第7話
7.なに怒ってんだかマジわかんねぇ
今夜の夕食は……カップ麺だった。
こっちの世界にカップ麺があることにも驚いたが、それ以上に料理好きな魔王が手抜きな夕飯を作ったことが解せない。
「夕飯これだけなのか?」
「不死者は食わねど高楊枝と言うではないか!」
日本のことわざもじってるんじゃねぇよ。
いや、こっちの世界にそういう言い伝えだのがあんのかもしれんけど。
「なあ、なんでさっきからそんなに怒ってるんだよ」
「アークよ。我は悲しいぞ」
「なんで?」
「自分の胸に問いかけて見るが良い」
そっと胸に手を当てて俺は考えた。
心臓の鼓動は感じられず、シルファーが不機嫌な理由も、ぱっと思いつかない。
さらに深く考えてみると、このところの戦闘に比べれば、今日のは室内だったしギャラリーもいなかったな。
それと撲殺された。それくらいだ。
「撲殺されたのがまずかったのか?」
「違う! あ、あんな……着替え中を襲うとは……いかに悪辣非道な魔王軍の狂犬である道化魔人アークとはいえ、やって良いことと悪いことがあるぞ!」
「相手が戦闘準備を整える前に、奇襲を仕掛けたってだけじゃねぇか。失敗したのがまずかったのか?」
「し、失敗は成功の母であるし、そういうことを言っているのではないのだ!」
「いったい何がそんなに気に入らないんだよ?」
シルファーが耳の先まで顔を真っ赤にさせた。
「わ、我の裸には興奮できぬのに、貴様は……貴様という男は勇者イズナのあのイカのような身体を一心に見つめていたではないか」
「はああっ!?」
「ロリコンめ」
「違うからな。そういうんじゃないからな! だいたい着替えてたのは偶然だろ」
シルファーは困ったように眉を八の字にさせた。
「それに、手から媚薬を出すなど……」
「ああ言えばイズナが怯むと思ってブラフを張ったんだ。オリーブオイルしか出てねぇよ」
「そ、そうだったのか。そうかブラフか……すっかり騙されたぞアーク! この知将め!」
「敵をだますには味方からっていうからな。味方すら欺くほど秀でたブラフなら、敵はすっかりだまされるってわけだ」
「なるほど。さすが異界から召喚されし者の英知だな」
誤解が解けたらしく、シルファーの表情が和らいだ。
つうか知将っていうのは、計略で相手を翻弄する奴のことを言うんだろ。
俺のやってることは破廉恥の恥をとった恥将レベルだ。
カップ麺をフォークですくい上げて啜りつつ、俺は聞いた。
「ところで今日の俺が撲殺された映像は無いのか?」
「あ、あのような映像は目の毒だ。処分させてもらった」
おそらく死因云々よりも、イズナの下着姿を俺に見せたくないみたいだな。
別にアレを見て勇者に魅了されたなんてことはないんだが。
テメェは俺の母親ですか魔王様。
「イズナの下着姿はダメで、俺の首が跳ぶのは目の毒じゃないっていうのかよ……」
「そ、そうではないが……その……」
もじもじとうつむくシルファーに、魔王の威厳は欠片も感じられない。
つうか、こいつ自身はもっと奔放な性格だと思ってたんだけどな。
俺を風呂に引っ張り込んだり、裸を見せるのに恥じらいもないし。
本人は少しはあるとかいうけど、信じられん。
黙り込んだシルファーに俺の方から聞いた。
「それで、今日の稼ぎはどんなもんだ?」
生存していた時間も短かったし、期待はできないだろうな。
「まあ焦るでない。まずは貴様の能力だ」
空中に俺のパラメーター図が浮かんだ。
これまでの俺の数値と、今の数値の図が重ねて表示される。
相変わらずの敏捷性極振りなのだが、前回よりも体力が若干向上していた。
「なんか、体力が増えてないか?」
「死因が撲殺だったからな。一撃死には違い無いが、影響が出たようだ」
なるほど。
こういった細かい積み重ねをさせないために、勇者は首狩り族になったってわけか。
死ぬのは痛いが怖くない。
能力アップにはむしろどう死ぬかってことが重要になってきそうだ。
再びシルファーは黙り込んだ。
「で、マナはどうなった?」
「それはまた今度で良かろう」
「良くねぇよ。行動の評価がどう下されるのか知る権利があるだろ」
「言いたくない!」
「言えよ管理職! こういうことも魔王の責務じゃないのか?」
「それを言われると辛いのだ。言ってくれるなアークよ」
シルファーは泣きそうになった。
「なんだよ。そんなに少なかったのか?」
一回の死亡で千マナにはなるっていうけど、それを下回ったんだろうか。
シルファーは声を震えさせた。
「ひゃ……百……」
「百マナ? うわぁ……マジか」
「百万……マナ」
「そうかそうか百万……え?」
「百万マナは稼いだぞ……道化魔人アークよ」
「急に桁がおかしくなってないか? どういう基準でそうなるんだよ!」
「し、知らぬ! だが、事実なのだ。見るが良い」
シルファーは胸元から俺のマナを取り出した。
昨日まで赤く弱々しい光を灯してたマナが、黄色の柔らかい光を放っている。
「百万飛んで四千マナほどだ」
ともかく理由を考えるのは後にしよう。
今はこのマナの使い道だ。
「スキルはどうなった? 何が選べる!?」
「一万マナコースと十万マナコースと百万マナコースで、まずは選択せよ。ただし選択してしまえば、何が出ても選ばねばならぬからな。退くことも勇気と知るが良い」
うおおおおおお!!
迷う! 一万マナのスキルが牛乳一気飲みとオリーブオイルだろ。
十万マナになれば、その十倍の価値がある奇跡の力が手に入るのか?
百万のスキルってどうなんだ?
勇者みたく雷撃とか、手から出たりしちまうかもしれんな。
いや落ち着けまずは情報収集からだ。
「質問だ。十万マナのスキルは一万マナよりも十倍価値があるものなのか? それとも選べる選択肢が増えるのか?」
「焦るでない。我がこれまで見てきた限り、基本的には二択となる」
つまり、払ったマナが分散するようなことは無く、払っただけの価値があるスキルが発現する公算がデカイってわけだ。
「値段なりに良いスキルが手に入るみたいだが、俺の能力不足で使えないってことはないだろうな?」
いわゆるレベルキャップって奴だ。
ゲームだと途中でレベルに見合わない強力な武器を手に入れても、装備レベルに達していないので宝の持ち腐れになったりするからな。
「基本的には使える能力が発現するであろう。ただし精神消耗の負荷も相応になるということだけは心せよ」
より強力なスキルほど消費MPもバカにならないってことか。
「例えば一万マナのスキルを一日に十回手に入れることは可能か?」
「スキルの取得は一度の死亡につき一回までだ。貴様は毎日死んでおるからチャンスが多いが、成長すれば死に難くもなりスキル取得の機会は減るであろう」
「死なないにこしたことはねぇが、スキル更新の機会は成長するほど減るってか。自殺じゃダメなのか?」
「勇者かその仲間に殺されなければ、スキル更新の機会はできぬのだ。更新機会のストックもできぬからな」
そういうことはもっと早く言え……って、その時に言われても俺が理解できないか。
つうか、いきなり百万マナも手に入ったせいだな。
色々順番をスッ跳ばした感がある。
まあ、今思いつく限りで聞けることを聞いておこう。
「スキル更新で前のスキルに上書きされて、勝手にスキルが消えるってことはないだろうな?」
「安心せい。憶えたスキルは成長はすれど忘れたりなどはせぬ。取得数の上限も無い。ただ、不要なスキルを消したいというのであれば、我が消してやろう」
俺の質問にシルファーはテンポ良く返す。
魔王としてしもべに説明することってのは、割とテンプレートで決まってたりするものなのかもしれない。
あらかた聞きたいことは聞いたな。
さて、スキル取得をどうするか。
この際、マナの温存は考えない。
とっておくメリットが、今の俺の頭じゃ思い浮かばなかった。
出し惜しみは無しだ。自分に投資する方が取得マナを大きくできるチャンスも増える。
やれることを整理してみっか。
日数をかけて一万マナのスキルを複数ゲットは、器用貧乏になりかねない。
百の技を持つってのはちょっとかっこいいけどな。
全身の毛穴から、百種類の調味料を自在に出し分けられるようになる可能性だってあるんだ。
食卓に俺一人あれば、醤油も味噌も塩もコショウもラー油もお酢も、オリーブオイルだってかけ放題。
マヨネーズにケチャップにマスタードだってお手の物……って、俺はなにになりたいんだ!
百の技を持つってのは却下だな。
リアルな話、俺自身百個憶えても大半を忘れちまいそうだ。
いくつもの中から使えるスキルを厳選できるってのは魅力だけど、とはいえ厳選したところで一万マナクラスのスキルは価格なりだ。
ゲームの武器だって、レベルが上がって一クラス上のものが装備できるようになれば、それまで使ってたレア武器もクラスが上の普及品の性能に、普通に負けたりするわけだし。
マナの使い方について、中庸っつうかバランスで行くなら配分が重要になる。
十万マナのスキルをゲットして、残り九十万マナを中庭のモンスター購入費にあてる……のも悪くないか。
だが、モンスターは消耗品だ。
なら、十万マナのスキルを十日かけて十個取るのもありだよな。
十回死ぬけど。
百回よりマシだが、どうせなら死ぬ回数は減らしたい。
となるとまあ、こういう時はやっぱ……一番高いスキルを買うよな。
「シルファー。百万マナのスキルを選ばせてくれ」
「本当に良いのかアークよ? 簡単に決めてしまって……一万マナのスキルとは訳が違うのだ」
「ああ。覚悟は決めたぜ」
「では貴様が今、取得できる百万マナのスキルを表示してやろう」
シルファーが指を鳴らすと、俺の目の前に二つの表示が浮かび上がった。
「な、なんだよこれ」
A:復活能力(自身)
問題はもう一つの方だ。こちらは表示の枠線が豪華に装飾されていた。
B:????
って、表示がバグっちまっていやがる。
「おいシルファーどういうことだこれは?」
「おお。これはアタリというものだな」
「アタリだと?」
「滅多に出ないのだが、より上のクラスのスキルの可能性があるのだ。一千万マナ級かもしれんし、かといって百万マナの価値の保障もない。それに、どのようなスキルかはわからぬから、お主が気付くまでは宝の持ち腐れになるやもしれぬな」
「じゃあ、復活能力(自身)ってのはなんだ?」
「書かれていることから推測するよりほかないのだ。存分に思考を巡らせ察するが良い」
俺の印象だと、復活ってのはたぶん、現場で一度甦る権利が得られるってことだろうな。
なにせ毎回勇者に殺されては復活してるんだ。
それ以外の復活っていうと他に考えられない。
わざわざ(自身)ってつけるくらいだから、他者や手駒モンスターには使えないんだろうな。
これは悩む。
復活スキルは今の俺の手にこそ余るかもしれんが、将来的にはここぞという局面で、やり直しが利くっていう超優秀スキルだ。
得体の知れないスキルよりも、よっぽど実践的って気がする。
けど、一千万マナ級のスキルか。
手からオリーブオイルが出るスキルの千倍だもんな。
ゴール地点までが描かれた地図にある道と、地図にない道。
もう後戻りはできず前に進むしかない。
「Bだ」
「なるほど。我はアークのそういう所、嫌いではないぞ」
「うっせえテメェに好かれたくて選んだんじゃねぇよ!」
「そう邪険にしなくとも良いではないか。やはり夕飯の手抜きを怒っておるのか? では明日は何があろうとアークの食べたいものを作ってやるぞ。なんでも申すが良い。も、もちろん食べたいのが……わ、我というような冗談は困るがな!」
口ごもって顔を赤くさせる魔王に、俺はがっくりうなだれた。
「なんで赤くなってんだよテメェは!」
「別に赤くなどなっておらぬ! それでは儀式を始めるぞ。道化魔人アークよ、魔王シルファーの名において貴様にスキルを与えよう」
シルファーが指で選択肢Bを引き寄せると、それに触れる。
そこに黄色く光る俺のマナを選択肢のウインドウに落とした。
マナが溶けて消える。
「儀式は無事済んだぞ。どうだアークよ? 未来が見える目でも手に入れたか?」
「んなわけ……いや、可能性としてはあるんだよな。どういったスキルかわからないなら、色々試してみるしかないわけだし」
俺は目に意識を集中した。
見えろ見えろ見えろ! 未来よ見えろ! 息を止めて集中……集中だ。
「顔が真っ赤だぞアークよ」
「ハァ……ハァ……う、うるせぇ! たぶん目じゃねぇよ。スキルを使った時の、頭ん中を圧迫されるような感じはしねぇし」
単に呼吸を止めて苦しくなっただけだった。
自分にはもしかすれば一千万マナ級の力が宿ってるかもしれない。
けど、そいつがなんだかわからないから活かせない。
才能があるかもわからない自分を信じるよりは、必ず何かあると信じられるだけマシだけど、こいつはもしかしたら選択を間違えたかもしれんな。
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