第10話

時間をずらして転送をしたあとなので、今回はあえて普段通りの時間にシルファーに転送をお願いした。


 裏の裏を掻くって寸法だ。


 俺が降り立ったのは一面広がる墓地だった。


 前にも来たことがある。


 おびただしい数の墓標が立ち並んでいて、異様な光景だったから強く印象に残っている。


 並ぶ墓標の脇にそびえ立つ、大樹の木陰に軽鎧姿の勇者イズナの姿があった。


 しかも、ラッキーなことに俺に背中を向けていやがる。


 シルファーが言った通り、勇者がどっちを向いてるかはランダムだったのか。


 これまでの不運を嘆くより、今は前向きに考えよう。


 さて、どうしたものか。


 墓地には他に人の気配もないが、このまま突っ立っていても、いずれイズナが振り返って俺に気付くかもしれん。


 そっと近づいて背後から襲いかかるのはどうだ?


 これだと、ある意味、前回と同じだよな。


 組み敷いてみても結局はふりほどかれちまう。


 俺はゆっくりと音を立てないように歩いた。


 だんだん勇者の背中が近くなる。こうしてみると、見た目はやっぱりチビでガキじゃねぇか。


 こんな奴に腕力で負けてると思うと腹立たしい。


 腕力強化のスキルがあれば対抗できるかもしれんのだが、能力が敏捷性に突出した俺に、そう都合良いスキルが芽生えるかというと、望み薄だ。


 そうこうしてるうちに真後ろについたぞ。


 ここまで近づかれても気付かないなんて、いったい何をしてるんだ?


 イズナの背中越しにちらっとのぞき込むと、彼女は墓標に献花し祈るように目を閉じていた。


 墓標には「勇者ラフィーネここに眠る」と刻まれている。


 ふむ、魔王城の書庫の本は読めなかったけど、こういうのは普通に読めるんだよな。


 それにしても、ずいぶん真剣に黙祷を捧げてるな。


 こいつにとってよっぽど大切な人だったんだろうか。


「知り合いか?」


 つい、俺は声をかけてしまった。


 奇襲の機会を棒に振っちまった!? けど、なんか真剣なイズナを見てると、聞きたくなった。


 イズナは目を閉じたまま小さくうなずいた。


「はい。先代の勇者でわたしに剣術を仕込んでくれた、とても素敵な先輩でした」


 声で俺だとも気付いてすらいないらしい。


「先代の勇者っていうと……すごかったらしいな」


「魔王の軍勢を退け、世界を救いかけた偉大な勇者です。彼女の後を未熟なわたしなんかが受け継いで……」


「そ、そっか。なんか大変そうだな」


 魔王シルファーも先代の勇者を高く評価してたっぽいからな。


 そんな奴と戦わなくて良かったってのは、俺にとっちゃ不幸中の幸いだ。


 けどまあ、そんな優秀な勇者さえもシルファーは倒したってわけだから、よっぽど魔王ってのは強いに違いねぇ。


 俺が不死者でも、あいつを怒らせるとまずいことになりそうだ。


「あなたはラフィーネ先輩と、どのようなご関係ですか? あっ、すみません。背を向けたまま失礼しました」


 イズナが振り返ろうとしたところで、木の上からツーッと蜘蛛が降りてきた。


 手足が長くて結構デカイな。


 正直、俺はあんまり虫は得意じゃないんだ。


 かなりキモイ。


 そんな大きめな蜘蛛がイズナの肩にのっかった。


「ストップ。動くな」


「は、はい?」


 振り返ろうとしてイズナは動きを止めた。


「落ち着いて聞いてくれ。その……お前の右肩にだな……」


「なんですか?」


「蜘蛛がのっかってるんだ。かなりデカイやつ。今、とってやるから……」


 これでデスブレスの件はチャラだな。


 と、俺が思ったところで、イズナの口から悲鳴が飛び出した。


「いやああああああああああああああああああああああああああああ!」


 蜘蛛を左手で振り払おうとして、それができず石化したみたいに固まる。


「だからちょっと待ってろって。勇者が無用な殺生はしちゃいかんだろ。一寸の虫にも五分の魂っていうからな」


 俺も虫は苦手だが、なんとかつまんで蜘蛛を草陰に放り投げた。


 ああ、俺……有用な殺生ってことで勇者に殺されまくってる。


 あの蜘蛛以下の存在じゃねぇかクソが!


 イズナはまだ固まったままだ。


「取れたぞ。もう大丈夫だ」


 俺がそう言うとイズナは目を閉じたまま振り返るなり、俺にぎゅーっと抱きついてきた。


 しまった! 前回の仕返しか!? こいつもまさかデスブレスの使い手だったとは!?


 と、身をこわばらせたが、そのまま押し倒され組み敷かれるようなこともなく、イズナは俺の胸に顔を埋めて泣き出した。


 本当に“何考えてるんだこいつ“


 思った瞬間、俺の脳が圧迫されるようにしびれた。


 やばい吐きそうだ。


 我慢だ我慢しろ。


 さすがに連続デスブレスは人としてやばい。


 こらえろ。呑み込め。落ち着け。


 ゆっくり呼吸を整えろ。


 ハァ……ハァ……よし、なんとか収まりそうだ。


 それにしてもこの感じ……間違い無いな。二度目でやっと理解できた。


 これってスキルを使ってる時のあの感触じゃねぇか。


 手からオリーブオイルを出すよりも、負荷が強いから吐きそうになるんだ。


(――虫怖いよおおお! 無理無理無理無理! ごめんなさいごめんなさい)


 聞こえるぞ。


 これってたぶん、心の声ってやつだろ。


「あ、謝らなくてもいいって」


 俺はつい、口に出した。


(――こ、この人……優しい。わたしが虫がすっごく苦手なの、知ってたのかな? 前にどこかで会ったことのある人かな?)


 優しいかどうかはどーでもいい。


 が、前にもなにも会ってるじゃねぇか毎日な。


「いや、そうだったのか。そいつは……良いことを聞かせてもらったぞ勇者イズナ! ハーッハッハッハ! まさかテメェの弱点が虫だったとはな!」


 俺の中の悪役スイッチがカチッとオンになる。


 瞬間、抱きしめていた俺を突き放してイズナは目を開いた。


「あ、あなたは道化魔人アーク!? わたしのことを騙していたんですか?」


「別に騙した覚えは……ハーッハッハッハ! 見事に引っかかったな! さあ今日も恐怖と殺戮に彩られた楽しいデスサーカスの始まりだ!」


 用意してたわけでもねぇけど、こういうセリフがすらすら思い浮かぶ。


 向いてるのかもな、この職業。


 道化魔人が天職とか嫌すぎるぞ。


「ゆ、許せません。成敗します!」


 イズナが腰の剣を抜いたところで、空をマナ放送のウインドウが覆い尽くした。


「さあ、今日も楽しませてくれよ勇者イズナ! 敬愛する先輩の墓前で無様な姿は見せられないだろ?」


「も、もちろんです! 見ていてくださいラフィーネ先輩! イズナは勇者として勤め上げてみせますから。てやああああ!」


 気勢とともに声を上げ、イズナが俺に向かって踏み込みながら剣を振るった。


 顎を引き胸を反らしてその斬撃を紙一重でかわす。


 この回避はまぐれじゃない。


 敏捷性に自信もあったし、なにより魔王シルファーに同じ剣筋をたたき込まれたんだ。


 まぶたを閉じればそこに焼き付いてるくらいだぜ。


 イズナの唖然とする顔に、俺はぞくりとした。


 くっはーたまらん! 自慢の技を絶妙のタイミングで放ったのに、それを完全に見切られたわけだからな。


「そんな……今の一撃を避けるなんて……」


「こっちはもうテメェの初太刀は見切ってんだよ。進歩のねぇ攻撃ばっかしやがって。さぁて……お仕置きの時間だぜ子猫ちゃん」


 ゆっくりと上半身を起こしながら、俺は風に揺れる柳の枝のように身体を揺らした。


 こうすると、なんだか達人っぽく見えるからだ。


 もちろんお仕置きの手段など無い。


「さあどうする未熟な新米勇者? テメェの剣を受ければ受けるほど、俺はその剣筋を見切っていくぜ?」


 と、ブラフを張った。


 俺が避けられるのは首狩りの一撃だけだ。


 それでも威嚇には十分らしく、イズナは剣を構えながらも半歩下がった。


 マナ放送のコメントもざわついている。


 けどこいつ、目は死んでねぇぞ。


 イズナは俺を親の敵のように睨みつけると、左手を向けて手のひらを開いた。


「では、これならどうですか?」


 あっ……それヤバイ。


 無理。マジで無理。


「ごめんちょっと待ってタイム! やめよう! それはやめておこう!」


「デスブレスのお返しです」


 俺の説得にはまったく耳を貸してくれないらしい。


 イズナが吠えるように声をあげた。


「収束雷撃魔法!」


 俺はその場から横っ飛びしたが、俺の身体を絡め取るように、イズナの手から放たれた雷撃が追って来る。


 着弾そして感電。


 全身に衝撃が走り、かすかに焦げ臭さを覚えながら俺の意識は死の淵へとおいやられた。


 ああ、今回もアフロか。けど……大戦果だ。大収穫だ。


 目覚めるとそこは魔王城の赤絨毯の上だった。


 玉座には鎧姿のシルファーが、頬杖をついて俺の目覚めを待っている。


「おお、アフロにされてしまうとは情けない」


「そこは死んでしまうとはだろ。セリフにアレンジ加えてるんじゃねぇよ……ったく」


 俺は身体を起こすと立ち上がった。


 幸い、復活すれば黒焦げになった身体も素敵すぎて俺にはまったく似合わないおしゃれアフロヘアも、すべてがリセットされる。


 シルファーは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「すまぬな。剣術の稽古ならいくらでもつけてやれるのだが、我は雷撃は使えぬのだ」


 そういえば、前にも同じようなことを言ってたな。


「いいって。あ、ちなみにシルファーはどんな魔法が使えるんだ?」


 俺の質問に胸を張るとシルファーは言う。


「よくぞ聞いてくれた! 我が得意な攻撃魔法は風属性だ。真空波や竜巻などお手の物だぞ」


「そっか。じゃあ暑い時なんかは風で涼しくしたりできて、便利そうだな」


「貴様は我をなんとこころえる?」


 扇風機かな。まあ、魔王城は暑くもなけりゃ寒くもなくて快適だから、風を出してもらうこともねぇんだけど。


「時にアークよ。先ほどからずっとにやけておるようだが、何か良いことでもあったのか?」


「殺されて良い事なんてねぇって」


 と、言いながらも俺は心の中でうんと大きくうなずいた。


 例の“アタリ”スキルの正体をなんとなく、つかめた気がしたのだ。


 俺が得たのはたぶん「読心」のスキルだろう。


 検証はできないが、おそらく概要はこんな感じだ。


 発動条件は相手に接触ないし密着していること。


 そして“何考えてるんだこいつ”って、俺が思うこと。


 この二点だ。


 すると脳が圧迫されるような感じになる。最初は訳もわからず気持ち悪くなって、口からデスブレスが出ちまったけどな。


「……?」


 シルファーは不思議そうに首を傾げて俺を見つめた。


「どうしたんだ?」


「やはり、アークはなにやら嬉しそうに見えてな」


「気のせいだろ」


「そうか。ふむ、我の勘違いか」


 これ以上、シルファーは追及してこなかった。


 会話ならここで終わりだ。


 けど、もし相手の心が読めたらどうなる?


 こいつは使い方次第でとんでもない効果を発揮するものの、あっという間に人間不信に陥りそうなヤバイ力だ。


 相手が何を考えてるかなんて、知らなけりゃ良かったって思うことの方が絶対多いに違いねぇ。


 だから、素直にこの能力をシルファーには報告しづらかった。


 この力でこっそりシルファーの本音を聞き出してやろうなんて、下心も無くはないけど……。


 シルファーが何か秘密を抱えてるなんて、読心スキルがなくてもわかる。


 けど、こいつは俺が魔王軍にいるうちは、俺を仲間として扱ってくれる。


 信じてくれてる。


 もし俺に読心のスキルがあるとわかったら、シルファーは今まで通り俺に接してくれるだろうか?


 寛大な魔王は気にしないかもしれないが、やっぱり……俺が人間なせいか猜疑心の方が勝っちまう気がした。


 黙ってるのは魔王に対して裏切りだし、騙すようなことだけどな。


 卑怯で結構。


 道化魔人アーク様だもんな。


 だからせめて、下心に負けてこの力をシルファーに使わないよう、心がけようと俺は思った。



 夕食は本格的なインドカレーだった。つうか、バターチキンマサラなんて向こうでも数えるほど食った記憶もねぇぞ。


 ナンもモチモチで最高だ。


 辛さも俺の好みにぴったりだったし、ヨーグルトドリンクのラッシーまで飲めるとは思わなかった。


 けど、残念っつうか、今回の獲得マナは五千ほど。しめて手持ちの合計は十万と九千マナになった。


 うーん、何をしくじったんだ?


 やっぱあれか。マナ放送開始からの行動が評価の対象ってことになるのか? 


 それとも、マナ放送のコメントをざわつかせたのがまずかったんだろうか。


 いやいや、同じ倒され方だったのがいけなかったのか。


 けどまあ、今回はマナ以上の収穫もあったんだし良しとしよう。


 例の“読心”スキルのこともわかったしな。


「味はどうだ? スパイスは我が自ら配分し調合したのだが、辛すぎはしないか?」


「刺激的でうまいぞ。それに辛くてもラッシーを飲めばおさまるからな」


「そ、そうかうまいか! このチキンも食べてみるがよい!」


 すすめられた骨付きのタンドリーチキンも、肉がしっとりしていて骨離れもよくて、スパイシーだけどどこか上品な味がした。


 もうレストラン開業しちまえよ魔王様。


「今日は残念であったな。五千マナとは……少々しぶいのぉ」


 録画が始まったのは、俺が正体を明かしてイズナが剣を抜いたあとからだった。


 どうやらシルファーにも、マナ放送が始まる前のことはわからないみたいだな。


「今までができすぎだったんだって。五千マナだって最初と比べりゃ五倍なんだし」


「ふむ。アークが前向きに魔王軍の幹部として働いてくれて、我は嬉しく思う。ところで、今日もスキルの取得はせぬのか?」


 聞かれて一瞬ドキッとした。


「あ、いやその……まだいいわ」


「そうであるか。まあ、無理に投資をせず、こつこつ貯めておくのも一興だ。貴様のやりたいようにするが良い」


「なら、あとで中庭のモンスターを見せてくれないか?」


「ほぅほぅ。ついに魔物を率いるか。しかしアークよ……老婆心ながらあまりおすすめはできぬぞ。魔物は倒されればそれきりだ。スキルと違って残せぬからな。それに、魔物との戦闘で勇者が経験を積んでしまうだろう」


「そうか。勇者も戦えば強くなるんだな」


「左様。それに貴様のマナでは、あまり強力な魔物は使役できぬぞ」


「それなら大丈夫だ。心配するな」


「なんと心強い言葉だ。成長したなアークよ」


 チートじみた能力のおかげなんで、成長とは言えないけどな。


 必要なのは強いモンスターじゃない。


 重要なのは種族と数だ。



 夕食のあと、一端自室に戻ると俺はスマホを取り出した。


 まあ、電池のことはあるんでうかつに使わない方がいいんだが「グロい 虫」で、検索をかけることにして……画面の電池残量に俺の目は点になった。


 また100%だ。充電率が100%に戻ってる。


 前にも突然、回復したけど……あの時は……そうだ。


 あの時もアフロだった。


 そういうことかあああああああああああああああああああああああああ!!


 ありがとう雷の勇者イズナ!


 つうか、マジで戦う相手がイズナで良かった。


 初心者だし雷属性だし、俺たちバツグンに相性がいいんじゃないか?


 って、つい独りで興奮しちまった。


 どういう理屈かなんてわかんねぇけど、イズナの雷撃魔法を喰らうと充電されるみたいだ。


 まあ、シルファーがつけてくれた、なんでも入る魔法のポケットにスマホを入れておいてるから、あんな雷撃を喰らってもスマホが無事なのかもしれん。


 なので、戦闘中は絶対にスマホは出さないで置こう。


 こう考えると、明日から雷撃魔法を喰らうのが楽しみになってきたな。


 使い放題っていうより回復手段の発見なわけだし、無駄使いはできないけど、電池残量に怯えなくて済むってのは、かなり気持ちの上で楽になる。


 いつも通り、俺はポータルサイトを開いた。


 トップニュースは……中東の独裁国家が化学兵器を使用して自国民を虐殺したらしい。


 偶然かもしれんけど、この数日で暗いニュースがずいぶん増えたな。


 で、俺のことはといえば誰も気になどかけてくれてはいなかった。


 それから少しだけ検索して「グロい 虫」で画像を見たけど、あまりの気持ち悪さにセルフデスブレス寸前にまで追い込まれた。


 そして虫について理解した。


 何種類も用意するより、同じものを大量に、びっしりとそろえる方が、虫のキモさは倍増するのだ。


 方針が決まった俺は、猫執事モンスターにシルファーを呼んでもらうと、自室のある塔から降りて、魔王自慢のモンスターたちがひしめく中庭へと降りることにした。

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