第18話
魔王城の玉座の間――。
その赤絨毯の上で俺は正座させられていた。
玉座の上からシルファーが見下ろすようにして言う。
「今後、カニかまを出すスキルの使用を禁じる。何か申し開きはあるか?」
「いえ、ありません」
慣れねぇ敬語も、今回ばかりは使わなきゃならん雰囲気だ。
まあ、俺もこれからスキル選択の時には“ランダムで出る”系を選ばないでおこう。
あまりにギャンブルすぎる。
冷たい眼差しでシルファーは続けた。
「今夜の夕飯はわかっておるなアークよ」
「お仕置き的な意味でのカップ麺ですか?」
「それはカップ麺に悪かろう。貴様には角砂糖三個で十分だ。今までの働きに免じ、これでも極めて甘い処分だが……不服と申すか?」
「滅相もございません」
うっ……なんだよ角砂糖って。
俺は蟻じゃねぇ!
「反抗的な目をしおって。角砂糖が嫌なら自家製カニかまサラダにしても良いのだぞ?」
「マジ勘弁してください! 角砂糖美味しいです!」
股間のカニかまがどうなったかといえば、俺の死亡によって消滅した……はずだよな。
どこかで保存されていないことを祈る。
そう――カニかまに罪はない。
問題は噴出した場所だ。
俺だってまさか、あんなところから出るとは思わなかったんだよ。
隣りでミノンが玉座に向かいひざまずいたままだった。
シルファーに対して申し訳なさそうに、大きな身体を小さく縮ませている。
シルファーがミノンに視線を向けた。
「貴様はあと一歩であったな。アークに譲らねば勝てていたかもしれぬのに、惜しかったではないか」
魔王としてその発言は、ごく自然なものだ。
だが、俺には本心じゃないことがわかる。
シルファーの望みはイズナを鍛えることで、倒すことではない。
魔王になってもイズナがやっていけるよう、後継者として育成してるってわけだ。
そういえば、シルファーが勇者だったころも後輩のイズナに、何かと目を掛けてたっぽいしな。
顔をあげるとミノンは首を左右に振った。
「恐れながら申し上げますわシルファー様。わたくしとアーク様は二人で一つ。アーク様の罪はわたくしの罪にございます」
「二人を組んで事に当たらせたのは我である。根が真面目なミノンが、今回の一件で連帯責任を感じるのもわからぬではない。だが、なぜそうまでしてアークを庇うのだ? 勇者を葬る機を逸したのも、あのような醜態をさらしたのも、すべてアーク一人の責任であろうに」
「そ、それは……す……ええと……ですわね」
不思議そうにシルファーが首を傾げる。
「す……なんであるか?」
「アーク様のは……すごく、大きくて立派ですもの」
ミノンが頬を赤らめる。
やめてくれえええええええええええええええええええええええええええ!
「だからあれは暴走したカニかまのイタズラな遊び心が、少年の夢と希望を両翼にして、いっぱいに広がっただけだから!」
「そういうことではありませんわよ! アーク様の人としての器の大きさが、すごく大きくて立派と申し上げただけですわ」
「いやいや待てって。今日の戦いのどこに俺の器の大きさがあった?」
「そ、それは……ともかくありましたの! うまく言葉で言い表せませんけれど、アーク様には成長する可能性を感じますわ」
褒められてる気がしねぇ。
つうか、なんか誤魔化されてるようにも思う。
けど、うかつにミノンのことを疑うようなことはできんからな。
ミノンは突然、抱きついてくることがある。
その時に俺が“いきなり何しやがる?”とか、考えるだけで読心スキルが発動しかねない。
他人の秘密を知るなんて、もうまっぴらだ。
シルファーが眉尻を下げた。
「もう良い。二人ともそれくらいにしておくのだ。アークには罰を与えた。これをもって、この件は終いだ」
そもそも下ネタで怒るんなら、なんでシルファーは俺と風呂に……。
あ! そうか! 魔王様が怒ってる理由がようやく飲み込めてきたぜ。
シルファーは魔王城の料理長だもんな。しかも自分で食材を育てたりするくらい、こだわりがある。
食べ物を粗末にしたってことなら、謝るしかねぇ。
「ではアークの処分も決まったところで、本日の戦績評価を発表しよう」
気を取り直すように、軽くせき払いを挟んでからシルファーは続けた。
ちょっと緊張するぜ。
マナ放送の盛り上がりは十分だったからな。
まあ、下ネタへの評価があんまり高すぎても、今後の事を考えると困るんだが……。
「まずはアーク。貴様の評価は……0マナだ。もはやマナを具象化することも省略するぞ」
「0っておかしいだろ?」
どんなにひどい戦いでも、俺が死ねば最低千マナにはなるんじゃないのか?
最低でも十万回死ねばいいってのは、そういうことだろ。
「仕方あるまい。結果は真摯に受け入れよ」
「つうか、どういう基準で評価額が決まるんだよ」
「そればかりは、我にもはっきりとはわからぬ」
単に盛り上がるだけじゃダメってことか。
今の所、高評価はイズナの生着替えと、イズナをテントウムシ責めにした時だ。
生着替えはラッキースケベってやつになるのか? マナ放送を視てる連中が予期しない展開――ってんで、評価されたのかもしれん。
本日の俺のカニかまスキルによる、どうしようもなくアレな展開は、ラッキースケベには数えられないらしい。
もしかしたら、イズナの水着姿によるプラスまで帳消しにしちまったのかもな。
で、後者の方なんだが、これはもう例外中の例外だろう。
一千万マナをたたき出したテントウムシ責めの時には、先代勇者ラフィーネが登場するっていう展開が評価されたんだと、シルファー自身が言ってたくらいだし。
俺も割とその線だと思う。
続編モノのゲームなんかで、ピンチに前作の主人公が助けに来てくれる展開って、なんか熱い。
熱い……展開?
もしかして、そういうことなのかもな。
悪役は悪役らしく振る舞い、勇者を苦しめる。
勇者は勇者らしく戦い、追い詰められても諦めず最後には悪を討ち倒す。
そこに、予想外の展開やハプニングなんかが加わることで、取得マナは爆発的に大きくなるのかもしれん。
間違ってるところもあるかもしれねぇけど、ただ騒ぐんじゃなく、ピンチとチャンスと逆転劇みたいな感じで、メリハリをつけることを意識してみるか。
俺が眉間にしわを寄せてる間に、ミノンの評価が発表された。
シルファーが胸の谷間から摂りだしたマナの結晶は、綺麗な緑の光に満たされている。
「今回も五万マナであるぞ。アークが倒されてから、粘りの戦いをしたが最後は押し切られてしまったのは残念だ」
「申し訳ありませんわ。アーク様がみていてくださらないと、つい戦い方が守り一辺倒の消極的なものになってしまいがちで……ハッ!? そ、そういうつもりではありませんのよ。アーク様のせいにするような物言いになってしまうなんて……うう……わたくしとしたことが、うかつでしたわね」
「俺は別に気にしてねぇよ。先に落ちたのは単に俺の力不足だ」
ミノンは燃えるような赤い瞳で俺を見つめる。薄い褐色肌で若干わかりにくいんだが、なんか……顔が赤くなってないか?
「アーク様にうかがってもよろしいかしら?」
「なんだ急に改まって? あんまり難しい質問をされても答えられんぞ」
まあ、調べ物の類いならスマホである程度はできるからな。今日もイズナに雷撃魔法を喰らったから、充電率は100%だ。
ミノンは小さくうなずくと口を開いた。
「今日の戦いで、マナ放送が始まってから……わたくしにイズナに集中しろとおっしゃいましたわよね」
「ああ。当然だろ。イズナがいつ攻撃を仕掛けてくるかもわからんのだし」
「本当にそれだけですの?」
いや、まあ……マナ放送のコメントに、ミノンにとっては目の毒になりそうなもんが紛れてたからな。
「そんだけだよ」
「敵を怯ませるハッタリは得意でも、優しい嘘はお下手ですのね。わたくしだって、マナ放送の内容はちらりと確認していますわ」
そういえば半年もこっちにいるミノンが、知らないわけねぇか。
「悪いな。余計だったか」
「余計だなんて……気づかっていただいて、わたくしはとても幸せですわ。アーク様はお優しいですものね」
皮肉じゃなく、本気の目でミノンは言っている。
こういうまっすぐな眼差しに俺は心底弱い。
目をそらしたくなった。
「や、やめろって。優しいなんてのはな……人が良いだけの無能を、どうしても褒めなきゃならん時のための言葉だ。そもそも俺様は無能じゃねぇし! いいか良く聞けよミノン。俺様の半分は優しさなんかじゃなく、狂気で出来てるんだぜ」
「ふふふ♪ では残りの半分はなんですの?」
「カニかま……だな」
やばい。
玉座の上のシルファーの視線が刺さるように痛いぞ。
「アークよ。これで終いと言ったのに、貴様というやつは……」
夕飯の角砂糖が、二個しかもらえませんでした。
わびしい食事を終えて自室に戻ると、猫執事が「なにかお持ちしますか?」といった感じで俺を待っていた。
最初はモンスターって思ってたんだけど、なんか愛着がわいちまったな。
さすがに名前をつけたりはせんけど、こいつには意思があるように思えた。
「じゃあ冷たい水を頼むわ。いつもありがとうな」
ぺこりとお辞儀をしてから、猫執事はすぐに水差しとグラスをトレーに載せてもってきた。
なんか今、わりと素直に「ありがとう」なんて言っちまった。
ちょっと前まで、自分より幸せな奴はみんなクソ野郎だと思ってたのが、嘘みてぇだ。
こっちに来てからしばらく、口の悪さは生まれつきで変わらんけど、毒気が開栓済みの炭酸飲料みたく、どんどん抜けちまってる。
グラスに注いだ水を一気に飲み干した。
キンと冷えてうまい。
紅茶やコーヒーを頼むと、一緒に、お茶請けを用意しやがるからな。
俺に仕えるには出来すぎた執事っぷりだぜこの猫は。
つうわけで自戒の意味も込めて水だけにした。
って、毒気が抜けてるとか思ったそばから、毒気のないことを考えちまった。
ゆっくり夜が更けていく。
不思議とスマホをいじる気も起きなかった。
雷鳴を無くした空は静かだ。
さっき言いそびれちまったんで、明日は朝食の席でシルファーに新しいスキル獲得の申請をせんとな。
当面の方針は変わらない。
一万マナ級スキルで意図的にイズナに舐めプレイを続ける。
ミノンの足を引っ張るわけだから、ちと胸は痛むんだが……あいつが帰るまでの辛抱だ。
あいつはやっぱり、迷宮に帰るんだろうか。
今、所持してるマナは九千万マナ以上だ。
それを投資して迷宮を再建する他に、もう一つ選択肢がある。
元の世界に戻るための一億マナに届かない分を、俺の所持マナから出す。
そうすりゃあいつは、元居た世界に戻れる。
ハハッ! んなわけねぇか。
歩けなくなるんだぜ? 部屋の窓から外を眺めて、自由に憧れて暮らすのが嫌になったから、この世界に来たんだろ。
俺が提案したって、ミノンはシルファーに尽くすためにも、この世界に残る事を選ぶに決まってる。
なのに……なんでこんなにミノンを帰してやりたいと思うんだよ。
この世界にとって、俺もミノンも異物だ。
不死者だから殺したって甦る。
化け物だ。
存在そのものが間違ってやがる。
正しく生きるのがそんなに良いことか? 正しく死ぬことさえできない俺やミノンは、じゃあいったいなんなんだ。
できることなら自分を正しいと信じて生きたいよな。
俺だってそうだ。
けど、誰もがみんな正しく生きられる世界なんて、それこそ嘘だろ。
誰も悩まない世界なんて偽物だ。
ああ……だからこの世界は悩んだり人間同士が衝突すんのを避けるために、魔王って嘘をつき続けてんだな。
共通の敵の存在が人類を結束させるってのを、実践した世界なんだ。
シルファーから真実を聞かされた時、こっちの世界もクソだと知った。
けど、この世界がクソだったからこそ、俺もミノンも必要とされて、召喚されたんだ。
シルファーのおかげで魔王城の居心地はすこぶる良い。
俺はそんなシルファーを殺すために、イズナを育てる手伝いをしている。
そして何も知らないイズナを魔王にしようとしている。
出口の無い迷路で、俺の思考は立ち止まった。
イラつく世界だ。
それになにより、何もできない自分にイラついた。
いっそシルファーが本気で世界征服に乗り出せばいいのにな。
農園やったり牧畜したり、釣りで使うルアーを作ったり料理が得意だったり。
大概のことはやってのけるんだから、本業の魔王って仕事もやっちまえばいいんだ。
世界を征服して独裁しちまえば……。
ああ、それも一緒か。
結局シルファーが一人で全部背負い込むわけだからな。
俺もマナ放送で騒いでる連中と大差ないぜ。
翌朝の朝食はすこぶる美味かった。
相変わらず野菜メインのメニューだが、一晩食べなかったためか、何を食ってもたまらなく胃に染みる。
食わずとも死なないのに、脳は食事の快楽を覚えてんだろうな。
食事の途中で俺はシルファーに用件を告げた。
「なあシルファー。一回死んで戻ったわけだし、スキル獲得の権利はあるんだよな?」
「おお! ついに一千万マナ級のスキルを得ようというのだなアークよ」
「いんや、今回も一万マナ級のスキルを頼む」
シルファーとミノンの顔が、鳩が豆鉄砲を喰らったようになる。
実際に喰らってるところは見たことないが、なんか二人ともしっくりくる表情だ。
さすがにやらないが、許可が下りるなら写メりたい。
恐る恐る、シルファーが俺に聞き返した。
「本当に良いのか?」
「二度あることは三度あるって言うだろ」
「あのような醜態は困るぞ!」
「苦情は出てくるスキルに言ってくれ」
「ふむ。その前にこれを見よ」
シルファーがパチンと指を鳴らした。
すると、能力値チャートが俺の目の前に表示される。
敏捷性はそのままに、体力が少し伸びてるな。
「アークよ。一万マナのスキルを取得するにしても、もう少し能力を磨いてからではいかぬのか?」
「俺様は生まれついてのギャンブラーだからな」
「マナの無駄遣いは良くないぞ」
「心配いらねぇって! ここでの投資があとで十倍にも百倍にもなって返ってくるんだから」
黙って聞いていたミノンが口を開いた。
「それは詐欺師の常套句ですわね」
的確なツッコミじゃねぇか。
「いいんだ。ミノンは心配せずに、どーんと大船に乗ったつもりでいろ」
「アーク様がそうおっしゃるなら、わたくし、どこまでもついていきますわ」
うーむ。俺への信頼度が日増しに勝手に上がっていくのは、いかがなものか。
眉間にしわが寄る前に俺は交渉を進めた。
「というわけで、シルファー頼む!」
ごめんなさい。交渉なんて上等なもんじゃないです。ただのお願いです。
俺が拝むように手を合わせて頭を下げると、シルファーはしぶしぶうなずいた。
彼女が再び指を鳴らすと、選択肢のウインドウが開く。
なになに……。
A:自分の肘を自分のあごにつけられるようになる能力。
B:一カ所だけ、自分の身体のかゆいところからかゆみを消す能力。
今回も謎の上位スキルは出なかったか。
まあ、出たところで一つ上のクラスのスキルだろうから、過度な期待はしてないけどな。
Aはやろうとすると、人体の構造上無理なんだよな。
それができるようになるってんだから、人類を超越した存在になれるってことか。
Bはまあ、地味に便利そうではあるんだが、かゆいならかけばいいだろ。
さてと……。
俺は一度深呼吸してから、天井を見上げて吠えた。
「こんなもん能力じゃねえええええええええええええええええええ!」
すかさずシルファーが告げる。
「仕方なかろう。一万マナ級なのだから。それにBのスキルはなかなかに魅力的ではないか」
これにミノンもうなずいた。
「そうですわね。少しうらやましいくらいですわ」
まあ、Aがまったく役に立たないことを考えると、Bは優秀といって差し支え無い。
「じゃあAで」
再び二人の目が点になったが、俺の決心は揺らがなかった。
今回の作戦も、基本的にはミノンがイズナに攻撃を仕掛けていくというものだった。
ミノンは俺がいないと戦い方が防御重視になってしまい、ジリ貧に陥る傾向にある。
ここはミノンに攻めさせることにした。
そしてミノン……か、イズナがピンチになったところで、俺が乱入し“自分の肘を自分のあごにつけられるようになる能力”で華麗に煙に巻くという戦法である。
具体的にどうするかは、戦況やマナ放送の盛り上がりなどをかんがみつつ、臨機応変かつ柔軟に対応していくのだ。
こういう作戦を立てると、負けフラグだよな。
望むところってやつだぜ。
俺とミノンは今日も戦装束に袖を通し……まあ、ミノンのには袖なんぞないが、ともあれ勇者の元へと転送された。
転送された先は城の中庭のような場所だった。
木製の木偶人形や、目玉のマークのような弓の標的が並んでいる。訓練場らしい。
そして、俺の目の前には……刃のような形状に凝縮された雷撃(?)が迫っていた。
俺の首が斬り飛ばされ、同時に雷撃が分断された首と身体を焼く。
貫通せず俺の背後に転送されたミノンには届かなかったが、アフロにされて収穫されたブロッコリーみたいになった俺の頭が、ミノンの足下に転がった。
「アーク様ああああああああああああああああああああ!」
「ご、ごめんなさい! じゃないです。急に出てくるからいけないんですよ!」
イズナの悲鳴がかすかに聞こえた気がする。
どうやら、特訓中の勇者の目の前に出て、編み出された新必殺技の餌食になったらしい。
どさりと俺の黒焦げになった身体が、頭のそばに倒れ込む。
ちょうどあごのあたりに、俺の身体の肘が落ちてきた。
なんだ。
能力がなくたってくっつくじゃねぇか……肘とあご。
俺の意識はそこで途切れた。
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