第11話

最初はイニシャルGな虫モンスター界の四番でエースを投入する予定だったんだが、実は俺自身アレが超苦手なので、やむを得ず却下した。


 やつの敏捷性やステルス性能には感服するけど、生理的に無理なものは無理だ。


 とはいえ俺の要望にぴったりのモンスターは、わりとすぐに見つかった。


 明日の勝負に備えて、所有しているマナを全額投資した。


 それはそれとして――中庭のモンスターの価格を見て思ったことがある。


 結構、モンスターごとに価格差がありやがるのだ。


 しかも価格は見上げれば青天井だった。


 ドラゴン系は最低でも一億マナからという価格設定で、さらに強い羽根のついたドラゴンは五億。


 三首ドラゴンなら十億マナと増えていきやがる。


 一億マナで心臓を取り戻して、元居た世界に帰れるのに、いったい誰が買うんだか。


 つうか一億マナのドラゴンなら勇者を倒せるんだろうか?


 あいつを殺せば一億マナって話だし……。


 いや、俺の実力でできるわけないか。


 ともかく、俺の仕事は勇者に恥ずかしい思いをさせたりすることだ。



 翌日、いつも通りシルファーと朝食を食べると、俺はすぐに勇者の元へと転送してもらった。


 視界がひらけるとそこは闘技場だった。


 こんな朝っぱらから観客で席が埋まっていた。


 この国の人間どもはよっぽど暇人なんだろうか。


 道化魔人アークが現れるや罵詈雑言が飛んでくる。


 殺せ殺せの大合唱。


 俺が何したって言うんだよ。


 つうか、ご要望通り毎日サクサク殺されてんだろ。何が不満なんだ。


 むしろもっと活躍してほしいのか?


 そうかそうか。イズナの生着替えとか、結構テメェらの夢を叶えてやってるもんな。


 実はみんな道化魔人アーク様が大好きなんだろ?


 と、思っておくことにした。


 この世界に来てから、俺は少しだけ前向きだ。


 前向きと言えば、今回はイズナの真正面に転送されたんだが、まあこの聴衆の前だし、仮に背後に転送されてもどのみち奇襲はできなかったろうな。


 距離は十メートルほど。


 近づけば剣。逃げれば雷撃魔法……って距離だな。


 イズナは俺の顔を指さした。


「現れましたね道化魔人アーク!」


「勇者様に名前を覚えてもらえるとは光栄だぜ」


「さっそく倒させてもらいます」


 闘技場の空にマナ放送のウインドウが開いた。


 それを確認すると、俺はズボンの左右のポケットそれぞれに手を突っ込み、念じる。


 来い! 俺のしもべたち!


 五本の指の谷間に挟み込むようにして左右同時に八体のミニフィギュアを取り出した。


 俺が大量購入したのは、一匹千マナで購入できるテントウムシ型のモンスターだ。


 黒地に赤の一つ星の柄のものを選んだ。


 一つ星といっても、甲殻の左右にひとつずつ星がついてるんで、二つ星っぽいんだが、ともかく黒地に赤い点が二つついている姿は、なんか目みたいで不気味である。


 はっきり言ってこいつに攻撃力は無い。


 主に偵察用で、小型のカメラ付きドローンみたいなもんだった。


 また、特定の相手にくっつけておくことで、そこから魔力を発信させ、居場所を特定できる発信器のような使い方もできるらしい。


 それをイズナに向けて投げ放つ。


 チェスの駒ほどのミニフィギュアが空中で実体化した。


 煩わしい羽音を立てて、ふわふわと浮かぶテントウムシたち。


 元々このモンスターのサイズは缶バッチくらいしかないんで、ミニフィギュアの状態からほとんど大きさは変わらなかった。


 でかいドラゴンなんか召喚したらかっこいいんだけどな。


 まあ、最低でも一億マナもする超高級モンスターなんざ、いくら強かろうと買う理由も無いんだし、贅沢は言ってられん。


 俺の放った魔物がイズナに向かって飛翔する。


 テントウムシ型のモンスターの中でも一番安いやつだけあって、スピードは遅い。


 羽音もうるさく偵察用としても最低ランクだ。


 こんなもの、いくら買ったところでマナの無駄だぞ――とは、魔王シルファーの言葉だが、俺はそうとは思わない。


 うるさい羽音だって、むしろ好都合なくらいだ。


 イズナは剣を抜いた。


「そ、そんな魔物でどうするつもりですか?」


「勇者イズナよぉ。なんか顔色悪いな」


 俺が目をこらすと、イズナの剣の切っ先が大きくぶれるように震えていた。


 なんとか勇者のもとにたどり着いたテントウムシだが、イズナは剣を振るって次々と倒していく。斬られたテントウムシは黒い煙となって消えた。


 イズナはすべて切り伏せると俺に剣を向け直す。


「も、もう終わりですか? たいしたことありませんね」


「そっかぁ。たいしたことなかったか。んじゃあ、これならどうだ?」


 俺はポケットに手を突っ込むと素早く八体ずつテントウムシを取りだし続けた。


 今度はけしかけず俺の周囲に止めるようにして展開させる。


「ひ、ひいい!」


 イズナの顔色が青くなった。


「どうした勇者? 雑魚モンスター相手にビビッてんのか?」


「そんなことあ、あり、ありまへん」


「噛んでるじゃねぇか! めっちゃ動揺してんだろ!!」


「し、ししししてません!」


「テントウムシって虫の中じゃかわいい方なのになぁ」


「そ、そそそうですか? じゃない。かわいいです大好きです。だからかわいそうで、倒すのもちょっと忍びなかっただけです!」


「ふーん。かわいいと思うのか。けどな、テントウムシって裏返すと結構キモイんだぜ」


 俺は宙に浮く一匹を手にして、裏側をイズナに見せつけた。


 カブトガニの腹側ほどじゃないが、足の蠢く感じが気色悪い。


「それにこうして刺激を与えると死んだふりをするんだ」


 軽く揉みしだくと、足を縮めてテントウムシは死後硬直したようにカッチカチになった。


 さらに関節からどろりと液体を出す。


「ひ、ひいいい!」


 イズナは悲鳴を上げた。


「この分泌液は苦くて超くっせえんだ。こいつらは死んだふりをして、この液体を出すことで捕食を免れるんだぜ。勉強になるだろ?」


 諸々ネットで調べた情報だ。


 イズナに充電してもらったスマホで得た知識で、イズナを苦しめるなんて飯が美味い。


「だ、だからなんだっていうんですか」


「つまりな……くっついたのを無理に剥がすと、この虫汁の餌食になるってことだ」


 俺は残り百一匹のテントウムシに命じた。


 勇者イズナにくっつけ……と。


 羽音を合唱させて、黒い大群がイズナめがけて飛んでいく。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!」


 心地よい悲鳴だ。


 剣を無作為に振るうイズナだが、この物量作戦の前ではむなしい抵抗だった。


 前後左右だけでなく頭上からもテントウムシが包囲して、まずは背中に何匹か取り憑いた。


「おーいイズナ。ケツにテントウムシがついてるぞ」


 全身の毛を逆立てるようにブルルッ! と震えてから、イズナはお尻にくっついたテントウムシを手で剥がそうとする。


「いいのか虫に触って? 苦手なんだろ?」


「はううう!!」


 ぴたりと手が止まった。


 マナ放送は大炎上。


 闘技場の観客たちは息を呑んでいる。


「おっと、次はその平べったい胸にくっついたぞ。よかったな少し増えて」


「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 次々と俺のしもべたちがイズナの身体にくっついていった。


 全身を黒いテントウムシに包まれて、イズナは剣を放り投げた。


 くっついたテントウムシを剥がそうとする。


 まあ、普段は虫が触れない奴でも、ここまで追い込まれりゃそれくらいするか。


 イズナが剥がそうと握ると、テントウムシからどろりとした臭い汁が溢れた。


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


「無理に剥がせばそうなるぞ?」


「あああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 そろそろトドメを刺すとするか。


 ついに勇者イズナを倒す時が来たようだ。


 これまで殺されてきた恨み――は、無い。


 なんつうかだな……。


 こいつは――イズナは好きでなったんじゃなくて、勇者をやらされてるっぽいんだよな。


 だから同情はしねぇ。


 けど、個人的な恨みもねぇ。


 とはいえこの状況は、存分に楽しませてもらうぜ。


 なにせ持ってるマナを全部つぎ込んだんだ。


 イズナは力無く闘技場の地面に膝をついた。


 顔以外、体中のあらゆる所にテントウムシが貼り付き、わさわさと蠢いている。


 仕向けた俺が言うのもなんだが、だいぶキモイ。


 あんまり近づきすぎると怖いんで、五メートルくらいまで距離を詰めると俺はイズナに聞いた。


「気分はどうだ?」


「ひい! ひいい! ざわざわします! ざわざわするんですううぅぅ!」」


「ハッハッハ。見ろ愚民ども! 勇者イズナの哀れな姿を! これが魔王軍に逆らった者のさだめなのだ!」


 煽って見せしめっぽい雰囲気になったな。


 マナ放送のコメントがぴたりと止んだ。


 闘技場も水を打ったように静まり返っている。


 つうかなんだよこいつら。


 イズナに「がんばれー!」とか「負けないでー!」みたいな声援の一つでも送ればいいだろ。


 俺はイズナに聞いた。


「つらいか?」


 イズナはうんうん頷く。


 もう言葉を返す余裕もないらしい。


「そうか。じゃあ勇者イズナに一つアドバイスしてやろう。テントウムシは幼虫の頃から成虫になるまで、その食性……何を食うかってのは変わらないんだ。そして……」


 一拍置いてタメを作ってから、俺はにんまり笑って残酷に告げた。


「星の数が少ないテントウムシには、肉食のやつが多いんだよ。そいつらが腹を空かせたらどうなるかな? 生きたまま食われるのはさぞ苦しかろう」


「――ッ!?」


 イズナは半分口を開けたまま固まった。


 ちなみに、魔王軍のモンスターは俺の支払ったマナで活動してるんで、そもそも食料は必要はない。


 余談だが、ネットで調べたところ、草食のテントウムシの方が星の数は多くなるんだそうだ。


 草食系の方が無害に見えて、実は害虫で肉食のテントウムシは作物についた虫を食ってくれる益虫なんだとさ。


 このテントウムシモンスターは、俺に勝利をもたらす益虫だ。


 大金星だ。


 イズナは膝を地面につけたままだった。


 俺はそんなイズナに近づいて、あんまりテントウムシがうようよしてるところは見ないよう、その顔をじっと上から見下す。


 魔王軍の幹部に勇者が敗れ、屈したような構図だろう。


 って、あれ?


 どうすんだよこれ。このあと! 勇者を俺が――殺すのか?


 さっき勇者が手から落とした剣が、すぐそばに落ちていた。


 勇者は放心状態だ。


 俺は剣を手に取った。

 無いはずの心臓が早鐘を打つ。


 勇者を殺せば一億マナ。

 勇者を殺せば一億マナだ。


 けど、いいのか?


 俺の役目は勇者を苦しめ、辱めることだろ?


 握った剣の柄の感触と、剣の重みに俺は生唾を呑みこんだ。


 こんなチャンスは二度と無いかもしれない。


 今、イズナは俺に無抵抗に首を差し出すようにしている。


 素人の俺でも……殺せる。


 俺は小声でイズナに聞いた。


「なあ、このままだと俺はテメェを殺すぞ」


 イズナは怯えた顔で震えるばかりだ。


 俺は左手でイズナの頬を挟むようにしながら、ぐいっと顎を上げさせた。


 そして念じる。

 “何考えてるんだこいつ?” と。


(――わたしが死んでも、次の勇者が選ばれるだけ……だから、死ぬのは怖くありません)


 そういうことか。


 俺がイズナを殺しても、結局何も変わらないんだな。


 俺はそっとイズナの頬から手を離すと、小声で呟いた。


「剣で斬るが、外すから。あとその虫も同時に解除する。あとは好きに反撃しろ」


 自分でもなんでこんなことを言ったのかわかんねぇ。


 イズナを殺して一億マナ手に入れて、魔王から心臓返してもらって帰る。


 そのチャンスを俺は棒に振ろうとしていた。


 二歩下がると俺は剣を振り上げた。


「ハーッハッハッハ! 死ねぇい勇者イズナあああああああああああ!」


 振り下ろす。


 その先はイズナの身体から十センチほど外れた場所になる……はずだった。


 突如、一陣の風が吹いたかと思うと、俺が振り下ろした剣が弾き返された。


 俺とイズナの間に人影が割り込む。


 それは女だった。


 美しい銀髪だ。


 仮面舞踏会みてぇなふざけたマスクをしてやがる。


 俺も他人のことは言えないが……。


 緑色の軽鎧に青地に金糸で縁取りをしたマントを羽織り、細身の長剣を構えている。


 女剣士という風貌だ。


「突風魔法!」


 女剣士は手から風を放った。


 その風がイズナの身体に取り憑いていたテントウムシたちを吹き飛ばす。


「な、なんだテメェ! 邪魔すんじゃねぇよ!」


 俺の立てた段取りはすっかりぶちこわされた。


 女剣士は無言で俺に切っ先を向ける。


 そして、闘技場の客たちは大歓声を上げ、マナ放送のコメントは雄叫びのような文字列で埋め尽くされた。


 イズナが顔をあげて女剣士の背中に呟く。


「そんな……ラフィーネ……先輩?」


 女剣士は無言で首を左右に振った。


 こいつがイズナの先代?


 魔王シルファーも実力を認める勇者ラフィーネだと?


 本人は否定していても、マナ放送のコメントに『ラフィーネきたああああああ!』って書いてあるぞ。


 つうか、勇者二人もいるのかよ。マジか……。


 女剣士はそっとイズナに呟いた。


「いくぞイズナ」


「は、はい!」


 よろよろと立ち上がると、イズナは俺に開いた手のひらを向けた。


 そして勇者ラフィーネ(?)も、俺に手を向ける。


「収束雷撃魔法!」


「真空破砕魔法!」


 二人の少女の声がユニゾンした。


 同時に俺の身体は電撃で焼かれながら、ミキサーにでも掛けられたようにバラバラに切り裂かれる。


 痛みを感じる間も与えられず、俺の意識は闇に落ちた。

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