第19話

 玉座の間の赤絨毯の上で目が覚めた。


 まるで悪夢のような一日だったな。


 玉座に変わらないシルファーの姿があって、ほっとする。


「おお、最速で死んでしまうとは情けない。マナ放送にもオンエアされなかったではないか」


 俺は身体を起こして立ち上がりながら呟いた。


「……マジかよ。そりゃ参ったな」


 振り返ると、赤絨毯の上でちょうどミノンが目を覚ましたところだった。


「ごめんな。速攻死んだわ」


 倒れたままの彼女に手を差し伸べると、ミノンは俺の手を取り……馬鹿力で引っ張った。床に引き込まれるようにして抱きつかれる。


 ミノンは泣き出した。


「わだぐじの方ごぞそ! アーク様をお守りでぎずに、申じ訳ない気持ぢでいっぱいでずわ!」


 泣くなよ。つうか胸で顔を挟むなっ!


「お、落ち着け。俺はもう大丈夫だから! ほれ、このとおりピンピンしてる」


 まったく“どうして泣くんだよ?”俺たちは不死者だろ。


(――アーク様が心配だからに決まっていますでしょう!?)


 しまった。読心スキルが出ちまった。


 けど、そうか……ミノンは俺の事をマジで気に掛けてくれてたんだ。


「心配してくれて、ありがとうな」


 ぽろっと口からこぼれた。


 恥ずかしくてまともに言えねぇ! って、思うのに。


 猫執事の時と同じだ。


 ミノンはぴたりと泣き止んだ。


「アーク様。わたくしを許すだけでなく、そのようなねぎらいの言葉まで……」


「ちょっと力を抜いてくれ。逃げないから」


 抱きしめる力をミノンはそっと緩めた。


 俺は腕をあげてミノンの頭を撫でる。


「はうぅ! アーク……さまぁ……」


 とろけるような甘い声でミノンは呟いた。


 玉座の上から声が響く。


「そろそろ良いであろう? 二人ともそこに直れ」


「は、はい! シルファー様! わたくしとしたことが、お見苦しい姿をお見せしてしまいましたわ」


 ミノンの腕から解放されて、俺は立ち上がるとシルファーに向き直りひざまずく。


 ミノンも赤絨毯に膝をついた。


 シルファーが一度せき払いを挟んでから、告げる。


「今回は……事故であったな」


「ああ。転送事故だわ。これは魔王の責任じゃねーのかなー?」


「い、意地悪を言うでない!」


「悪い悪い。事故ってことだから、ミノンはもう気にするんじゃねえぞ」


「は、はい!」


 なんか、ミノンのやつ素直で……ちょっとかわいいじゃねぇか。


 シルファーのほっぺたがぷくっと膨らんだ。


「やっぱり我が悪いと思っておらぬか?」


「誰も悪くねぇ。こういうこともあるって」


 なんで速攻事故死した俺が、魔王まで励ましてるんだよ!


「アークよ。許す心をみせるとは、貴様も大人になったな。我も貴様に倣い寛大な許す心を持つよう、心がけよう」


「うっせー! 言ってろ」


 ったく。素直になんてなるもんじゃねぇな。


 それから本日の戦評がシルファーの口から発表された。


 俺は二日続けての0マナ獲得だ。


 ミノンは安定の五万マナだった。


 続いて俺は、本日も一万マナ級のスキルを取得する。


 A:集中線が出せるようになる能力。

 B:ベタが出せるようになる能力。


 一瞬、なんのことだかわからなかった。


 それがマンガの技法だって気付くまで五秒くらいかかったんだが、理解できてもどんな能力かさっぱりだ。


 相変わらず自由すぎんだろ、一万マナ級のスキル。


 シルファーもミノンも、頭の上に「?」マークを浮かべていた。


 ベタはマンガの黒塗り部分で、集中線はまあ、集中線だ。


 何かを黒く塗りつぶすってことなら、相手の視界を墨で染めて奪えそうだが……。


 俺はAを選んだ。


 理由は、使ってみるまでどんな能力なのか想像もつかないからだ。


 さっそく、シルファーが目をらんらんと輝かせて聞く。


「新スキルを見せてみよ。集中線とはいかなるものか?」


「いいぜ。これが集中線だ!」


 俺はシルファーに向けて集中した。


 そして、集中線よ出ろと念じる。


 初めて使うスキルだけあって、脳が戸惑うように重くなった。


 シルファー自身は己の変化に気付いておらず、不思議そうに首を傾げているのだが……その背後に集中線が描かれる。


 ミノンが驚いたような声をあげた。


「すごいですわアーク様! まるでシルファー様に後光が射したかのようで、視線を奪われましてよ」


 薄暗い玉座の間の背景に合わせるように、集中線はうっすら光っていた。


「ず、ずるいではないか! 我も見たいぞ!」


 子供みたいにシルファーがごねる。


「じゃあミノンに集中線だっ!」


 シルファーの背後から集中線がフッと消えて、今度はミノンの背後に浮かんだ。


 魔王様が無邪気な子供のように声を上げる。


「おぉ~~。このようになっておるのか」


 ミノンが両手を頬に当て、はにかんだ。


「そのように見つめられると、恥ずかしいですわ」


「お、おう。じゃあ解除な」


 集中線が消える。


 どうやら、発生させられんのは一つだけで、自由に出したり消したりできるっぽい。


 それから俺は、玉座の間の魔力灯に集中した。


 手前の魔力灯に集中線が描かれる。


 対象は人でも物でもいいみたいだな。


 奥の魔力灯へと集中線を動かしてみたところ、射程はだいたい五十メートルほどだった。


 かなり長い。


 シルファーがため息を吐いた。


「ふーむ。しかし線を描くだけというのは、ちと寂しいな」


「一万マナ級なんだから、こんなもんだろ」


 案外、こういう柔軟性のあるスキルがゲームじゃ便利だったりしやがるんだ。


 例えば、MMORPGなんかじゃ「この場所に行け」とか「こいつに注意しろ」というようなマーカーがある。


 射程も長いし、同じように使えるかもしれんぞ。


 あれ? 結構、良スキルなんじゃねぇか? 一万マナ級、侮りがたし。



 夕飯を食べ終えると、俺は自室に戻った。


 呼びだした猫執事に集中線スキルを使ってみる。


「ちょっと動いてみてくれ」


 猫執事が移動すると、集中線もその場に取り残されることなく、きちんと猫執事についていった。


 移動する人物には、集中線はくっついていくわけだ。


 それにしても、集中線がついてる猫執事はなんか……妙に目を引くな。


「じゃあ、できるだけ速く動いてみろ」


 追従性の確認――だったのだが、俺の目前から猫執事が一瞬で消えた。


 気配を感じて振り返ると、猫執事は俺の背後に立っている。


 なんか怖ええええええ!


 こいつ、目にもとまらない超スピードをみせやがったぞ。


 ただ者じゃねぇな。


「ご、ご苦労。もういいぞ。下がれ」


 集中線を解除して猫執事を帰す。


 集中線スキルの確認のつもりが、開けちゃいけないパンドラの箱を開いちまった気分だ。


 さて、どうしようか。


 シルファーにもミノンにも話したいことがあった。


 少し迷ったが、まずはシルファーだな。


 俺は自室を出るとシルファーの私室に向かった。


 彼女の部屋のドアをノックする。


「ミノンか?」


「いや、俺だ」


「おお! アークか!」


 ドアが開き、シルファーが顔を出した。


「して、何用か?」


「ちょっとここじゃ話しづらいんだ。入ってもいいか?」


「我と貴様の仲ではないか。何を遠慮することがある」


 シルファーに招き入れられて、俺はテーブルの席についた。


 最近はミノンとシルファーと三人で夕食を囲むようになって、卓上は賑やかだ。


 一人で飯を食うよりはよっぽどいいが、そのうちまたシルファーと二人っきりになるのかもしれん……。


「紅茶でも用意させようか?」


「いや、いい」


「ゆっくりしていけばよかろうに」


「このあと、ミノンにも用があるんだ」


「なに? ではミノンも呼んで三人でお茶にしようではないか!」


「ミノンには聞かせられない話だから、一人で来たんだ」


 シルファーがゴクリと唾を呑んだ。


「ま、まさか……アークが言えない事というのは、わ、わわ……」


 顔が真っ赤になり呼吸も荒くなる。


 シルファーは動揺していた。


「なに焦ってんだよ魔王様」


「焦ってなどおらぬぞ! はーっはっはっは!」


 誤魔化すのが下手だな。


 しかし、急にどうしたんだ。


「また体調不良なのか?」


「心配は無用だ。そ、それで……その……例えば目を閉じて待っておればよいのか?」


「ハァ!?」


「ん? ミノンに言えぬことで、我と二人きりというからには……その……あの……」


 なんかさっきから、もじもじくねくねして変だぞシルファー。


 とっとと本題に入ろう。


「魔王城の防衛は大丈夫なのか?」


 俺の質問にシルファーはハッと我に返ったような顔つきになった。


「あ、ああそれであれば、飛行艇の動力源となる鉱石は、鉱山ごとこちらで押さえてある。そこが陥落せぬ限り、連中も飛ばすことはできぬからな」


「じゃあ、その鉱石が取れる場所にも魔王軍の幹部が派遣されてるのか?」


「無論だ。そういった者たちが魔王城を支えておる」


「何人ぐらいいるんだ?」


「それは言えぬ。たとえこの世界の秘密を共有した道化魔人アークにも、教えられぬのだ」


「いいだろ別に人数くらい」


「言えぬ!」


「そんなに多いのか? 百人とか、二百人とか」


 シルファーが落ちこんだ。


「我の代の魔王軍は、少数精鋭であるからな。もうこれくらいで勘弁するのだ」


 上から目線でシルファーは泣き言のように言った。


「そいつらも、ミノンみたいなのか?」


「みたいとはどういうことだ?」


「それぞれの世界が嫌で、こっちに召喚されたのかと思ってな」


「理由無き者は、我が召喚に応じぬ」


 俺もミノンも理由があって、ここにいる……ってことか。


「話は飛ぶんだが……じゃあ、もしミノンが抜けたらどうなるんだ?」


「抜けるとは?」


「ミノンはもうすぐ一億マナ達成だろ。いや、今じゃなくても、いつか一億マナを貯める。それでミノンがもし元の世界に帰ったらどうなるんだ?」


「その時は、また召喚の儀を執り行うことになろう」


 魔王にとっちゃ、俺たちも中庭の手駒モンスターみたいなもんなんだろうか。


「お前はミノンが帰りたいって言ったら……許すのか?」


「当然であろう。我は幹部の意思を尊重する魔王であるぞ。無論、寂しくはなるがな。ミノンは我のことを姉のように慕ってくれておる。成長するまでは、本当の妹のようであった」


 成長か。確かに今のミノンは妹って言うにはデケェよな。


「う、うう……ミノンが帰るっていいだしたら、私……どうしよう」


 急にシルファーの目に涙が浮かんだ。


「お、おい! 泣くなよ!」


 たまに見せるシルファーの素顔に、俺は焦った。


「わ、私……じゃない、我はどうしていいのかわからぬぞ」


 なんだよ。


 シルファーもミノンを頼りにしてて、ミノンのことが好きなんじゃねぇか。


「心配すんなって」


 今の所、ミノンには帰る理由がねぇ。


 泣き顔を吹き飛ばすように、シルファーはぶんぶんと首を左右に振った。


 落ち着きを取り戻してから俺に告げる。


「すまぬ。魔王らしくもないところを見せたな……そうだアークよ。貴様は一億マナがたまった時には、きちんと帰るのだぞ」


「帰れって、俺は役立たずだって言いたいのか?」


 実際そうなので、肯定されれば言い返す言葉もない。


 さらりとした水のようによどみなく、魔王は言った。


「我の死に顔を見せたくないからな」


 そういうことは、もっと深刻に重苦しく伝えろよ。


 つうか、言うなよ……ちくしょう。


「んなこと言われて、はいそうですかと納得できっかっての」


 シルファーは力無く笑う。


「優しいな。アークは」


「無能を褒める言葉だが、その点に関しちゃ俺は……お前をどうしてやることもできねぇ無能だ」


「自分の弱さを卑下するでない。人は弱い生き物だ。だから一人ではいられぬ。寄り集まい、助け合い生きていく……温もりや優しさは、人の弱さが生んだ希望であるぞ」


「魔王のセリフじゃねぇって」


「ああ、そうであったな。我は魔王だというのに。それにアークの弱さには助けられておる。おかげでイズナの成長も緩やかであるからな」


「どういうこった?」


「急成長には弊害があるのだ。イズナはあの通り、真面目だがそれゆえ融通の利かぬところもあるし、才能はあるのに生かし方を知らぬ。精神面もさほど強くはない。貴様は良く鍛えてくれておるぞ」


「こっちは毎回、ひどい死に方をしてるけどな」


 俺は笑い飛ばした。


「そう言ってくれるな。それに、貴様がミノンをうまく戦わせていることにも感謝しておるぞ。おかげで勇者イズナは成長し、必殺技まで編み出したようであるからな」


「栄えある犠牲者第一号だわ、俺」


 魔王様は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「着実にイズナは強くなっておるし、これからもっと強くなるであろう。我慢せよ」


「なあ……イズナじゃなきゃだめなのか?」


 シルファーはゆっくりうなずいた。


「イズナは憎しみを振りまきはせぬ。怨むにしても、魔王役を押しつける我だけだ。だから我はイズナに勇者の使命を全うしてもらいたい。これは我のエゴである。押しつけである。だが、次の魔王を任せるのに他の者など考えられぬ」


「お前が死ぬことは回避できないのか?」


「以前にも申したでろう。ここは“そういう”世界なのだと」


 なんであっさり、そんな状況を受け入れられるんだよ。


 シルファーの笑顔が痛々しい。


「世界征服しちまえよ。お前ならできんだろ? 前の魔王を倒した時みたいに、今度は魔王側になってサクサクっとやっちまえって」


 シルファーはゆっくりと呼吸を整えてから、思い詰めた表情を浮かべると、色素の薄い唇を開いた。


「我が……私がまだ勇者ラフィーネと呼ばれていた頃、この世界には死と怨嗟が渦巻いておった。先代の魔王はあまりに苛烈でな……。貴様も二度ほど、イズナとの戦いで墓地に行ったであろう?」


 見渡す限り墓標だらけの、あの場所か。


 あそこにはラフィーネの墓もあって、イズナが墓参りしてるとこに出くわしたっけ。


「あの墓の半分をこしらえたのが、先代の魔王なのだ。魔王は勇者のなりはてた姿。ゆえに勇者の弱点も、なにからなにまでわかっておる。手段を選ばねば勇者を葬ることはたやすい」


「そうだったのか」


 凶暴な魔王を打ち倒したのがラフィーネ……つまり、シルファーなんだな。


 悲しげな眼差しで魔王……いや、元勇者は続けた。


「勇者ラフィーネの先代も先々代も……勇者となったものたちは皆、刈り尽くされるように殺されていった。永くこの世界を闇が覆ったのだ。王国だけでなく、世界中の人々の魔王軍に対する怒りや恐怖は、今もなお大きい。マナ放送のコメントに『死ね』と出るのも、そういった感情からくるものだ」


「つまり……なんだよ?」


「我は世界征服はせぬ。我自身がその戦火のもたらした災いによって、大切な者を奪われたのだからな。我の命は幼き頃に尽きておったのだ。今さら惜しくはない」


 だいたい、俺が元いた世界で個人が世の中を変えることなんて、不可能に近いのに……なんで俺はこう思うんだ。


 そうだ。



 今のこの世界なんてどうなろうと、しったこっちゃねぇんだ。


 俺はこいつを救いたい。


 救ってやりたい。


 出口が無い迷路から、壁をぶち破って無理矢理にでも外に引っ張り出してやりたい。


 こんな薄暗い魔王城じゃなくて、明るい空の下を歩かせてやりたいんだ。


 なのに、そのためには……世界のルールそのものを変えなきゃならんなんて……。


 そんなことが俺にできんのか?


 今の俺は死にっぷりに定評があるだけの、しがない道化魔人だ。


 世界を変えられる保障なんてどこにもねぇけど、そんな俺にもたった一つだけ希望があった。


「なあ、シルファー。話は変わるんだが、スキルの取得に制限はないんだよな?」


「あまりたくさん持っていても使い切れぬだろうが、前に説明した通り制限はな

いぞ。それと、スキルを忘れることはいつでもできる」


 そういやそうだった。


 ここはシルファーに頼んで読心スキルを忘れるか? って、消してくれってシルファーに言ったら、使ったことを疑われるからやっぱり消せねぇじゃねぇか!


 読心スキルのことは諦めて、本題に戻ろう。


「価格的な制限は? 例えば百億マナ級のスキルとかあるのか?」


「可能であるが、一億マナあれば貴様は帰れるのだぞ。というか……帰れと言っておる。頼むから言うことを聞くのだ」


「うっせー。俺様に指図すんじゃねぇよ」


「わ、我は魔王であるぞ!」


「じゃあ俺はその魔王を裏から操る影の支配者様だ。そうとわかればやることは決まった。邪魔したな」


「ま、待つのだアーク!」


 シルファーの制止を聞かず、俺は部屋を出た。


 スキルってのはなんでもありだ。


 どんなスキルが出るかもわからんが、マナを稼げるだけ稼いで得た超高額スキルなら、この世界を揺るがすこともできるかもしれねぇ。


 問題は、ここ二日ほど連続0マナをたたき出してる俺が、どうすりゃ稼げるようになるかってことだった。

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