第5話

 翌日――。


 俺は勇者イズナの目の前に転送された。場所は古代ローマのコロッセオみたい

な円形闘技場のど真ん中だ。


 イズナはすでに剣を抜いていた。


 空を見上げるとマナ放送が始まっている。


 俺の登場に、さっそく罵詈雑言が飛び交っていた。


 一つ二つ、俺へのねぎらいの言葉とか応援メッセージがあってもいいだろ。


 って思った矢先にそれらしいコメントを見つけた。


 “いい加減、もう少し粘れ”……だと?


 応援っつうよりも、同情じゃねぇか。余計に腹立つわ。


 イズナは切っ先を俺に向けた。


「なぜあなたは甦るのですか? 勝てないとわかって戦いに挑むなんておかしいです」


「こっちだってやりたくてしてんじゃねぇよ。つうか、今日は問答無用じゃないんだな?」


「あまりに早く決着がついてしまうと、応援しがいがないと国民からご意見いただいたんです」


「そっか。じゃあちっとは手を抜いてくれるんだな?」


「それはできません」


「なあ、なんでお前みたいなちんちくりんが勇者なんだ? 学校の成績が良かったからか? 性格的には向いてないだろ」


「せ、性格って……あなたにわたしの何がわかるんですか?」


「めっちゃビビリだろ。それにぺちゃぱい」


 と、言った瞬間、イズナの顔が真っ赤になった。


「き、気にしてるの、なんでわかったんですか!? まさか、あなたのスキルは読心術!?」


 ビビリとぺちゃぱい、どっちを気にしてるんだ?


 どっちもか。まあいい。


「おう、そうだとも! テメェの恥ずかしい心の中の秘密がどんどん読めるぞ。

ほっほーう。そうかそうか。なるほどなぁ……そんな趣味があったなんて」


「や、やめてください! わたしの心をのぞかないで!」


 いや、ぜんっぜん心なんて読めないんだけど、からかうとおもしろいなこいつ。


 空に視線を向けると、秘密暴露しろみたいなコメントが流れてやがる。


 こいつら勇者をなんだと思ってるんだ? アイドルか何かと勘違いしてるのか。


 いや、勘違いもなにも……この世界にとって魔王軍と勇者の戦いってのは、娯楽なんじゃないか?


 まさかとは思うが、マナってのは視聴率とか動画の視聴回数みたいなものだったりしてな。


「ラブレター事件かぁ……」


「ひいぃ! そ、それだけはやめてください。でないと首をはねます!」


「言わなくてもはねるだろうが」


 適当に言ったのに、うまくイズナの思い当たるふしを突いたな。


 おっ! マナ放送のコメントが炎上してやがる。


「もう許せません! 悪は成敗します!」


 イズナが剣を構えて突っ込んできた。


 踏み込みはまるで俊敏な肉食獣だ。


 飢えた虎が襲ってくるような気迫だが、俺は後ろに跳んだ。


 おお……うまく跳べてる。


 イズナとの間合いが十分にとれたおかげで、初撃を回避できたぞ。


「っしゃああああああああああああああああ!」


 思わずガッツポーズしながら声を上げた。


「逃げるなんて卑怯です!」


「卑怯で結構! こちとら道化魔人のアーク様だ! まともに戦ってたまるもんかよ!」


 と、調子に乗ってバックステップしまくってたら、円形闘技場の壁際まで追い詰められた。


「もう逃げられませんよ?」


 右か左か。


 ――跳ぶならどっちだ?


 俺は死んでも復活するんだ。


 痛いってのが致命的にやっかいだが、何もしなくたってどのみち殺される。


 思い切って右に転がるようにした。


 イズナの剣が、俺の首の高さを水平軌道で斬る。


 二回目の回避もうまくいった。


 そのまま壁沿いを俺は走る。


 壁にいくつか設置された城門みたいな扉は閉め切られていて、逃げ場はない。


「待ってください!」


「待つかよボケェ!」


 俺は走った。


 闘技場は円形というよりも、トラック競技場に近い楕円形だ。


 足下は砂だ。


 この走りながら体重を傾け、弧を描く感じを俺は良く知っている。


 二百メートル走だ。


 カーブは正直、あんまり得意じゃないんだけどな。


 それでもぐんぐん加速する。


 振り返ると……イズナは追走してきてやがった。


 あいつ、俺と同等に走れんのかよ。


 ああ、けど……ちょっといいなこの感じ。


 シルファーに取り上げられたはずの心臓が、胸に納まってるように思えてきた。


 動悸が早まる。呼吸も荒い。


 けど……楽しいな。


 何周だってしてられそうだ。


 マナ放送のコメントは、逃げるな戦えの大合唱だった。


 知るかよバーカ。


「はっはっは! どうだ勇者イズナ! 俺には追いつけまい!」


 振り返るとイズナは足を止めていた。


 なんだあいつ? もう諦めたのか。


 俺はコーナーを回る。


 すると、足を止めたかと思ったイズナは、その場で直角に進路を変えた。


 俺がコーナーを曲がりきったところに飛び込んでくる、インターセプトコースだ。


「コース通りに走らないなんて失格だぞテメェ!」


 俺が叫んだ時には、イズナは俺の側面から飛び込みながら剣を振るっていた。


 視界が勢い良く宙を舞う。


 切り離された俺の身体は、頭がなくなってもしばらく走り続けた。


 夕飯は豚肉を香辛料の利いた独特のタレで煮込んだものだった。


 ゆっくりことこと長時間かけて煮込まれたそれは、素材の良さも手伝って、それこそ歯が無くても食べられてしまいそうなほどに柔らかく、煮込みすぎてぱさついたりなどしていない。


 付け合わせのマッシュポテトとの相性も絶妙だ。


 魔王、マジで料理上手すぎるだろ。


 シルファーが本日の録画を見るなり、愉快そうに笑う。


「ハッハッハ! すごいではないかアーク! 二度も勇者の攻撃をかわすとは恐れ入ったぞ」


「へいへい。そりゃどうも」


 シルファーはフォークをびしっと俺に向けた。


 あんまり行儀は良くないな。


「もっと自信を持つが良い! 本日の命を賭した激走により、貴様の敏捷性は格段に成長したようであるぞ。それに驚け! なんと今日だけで五千マナが加算された」


「ご、五千ってマジか!?」


 ちょっと逃げただけで五倍かよ。


 ずいぶんおおざっぱだなマナってのは。


「ただ斬り殺されるだけでは、こうはいかぬからな」


 シルファーが指を鳴らすと、録画のそれとは別に空中にステータスウインドウが開いた。


 敏捷性がさらに伸びている。


 というか、それしか伸びておらず、チャートはかなりいびつになっていた。


「なあ。この前、知力も上がったんだろ?」


「上がりはしたが敏捷性ほどではないな。誰にも適性というものはある」


 ビビリな勇者に料理が得意な魔王ってのも、ある意味ミスマッチな適性だとは思うんだが……。


 シルファーは続けた。


「それにアークよ。やはり勇者との実戦というところが大きいぞ」


「なるほど。独りで調べ物するよりも、勇者とやりあってる方が得るものはデカイってわけだ」


「なにごとも一人より二人だ。食事だって一人では味気ないが、貴様がいるというだけでこんなに楽しい気分になる」


「俺のことをオモチャか観察用の珍獣とでも思ってんのか?」


「そ、そのようなことはないぞ! 魔王軍の大切な仲間だ。仲間は家族も同然であるからな」


 その家族を毎日死地に送り込むなよ。


 っと、言いかけたが止めた。


 シルファーの言葉に嘘やごまかしは感じない。


 見え透いたうわべだけの嘘には敏感なんだ。


 俺に対して最後まで正直だったのは「もう走れない」と宣告した医者だけだったからな……。


 シルファーはじっと俺を見つめて顔を赤くさせた。


「な、なんだよ……」


「仲間は家族などと、我ながら恥ずかしい事を言ったと内省しておるのだ」


「全裸でも恥ずかしがらないくせに、変な所で恥ずかしがるんだな」


「あれとてまったく恥ずかしくないわけではないのだぞ」


「じゃあ少しは恥ずかしがれよ」


「不可抗力であるぞ。たまたま……貴様の復活の時刻と風呂の時間がかぶってしまったのだ」


「まったく。魔王らしくないっつうか……魔王一年生ですかテメェは」


「…………」


 冗談めかしたらシルファーは黙り込んだ。


 もしかして……図星?


 一瞬の沈黙から、シルファーは笑顔を作った。


「ほれ、料理が冷めてしまうぞ。たんと食せ」


「お、おう」


 少し慌て気味に俺は料理を口に運んだ。


 食事のあと、風呂に入ることもできるんだが……正直、生き返るのと同時に身体が新品にでもなったみたいになるので、風呂に入る必要性を感じられなかった。


 で、まあ……夜の過ごし方も工夫しようと思う。


 執事猫に「何でも良いから本を持ってこい」と命じたところ、猫は俺を部屋から連れ出した。


 魔王城の中は迷路みたいで、少しでも脇道に逸れると入り組んでいて、わからなくなる。


 城内で遭難とかあり得ない話じゃない。


 まあ、勇者が攻めて来た時のために、魔王城は迷路になっていてトラップやらなんやらでいっぱいなんだろう。


 そんなこともあって、大人しく猫につれてこられた一室は、平たく言えば書庫だった。


 部屋に入ると魔力で光が灯る。


「ああ、何でもって言ったが……ありすぎだろ」


 視界の利く限り、ずらっと本棚が並んでいた。


 高校の図書室なんか目じゃねぇな。


 適当に一冊手にとってみたが……なんだこりゃ?


 文字がさっぱり読めない。


 肩を落とすと背後から急に名前を呼ばれた。


「アークよ。読書か?」


「び、びっくりするだろ。いきなり話しかけんなよ」


「おお、すまんすまん。しかし、ここにある本を読むには貴様の知力では足りぬだろうな。それに中には読む者を物語の中に閉じ込めてしまう、呪われし書物などもあるのだ」


「そいつは恐ろしいな」


 と、棒読みっぽく俺は返す。


 今の自分がまさにそれと同じような状況だ。


 まるでゲームかマンガの世界だもんな……ここは。


「あまりの恐怖に感情さえ失ったか」


「あーはいはい。そうだよ」


「ところで、調べ物の続きか?」


「スマホは電池切れになったら終わりだからな。夜は他にすることもねぇし。寝るまでに本でも読んでりゃ、少しは能力も上がるって思ってな」


「殊勝な心がけではないか! 我は感動しておるぞ」


 シルファーは涙目になった。


 感動屋な魔王っていうのも、なんだかなぁと思う。


「けどまあ、読めないんじゃ仕方ねぇし。そもそも、どんな内容の本がどこの棚にあるのかすらわからんからな」


 シルファーはそっと腕組みをした。


「例えば何が知りたいのだ?」


 言われてみれば、特に決めて無かったな。


 今、知りたいことといえば……。


「剣の避け方だ」


「勇者イズナの剣ならば、二度も避けたではないか」


「まあ、そうだが……相手は人間なんだ。同じ手は何度も通じないだろ」


「確かに貴様の言う通りだ。ではこうしよう。剣を避けるではなく受けるのだ」


「受ける?」


「貴様ほどの敏捷性があれば、十分に反応できよう。我が剣の稽古をつけてやる」


「お前、剣も使えるのか?」


「同じ刃物なら包丁の方が得意だがな。いやいや安心せい。刃引きした剣を用意してやろう。準備が出来たら裏庭に来るが良い」


 そういうと、シルファーは書庫から出ていこうとした。


「お、おいちょっと待て! 勝手に決めんなよ!」


「一人で学ぶより二人の方が得るものも大きかろう」


 言い残して彼女の背中が魔王城の廊下の闇へと消えていく。


 まあ、読めない本の背表紙を眺めてるよりはマシか。


 モンスターが待機している中庭とは反対側に裏庭はあった。西洋式の庭園だ。


 厚い雲に覆われた夜空の暗さを補うように、中庭を魔力灯の光が照らす。


 魔王は甲冑姿でもローブ姿でもなく、軽装の剣士のような格好をしていた。


 なかなか様になっている。


 つうか、魔王の装束や甲冑よりも似合っているようにすら見えた。


「これを使うが良い」


 シルファーは鞘に収まった剣を俺に投げてよこした。


 慌ててキャッチするとずっしり重い。


 ゲームよろしく片手で振り回すのは無理だな。


 筋力も体力もそこそこと思ってたけど、どうやら俺のステータスは敏捷性に極振りって考え方でいいのかもしれん。


「よし。では行くぞアーク」


「ちょ、ちょっと待て! 剣の握り方くらい教え……」


 シルファーが地面を蹴ると一気に踏み込んできた。


 その鋭さは……勇者イズナ以上だ。


 そしてその剣筋はイズナのそれとうり二つだった。


 俺の首元でシルファーの刃がぴたりと制止する。


「ふむ。ちと速すぎたか」


「速いもなにも、反応できるか! イズナより速いじゃねぇか!」


 そっと剣を引くと、シルファーは首を傾げた。


「なんだ、きちんと見えているのだな。なかなか良い目をしておる」


「つうかよ。勇者そっくりの斬り方なんだが……」


「そ、そうか? 我は魔王だからな。未熟な勇者の剣技の再現など造作もない」


 この身に何度も喰らってきた俺だからわかる。


 基本は勇者イズナと同じだけど、シルファーの方がより流麗でよどみなく洗練された動きだった。


 こいつ、魔王だけあって普通に強いんだな。


「では少し抜いてやろう。これより同じ軌道で百本ほど打ち込むので、貴様なりにその剣で応じるが良い。ただし、仕掛けるタイミングはこちらで決める」


 対峙した状態でいつ跳んでくるかわからんシルファーに、反応しろってのか。


 瞬発力勝負だな。


 それを百回……持久力も問われるわけだ。

 他にやることもねぇしな。

 やってやろうじゃねぇか!


「これで百だな」


「ぜーはー……お、終わった……」


 俺は全身汗だくで土まみれになっていた。


 腕はしびれて感覚が無い。ダンベルみたいな重さだけが残っている。


 手のひらはすっかり豆だらけだ。


 シルファーの攻撃を受け切れたのは十回あるかないか。


 あらかじめ首のあたりを守るようにしていると、魔王は斬り込んでこない。


 で、剣の重さに耐えかねてちょっとでも力を抜いた瞬間に、シルファーは踏み込んでくる。


 だから「ずっと防御姿勢」作戦には早々に見切りをつけるしかなかった。


 それからはもう、サンドバッグ。


 刃の無い剣同士がぶつかり火花を散らす度、俺はシルファーの膂力に押されて盛大にこけた。


 何度となく転ばされ、そのたび立ち上がったが……さすがにしんどい。


 地面に大の字になったままの俺の顔をシルファーがのぞき込む。


「大丈夫かアーク?」


「もうちょっと手加減しろや。素人舐めんな」


「これより手を抜いては訓練になるまい」


 おかげで剣の軌道だけは網膜に焼き付いたぜ。


 ただ、軌道がわかったところで問題は俺の身体の方にある。


 反応できても、重たい剣を自在に動かすのは難しい。


「なあシルファー。もっと扱いやすい短刀みたいなもんは無いのか?」


「あるにはあるが、良質な武装も魔物と同じだ。マナを消費しなければ与えられぬ決まりになっておる」


「貯金全部つぎ込めばどうだ?」


「九千マナといったところだが、その剣と大してかわらぬな」


「ならこいつで十分だ」


 クソ重たい鉄の棒みたいな剣でやるしか無さそうだな。


「さあ、立つのだアーク」


 剣を鞘に納めてシルファーは俺に手を差し伸べた。


 正直、立たせてもらわないと立ち上がれそうになかった。


 遠慮無く腕を掴む……と、シルファーの方が地面に足を取られた。


「おっと、どうやら訓練で地面が荒れてしまったらしい」


 俺の顔に胸を載せてのしかかりながらシルファーは言う。


 わざとこけたんじゃないだろうな?


「とっとと退けよ! 少しくらいは羞恥心もあるんだろ!」


「不可抗力であるぞ」


 ああ、こいつ……あれだけ打ち込んだのに汗の一滴もかいてねぇ。


 髪の毛から花みたいな良い匂いがするぞ。


 クンクンハスハス……って、俺は変態か。


「しかし、足を取られるほど地面が荒れるとはな。それほどに気合いの入った訓練であったというわけだ。久しぶりに身体を動かせて、我も充実したぞ」


 仕切り直しとばかりに立ち上がり、シルファーはもう一度俺に手を差し伸べる。


 今度こそ立たせてもらうと、シルファーは俺の手を握ったままだった。


「離せよ」


「いや、このまま風呂に行こう」


「はあ?」


「貴様、ずいぶんと汗臭いぞ。濡れた獣のような匂いをふりまかれて我が城を闊歩されてはかなわぬからな」


 ふりほどこうとすると、細腕にまったく見合わない腕力で俺は手首を掴まれて……そのまま風呂場に連行された。


「さあ、脱ぐが良い。それともいつもの方法で脱がせようか?」


 いつものって、服を爆ぜさせるアレだよな。


「わ、わかった。脱ぐから!」


「では、我も脱ぐとしよう」


「一緒に入るのかよ!」


「当然だ。その方が効率も良かろう。そうだ! 今日は背中の流し合いをしよう!」


「羞恥心はどこいった?」


「少しだけあるのだ」


「これじゃ無いのと一緒だろ」


「よ、良いのだ! 貴様はその……か、家族の一員なのだから。それに我が直々に特訓してやったのだぞ。恩には奉仕で報いよ」


「それも規則なのか?」


「規則ではないし罰則も無いが、それが人の道というものだろう?」


 魔王が人の道を説くなっての。


 とはいえ、結局、飼い犬を洗うが如く俺は魔王シルファーに背中を流され、そして彼女の背中を流し返すことになってしまった。


 正面を向かれるよりはよっぽどマシだが、それにしても……魔王っていうわりには、背中に蝙みたいな羽根もなければ、悪魔じみた尻尾もねぇ。


「どうした? 手が止まっておるぞ。我の背中やうなじに欲情したか?」


「す、するかよ」


 冗談っぽく楽しげなシルファーが何を考えてるんだか、さっぱりわからん。


 こいつは俺をどうしたいんだ。まったく……。


 先に言っておこう。


 成果の出ない努力ってもんがある。


 努力しても実らないなんてことは、結構ざらだ。


 けど、たった一度の修練にも関わらず、昨晩の特訓は実を結んだのだ。


 本日の勇者との戦いの舞台は、人一人が通れるかどうかという細い石橋の上だった。


 背後は霧に覆われている。


 ご丁寧に「この先工事中」の看板まで置いてあった。


「退路無しとかいじめかよ!」


「前回、逃げ回られたからです。ここなら逃げられません」


「そのうち二人きりで密室に閉じ込められたりするんじゃないか?」


 俺が叩いた軽口に勇者イズナは頬を赤らめた。


「も、問答無用です!」


 イズナが得意の首狩りスタイルで踏み込んで来る。


 俺は剣を抜いた。


 ぴったりのタイミングで刃を打ち返す。


「――ッ!?」


 イズナが目を見開いた。


 俺はといえば、剣を受けた衝撃で手の豆が潰れたのがわかる。


 それでも柄を握る手に力を込め直した。


「残念だったな勇者イズナ! お得意の攻撃はもう俺には通じねぇぜ!」


 ちょっと軌道を変えられたらおしまいなんだが、はったりでもイズナがビビれば十分だ。


「そ、そんな……パリィされるなんて」


「あん? パーティーがなんだって? 攻撃を防げるようになった俺に祝賀会でも開いてくれんのか?」


「パーティーじゃなくてパリィです。剣を弾く技のことです」


「知ってんよそれくらい。何熱くなってるのかねぇ、このちびっ子つるぺた勇者は」


「ひ、ひどいです! 特に後半がひどすぎます」


 事実を述べたまでだがな。


 あー、おちょくると楽しいわこいつ。


「まあひどいことすんのが仕事だからな。ほーれほれ。もっと打ち込んでこいよ?」


 別の剣技を使われたなら、そいつもすぐにとは言わんが、そのうち憶えて防いでやる。


 特訓の度にシルファーの風呂に付き合うのは仕方ないが、なんでか知らんが勇者の技をシルファーは再現できるみたいだしな。


「もう絶対に……許しません!」


 イズナが剣を降ろすと左手を開いて俺に向けた。なんだ? 斬りにこないのか?


「収束雷撃魔法!」


「――へっ!?」


 俺が間抜けな声をあげた瞬間、イズナの手から雷光がほとばしった。


 剣を構えるがどうにもならない。


 雷なんて斬れるわけがないのだ。


 防ぐどころか避雷針もいいところ。


 全身の毛という毛が陰毛のように縮れて、こんがり黒く焼かれると、橋の上から墜落する。


 斬られる痛みとは違うパターンの、びりっとした衝撃に俺の意識はヒューズよろしく焼き切れるのだった。

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