第9話
自室に戻ると、ベッドの上で今日の出来事を反芻した。
俺がイズナを押し倒して不本意ながらもデスブレスの餌食にした結果、殴り殺されたとはいえ獲得したマナは十万マナだった。
しめて残高十万四千マナである。
前回ができすぎってこともあるが、それでも十万は大金ならぬ大マナだ。
これまでの戦いを思い起こすと、無抵抗に見せ場も無く首を刎ねられるよりは、何かした方が取得マナにも高評価がつくらしい。
となれば色々やってみるべきだ。
で――これはあくまで、まだ俺の想像でしかないんだが、もしかしたらマナ放送の実況の盛り上がりが、取得マナに関係してるのかもしれん。
百万マナの時は、勇者イズナが更衣室で着替えの真っ最中だったもんな。
コメントも大いに盛り上がったのだろう。
今回はさすがにマニアックすぎる展開だったので、こういう評価になったのかもしれない。
俺としては不本意な戦いをしたにしても、アレで十万マナになるんなら正直言って悪くない。
なのに、もうこの手は使えなくなっちまった。
魔王シルファーが「これからは勇者にゼロ距離転送はしない」とか、ぬかしやがったわけである。
理由を聞いても「精度の高い転送は疲れるからだめだ」って、そこは部下のためにも身を粉にして働きやがれよ。
しかし、さすがにいきなり目の前にでも転送されなきゃ、勇者に抱きついて押し倒すのは無理がある。
せめて背後から近づければいいんだが、魔王曰く「勇者がどっちを向いているかなんて、転送してみるまでわからぬからな」って、いやいや、ほとんどの場合で勇者の視認範囲に出てるんだが……。
打率高すぎだろ。
ともあれ、魔王の転送魔法による奇襲は難しくなっちまった。
せいぜいできることと言えば、転送の時間をずらして勇者側に有利な戦場を用意させないことくらいだな。
つっても正直、どんなシチュエーションで戦うことになるか、俺からすれば出たとこ勝負だ。
うーん、なんとかこっちで戦場を設定できんもんだろうか。
さすがに無理か。なんも思いつかん。
それに百万マナもかけて手に入れた“アタリ”スキルも、結局なにがなんだかわからんままだ。
こいつが解明できるまでは、スキル取得は一端やめておこう。
ベッドから身体を起こすと、執事猫モンスターにコップをもってこさせて、俺はコップに手をかざし意識を集中させた。
しびれるような、脳を圧迫される感触は変わらない。
なんか、今日の対決でスキルを使ってないのに、これに似た感覚があったような気がする。
って、集中を途切れさせてんじゃねぇよ! スキルってのは使えば使うほど鍛えられるんだ。
どんな些細なことでも基礎訓練は大事だからな。
基礎はおろそかにできんし、ばかにもならん。
それを怠ったばっかりに、取り返しの付かない大怪我をすることだってあるんだ。
だから集中だ。出ろ! オリーブオイル!
念じると、オイルが手からたっぷりしたたり落ちてコップにたまった。
そろそろ小さなコップじゃ溢れちまいそうな量だ。
昨日より少しだけ、壁を越えたらしい。
成長していることが実感できて、嬉しくなった。
コップを猫執事に下げさせて、手を洗うと今度はスマホを起動させた。
電池残量は80%だ。
こいつの充電が回復したのも、謎のままだったな。
まあ、この世界に来てからずっと、俺にとっちゃ不思議な事だらけだ。
けど、なにか充電されるようなきっかけはあったはずだし……。
うーん、わからん。
とりあえずブラウザアプリを起動して、ニュースをチェックした。
南米で火山が噴火して何万人もが被災したらしい。
なんか……向こうはろくなことになってねぇな。
俺が行方不明になったってニュースが報じられた気配もない。
それどころじゃないんだな、あっちは。
さてと……とりあえず「能力、気付く」あたりの検索ワードから始めてみるか。
俺はいくつかキーワードをとっかえひっかえしながら、自分の能力の見極め方を探る方法を探してみた。
結果、電池残量が60%になっただけだった。
めぼしい収穫は無しだ。
つうか、マジでわからん。
決まった答えがあるわけでもねぇし、自己催眠法とか使えねぇから無理だから! あと、気付く力がどうとか、自己啓発っぽいことばっかりが検索に引っかかった。
調べるのを切り上げて、俺は休むことにした。
まどろみながら、ふと窓の外を見て気付く。
魔王城を守るはずの落雷が小ぶりになり、その落ちる数も減っているように思えた。
翌朝――食卓に並んだのはなんと、白飯に焼き魚に漬け物……そして味噌汁だった。
「和食もできるのか!?」
魔王シルファーは不思議そうに首を傾げた。
「和食とな?」
見た目はほとんど和食のそれだ。
焼き魚も開いて干したアジだった。
「えっと、とりあえず……いただきます」
しかも箸じゃねぇか。
焼き魚の身を箸でそっと割ると、ふわっとした柔らかい湯気があがった。
食べると向こうを思い出す。
「ど、どうしたのだアーク。そのような顔をして。もしや口に合わなかったか?」
「そんなことねぇよ。うめぇよ。シルファーは魔王にしとくにはもったいないな」
「何を言うか。我ほど立派な魔王はおらぬぞ」
「そうだな……」
「元気がないな?」
「この朝飯、俺の住んでた所のと似てるんだよ」
「そうであったか。故郷を思い出させてしまったとは……悪いことをした」
「謝るなって。本当に美味いんだ。ああマジ美味い!」
言葉に嘘は無かった。
「そうか。もし嫌だというなら、こういった食事は作らぬようにするが?」
「飯のことは任せる。何でも来いだ! 実は最近、少し楽しみになってきた」
殺されてばかりだし、他に楽しみもねぇからな。
シルファーは魔王らしくなく、無邪気に笑った。
「では我にすべて任せるが良い。この世界にあるさまざまな食事を振る舞おうぞ」
「世界っていうと、そういやどれくらいの数の国があるんだ?」
「ざっと百は超えるであろうな。富む国も貧しき国も様々だ。それに国ごとに信ずる神も違えば争いもする……というのは昔の話。なにせ我ら魔王軍の力の前に、すべてひれ伏すことになるのだからな。人間同士争ってなどいられず連中も必死よ。ハッハッハッハ!」
誇らしげにシルファーは笑った。
領地を前の勇者に取られまくったっていうのに、笑ってる場合なのかよ。
「そうだ。地図を見せてくれよ。この世界全体の地図」
考えてみりゃ、いつも転送されてて、魔王城からどれくらい飛ばされてるのか全然わかんなかったもんな。
わかったからって何が変わるってこともねぇけどよ。
「良かろう。見るが良い」
シルファーが指を鳴らすと、俺の視線の先に世界地図が投影された。
それは……その形は俺が良く知る世界地図と一緒だった。
「お、おい! これ!? 本当にこの世界の地図なのか?」
「何を驚いておる。我が貴様を謀ったとでも思ったか」
「だってこいつは俺の世界の地図だろ!?」
たまたまそっくりだったなんて、ありえねぇ……けど、よく見ると少しだけ違う部分があった。
「なあ、この東京湾の先にあるこれ……島か?」
「東京湾? 聞いたことがないな」
「あ、ああそうだったな。えーと、この大陸の東にある弓みたいな列島の、さらに東の千葉県……って、行ってもわかんねぇか」
「そのあたりは王国であるぞ」
シルファーが指揮するように指を振るうと、日本列島が大写しになった。さらに画像が拡大していく。
「そして、王国の首都はここになるな」
東京と千葉県の境目付近の湾岸に点滅する赤い光が生まれた。
「たしか……そのあたりにあんのは……」
――某遊園地だ。
まあ確かに城もあるけど、どういう一致の仕方をしてやがる。
「どうした? きょとんとして。貴様も我が転送魔法によって、頻繁にこの辺りに飛ばされておるのだぞ」
つまり、俺が今まで勇者と戦ってきたのは、千葉県浦安市舞浜界隈だったってわけか。
異世界に来たのに関東から出られてないなんて、ある意味笑い話だな。
つうか、やっぱり偶然の一致とは思えねぇ。俺はシルファーをじっと見つめた。
「なあ、俺以外に召喚されたやつは、この地図を見て何か言ったか?」
「ふーむ、これまで地図を見たいと言った者はおらぬからな。貴様が初めてだ」
ったく、俺の他にもこっちに来てる奴がいるんなら、同じようなことを疑問に思ったりはせんかったのか。
ともかく、引っかかるのは海岸線の形だ。
俺はバカだけど、東京湾が埋め立てて造られたことくらい知ってる。
別に地図オタクじゃねぇから詳しいことまではわかんねぇけど、シルファーの出した地図の東京湾の海岸線は、綺麗に整備されていやがった。
「この世界でも、湾を埋め立てたりするのか?」
「はて、埋め立てるとはどういうことだ?」
逆に質問されちまった。
シルファーには俺の質問の意図がきちんと伝わってすらいないらしい。
短い付き合いだが、魔王は結構素直で正直なところがある。俺に聞かれたくないことを質問されると、割と焦るんだよな。
今のシルファーのリアクションには、そんな雰囲気が微塵も感じられん。
「まあいい。いや、良くないけどそのことはいったんおいておこおう。で、この東京湾の南にある島……こりゃなんだ?」
「なにと聞かれても、そこが魔王城のある我らが本拠地ではないか」
「魔王城って王国の目と鼻の先にあんのかよ!?」
どんだけ近いんだよ。いつ魔王城を攻められてもおかしくないじゃねぇか。
「なに安心するが良い。雷鳴と海流によって、人間の軍勢など寄せ付けぬようになっておるからな。ただし、成長した勇者であればそれらも乗り越えてくるやもしれぬが……」
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫でなければ、とうの昔に魔王軍は滅んでおる」
そいつはごもっともで。
ともかく、謎ばっか増えちまったけど、まずはしっかり朝飯を食って、今日も勇者に挑まなくちゃな。
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