第17話

翌朝――。


 シルファーとミノンといっしょに朝食を摂る。


 メニューは中華粥だった。


 干しエビの香ばし風味とホタテの貝柱の優しく、それでいてしっかりとした味がした。


 まるで、海を食べてるみたいだ。


 シルファーが用意してくれる飯を食ってると、勝手に食レポポエムが浮かぶようになっちまう。


 おかゆは米のスープって感じで、胃の中にするする入った。


 心臓が無いのに、胃の存在を感じるなんておかしな話だわな。


 野菜っ気はないが、ミノンも旨そうに食べている。


 確認したところ、ミノンは肉を食べると体調をおかしくするらしい。肉のエキスであれば、出汁でも身体が反応しちまうんだとか。


 一種のアレルギー体質だ。


 エビやホタテといった魚介系は大丈夫で、乳製品や卵も問題無い。


 肉だけは口にできないんだが、それはそれとして、ミノンは野菜の味が好きなのだとか。


 シルファー農園の野菜はどれもうまいと俺も認めるが、やっぱ肉だよ肉。肉が食いたいんだよ男子高校生は。


 ミノンは中華粥を食べ終えると、満ち足りた表情で俺に聞いてきた。


「アーク様の好物はなんですの?」


「血の滴るような牛ステーキだな」


「そ、それは……わたくしを食べてしまいたいということかしら?」


 牛の尻尾が興奮したように激しく左右に揺れている。


「ハァッ!?」


 俺はシルファーをちらりと見た。


 あっ……俺の視線に気付いて目をそらしやがったぞ。


 そっぽを向いたまま、魔王はため息混じりに告げた。


「カップ麺に“牛ステーキ味”は無いのだ。あまり我を困らせるでない」


「カップ麺にこだわりすぎだろ!」


「しかし我も魔王といえど鬼ではないからな。カップ麺の製造業者に投書してやろう。運が良ければ新商品になるやもしれん」


 さすがの魔王もカップ麺は手作りじゃなかったか。


 つうか、この世界にはカップ麺製造業があるんだな。


 てっきり魔法で生み出したりしてたのかと思ったぞ。


「つうか、投書ってどんなことを書くんだよ。仮にも魔王だろ? 一般消費者になりすますのか?」


「そのような卑怯な振る舞いはせぬぞ。魔王らしく堂々とお願いするのである」


 シルファーが指を鳴らすと、俺の目の前に文字が次々と浮かんだ。


 時々、書き直すために戻ったりしてるな。


 できあがった文章はこの通りだ。



 前略――製造業者様。


 我は魔王シルファー! 貴様らの作るカップ麺には、いつもお世話になっております。


 この度、我が配下の道化魔人アークより「牛ステーキ味のカップ麺を食べたい」と要望があったため、商品化しなければ魔王軍の全戦力が、貴様らカップ麺製造業者に牙を向くであろう。


 かしこ。



「どうだ。完璧であろう?」


 完璧にアウトだぞ魔王様。ドヤ顔すんなって。


「俺が食べたいって言ったことになってんじゃねぇか! つうか、これは要望書とかファンレターじゃなくて、脅迫文だ」


「ふーむ。最初の掴みで『魔王シルファー!』と、びっくりマークをいれているところなど、実にインパクトがあって良いと思うのだがな。誰もが驚くこと請け合いだ」


 エクスクラメーションマークな。


 まあ、びっくりマークで通じるけど。


「イタズラだと思われるんじゃねぇか?」


「消印を魔王城にしておけばよかろう」


「郵便局まであんのかよ」


「郵便局は重要なのだ。各国の王に声明を送る時など、配下の凶鳥が大活躍であるぞ。ちょっとした小包も送れる優れたものどもだ。ちなみに、我は局長さんであるぞ。あがめよ」


 色々兼任してる魔王だな。


 人手不足もはなはだしい。


「あがめよって……郵便事業まで手がけるのかよ」


 そのうち通販会社とかやり出して、鳥のモンスターで即日配送サービスなんてしないだろうな。


「はっはっは! 魔王からの書簡とわかるよう、特別な封蝋印もあるのだぞ。封蝋のデザインが、すごくかっこよいのだ」


 前々から思ってたけど、本当になんでもありだなこの世界。


「この文面で送らない方がいいと思うぞ」


「そうであるか? この最後の『かしこ』も、実に奥ゆかしいとは思うのだが」


「その手前の部分が物騒なんだ。つうかミノン、そろそろ出撃の準備しようぜ」


「え、ええ! そうですわね。ごちそうさまでしたシルファー様」


 俺とミノンが席を立つと、シルファーは「最近、アークは我に冷たいな」と、嘆くように呟いた。


 別にそんなつもりはねぇ。


 つうか、俺に優しくされたいのか?


 ああ、別に俺でなくてもな……なんであれ、魔王は優しさに飢えてるのかもしれん。


 ミノンも言ってたが、シルファーは魔王城で一番偉い立場だから、どれだけ魔王の仕事をしても、誰も褒めてくれないんだ。


 世界中の憎しみを集めて背負って、勇者に倒されるその日まで……。


 って、また湿っぽくなっちまった。


 席に着いたままのシルファーの横に立つと、俺は彼女の頭をそっと撫でた。


「シルファーは良い子だぞ。俺様が特別に褒めてやる」


「ふえぇ……あ、アークよ。やめるのだ! ミノンが見ておる前で、恥ずかしいではないか!」


 てっきり「舐めた真似をするな!」と怒られるかと思ったんだが……。


 シルファーは俺の顔を見上げて泣きそうな顔になっていた。


「お、おい。なんで泣くんだよ?」


「泣いてなどおらぬ! おらぬぞ! 少し嬉しいだけだ。少しであるからな」


 鼻声で言われても説得力ねぇ。つうか、俺みたいなのが勝手に女子にこういうことをしたら、いじめと思われて職員会議からの停学まであり得る。


 撫でるのをやめて準備のため自室に戻ろうとすると、ミノンが瞳を輝かせて、ドアの前で俺が来るのを待っていた。


「わ、わたくしもがんばれば、そうしていただけるのですか?」


 お前まで食いついて来るのかよ。


 っと、思ったが俺はうなずいた。


「もちろんだ! 頭と言わず、リクエストがあればどこでも撫で繰り回してやんよ」


「それは楽しみですわ♪」


 ツインテールを揺らして、駆けるようにミノンは部屋を出ていった。


 尻尾も激しく左右に振れている。


 異世界の住人にとって頭を撫でられるのは、そこまで嬉しいもんなんだろうか。



 魔王軍幹部の出で立ちは、相変わらず着る当人らの趣味嗜好をまったくもって考慮していなかった。


 いい加減、この白黒タイツ姿はどうにかならんのか。


 今さらながらそう思う。


 まあ、見た目は最悪だが、意外に良いところもある。


 腹立たしいほどに着心地が良い。


 通気性もバツグンだ。


 汗を吸って、発散させてくれる素材で出来ていた。


 あとは消臭効果なんかもあれば、スポーツウェアとしては文句が無い。


 それに伸縮性にも富んでいて、身体にぴったりと貼り付いてくる。


 これには空気抵抗と関節部の摩擦が軽減されるという利点があった。


 全身の可動部分を全面的にサポートしているため、機能性が高いと思う……。


 が、やっぱり身体のラインがそのまま出るという、デメリットは大きい。


 不死者になっても、ミノンみたいに体型の変化があるってんだから、シルファーの飯がうまくて太ったりでもしたら、目も当てられんほどひどいことになるだろう。


 ミノンもミノンで、人目に付きにくい迷宮の奥地ならいざ知らず、明らかに隠す面積が出ている面積よりも極端に少ない、ビキニアーマー姿を衆目にさらさなきゃならんかった。


 が、今回は幸運にも地の利を得たぞ。


 俺たちは浜辺に立っていた。


 枯れた珊瑚が砕けてできた純白の美しい砂浜だ。


 太陽の光が降り注ぎ、空は青く水平線の果てまで続く。


 海は空の青さを水に溶かして、太陽の光で透かしたような色をしていた。


 波は静かで穏やかだ。


 高級リゾート地って感じだな。


 ビーチにくつろぐ観光客たちが見守る中、ワンピースタイプの水着姿の勇者と鉢合わせになった。


 海を背景にして立つ勇者は、でかい浮き輪を腰につけていた。


 剣は鞘に納められ、背中側に提げている。


「テメェなにのんきに海水浴なんかしてやがんだよ!」


「こ、これもお仕事の一環です! 今日は撮影会なんです」


「そんなお子様ボディーでグラビアアイドル気取りか?」


 イズナがしょんぼりとうつむいた。


「お、大きければいいってわけじゃないですから」


 ミノンがポールアックスを構え、吠える。


「大きすぎても苦労しますのよ! あら失礼、半年前のわたくしみたいな体型のあなたには、理解できませんわよね」


 俺ほどじゃないが、ミノンが良い感じの挑発を入れたぞ。


 ムッとした顔で、イズナは浮き輪を白い砂浜に降ろすと背中の剣を抜いた。


 雲一つ無い快晴の空にマナ放送のウインドウが展開される。


 俺はビシッとイズナの顔を指さした。


「今日こそ倒させてもらうぜ」


「そうはいきません!」


 勇者らしく真面目なリアクションをしてくれて、こっちとしても一安心だ。


 マナ放送も、水着回ってこともあってか、さっそく盛り上がりを見せている。


 中にはミノンへのコメントもあった。


 どすけべボディだの、痴女だの言われ放題だな。


「ミノン。イズナに集中していけ」


「もちろんですわ。イズナを相手に隙を見せるわけにはいきませんもの。戦果を上げて、アーク様に撫でていただきますわよ!」


 声を上げてミノンが先に仕掛けた。


 ポールアックスだけあって、一撃が大振りになるのは仕方ない。


 だが、その巨大さゆえにひとたび振るえば、ものすごい圧力と迫力だ。


 いつになく気合いの入ったミノンの一閃に、イズナは後ろに跳んで回避するしかなかった。


 その避ける動作にキレが無い。


 普段のイズナの俊敏さの、そのリズムがワンテンポ遅れている。


「そうか……砂だ!」


 足場の悪い高所での戦いも以前にあったが、今回の足場の悪さはこっちに有利に働くぞ。


 馬力のあるミノンは砂に足を取られにくかった。


 ミノンが受けの姿勢なら、この砂の足場の利点は活かせなかったな。


 今日のミノンは積極的だ。


「逃げてばかりでは勝てませんわよ!」


「は、速いッ!?」


 ミノンの高速ポールアックススイングに、イズナは避けるのがやっとじゃねぇか。


 よし行ける! 勝てるぞ!


 って、勝っちゃダメだろ。


 イズナのピンチにマナ放送のコメントも、緊張感が漂い出していた。


「もらいましたわ!」


 ミノンの一撃がイズナに直撃した。イズナの胴体が真っ二つ……なんて、しゃれにもならない状況は、かろうじて免れる。


 咄嗟に剣を引き戻してイズナはミノンのポールアックスの刃を防いだ。


 神業の防御だが、ミノンに振り抜かれてイズナの小さな身体は吹き飛ばされ、椰子の木に激突する。


「トドメを刺しますわ」


「待てミノン。俺様の出番をすべて奪う気か?」


「そ、そうでしたわ。わたくしとしたことが……」


「イズナは俺様の獲物だ。トドメを刺すのも当然、俺様だ」


 椰子の木に背中を預けつつ、なんとか立ち上がろうとする勇者イズナの眼前に、俺は立った。久しぶりのゼロ距離だ。


「勇者イズナよ。何か言い残すことはないか?」


「勇者に二言はありません」


 怯えた瞳でイズナは俺を見上げた。


「命乞いするなら、俺様のペットとして飼ってやってもいいんだぞ?」


「そんなこと……」


「ペットは大切にしてやるからな。三食昼寝付きの好待遇だ。主な業務内容は、俺様にたっぷり毎日かわいがられるだけ。健康管理もしっかりしてやる。勇者を家畜の如く扱う俺様に、世界は恐怖しひれ伏すだろう」


 マナ放送のコメントが荒れ始めた。


 ああ、なんて心地よい叫びだ。


「くっ……殺してください」


 ネットに上がってるSSの女騎士みたいなことを、本当に言いやがった。


「そうか。では仕方ない。俺様が得たばかりの、新スキルでトドメを刺してやろう」


 重要なのは、新スキルを使って不発に終わることだった。


 だから、スキルそのものは実はなんでもいい。


 ここで俺が失敗し大きな隙を見せて、イズナの逆転劇を演出することが重要だった。


 俺は念じた。


 毛穴からカニかま生えろ! と。


 これが、自分の毛穴だけじゃなく、他人の毛穴からも生えさせられたらおもしろいのだが、残念ながら今の所、自分の毛穴からしかはやせない。


 つうか、全身ぴっちり系な装束なんだが、出たカニかまはどうなるんだ?


 突然、俺の股間のあたりがムズムズとした。


 そして……みるまに膨らんでいく。


 やばい。毛穴から生えるって、頭髪くらいは覚悟してたけど、そこの毛からかよ!


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 膨らむ俺の股間が接近してきて、イズナが悲鳴をあげた。


 俺は一歩も動いてないぞ! 股間で暴れるカニかまが悪いんだ! それに、下手に下がってスペースができれば、イズナが剣を振るってきかねない


 俺の視界の隅で、ミノンが立ち尽くしていた。


 その手からポールアックスが力無く砂浜に落ちる。


「アーク様……まさか、イズナの水着姿に興奮なさっているのですか……」


「いやこれはその……俺様は穴さえあれば竹輪にだって興奮を隠さない男だ!」


 しこしこっとした何とも言えない股間の感触が、倍々ゲームで増えていく。


 増えるわかめならぬ、増殖カニかまだ。


 イズナが叫ぶ。


「近づけないでええええ! 魚介っぽい臭いがしますううううううううううううう!」


 当然だろ。カニかまなんだから。魚のすり身なんだから。それを蟹の身のように、加工したものなんだから!


 伸縮性に富む素材でできた道化魔人の装束は、溢れるカニかまで、今やはちきれんばかりにパンパンだ。


 膨らんだ股間の魚肉練り製品でできた小山の先端が、イズナの頬に迫る。


 イズナは両手を突き出した。


「収束雷撃魔法!」


 目の前で火花が散り、俺の身体はイズナの放った雷撃に撃ち抜かれた。


 股間から、焼き蟹のような香ばしい匂いを漂わせて、アフロヘアになった俺は白い砂浜に仰向けに倒れる。


 意識は砂時計の砂のように、底へ底へと吸い込まれ落ちて消えた。

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