第20話

 シルファーの部屋から出た俺は、猫執事を呼び出してミノンの部屋まで案内させた。


 迷路のような城内も、猫執事がいれば安心して歩き回れる。


 ミノンの部屋の前に到着すると、ドアをノックした。


「おーい! いるかミノン? 俺だ」


「そのお声はアーク様!?」


 どたどたと、大型犬が駆け寄ってくるような音がして、ドアが開かれた。


「どうなさいましたの? わたくしの部屋をわざわざたずねてくださるだなんて」


「ちょっと裏の庭園に行かねぇか?」


「そ、それって……デートのお誘いですの?」


 違うと言って断られるのもアレだしな。


「まあそんなとこだ」


 猫背になってミノンは縮こまった。


「困りましたわ。初めてのデートで着ていく服がないなんて……」


「戦闘用の装束で頼むわ」


 ミノンがぶるっと身震いした。


「そ、そんな。恥ずかしいですわよ」


 普段着で来られても、それはそれで困るんだが……。


「あの格好で頼む」


「どうしてもですの?」


「どうしてもだ。やっぱやるなら、あれがいいだろ」


 もじもじと膝をすりあわせるようにして、ミノンはうつむいた。


「薄暗いところで二人きりですること……はうううううぅ」


「あと、ポールアックスもちゃんと持ってくるんだぞ」


「ポールアックスをなに使うのですか?」


「なににもなにも、そんなもん決まってんだろ。ミノンがいつもやってるようにすりゃいいんだって」


「わたくし、そのようなはしたない使い方などしておりませんわ!」


 ミノンの顔が今までにないくらい、真っ赤になった。薄い褐色肌なのにはっき

りわかるレベルだ。


「ハァ!?」


「で、ですけれどアーク様がどうしてもとおっしゃるなら……あの……ポールにまたがったり、挟んだりすればよろしいのかしら?」


 恥ずかしそうに呟く。つうか、途中から小声になって最後まで聞き取れん。


 なんか話がかみ合わんな。


「まあポールアックスを使うのは当然として……」


「と、当然!? 世界が違うと色々と、営みの方法も変わってきますのね」


 なにをそんなに驚くことがあるんだよ。


「いやだから俺のと合わせて、やりたいことがあんだよ」


 さっき覚えたスキルは、ミノンの技とうまく合わせれば効果的かもしれんのだ。


「アーク様のポールウェポンで、わたくしを責め立てるとおっしゃるのですね。ああ、耐えられますかしら」


「俺はデカイ武器なんて、もってないぞ」


「大きさばかりが重要ではありませんわ。重要なのはお互いの相性ですもの」


 俺からポールアックスを持って来いと言った手前、脈絡はなくもないが、それにしたって急に武器の話に飛んじまってるぞ。


 まあ、ミノンの言ってることには一理ある。


 いくら強力な武器でも、自分の腕力で扱いきれなきゃ性能を発揮できないからな。


 ミノンが困り顔で呟いた。


「ああ、初めてが野外だなんて……しかもあの装束でポールアックスまで使うなんて、どのようにするのか想像がつきませんわ」


「城内でやってもいいんだが、前にシルファーとした時は裏庭だったんでな」


 ミノンの惚けたような顔が、一瞬で固まった。


「シルファー様ともされたのですか!? お二人はそのように親密な関係だったのですか!?」


 剣を受ける特訓をしたのに、そこまで驚くこともねぇんじゃねぇか。


「まあ信頼がないとなかなか本気でやれんよな……ああいうのは。シルファーのやつ結構激しくて、俺ばっか汗まみれでさ。あいつ、やってる最中もずーっと涼しい顔だし……何度も何度も立てって要求してくるんで、最後は俺の方がぶっ倒れちまったんだ」


「シルファー様激しすぎますわ。そんなシルファー様だけでは飽き足らず、わたくしともするとおっしゃるのですね? アーク様がそのような方だったなんて……で、ですけれど、わかりましたわ。アーク様の世界においては、それが普通なのですよね。わたくしの住んでいた世界とは、倫理観が少し違っていてもおかしくありませんもの。それに、アーク様がそんなにも攻めるのがお好きというのであれば……」


「いや、シルファーとやった時は、俺が一方的に受けてたんだ」


「――ッ!? わ、わたくしはいったいどうすれば良いのでしょう。ご、ご奉仕すればよろしいのですか?」


「最初は俺の言う通りに動いてみてくれ」


「は、はい! わたくし、まだ出会って日も浅いというのに、アーク様にすっかり調教されてしまいますのね」


「ハァ!? 何言ってんだお前。だから……裏庭で今から特訓だ」


「特訓?」


 ミノンの顔がきょとんとなった。


「そうだ。イズナとの戦いを想定してポールアックスを振るってもらうんで、私服よりも戦闘用の装束の方がいいだろ。恥ずかしいかもしれんけど、外は薄暗いし俺もその……じっと見たりはせんから」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 悲鳴をあげるとミノンはドアを閉めてしまった。


「お、おい? どうした大丈夫か?」


「じゅ、じゅじゅじゅ準備に時間をくださいませ! すぐに裏庭に参りますので、アーク様は先に向こうでお待ちになっていてください」


「お、おう。じゃあ先に行ってるから」


 大丈夫かミノンのやつ?



 二十分ほどして、ミノンは裏庭の庭園に姿を現した。


 少し時間が空いたおかげか、ミノンもいつも通りの落ち着きを取り戻していた。


 明日のイズナとの戦闘に向けて、さっそく打ち合わせ開始だ。


 まずはポールアックスの型を見せてもらった。


 ミノンの動きには無駄がない。ポールアックス捌きも流麗で美しかった。


 ただ、あまりによどみがないため、ある種の迫力に欠ける。


「なあミノン。ポールアックスを地面に叩き付けて、爆砕みたいなことはできんか?」


「出来なくはありませんけれど、勇者イズナを倒すのには役にたちませんわよ」


「出来るのか?」


「ええ。このような感じかしら」


 裏庭の地面にミノンがポールアックスの刃を叩き付けた。


 瞬間――地面が爆発したように吹き飛び、小さなクレーターができあがった。


 までは俺の理想通りだったんだが……飛びちった土塊が、俺とミノンに降りかかる。


「ぶわっ! なにしやがる!」


「アーク様がやれと命じましたのに、そのように言われては困りますわ」


「わ、悪い。けど、悪くない。つうかいい! ミノン今のはすっげえいいよ!」


「ほ、本当ですの?」


「ああ。マジで派手だった。これならきっと、勇者イズナをびびらせられる」


「はい?」


 ミノンは不思議そうに首を傾げる。


「ミノンはなんで必殺技ってもんがあるのか知ってるか?」


「考えたことはありませんわね。技を磨き続けることで、通常の攻撃が常に必殺の一撃になればと、常日頃より心がけておりますから」


 さすが優秀なパッシブスキルをそろえたミノンだけのことはある。


「必殺技ってのは、まあ極端な話……実際に殺せなくても構わない」


「それでは必殺技ではありませんわよ」


「戦いってのはな……相手をびびらせりゃ勝ちなんだよ。怯ませる。驚かせる。するとどうなるか? 平常心や冷静な判断力を失った相手は、実力を100%発揮できなくなっちまう。相手に『強そうだ』とか『この攻撃を食らったらやばい』って思わせるだけでも、戦局に有利に働くんだぜ」


 困惑した表情でミノンは首を傾げさせた。


「それはただのハッタリではありませんの?」


「ミノンの実力は本物だろ。実力を伴ったハッタリはハッタリとは言わねぇ。つまり必殺技だ」


 この際、俺の必殺技“デスブレス”のことは忘れよう。


「わたくしの……必殺技」


 ミノンがぶるっと身震いした。


「だから、今のをもう一度頼む。今度は俺のスキルを合わせるから。ミノンは自分のタイミングでやってくれ」


「え、ええ。わかりましたわ。せーの!」


 ミノンのかけ声があったおかげで、俺はタイミング良く集中線スキルを使うことができた……が、距離感がうまくつかめず、爆破地点から座標がずれる。


 それでも、飛びちる土塊に迫力が増すように、集中線をある程度重ねることができた。


 新たに生まれたミニクレーターから、三十センチほどずれた場所に集中線が残っている。


「こりゃあ三次元的な空間把握能力が必要かもしれんな」


「アーク様、線を出したままですと、とても不自然に見えますわ」


「あっ! そうだな。素早く消すのも重要っぽいぞ。それに今のはミノンが『せーの』って声をかけてくれたから、出すタイミングはばっちりだったんだが……」


「実戦でも、そのようにかけ声をかければよろしいのでは?」


「うーん、なんか惜しいぜ。そういうことなんだろうけど……」


 と、思ったところで俺とミノンはお互い、土まみれの顔で見つめ合ったまま声を上げた。


「「技の名前!」」


 同じ事を思いついていたらしい。


「アーク様! わたくしの必殺技に名前をつけてくださいませ!」


「いいだろう。そうだな……大地を穿つ断罪の巨斧――ガイアブレイクと名付けよう」


「素敵ですわ! では、この技を放つさいに、ガイアのところで一度タメをつくりますわね」


「ブレイクに合わせて俺が集中線スキルを発動させればばっちりだな」


 それから、俺とミノンは特訓を続けた。


 成功率は七割ほどだ。


 実戦ではさらに低くなるだろう。


 それでも俺とミノン、二人で生み出した技だ。


 自信を持つことにした。


 そして度重なる練習は城の裏庭を掘り返し、掘り起こし、土を爆ぜさせ続けた。


「アーク様。大変ですわ。お庭が……」


「やばいな。シルファーに見つかったら怒られるぞ」


 俺とミノンの匠の業で、庭園はすっかり掘り返されてしまった。


「何をしておるのだ二人とも」


 裏庭にシルファーがやってきた。


 庭の惨状をみるなり、シルファーは……顔を緩ませる。


「おお! なんと美しい。掘り返された土が実に軟らかく、まるで干したての羽毛布団のようにふかふかではないか! 二人してこれを?」


「お、おう」


「は、はい」


 シルファーはしゃがむと愛おしげに土に触れた。


「この城は日照条件には恵まれぬが、作物を育ててみよう。二人が精魂込めて開墾したのだからな」


 シルファーは俺とミノンの顔を交互に見た。


「二人とも土まみれではないか。一緒に風呂に入ってくるが良い」


「い、一緒って。できるかよ」


 前に復活したら風呂だった時があったな。


 そういや、あれはなんで赤絨毯じゃなかったんだ?


 ったく、本当に適当な世界だぜ。


 と、心の中でひとりごつ俺の身体がふわっと浮いた。


「では、お風呂に行って参りますわシルファーさま」


 俺はミノンに、ボストンバッグ感覚で抱え上げられていた。


「アークは風呂嫌いだから、きちんと100まで浸からせるのだぞ」


「おいいいいいいい!」


 俺だって土まみれのまま寝ようとは思わんが、一緒に風呂に入る必然性はねぇだろ!


 叫ぶ俺にミノンは言った。


「いけませんわよ。お風呂に入ってきれいきれいいたしましょうね?」


「いやするから! 一人で!」


 裏庭から城内へと入って、ミノンは俺にささやくように聞く。


「アーク様にお願いがありますの」


「あんだよ?」


 ミノンは俺の身体を離さない。


「お、お風呂に一緒に入ってくださるなら……一緒に……ま、マッサージをお願いしてもよろしいかしら?」


「マッサージだぁ?」


「ええ。わたくしががんばったら、頭と言わずリクエストした場所を撫でてくださるのですよね?」


 そういえば、そんな約束をしてたな。


 ああ……ったく。


 今日の特訓は、ミノンも十分にがんばってくれたし、なにより特訓は俺から言い出したことだ。


「わかったよ。約束したもんな」


「嬉しいですわ! 大歓喜ですわ!」


「なあけど、一緒に風呂に入るのは、恥ずかしいだろ?」


「知らない殿方と混浴は困りますが、アーク様ですもの。恥ずかしさよりも嬉しさの方が勝りますわ」


「お、俺が恥ずかしいんだ」


「道化魔人アーク様が、乙女のようなことをおっしゃらないでくださいませ。ほら、あっという間に大浴場につきましたわよ」


 俺を小脇に抱えたまま、ミノンは脱衣場に入る。


 魔王城の風呂は男湯と女湯にわかれていない。


 まあ、そもそも普段から風呂に入るのは魔王くらいなんで仕方ないわな。


 って、納得してる場合か俺!


「脱がせて差し上げましょうか?」


「自分で全部やっから!」


 脱衣場の隅っこで、俺はミノンに背を向けて服を脱ぎ捨てた。


 また混浴かよ。


 どんだけ広い風呂でもゆっくりできねぇよ!


 俺は逃げるように浴室に飛び込んだ。ミノンの声が追いかけてくる。


「アーク様。浴槽にはまだ入ってはいけませんわ。お背中、お流しいたしますわね!」


「いいからほっとけ!」


「遠慮はいりませんわよ! 恥ずかしいのでしたら、ずっと目を閉じていてくださってかまいませんから」



 風呂嫌いな猫がシャンプーされるようなノリで、俺はミノンに洗われました。



 ボディースポンジを持ったミノンの手が俺の太ももの内股に触れる。


「そこは自分で洗う! 敏感な部分だから! あとカニかま生えるかもしれんから!」


「あらまぁ♪」


 あらまぁじゃねぇよ! 微妙に楽しげだなおい。


 下半身を洗われるのだけはなんとか阻止したぞ。


 って、誇れることじゃねぇし。


「それでは、次はわたくしがしていただく番ですわね」


「マッサージはするとは言ったが、背中を流すとは言ってねぇぞ」


「すぐに身体を清めますので、湯船でお待ちください」


 ミノンが身体を洗い終えるまで、俺は湯船の隅っこで体育座りで待った。


「準備が整いましたわ。あ、あの……アーク様のスキルを使っていただきたいのです」


「カニかまは使うなって言われてるんだが」


「そちらではありませんわよ」


 ま、まさか……俺の読心スキルに気付いたのか? いったいいつ、どのタイミングで!?


「手からオリーブオイルが出るスキルですわ。それですべすべしていただければ……わたくし、天にも昇る気持ちになってしまいますわ」


 そっちかよ!


「たしかに、手から媚薬が出るとかそれっぽいことは言ったが、あれはあくまで相手を怯ませるためのハッタリだ」


「実力が伴えば必殺技なので、誇るべきでしてよ。それにオイルでマッサージは、わたくしのいた世界では普通にありますし。オリーブオイルは植物性でマッサージにはぴったりですわ」


 広い浴場の床にミノンがうつぶせになってぺとんと寝転がった。


 俺はしぶしぶ浴槽からあがる。


 ミノンの薄い褐色の肌がシャワーのお湯に濡れていた。


 ツインテールの髪をほどくと、結構長いんだな……って、なにをまじまじ見てるんだ俺は。


 下手に視線を下げられん。


 上向き気味で首を痛めそうだ。


「早くしてくださいませ。風邪を引いてしまっては、明日の決戦に差し支えますわ」


 こうなりゃヤケだ。やってやる。


 俺は目を閉じるとミノンの背中に両手を当てた。


「出ろ! オリーブオイル!」


 両手からトロトロとオイルがしたたる。


「ヒヤッ!」


「だ、大丈夫かおい?」


「いきなりで驚いてしまいましたわ。けど、アーク様の手が温かくて……なんだかとても幸せ」


「マッサージなんてしたことないから、適当だぞ」


「触れられているだけで、気持ち良いですわ」


 ギュッと目を閉じて、俺はミノンの背中にオイルを伸ばすようにしていった。


 つるつるぬるんとした感触だ。


「あっ……ん……」


「変な声出すなよ」


「つい、出てしまいますの……もう少し、下の方をお願いしますわ」


「こうか?」


「ええと、もう少しだけ下へ」


 なんか、一度くびれたようになったと思ったら、また膨らんできたな。


「そこをお願いしますわ」


「こうか?」


「はうぅ~~このまま天に召されてしまいそうですの」


「不死者は死なないだろ」


 しばらく風呂場に、水の流れしたたる音だけが続いた。


 ミノンは時折小さくうめくが、終始気持ちよさげにリラックスした呼吸を続けている。


 幸せそうだ。


 なんとなしに、俺の口から言葉が漏れた。


「つうかミノン……もし、一億マナ持ってたとしたら、お前はどうする?」


「そうですわね。元の世界に帰るのも……いいかもしれませんわ」


 予想外の返答に手が止まった。


「アーク様、どうなさいましたの?」


「お前が帰ってもいいと思ってたなんて、ちょっと意外でな」


 誤魔化すようにマッサージを再開した。


「向こうにも家族はおりますもの」


「も?」


「こちらではシルファー様とアーク様が家族ですわ」


 さらりと恥ずかしいことを言いやがって。一拍置いて、俺は質問を続けた。


「向こうの家族とは仲が良かったのか?」


「ええ。ですから……歩けない身体の自分が、家族に迷惑をかけてしまっていないかと、思うこともありましたわ」


 居場所があって家族が優しい方が、つらいってことも……あるのかもしれん。


「じゃあ、もし俺が……一億に届かない分のマナを負担するって言ったらどうする?」


「そこまでしてわたくしを元の世界に帰したいのですか? アーク様は、わたくしのことがお嫌いなのですか?」


「そういうんじゃねぇけど」


「では、わたくしのことが好きなのですね。前向きにそう受け止めさせていただきますわ。そして……わたくしも……アーク様のことが好きですわよ」


「お、おう」


 いやまあ嫌いなやつにこういうマッサージはさせないだろ。


 な? うん。だけど好きって言ってもだな……その、なんつうか……。


「一度手を離してくださいませ。少し姿勢を変えますわ」


「あ、ああ」


 俺はミノンから手を離した。


「よろしいですわ。では、今度はここを重点的にお願いいたしますわね」


 ミノンに誘導されて俺はマッサージを続ける。


 ん? なんか……妙に柔らかいような……。


「アーク様は帰りたいとお思いですの?」


「最終的には帰るんだろうな。なにせ、ここにいる限り俺もミノンも死ねない身体だ」


「こんなことはあまり考えたくありませんけれど、魔王城が陥落すれば、不死者も復活はできませんわよ」


「そういえばそうだったな。勇者に魔王が負ければ終わり……か」


 おそらくそれはありえねぇ。


 この世界が求めてるから魔王軍が存在してるんだ。


 けど、そうか。ミノンは魔王軍の敗北も考えてんだな。


 魔王軍が敗北する前に、一億マナを貯めてて元の世界に帰る。


 それがどんなクソみたいな世界でも……異世界で死んで戻れなくなるよりマシ……ってか。


 しかし、さっきから俺はどこをマッサージしてるんだ?


 硬くないしむしろ弾力があって、ぜんぜん凝り固まってるような感じじゃねぇぞ。


「なあミノン。ちゃんとマッサージになってんのか?」


「え、ええ! それはもう……」


 ミノンの声がしぼむように小さくなった。


「どうしたんだミノン?」


「あ、ああああの! これはマッサージですわシルファー様。ば、バストアップの効果がありますの」


「シルファーだと? つうか……え? え?」


 間抜けな声を出しながら、俺が目を開けた時の光景はこうである。


 うつぶせだったはずのミノンが、浴室の床に仰向けになっていた。


 当然と言えば当然だが、彼女の薄い褐色の肌を、緑色のオイルがとろりと包み込み、テラテラとぬめるように妖しく光らせている。


 そんなミノンに覆い被さるようにして、俺は彼女の胸の下のあたりを支え、持ち上げるようにさすっていた。


 そして、首をゆっくりと脱衣場の方に向けると、入浴セットを抱えたシルファーの姿があった。


 土いじりでもしたのか、手に土汚れが残ったままだ。


 シルファーはにっこり微笑む。


「アークよ……いったい何をしておるのだ?」


「見りゃわかんだろ……つうかむしろシルファーにはなにしてるように見える!?」


 逆切れである。


 逆切れの勢いで押し切らねばならん局面というものが、人生において三度くらいは訪れるもんだ。


「シルファー様! 同意の上ですわ! アーク様の手からオリーブオイルが出るスキルが、マッサージにぴったりと思ってお願いしてましたの。それにアーク様はずっと目を閉じていて、見てませんわ! 色々見ていませんわ!」


 いやもう……見てるし。


 つうか、シルファーの生まれたままの姿まで見えてるし。


 しかし、シルファーもシルファーで全裸で俺と目が合っても「きゃあああ!」とも言わないのな。


 もしかして、男として識別されてねぇのか?


 虫くらいにしか思われてないとか……。


「アークよ!」


「は、はいなんでしょうか魔王様!」


「あ……あとで……我もマッサージするのだ。そうすれば許してやろう。我は寛大な心で許す魔王であるからな」



 めちゃくちゃ怒られる……つうか、殺されるかと思ったのに、このあと俺が施したマッサージを気に入ったシルファーにたくさん褒められました。

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