできるんだから、自分が見込んだイズナにもできる」って思ってる節がある。


 シルファーだからできてんだよ。


 ああ、本当にこの世界はクソみたいな構造だ。


 よっぽどの傑物でもなきゃ、魔王の玉座に座った人間は、この世界で暴れるに決まってんだろ。


 欲望に忠実ならそれに従うのは当然として……それ以上に、勇者時代に真面目でまっとうな奴ほど、魔王になったら反動で世界を怨みまくりそうだ。


 ……たぶんそういう奴が勇者として選ばれるんだろうな。


 シルファーにおはちが回ったのは、先代魔王が勇者を殺しまくったから、そういう真面目なやつがいなくなっちまったんだ。


 眉間にしわを刻みながら、俺は左右のポケットに手を突っ込んだ。


 長い沈黙にマナ放送はもちろん、勇者イズナも息を呑んでいる。


「俺様を誰だと心得る。ピエロ系キャラは強キャラを地でいく、トリックスターの申し子にして、この世界の破壊者……道化魔人アーク様であるぞ」


 俺は手につかめるだけつかんだモンスターのミニフィギュアをばらまいた。


 骸骨剣士が次々と、元の大きさに戻って俺の周囲を固めるように展開されていく。


「さあパーティーを始めようぜ! 王宮の人間は皆殺しだ」


 マナ放送のコメントが一気に流れ出した。多勢に無勢だ卑怯だなんだと、なかなかの評判だ。


「行け! まずは手始めに勇者イズナを血祭りにあげろ!」


 俺がイズナに合わせて集中線スキルを使った。衛兵たちには目もくれず、骸骨剣士がイズナに殺到する。


「卑怯です!」


「卑怯で結構! ヒャーッハッハッハッハ!」


 おぉう。超気持ちいいな。


 この笑い方は道化魔人らしいぜ。


 で、俺が呼びだした骸骨剣士は一体一万マナほどの安物だ。


 そいつを千体ほど用意しておいた。


「スパークエッジクロス!」


 放たれた十字の雷撃が骸骨剣士の第一陣をなぎ払う。


 俺は自分の全面に骸骨剣士の壁を作って、スパークエッジを防いだ。


 砕け飛びちる白骨をものともせず、俺は骸骨剣士を展開し続ける。


「さぁて。どれだけ持つか楽しみだな」


「クッ……衛兵のみなさんは出入り口を固めてください! 一体たりともこの玉座の間から出しちゃいけません!」


 心配すんなって。


 最初っからテメェにしかけしかけねぇよ。


 俺はあやすように言った。


「大変でちゅねー勇者イズナ様。テメェが死んだらこの城は大炎上&大虐殺だ。こりゃうかつに死ねないよなぁ?」


「こ、この程度の雑兵……何体出てきても無駄です!」


 まあ、百体ほどでイズナに襲いかかっても、骸骨剣士が同時に攻撃できるのは、イズナの四方からのみだ。


 それに骸骨剣士は剣を振るうだけで、イズナに組み付いて倒して蹂躙するみたいな知恵も無い。


 イズナは常に四体の骸骨剣士を、己の剣技を駆使して切り伏せていく。


 まあ、ステージ1としちゃあこんなもんだろ。


 次があるかは今日の評価次第だがな。


 イズナが剣を振るいながら吠える。


「あなた自身は戦わないんですか?」


「うっせーな。デスブレス喰らわすぞ」


「ひいい!」


 トラウマスイッチが入ったのか、イズナの剣捌きが少し鈍った。


 とはいえ、骸骨剣士相手に後れはとらない。


 次第に多対一の戦い方がこなれて来た。


 まるで華麗な剣舞のようだ。


「拡散雷撃魔法!」


 扇状に雷撃を打ち込んで前方に踏み込むスペースを作ると、イズナは一気に俺めがけて攻め込んできた。


 もう攻略方を編み出したか。


 こっちの手持ちの残りはだいたい六~七百体ってところだ。


 イズナめがけて骸骨剣士を投げつけまくりながら、俺は赤い絨毯の上を後退する。


 行け! 白骨の鉄砲玉ども。


「逃げないでください! 大人しく倒されてください!」


「俺を殺したかったら、こいつらを全部片付けてみせろ。うまくできたら抱きしめてキスしてやるぜ」


「えっ……こ、困りますから!」


 一瞬、気の抜けた声を出してイズナの足が止まった。そこに骸骨剣士が斬り込むが、イズナは攻撃をかわしつつ剣で弾いて、同時に回し蹴りで骸骨剣士の一体を破壊した。


 つうか、困りますじゃねぇだろ、そこは。


 なに言ってるんですか?


 バカなんですか?


 いつ死ぬんですか?


 生きてる意味あるんですか?


 くらいは言えねぇのか。なんでも真に受けてたら色々辛いだろ。


 って、俺も俺でなんの心配してんだよ。


 にしても、予想よりもイズナの骸骨剣士を処理するペースが早いぜ。


「収束雷撃魔法!」


 俺の右頬を魔力を帯びた電撃のほとばしりがかすめていった。肌がビクンとなりひりつく。全身の身の毛がよだった。


「あっぶねぇ! 狙撃してくんじゃねぇよ!」


 思わず素が出た。


 イズナのやつ、戦いながら俺と骸骨剣士の集団の間に、偶然通った射線を見逃さなかったのか。


 なんつう集中力だ。


 少し厚めに前面に骸骨剣士を展開しておこう。


 これが今回の俺の作戦のすべてだ。


 こういうゲームがあるよな。


 多勢を一人でなぎ払う爽快アクション。


 ま、本来ならプレイヤーはなぎ払う側なんだが……。


 所有するマナをなげうってこの作戦に出たのは賭けに近い。


 だが、これまでの取得マナの傾向から、イズナを追い込むことが重要だってのはわかってる。インパクトも大事だろう。イズナの生着替えは、インパクトがあったからな。


 実は戦闘時間の長さは、プラス評価にあんまり関係なさそうだ。


 むしろ長すぎればダレて飽きられるのかもしれん。


 ミノンとイズナの地味で高度な駆け引きは、派手さがなく見ている連中も二人が何をしてるのか、よくわからないってことで、いまいち取得マナが伸びなかった――と、俺は推測している。


 そして必殺技の応酬……だが、こればかりは俺の方が対応できん。


 それでもイズナにたくさん使わせることはできる。


 この大軍が撃破されていくのは、なかなかに見応えがあるだろう。


 イズナの攻撃魔法や必殺技が次々に炸裂した。


 それでいて、いくら倒してもイズナの経験にはそれほどならんのだ。


 雑魚を百体倒すより、強敵一人の方が得られるものは大きい……ってな。


 言うなれば、この作戦そのものが俺の編み出した必殺技だ。


 そうこうしているうちに、手駒が尽きた。


 ポケットの中に財布とスマホしか入ってないことに気付いた時には、イズナが剣を放つ体勢にあった。


「これで終わりです。スパークエッジクロス!」


 十字を切って放たれるイズナの必殺剣に、俺の身体は四等分されながら感電し、消し炭と化した。



 その日、王国のマナ放送史上最高の視聴者数とコメント数が記録されたことを、俺が知るのは、魔王城の赤絨毯の上で復活したあとのことだ。

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