第14話
夕飯に異変が起こった。
野菜野菜&野菜のメニューなのだ。
前菜のグリーンサラダから始まって、コーンポタージュにメインは焼き野菜の盛り合わせだった。
パンにまでほうれん草が練り込まれていやがる。
「おいどうなってんだシルファー!」
「ミノンは肉が苦手なのでな。どうした? 食が進んでおらぬようだが」
「べ、別にまずくはねぇよ。つうか、野菜にしちゃうめぇ。けど……なんかものたりねぇんだ!」
ミノンがスープを口に運ぶと、幸せそうに微笑んだ。
「シルファー様が用意してくださるお料理は、どれもとっても美味しくて、我が家のお抱えシェフでもかないませんわ」
なんだよお抱えシェフって! 富豪か! 貴族か!?
俺の心をざわつかせるような事を言うミノンの私服は――すこぶる地味だった。
さっきのビキニアーマーが嘘みてぇに、極端なほど地味すぎる。
ロングスカートにタートルネックのセーターなんて、冷え性かよ!
まあ、女の服のことなんてよくわからんけど、これも上品って言えばそうなる……のか?
お抱えシェフ発言といい、こいつの雰囲気はどことなくお嬢様って感じがしてならない。
「なあミノン。お前……家は金持ちなのか?」
「比較的裕福ですわね」
「じゃあ、なんでこの世界に召喚されて、戦ってんだよ? 金持ちなら元居た世界に不満も不安も無いだろ?」
パンを半分に割りながらミノンは俺に告げた。
「アークはどうして召喚されましたの? それをお答えいただけたら、わたくしもお教えいたしますわ」
聞きたい事があるなら、質問に答えろ……ってか。
いいだろう。
「元居た世界で大怪我しちまって、それからは歩くのがやっとって身体になっちまったんだ。それで色々と嫌になってたところで、召喚された」
「では、わたくしと似たような境遇でしたのね」
ミノンが少しだけ困ったように笑った。
「似てるって……お前も怪我したのか?」
眉尻を下げたままミノンはコクリとうなずいた。
「元居た世界では、わたくしは自分の足で歩くことができませんの。幼い頃からずっと車椅子生活でしたわ。いつも自室の窓から遠い世界を夢見てすごす日々……」
「わ、悪い。俺なんか全然マシだ」
「いいえ。お気になさらずに。今度はこちらから質問しても?」
「あ、ああ。答えられる範囲内でなら、なんでも答えてやるよ」
「アークはこの世界に来る時に、何か乗り物に乗っていたりしましたの?」
「あー。俺は自転車で坂を下ってたら、ブレーキが壊れて崖から落ちて……って感じだな」
「でしたらわたくしたち、やっぱり似ていますわ。わたくしの場合は、車椅子のロックが外れて坂を転げるように下っていって、その先に階段があって……死を覚悟しましたのに、気がつけばこの魔王城に召喚されていて……それから先の出来事は、きっとあなたと変わらないでしょうね」
乗り物に乗って加速して飛ぶと、こっちの世界に繋がっちまうんだろうか。
うーん、考えても原理なんてわかんねぇけど、覚えておこう。
シルファーが皿の上の焼きピーマンをフォークでつつきながら、つまらなさそうな顔をしていた。
「どうしたんだシルファー? そんな不機嫌さを全面に押し出すような顔しやがって」
「べ、別にうらやましくなどないからな! 我も召喚されてみたかったなどと、思っていないからな!」
「何言い出すんだよ急に」
「ふ、二人して我にはわからぬ会話で盛り上がって……それに、同じだの似ているだのと、まるで恋人同士のように仲むつまじいではないか」
ミノンがナイフとフォークをテーブルにおいて、じっとシルファーを見つめた。
「別にわたくしは、アークのことを異性として意識などしておりませんわ。まあ……この世界の冒険者の男どもと比べれば百万倍も魅力的とは思いますけれど……もしかして、シルファー様はアークのことをそのような存在とお考えですの?」
シルファーが耳の先まで真っ赤にさせた。
「な、何を言っておるのだミノン! そのようなわけなかろう! アークはとても優秀な部下であるぞ。時に戯れで素振りを見せることはあっても、わ、我は本気になったことなど一度として無いのだからな! そうであろうアーク?」
なんでここで俺に振るんだよ。
つうか、こっちだって、からかわれてることくらいわかってるっつーの。
「はいはいそうですね魔王様」
「アークよ……あまりに即答なうえに、なぜそんなにも棒読み口調なのだ」
「だったらどう言えば正解なんだよ」
俺のツッコミにシルファーはにっこり微笑んだ。
「そこは貴様らしいオリジナリティーに溢れる解答を期待しておるぞ。模範解答など存在せぬからな。良きに計らえ」
やってられっか。めんどくせぇ!
と心の中でツッコミつつも、俺はシルファーに聞いた。
「で、今後はどうなるんだ? 今まで通りでいいんだよな?」
シルファーが吐息混じりに首を左右に振った。
「実はすぐには地下迷宮にミノンを再配置できぬのだ。そこで、二人にはこれからミノンの再配置のめどが立つまで、しばらくの間、組んでもらうことになる。当然相手は勇者イズナであるぞ」
「ハァ?」
俺の声に呼応するように、ミノンも首を左右に振った。
ツインテールがふるふる揺れる。
「それは困りますわ!」
何が不満なんだか。シルファーがミノンに説明を続けた。
「たしかにミノンは勇者イズナとの相性が悪いからのぅ」
おもしろがるようにシルファーは目を細める。
つうか、おいちょっと待て。
こっちの考えすぎかもしれんけど、その言い方じゃまるで“俺ならイズナと相性が良い”みたいに聞こえるじゃねぇか!
「悪いってどういうことだよ? 俺なんて相性が悪いどころか、目が合った瞬間に首を斬り跳ばされてるんだぞ! 最悪だろ?」
シルファーが「ふふっ」と笑った。
「あれのおかげで、マナ放送でも見映えのする死に方になるからな。アークは実に立派なやられっぷりだ」
「褒められてもぜんっぜん嬉しくねぇから。つうかミノンは勇者と、どう相性が悪いんだ?」
俺が視線を向けると、ミノンは困ったように眉尻と耳を下げた。
尻尾の先も力無く椅子の下へと垂れ下がる。
「わたくしが勇者イズナと戦うと……なんというか……とても地味になってしまいますの」
「地味って? ポールアックス振り回して、イズナの剣術とやりあったら地味なことなんてないだろ」
少しだけムッとっしたような顔で、ミノンは「実際にごらんになればわかりますわ」とだけ言った。
シルファーがゆっくりうなずく。
「安心せいミノン。アークは対勇者戦術のプロフェッショナルだ。勇者イズナとの戦闘を重ねる度に、高い純度のマナを得ておるからな」
「それは本当ですの?」
「期待しておるがよい」
ハードルあげんじゃねぇよ! 俺は抗議の気持ちも含めて挙手をした。
「つうか質問なんだか、俺とミノンの二人がかりでイズナと戦うのか?」
シルファーは再び小さく首を左右に振る。
「貴様には主にミノンのサポートに回ってもらおう。が、まずは一度、ミノンとイズナの戦いを現場で観戦してほしい。マナ放送の録画では細かい部分はわからぬからな」
「つうか、ミノンは実際のところどうなんだ? 勇者に……勝てるのか?」
これはむしろ、勝てる実力があるとまずいって意味での確認だったんだが、俺の言葉にミノンが鼻息を荒げさせた。
「それはわたくしの実力を疑っているということかしら?」
「い、いやいやそうじゃねぇ。ただその……」
ミノンがイズナを倒しちまったらどうすんだって話だ。
俺がイズナを倒しそうになった時、シルファーが無理を承知で助けにきたわけだし……。
俺が視線を向けると、シルファーはうなずいた。
「二人が力を合わせれば、きっとうまくいく」
とりあえず、現状でミノンがイズナを倒す可能性は無い……ってことなのか?
俺には新米勇者のイズナが、迷宮の主であるミノンを倒せてるっていうイメージが、微妙にわかないんだが……。
「では、くれぐれもミノンのことは頼むぞアーク。いつも通りの戦果を期待する」
「わ、わーったよ」
いつも通りってことは、つまり、ミノンがやりすぎないようフォローしつつ負けてこいってことか。
ミノンはムッとした顔のままだ。
「シルファー様のお言いつけには従いますけれど、もはや勇者イズナなど、わたくし一人で十分でしてよ。これまでの地下迷宮での修練で、能力も向上しておりますもの。勇者を相手にひけは取りませんわ。なのに……なのに……うう」
なんかミノンのやつ、へそを曲げちまったな。
つまるところ、ミノンはこの世界のクソみたいなシステムを知らないわけだ。
だから勇者イズナを全力で倒そうとするだろう。
ああ、ったく……。
うまくミノンのやる気を引き出しつつ、ルールは破らせないようにしなきゃならんのか。
働けよ魔王! と、思うことはこれまでにもしばしばあったが、いざ自分も魔王と同じ秘密を共有しちまうと、少しだけその苦労がわかった気がした。
夕食後、自室に戻ると、俺はスマホを片手にミノンの部屋に行くことにした。
つっても、この広い魔王城のどこにあいつの部屋があるのか見当も付かない。
なので猫執事に頼んで、ミノンの私室まで案内させようかと思った矢先――。
トントンっと、俺の部屋のドアがノックされた。
「開いてるぞ」
「失礼しますわ」
探しに行く手間が省けたな。
「ちょうど良かった。今からお前に会いに行こうと思ってたんだ」
そう言うと、ミノンは驚いたような顔になった。
「そ、それはいったいどうして?」
「魔王軍の幹部同士、親睦を深め合ってもいいだろ」
「し、親睦だなんて……なんだか少し恥ずかしいですわ」
「どこに恥ずかしがる要素があるんだよ。明日から組んで戦うんだから、お互いの事をもっと知っておくべきだし、ある程度の決めごとや、約束ごとも確認しておいたほうがいいだろ」
開けたドアの前に立ったまま、ミノンはもじもじと膝をすりあわせるようにしている。
「トイレなら廊下の奥の突き当たりだ」
「ち、違いますわ」
「なら入れよ。遠慮すんなって」
「遠慮などしておりませんわよ」
ミノンを部屋に招き入れると、俺は猫執事に紅茶を用意させた。
気を利かせてクッキーまで用意するあたり、猫執事は有能だ。
窓際のテーブルにつくと、俺はミノンに紅茶を勧めた。
「では、いただきますわね」
「俺もいただきます」
猫執事がさっと一礼する。
召し上がれといわんばかりの仕草だった。
一服したところで、改めてミノンの用件を聞く。
「で、用件は? さっき俺が言ったようなことなら、話も早いんだが」
ティーカップをソーサーにそっとおくと、彼女は眉尻を下げた。
「そ、それももちろんありましてよ」
「じゃあ先にミノンの用件を済ませちまおう。打ち合わせはそのあとだ」
ミノンはゆっくりうなずいた。
それだけでタートルネックのセーターに押し込まれている、小玉スイカサイズの胸がたわわんとなった。
「アークは元の世界に帰りたいと思っていますの?」
思いがけない問いかけに、俺は一瞬黙り込んだ。
「あっ……いや……そうだな。自問自答は何度かしたが、こうして改めて他の奴から問われると、即答できねぇ」
「迷っていますのね」
「ああ。ミノンはどうなんだ?」
彼女は寂しげに首を左右に振った。
「きっと、わたくしはもう、死んだものと思われているでしょうね」
「思われてるって、スマホは持ってないのか?」
「スマホ?」
俺はテーブルにスマホ載せて起動させた。
「俺の世界じゃみんな持ってる情報端末だ。なんか知らんけど、微妙にこっちの世界でも使えるんだよ。こいつで向こうが今、どうなってるのかわかるんだ」
「不思議な石版ですのね。わたくしのいた世界にはありませんわ」
「そうか。じゃあ立て続けで悪いんだが、これを見てくれ」
俺はスマホのブラウザで地図を開いた。
画面に収まるくらいの大きさで日本列島を表示させる。
たしか、シルファーにこの世界の地図を見たいと言ったのは、俺だけみたいだからな。
ミノンは地下迷宮にいたようだし、外の世界の事まで気にしてなかったのかもしれん。
「ミノンの世界の地図と似てないか?」
「いいえ。ずいぶんと変わった形をしていますわね」
俺は地図を世界規模にしてみた。
「んじゃあこれは?」
「わたくしのいた世界の地図とは、ずいぶんと違いますわ」
なるほどな。
どうも俺の世界とこの世界には、奇妙な関連性があるっぽいんだが、ミノンの住んでた世界とこの世界は、地図からして別物くさい。
考えこむ俺の顔をミノンはじーっと見つめてきた。
「もしかしてアークは頭が良いのかしら?」
「別に良かねぇよ。むしろバカだよ」
「そのようには思えませんわ」
「やってることは普通だろ。俺とミノンは召喚された者同士だが、色々違う。その違いがどうして生まれたのかとか、わかる範囲内で理解しときゃ、何かの役に立つかもしれんって思っただけだ」
「では、わたくしとこうしてお話をするだけでも、わたくしはアークの役に立っているということかしら?」
「ああ。だから訪ねてくれて大歓迎だぜ」
「そ、そんな……歓迎だなんて」
伏し目がちになりながら、ミノンは紅茶を一口飲む。
それからうつむいたまま、彼女は俺に告げた。
「そうやって懸命なのも、自覚がなくても元の世界に帰りたいという、気持ちがあるからですわよね」
ミノンに言われて気がついた。
俺がやっていることは、結局帰るための道作りだ。
そして思い出す。
その道はシルファーの死とイズナの魔王化への道に繋がっていやがるんだ。
それでも……全然笑えねぇけど、今はこの道を進むしかない。
他にできることといえば、立ち止まって時間稼ぎをするくらいだ。
俺が本当にしたいのはなんだ?
帰ることなのか? それが俺の望みなのか?
「また考えこんでいますのね」
「わ、悪い。ええと……そういうミノンは帰りたくないって感じだな」
彼女は深くゆっくりうなずいた。
「ええ、生まれて初めてやりがいというものを見つけましたの」
「やりがい……だと?」
クッキーを一口ほおばると、紅茶を飲んでからミノンは微笑む。
「迷宮作りですわ。今回も冒険者に攻略されてしまいましたけれど、さきほどシルファー様に戦績を確認したところ、百日と二日も維持できましたの。早く一千万マナほど貯めて、迷宮をもう一階層増やしたいですわね」
ミノンはミノンで、俺とは違う攻略をしているらしい。
さしずめ迷宮作成(ラビリンスクリエイター)だな。
なんか、ゲーム化したら俺の勇者攻略よりおもしろそうだ。
そうそう……。
こっちに来てすぐに、他の魔王軍幹部に会えたらしようと思ってたお願いを、俺は思いだした。
「で、いくらくらい残ってんだ?」
「え? い、いきなりなんですの?」
「マナだよマナ! 貯蓄額はどれくらいかって聞いてんだ」
「失礼ですわね」
「いいからいってみろ」
「嫌ですわよそんなの」
「悪いようにはしねぇから」
「アーク。今のあなたの顔はとても悪人でしてよ」
「道化魔人が善人なわけねぇだろ。さあ、教えないと……俺の手から出る媚薬でテメェの脳みそがとろけるまで、全身くまなくまさぐり続けてやるぞ」
俺は意識を集中して右手の人差し指にだけ、オリーブオイルを発生させた。
ツーッと指先からしたたるオイルに、ミノンの顔が青ざめる。
「ひいい! ま、まさかこの紅茶に!?」
「ってのは冗談だ。安心しろ。つうか紅茶なら俺も同じポットのやつのを飲んでるだろ。指先から出てるのはただのオリーブオイルだ」
俺がテーブルに垂れ流したオイルを、すぐに猫執事がやってきて拭き掃除しはじめた。
ちょっとだけ、猫執事の視線に「やるならコップをお使いください」的な抗議のニュアンスを感じる。
気のせいかもしれんけど。
ミノンは鼻息を荒くさせた。
「そういう冗談はいけませんわ!」
「まあ怒るなって。今のは俺が一万マナで得た、記念すべき人生初のスキルだ」
「それは……ずいぶん残念なスキルですのね」
「うるせぇ! 残念とか言うからには。ミノンはよっぽど良いスキルを持ってるんだろうな?」
胸を下から支えるように腕組みすると、少し考える素振りを見せてからミノンは口を開いた。
「良いかどうかはわかりませんが……高速自然治癒に防御力増加と体力増加。それに雷撃魔法耐性といったところですわね。今回の魔王城への帰還ではスキルは獲得せず、迷宮に戻る日のためにマナは貯めておくことにしましたの。もちろんいくらあるかは秘密でしてよ」
こりゃ、相当ため込んでそうだな。
つうかミノンのスキル、いかにも有効そうなのが厳選されてんじゃねぇかよ。
俺の“手からオリーブオイルが出る”スキルと比べると、どれもすっげえまともだ。
しかもパッシブスキル――使おうと意識しなくても、効果が自動で発動する便利なやつばかりで構成されてやがる。
地味だが堅実で普通に強いし、常時発動で使うタイミングにも気を取られないから、戦闘に集中できるだろう。
そこまでのスキルを、どの程度で獲得したんだ……こいつ。
「なあ、召喚されたのっていつごろだ?」
「そろそろ半年といったところですわね。召喚された当初に、一度勇者イズナと手合わせしたのですが、負けてしまって……それ以来、ずっと迷宮暮らしですの。最初はわたくしの先代迷宮担当が残してくださった超大迷宮のおかげで、少しは番人を続けられていたのですが、わたくしの運営能力が足りず、結局二週間で攻略されてしまって……以来、迷宮を組んではその日のうちに攻略されてしまうような日々を過ごしていましたわ。けれど、今では迷宮の規模こそ先代の超大迷宮にはおよばないものの、それでも百日越えは達成しましたし……次は二百日はもたせてみせますわ!」
赤い瞳を熱く燃やしてミノンは力強く宣言した。
どうやら、自分が好きなことになると饒舌に語るタイプらしい。
「そ、そうか……ははは」
三ヶ月後の俺はどうなってんだかな。
今と大して変わらないかもしれん。
「アークのスキルは他にどのようなものがありますの?」
「ええと……だな」
読心スキルのことは正直に言いづらかった。
触った相手の心が読めるってのは、それを使われる可能性がある相手にとって、恐怖でしかない。
ミノンとは明日から共闘するわけだし、伏せておこう。
我ながら卑怯と書いて策士と読むを、地でいく道化魔人っぷりだ。
「まさか、今の宴会芸だけとは言いませんわよね?」
「悪いかよ! まだこっちにきて日が浅いんだ」
「それにしても、スキルは二択ですわよ。手からオリーブオイルが出るスキルとは、別のスキルもあったのでしょう?」
牛乳一気飲みスキルだよ!
もっとダメだろ!
まあ、このまま負けを認めるのもしゃくだな。
「そこが道化魔人アークのすごいところなんだぜ。誰もが見向きもしないスキルで、相手の意表を突くこのトリッキーさこそが魅力なんだ。現にミノンもさっき騙されたろ?」
「あんな言い方をされたら、こ、怖くもなりますわ」
ミノンの耳がぺたんと垂れた。
少しやりすぎちまったかもな。
「ごめん」
ミノンの耳がぴんと立った。
「けれど、すぐに種明かしをしてくださいましたし、反省もしているようですから許してさしあげます」
「あ、ありがとう」
って、何感謝してんだ俺。
ともかく、宴会芸だって使いようだってことだ。
ことだ……けど。
やっぱ一万マナで俺が獲得できるスキルって、宴会芸っぽい色物ばっかりなんだろうな。
ミノンがどれくらいのクラスのスキルでそろえたかはわからんけど、彼女の選んだパッシブスキルはどれも優秀だ。
俺にも来ないかなパッシブスキル。
ああ、無理だろうな。
道化魔人だもんな。
水芸とか指がサイリウムみたいに光るとか、鼻からピーナッツを発射できるとか、声が裏返って甲高くなるとか、ティッシュペーパーを食べられるようになるとか、おならに火がつくとか……って、最後のは微妙に攻撃力がありそうだが……。
考えこむ俺をミノンがじっと見つめていた。
「それにしても、さっきはアークの人格が急に変わってしまって驚きましたわ」
「その件だが、勇者との戦闘中にたまにああいうスイッチが入るんで、まあその……あんま気にしないでくれ」
「そうですの。わかりましたわ。本当にアークは変わっていますのね」
「良い意味で個性的って褒め言葉だと受け取っておくぜ」
軽口を叩きつつ、俺は紅茶を口に含んで喉を湿らせた。
それからさらにミノンと話し込んで、勇者イズナとの戦闘の段取りなんかを決めると、夜も更けてきたところで俺の部屋にシルファーがやってきた。
これまた珍しい。
部屋のドアの外から、じっと俺たちを見つめてシルファーは黙っていた。
「どうしたんだ、こんな時間に?」
「な、なんで我はお茶会に呼ばれておらぬのだ!」
「呼んでないからだろ」
「なぜ呼ばぬ!」
「そりゃあ、明日の打ち合わせだからな。現場担当者レベルの協議なんで」
「う、うう! あんまりであるぞ! ぐれてやるからな」
「おいおい、魔王様がぐれて仕事しなくなったら、なにかとこの世界は大変だろ」
「わかっておる。わかっておるが……」
ミノンがスッと立ち上がった。
「そうですわシルファー様。こちらの打ち合わせは終わりましたし、これから二人でお風呂に行きませんこと?」
「お、おお! ミノンは誘ってくれるのか。本当に優しくて良い子であるな。どこかの誰かさんとは大違いだ」
俺に向かってシルファーはあっかんべーをしてきた。ガキかよ!
「はいはい。行ってこい行ってこい」
シルファーが勝ち誇ったように胸を張る。
「どうしたのだアーク? さては貴様、一緒に風呂に入りたいのではないか? そうであろうそうであろう」
「んなわけねぇだろ。つうかミノンが真に受けて不安そうになってるぞ」
「わ、わたくしはシルファー様のご命令でしたら、と、殿方と入浴するという苦境も乗り越えてみせますわ」
「行かないから安心しろ。それに二人にも話したいことはたくさんあんだろ。悪かったなシルファー。ミノンを借りちまって」
「ふっふっふ。はーっはっは! わかればよろしい。では行くぞミノン!」
「は、はい。シルファー様」
シルファーがミノンを連れて出ていって、部屋はがらんと静かになった。
猫執事がティーセットを手際よく片付ける。
と、行ったはずのシルファーが戻って来た。
「絶対に風呂を覗き見などするでないぞ!」
「しねぇよ! とっとと行けって!」
なんかシルファーのやつ、楽しそうだな。
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