第13話

 召喚されてから毎日転送魔法で飛ばされては勇者に殺されてきたんで、いきなり休日をもらってもどうしていいんだか――正直、わからん。


 とりあえず自室にこもっていても仕方ねぇ。


 つうわけで、魔王城の中を歩き回った。


 城内は相変わらず迷路みたいに入り組んでいて、迷子になってはその都度、猫執事に救助された。


 三回ほど同じ事を繰り返したところで探索を切り上げる。


 目新しい成果は無しだ。


 城内で行ける場所として、書庫のことも思い出した。


 が、そもそも俺の知力じゃ蔵書は読めないし、中には呪いの本もあるっつうから、下手に手は出せない。


 不死者だからって、怖い者無しってわけじゃないからな。


 変な呪いをかけられて、死ぬこともできず苦しみ続けるなんてのはまっぴらだ。


 結局、どこでなにをしていいやら迷っているうちに、自然と足は魔王の私室に向いていた。


 寝室の鍵が開いていたため、ノックしてから中の様子を確認すると、魔王はベッドの上ですっかり熟睡しているようだった。


 寝室に入ってベッドの脇に立ち確認する。


 ずいぶん気持ちよさそうに寝ていやがるな……。


 今ならやりたい放題だ。


 ペンでまぶたの上に目でも描き込んでやろうかと思ったが、あいにく落書きできそうなペンの持ち合わせがない。


 寛大な気持ちで、そっとしておいてやろう。


 魔王の寝室を後にすると、城内から出て中庭に向かった。


 俺は走ることにした。


 中庭にひしめくモンスターたちを眺めつつ、ぐるりと周回するのだ。


 しばらくランニングをしていると、勇者イズナのことが思い浮かんだ。


 今日は俺が襲ってこないんで、待ちぼうけしてるんじゃないか?


 きっと一日中気を張って、襲撃に備えているかもしれん。


 なにせ道化魔人アークを殺してないわけだ。


 一日一回、きっちり殺しておけば翌日までは安心できるが、今日に限ってはそうじゃねぇ。


 夜も眠れないかもな。


 そうだ! まだ道化魔人になる前に一回やったきりだが、夜中に忍び込むのはどうだ?


 その時は油性マジックペンを持っていこう。


 この世界にあればだけど。


 とはいえ、まずシルファーに転送してもらわなけりゃ、俺はどこにも行けやしない。


 それにイズナの顔にマジックペンで髭とか書いても、その顔を衆目にさらせなかったら、あんまり意味は無さそうなんだよな。


 だからマナ放送は重要だ。いくら勇者を攻撃しても、マナ放送で視聴者に認知されなきゃ、俺の取得マナも増えないだろう。


 ちなみに、現在の所持マナは0といって差し支え無い。


 なので中庭のモンスターたちを見ていると、自分が「買えもしないのに店をうろついている冷やかし客」みたいに思えてくる。


 いや、いいんだよ。下見だ下見。


 実質いくらかマナにはなってるはずだ。


 期待はしてねぇけど、昨日の戦いでどれくらいマナを得られたのか、弱ってるシルファーには聞けないままだったからな。


 走っていると、虫系モンスターの集まっている区画にたどり着いた。


 買い占めたテントウムシ型が補充されている。


 あぁ……ここにいるのに、もう一度使うには買い直さなきゃならんなんて……。


 投資した分は水の泡だ。


 失うと本当に何も残らんのな。


 テントウムシ型モンスターはシルファーの魔法で全部お釈迦にされちまった。


 ハァ……ハァ……。


 少しずつペースを上げていく。


 ぐるりと中庭を周回しながら、今後のことを考えた。


 今後っつうか、この世界のことか。


 整理していこう。


 俺の目的は“一億マナを稼いで元居た世界に戻る”ことだ。


 ただ、向こうに帰れば今みたいに、頬に風を感じる速さで走ることはできなくなる。


 それに魔王城の居心地は良い。


 飯だって美味い。


 勇者攻略だって、色々と試せてやりがいすら感じ始めてる。


 けど……ここにずっとはいられない。


 イズナは駆け出しの新米勇者だが、俺と戦うことで成長していく。


 シルファーもそれを望んでいた。


 そしてイズナが成長しきったところで、シルファーはイズナに殺されようって腹づもりだ。


 シルファーのやつ、そのふざけた呪いを解こうとか思わないのか?


 できないのか、できるけど、そうしなかったのか……。


 あいつの話じゃ、魔王が失われればこの世界は無茶苦茶になるらしい。


 そうさせないために、魔王シルファーは一人でこの世界を背負い込んでやがる。


 いや、あいつ一人じゃねぇか。


 勇者イズナもだ。


 イズナにしてみりゃ憧れの先輩――先代勇者ラフィーネの仇と思っていた魔王が、当の本人だったあげく、彼女を魔王の呪いから解き放つため、自分の手で葬らなきゃならんのだから、たまったもんじゃねぇよな。


 そのうえ、次は勇者だった自分が魔王になるなんて、最悪じゃねぇか。


 それで回ってる世界だなんて、クソすぎるだろ。


 あああああああ!


 結構全力で走ってんのに、全然スッキリしねぇ。もやもやする。


 別にどーでもいいじゃねぇかよ、この世界のことなんて。俺が悩んでなんの足しになるってんだ。


 つうかそもそも俺自身、一億マナ貯めるのに、どうしていいのかわからんのに、なんでシルファーやイズナの心配をしてるんだよ。


 バカだろ俺。


 足を止めると空を見上げた。


 そういえば、やけに静かに感じる。厚い雲で蓋をされた魔王城の上空から、いつの間にか稲光が消えていた。


 俺は慌ててシルファーの私室に駆け込んだ。ベッドルームのドアを開いて声を上げる。


「おいシルファー! 侵入者避けの雷が止まってんぞ!」


 ベッドの上に彼女の姿はなく、すぐそばの大きな鏡の前にシルファーは立っていた。


 すらりと伸びた長い足。引き締まりくびれた腰のライン。たわわに実った二つの果実。彼女は汗に濡れた青いローブを脱ぎ終えたところだった。


「おお。どうしたのだアーク。そのように焦って」


「うおわあああああああああああああああああああ!」


 俺は慌ててドアを閉じる。向こうからシルファーの不満げな声がした。


「普通、悲鳴を上げるのは裸を見られた女子の方だぞ?」


「う、うるせぇ!」


「まったく、なにをそうまで焦っておるのだ」


 ドア越しに俺はもう一度言う。


「だから魔王城の上空の雷雲が止まってるんだよ!」


「ああ、その件か。そろそろあやつが戻ってくる頃合いだな」


「あやつって?」


「貴様と同じ魔王軍幹部だ。侵入者避け用の雷雲を維持するための、魔力の供給源たる、とある地下迷宮の番人をさせておったのだ。どうやら敗北を喫してしまったようだ」


「しまったようだ……って、そんな悠長に言ってていいのかよ?」


「安心せい。勇者以外のいわゆる冒険者という連中では、たとえ玉座の間まで来ようとも我は倒せぬ。それができる唯一の存在である勇者イズナはといえば、まだまだ修行が足りぬという自覚もあろうから、そもそも魔王城に攻め込んではこないのだ」


「なあシルファー。俺がイズナを成長させまくったら……勇者の方からこの魔王城に攻めてくるのか?」


 シルファーは一拍置いてから返答した。


「貴様の泣きそうな顔が、このドアの向こうにありありと想像できるぞ。そのような顔をせんでも良い。貴様は貴様のやるべき事をすれば良いのだ。何より、依頼したのは我なのだから」


 シルファーが強がっているようには感じられなかった。


 ただ、諦めている印象だ。


「べ、別にそんなこと考えてねぇし!」


「そうであったか。すまぬな。我の早とちりだ」


 心配してないわけじゃねぇ。けど、そのことを伝えてどうなるもんでも……。


「あのな、俺が言いたいのは、上空の守備をどうすんだってことだよ? 仮に勇者以外が来た場合、俺はどうすりゃいいんだ?」


「それも考える必要なないぞ。上空の守りが手薄になったところで、人間には攻め込む術が無いのだ。先代魔王が人間たちの生み出した飛行船を、すべて焼き払ってしまったからな。再建されるよりも先に、地下迷宮を支配しなおせば、元の鉄壁な魔王城に戻ろう」


 シルファーが言う以上、そうなのかとしか返事のしようが無かった。


「わかった。んで、体調の方はいいのか?」


「まだ少しふらつくが……おお、そういえば前回の戦いで取得したマナの確認はしていなかったな。着替え終えたから入ってまいれ」


 シルファーに呼ばれて俺は恐る恐るドアを開き、隙間から中をのぞき見た。


 彼女は真新しい緑色のローブに身を包んでいる。


「なぜそのように隙間から中の様子をうかがうのだ」


「うるせぇ! 着替えたっつって下着姿とか、そういう罠の可能性も否定できないだろ」


「下着はつけておらぬぞ」


 ローブの下はノーガード戦法かよ。


「見るが良いアーク。前回の貴様の働きは、我の想像を超えておった。まあ、評価の半分は我……というか、先代勇者の亡霊によるものではあろうがな」


 シルファーは胸の谷間からつまむように、俺のマナを取りだした。


 小さな宝石は緑色の輝きを放っている。


「そ、それはどれくらいなんだ?」


「一千万マナだ」


 え? マジで?


「どうした嬉しくないのか? これで一千万マナ級のスキルも獲得できるぞ」


 一千万マナ級ってことは“アタリ”スキルを引けば一億級か。


 ただあれはレアなケースらしいからな。


 捕らぬ狸のなんとやらはやめておこう。


 とりあえず、一千万マナ級のスキルが手に入れられるな。


 読心と同等以上の能力と考えていい。


 どんな能力にせよ、使えないってことはないだろう。


 ただ、あんまり強力すぎる力だと、俺自身、もてあますってのは読心スキルで実感したことだ。


 うーむ、迷うな。


 取得マナを全額、一匹のモンスターに投資することも可能だ。


 けど、イズナを倒すだけなら、勇者側がなんらかの虫対策をしてこない限り、テントウムシの大人買いで十分だった。


 俺の表情の変化を読み取るようにして、シルファーはにっこり笑った。


「考えはまとまったか?」


「ここは何もしないでおく」


「ほほう。何か考えがあってのことか?」


「考えってほどじゃねぇよ。シルファーが俺に望んでるのは、イズナを殺さず苦しめる……つまり、鍛えるってことだよな。一千万マナをつぎ込んだモンスターは、まだイズナが戦うには早すぎる気がする。スキル取得に振ってもいいんだが、その前に一度、イズナ側が前回の戦いから、どういう対応をしてくるのか見ておきたい」


「ふむ。対応というと?」


「まあぶっちゃけた話、虫系モンスター対策をしてくるかどうかってことだ。その点、魔王はどう考える?」


「十分にあり得る話だな。虫が近づけぬようになる守り石などを、身につけてくるやもしれぬ」


「なーんだ。俺はてっきり、人間が一人入れるくらいの大きなツボの中に、ありとあらゆる虫をいれて、そのツボにイズナを肩まで沈めて一昼夜。出てきた時には虫が大好きになってる……ってのを期待したんだが」


「貴様、なんとおぞましいことを考えるのだ!」


 シルファーはくらっと倒れそうになった。


 考えるよりも早く、俺は腕を伸ばしてその身体を抱き込むように支える。


「おい大丈夫か?」


「おお、おお! よろけそうになった我の腰に優しく腕を回してくれるなど、貴様が初めてだぞアーク!」


 瞳を輝かせてシルファーは俺をじっと見つめた。


「な、なに喜んでんだよ」


「アークは優しいのだな」


「そんなんじゃねぇし! そもそもテメェが倒れそうになったのも、俺のナイスすぎる虫ツボのアイディアを聞いたからだろ」


「それはそれ。これはこれだ」


 俺はそっとシルファーの身体を解放した。


「寂しいではないか」


「もう大丈夫だろ」


「うー。ああ、またしても立ちくらみが……部下があまりに冷酷すぎてめまいが……」


 シルファーがどさっとベッドに倒れ込む。


「なぜだ!? どうして今度も支えてくれぬ」


「ベッドを見てから倒れる余裕があるなら、俺が助けるまでもねぇ」


 薄い羽毛の掛け布団を抱きしめ、ベッドの上をごろごろ転がって、魔王はだだをこねた。


「もっと我に優しく接してくれても良いのだぞ?」


「魔王がそんな調子でどうすんだよ。同情でもされたいのかテメェは」


 シルファーの置かれている状況を、気の毒に思わないと言えば嘘になる。


「そうではない。そうではないが……我はアークとこうして話していると、なんとも心安らぐのだ」


「俺を癒やし系グッズみたいに言うな」


 魔王は転がるのをやめると、ベッドに仰向けになって両腕を上げた。


「なんだそのポーズは」


 まるで小さなガキが「だっこ」と、いうような感じだ。


「道化魔人アークに命じる。我を起こすのだ」


「はああっ!?」


「今は自分一人で立ち上がるのが辛い。だが、貴様の支えがあれば、再び何度でも甦るであろう。この命尽きるまでな。ふははははははは!」


 俺がそっぽを向くと魔王は泣きそうな顔をした。


「ああああああ! わかったわかったから! ほら、これでいいだろ」


 両手をとってシルファーの身体を引き上げるように立たせる。


 本当に世話のかかる魔王様だ。


「おお! 見た目よりも力持ちではないか。感心したぞアーク」


「うるせぇ!」


「ではまいろうか」


「今からどっかに行くのか?」


「玉座の間で、死んで戻ってきた我がしもべを迎えてやらねばならぬからな」


「しもべって、さっき言ってた俺以外の幹部かっ!?」


「そうであるが、何を驚いておるのだ」


 ついに俺の先輩のご登場だな。


 どんなやつだろう。


 外国人だったらやばそうだけど、そこはスマホの翻訳機能でもなんでも駆使して、無理矢理でも意思疎通してやる。


 まあ、日本人だったらベストなわけだが。


「なあシルファー。そいつはどういうやつなんだ?」


「大きくて強いぞ。知力は残念だが、筋力と体力に優れておる」


 うっ……パワー系のおっさんか。知力が残念っていうけど、そもそも俺だって学校の成績は下から数えた方が早いし、魔王城の書庫の本も読めねぇから、こっちの世界基準でもバカ確定だ。


 むしろ頭が良すぎる奴よりも良かったぜ。


「俺も同席していいんだな?」


「もちろんだとも。新人が来たことは伝えてあるから、きっと喜ぶであろうな」


 いつの間にか部屋にやってきた猫執事が、シルファーにガウンを差し出した。


 ローブの上からそれを羽織ると、ゆったりとした足取りで魔王は玉座の間に向かう。


「初対面だ。道化魔人のコスチュームに着替えてくるのだぞ」


「えっ!? マジでか」


「ああ、大マジだ」


 言い残すとシルファーは廊下の奥の闇に吸い込まれるように消えた。ハァ……しょうがねぇ。いったん着替えてくるか。


 シルファーが玉座についた。俺は勇者と対決する時と同じ正装で、玉座から一段下に控えるように立つ。


「まもなくである」


 ゴーン……ゴーン……と、どこからか重たい鐘の音が響き渡った。


 余韻を残して鳴り止むと、まっすぐに伸びた赤絨毯の上に魔法陣が描かれる。


 その魔法陣に人影が浮かんだ。


 ああ、俺もあんな感じで復活してたのか……って。


 なんだよこいつ!


 出てきたのはむっちりとした肉感的な女だった。胸はシルファー以上の大きさだ。


 おそらく背も俺より高い。


 肌はうっすらと褐色で、髪の色は黒だった。


 それをツインテールにしている。


 ほどけばシルファーほどじゃないけど、そこそこの長さになるだろう。


 瞳はルビーのように赤く燃えていた。


 カラコンだよな……たぶん。


 目鼻立ちがはっきりしていて美人には違い無いのだが、いろんな要素が“濃い”って印象だ。


 なによりもヤバイのは、その格好で歩いたら日本じゃ職務質問されて当然な、ビキニアーマー姿ということだった。


 俺も人のこと言える格好じゃないけどな。


 女の上半身がむっくりと起き上がった。


「やられてしまいましたわ」


 見た目の豪快さとは裏腹に、どことなく育ちの良さげな口振りで女は呟くと、手にしていた巨大なポールアックスを杖代わりにして立ち上がった。


 うわ、やっぱりでけぇ。


 胸も身体も尻までも。


 その尻には黒い尻尾が揺れていた。それに耳もどことなく獣っぽい。


 そういう衣装をシルファーに用意されちまったのか?


 牛女って感じだ。つうか……男じゃないんだな。しもべは男だと思い込んでたが……。


 復活したムチムチ牛女に、シルファーは告げた。


「おお、ミノンよ死んでしまうとは情けない」


「仕方ありませんわ。これでも百日は迷宮を維持しましたのよ」


「ふむ。それについては大義であった。ところでミノン……紹介しよう」


 玉座に腰掛けたまま、シルファーが俺に視線を向けたところで、俺はムチムチ牛女――ミノンと目が合った。


「と、ととと、殿方ですの!?」


 俺に聞いたつもりも無いだろうけど、ついこたえちまった。


「あ、ああ。そうだけど」


 ミノンの顔が真っ赤になる。


「この姿はその、シルファー様の趣味でわたくしの趣味ではありませんから!」


 腕で胸を隠そうとするミノンだが、隠しきれる大きさでもない。


 シルファーの顔が不機嫌そうになった。ほっぺたを膨らませてミノンに告げる。


「我は貴様の要望に応えて、軽量でありながら強固な防御機能を備えた鎧を用意しただけではないか? デザインにとやかく文句をいうでない」


「仰る通りですけれど、あんまりですわ! 殿方がいらっしゃるなんて」


 どうやらミノンにはシルファー以上の羞恥心が備わっているらしい。まあ、シルファーが気にしなさすぎるのが問題で、ミノンの反応こそまともだと思う。


 俺はそっと背を向けた。


「初対面で話すのに失礼とは思うが、これで許してくれ」


 正直、シルファーの裸を何度か見ているし、見慣れたとも言えないが……ともかく、シルファーと違って俺の視線に恥ずかしがってるやつを見続けるのは、俺の方も耐えられん。


 ミノンが俺に聞いた。


「お名前はなんていうのかしら?」


「俺は道化魔人アークだ」


「わたくしは迷宮番人ミノンですわ。その……こちらこそ失礼しましたわね。仲間だというのに恥ずかしがるなんて。こちらを向いてくださいませ」


「いいのか?」


「ええ。ただ、あまりまじまじと見られるのは困りますわ。これでもわたくし、乙女ですの」


 俺は向き直ると斜に構えた。首を上げて視線を上方向に固定しつつ、右手を開いて顔を覆った。


「これでどうだ?」


 俺の立ち姿にシルファーがぼやく。


「なんとアークはナルシストであったか」


「状況から判断したベストなポージングだ。ほっとけ」


 ミノンの顔を目の端で捉えつつ、極力首から下を見ないようにした。


 俺の華麗なるポージングの効果もあってか、ミノンの表情も落ち着きを取り戻したようだ。


「いきなりぶしつけな質問で悪いんだが、ミノンも向こうの世界の名前があるんだよな?」


「ええ。ЗРЯЬШСДЛЖですわ」


 俺の聞き間違いだろうか。


「なあ、もう一度頼む」


「ЗРЯЬШСДЛЖですけれど……? 男の子のような名前だと、子供の頃はよくからかわれたものです。そういえば、尻尾はどうなさったのかしら?」


 逆に質問されて俺は返事に窮した。


 尻尾って……ミノンは何を言ってるんだ?


 すると、ミノンはくるりと俺に背を向けてお尻を突き出した。その牛のような尻尾は、作り物とは思えないくらい生き生きと左右に揺れている。


「ですから尻尾はいかがなさったのです?」


「いや、そういうの……尻尾なんて生えてねぇし」


 ミノンは向き直ると目を皿のように丸くさせた。


「えっ?」


 えっ? じゃねぇよ!


 目をまん丸くさせたまま、ミノンは俺から視線をシルファーに向けた。


「シルファー様。アークはこの世界の人間なのですか?」


「我らと良く似ておるが、これでも異世界より召喚した特別な存在であるぞ」


 ミノンは半分開けた口をしばらくぱくぱくさせてから言う。


「では、わたくしの故郷の世界とは、違う世界から来たのですね。てっきりわたくしと同じところから、召喚されたものと思い込んでしまいましたわ」


 そいつはお互い様だ。


 しかしミノンの尻尾はさっきから本当に、別の生き物みたいに良く動く。


「なあ、もしかしてその尻尾と耳って自前なのか?」


「本物ですわよ。ですからシルファー様をはじめ、生えてない人間というのは見たことがなくて……」


 こちとらは半獣人を見るのが初めてだ。


 衣装かと思ってたが、紛れもなく本物らしい。


 シルファーがせき払いを挟んで、俺とミノンに告げた。


「では、親睦を深めるため夕飯にしよう。ミノンも私服に着替えてくるが良い。下がってよいぞ」


「それではご厚意に甘えさせていただきますわ」


 一礼するとミノンは玉座の間の脇にある扉から下がっていった。


 ようやくナルシストポーズを解除して、俺はシルファーの玉座の前に立つ。


「なあシルファー、質問があるんだが」


「もっとしもべらしく言ってくれぬか」


 なんだよ急に。ミノンが戻って来たから、魔王らしくちょっとカッコつけたいのか。まあいいか。俺は赤い絨毯に膝をつけ頭をたれる。


「魔王シルファー様。質問してもよろしいでしょうか」


「許す。申してみよ」


「異世界ってのはいくつもあるのか?」


「ため口になるまでが早すぎるのは気になるが、特別に教えてやろう。我もその

すべてを把握してはおらぬが、この世界は様々な世界とつながっておる。アークの住んでいた世界も、そのいくつもある世界の一つということだ」


「じゃあ、俺の世界から来た先輩はいないか? できれば、もうすぐ帰れそうなやつだと助かるんだが」


「おらぬな」


 もしいてくれたら、家族に俺が無事だと伝えてもらおうと思ったんだが、目論見はあっさり打ち砕かれた。


 まあ、頼まれた方も迷惑だろうな。


 家族に俺がどこにいて、何をしてるのか知っていても説明できないだろうし。


「ところでアークよ。ミノンのことはどう思う?」


「どうって言われても、会ったばっかりで……まあ、悪いやつじゃなさそうだな。あんなおっかない武器を振り回してんのかと思うと、ぞっとするが。あ……けど、味方なんだよな。なら心強いわ」


「わ、我とて剣の腕は相当なものだぞ!」


「何張り合ってんだよ。お前が強いのは知ってるって。つうかそもそも、魔王は前線に出ないだろ」


 昨日のアレは特例だ。


「うむ、我の立場と実力と魅力を、アークがわかっているならそれで良いのだ」


 シルファーは「では行くぞ!」と言いながら立ち上がると、俺より先に玉座の間から出ていった。

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