第4話
俺はベッドに横になった。
魔王城で与えられた部屋は見晴らしの良い塔の上だ。
一人で使うには広すぎるくらいだし、ベッドもふっかふか。
シーツも新品みたいに真っ白だった。
とはいえ調度品やテーブルやソファーはあっても、wifiなんてものは当然無い……はずなのに、財布と一緒に持ってきたスマホが使えてしまった。
だが、大問題が一つ。
あくまで“受信”限定なようだ。
こっちからの送信ができない。
ネット上で日付を確認したところ、俺が行方不明になってから元の世界では三日ほど経ったらしい。
おとぎ話の竜宮城のように、元居た世界の時間の経過だけ早いってことは無さ
そうだ。
ざっと調べてみたのだが、行方不明の男子高校生のニュースをネット上に見つけることはできなかった。
それに一部のサイトもうまく繋がらず閲覧不能。
家族のSNSもその一つだった。
掲示板に書き込みもできないし、こっちから連絡するのは絶望的だ。
本当はもっと検証したかったが……断念した。
問題は電池だ。
バッテリーの残りは80パーセントほど。
もしかしたら、誰かから着信があるかもしれない。
そう思うと主電源を落とすのをためらってしまう。
あと一日、着信が無ければ、使う時以外はこまめに電源を落とそう。
別に元居た世界と断絶を決めるっていうんじゃない。
調べ物をしたくなった時のためだ。
ネットこそ受信専用だが、魔王城は生活するには悪くない。
衣食住の保障も約束通りきちんとされていた。
魔王軍での飯は朝と夜の一日二回。シルファーと一緒に食べる。
調理も給仕も二足歩行する猫の使い魔がやってるらしいんだが、猫のくせに作る飯は妙に美味いんだよな。
パンひとつとっても焼きたてでふわふわだし、コーンスープも新鮮さを感じるくらい瑞々しくて、クリーミーかつなんともいえない甘みのある味わいだ。
つうかこのパン……そこらのベーカリーより美味いぞ。
マジで売り物になるレベルだ。
魔王シルファー曰く、不死者になった俺は食わなくても死なないらしいが、味覚は元のままなんだとか。
うまいものを食べればテンションもあがる。
だから食事は必要なのだそうだ。
それに食事の席は魔王軍の戦略会議も兼ねているらしい。
今の所、出席者は俺と魔王の二人きり。
参加する幹部の人数が増えるまで大食堂は使わず、中庭を見下ろせる魔王の私室で二人でテーブルを囲んだ。
他の幹部とはまだ顔を合わせられていない。
優秀で死なないため戻ってこないのだそうだ。
どんな奴らかは「戻ってきてからのお楽しみだ」と、シルファーは教えてくれないんだが、もし戻ってきたその時には、マナの貸し借りの相談ができれば……と、思う。
飯を食ってシルファーとミーティングを済ませ、あの恥ずかしい道化師の衣装に着替えて準備を整えると、昼間は勇者に殺されにいくのだ。
転送先は相変わらず、勇者のすぐそばだった。
本日の戦場……というか俺の処刑場は墓地で、勇者イズナは墓参りを終えたばかりのようだった。
それにしても……十字架型の墓標が敷地いっぱい、丘の上まで整然と並んでいて気持ちが悪いな。
「誰の墓参りだ?」
「こ、ここには歴代の勇者が安らかに眠っているんです。あなたみたいな人が来ちゃいけません!」
そう言われても送り込まれるんだから仕方ねぇだろ。
しかし……右を見ても左を見ても一面墓標だらけだな。こいつ、何代目の勇者なんだ。
勇者死にすぎだろ。
つうか、こんだけ死んでるのに魔王軍と決着がつかんのか。
「俺だって来たくて来てねぇし」
空を見上げると、さっそくマナ放送が始まっていた。
コメントが流れてくるが、見ないでおこう。
イズナは問答無用で剣を抜き、構えると俺を睨みつける。
プルプル震えてたのが嘘みたいに勇ましい。視線が俺の首をはねると宣言していた。
「つうかなんで毎回首狙いなんだよ! おっかねえ」
「一撃で首をはねることで、敵に経験を積ませないようにせよと勇者学園で教わりました」
「こっちにも学校があんのか……つうかそもそも、なんでお前みたいなのが勇者なんだ? ほかにもっと適任なのがいるだろ?」
「こ、これでも雷撃魔法と首狩りの実技はトップ成績だったんです!」
「首狩りの実技ってのが怖すぎるんだが」
「というわけで、し、死んでください!」
今日もこうして、首狩り族こと勇者に首をはねられた。
死にたい……つうか、死ねない。
で、太陽が落ちれば俺は魔王城と魔王の力によって復活するらしい。
意識を失ってるから俺には一瞬の出来事なんだが。
ちなみに魔王の居城そのものが、復活のための魔法装置になっているそうだ。
つまり魔王城が陥落しない限り、復活できるということである。
復活後、勇者イズナの活躍を中継するマナ放送のハイライト録画をチェックしつつ、魔王と夕食を食べる。
今夜はステーキだった。
「まさか人間の肉とか食わせようとしてないだろうな」
「安心せい。牛だ。あやつがおらぬうちでなければ、味わえぬぞ」
「あやつ?」
シルファーが焦りだした。
「な、なんでもないぞ! この牛は穀物で育てた一級品だからな」
「変な所にこだわりがあるんだな」
「魔王にならなければ酪農家をしていたところだ」
「素直に酪農家になっとけよ」
マナ放送の録画といっても数分だが、俺が死ぬシーンにわざわざモザイクが入れられている。
「どうだ! この絶妙な薄消し具合は」
「薄さを誇るな。もっとがっつりかけておけ……って、もしかして、この動画編集も魔王自らしてるのか?」
「当然であろう」
「案外、暇なんだな」
「そんなことはないぞ! 我は超有能な魔王だからな。忙しい中、合間を縫ってこういった仕事もこなしておるのだ」
口を尖らせて怒ったかと思えば、シルファーは急に柔和な表情になった。
「それはそれとして、最近はこうして夕食をともにする者がいて嬉しく思う。実はそのステーキを焼いたのも我なのだ」
「肉なんて誰でも焼けるだろ」
「わかっておらぬな。この見事なミディアムレアの火の入れ具合。焼き上げてから少し寝かせて旨味を閉じ込めてこそ、この味になるのだ」
自慢するだけあって、俺が今まで食ってきたステーキがなんだったんだ? ってくらいに美味い。
柔らかい。噛みしめるまでもなくほどけるように口の中で溶けて消える。
シルファーは笑顔を絶やさない。なんとも満ち足りた表情だ。
魔王の威厳なんて微塵も感じられなかった。
「明日の朝食も猫執事たちと腕によりを掛けるから、たくましく死んで来るがよい」
「笑いながら死んでこいとはさすが魔王だな」
「はっはっは。恐れ入ったか!」
一緒に飯を食う相手がいる……か。
こんな風に誰かと笑って飯を食ったのはいつ以来だろう。
ともかく、魔王シルファーと食う飯は美味かった。
部屋の掃除も身の回りのことも、全部、猫の執事モンスターにお任せだ。
欲しいと言えば飲み物だって持ってきてくれる。
執事ってのは伊達じゃない。
まあ、不死者なのに喉が渇くってのも変だけど、飯と同じだな。
これまでずっと食べたり飲んだりしてきたものを、急にやめたりはできないっことだ。
これで漫画でもあれば、ずっとダラダラごろごろしてられる天国みたいな環境だった。
毎日殺されにいくと思うと気は重いが……。
つうか一億マナたまるまで、十万日っていうと何年だ?
わかんねぇ。
えーと、一年は365日だろ。十万を365で割ると……あー、だいたいでいいか。
300で割ると……333あまり3。
333年?
333年だとぉ!?
死ねない身体で毎日こつこつ殺されに行って333年。
実際にはもう少し短いだろうけど、今のペースじゃ三百年はこのままなのか。
って、あれ? 勇者は寿命で死ぬんじゃね? 死んだら一億マナゲットになる
のか?
いやそれは無いか。
勇者が墓参りしてた、一面十字架の墓標だらけな墓地を俺は思いだした。
あの墓の全部が元勇者のものかはわからんけど、ともかく勇者ってのは代替わりしやがるんだ。
引退すれば一般人になるから、倒しても0マナにしかならん。
それに学園……だったか。勇者養成学校もあるみたいだしな。
仮に勇者イズナが不慮の事故で死んだり現役引退しても、その学園がある以上、次の勇者が出てくるってことは容易に想像がついた。
魔王シルファーもイズナより一つ前の勇者のことをちらっと話してたし。
勇者ってのは生徒会長とか、そういう役職みたいなもんなんだろう。
あー……マジめんどくせぇ。
学園潰すか?
発生源を叩かないと虫みたく涌いてくるぞ。あの首狩り族。
んでもって逆に考えると……納得できることもある。
イズナが俺を一撃で殺しにかかるのも当然だ。
シルファーが召喚した俺みたいな“魔王軍幹部”は、何度殺しても甦ってくる上に学習し経験を積んで強くなる。
学習させず一撃死させるために、首狩り処刑スタイルな勇者になるってわけだ。
こっちも対策を練らなきゃならなそうだな。
俺はスマホを取り出し電源を入れた。
ブラウザを起動する。
検索ポータルサイトのトップページには、相変わらず株高だの円安だの景気がどうのといったニュースが並んでいる。
仮に俺の行方不明が報じられてても、こっちからはどうすることもできない。
なのにニュースだけは確認しちまった。
痛いのは嫌だ。
けど、たぶん俺は帰りたくない。
それでも、これからする努力は帰るためのものだ。
気持ちがとっちらかって、色々と矛楯してやがる。
考えてもらちがあかないな。
ともかく検索だ。
「斬撃……かわし方……っと」
まあ、都合良く出てくるわけないわな。
ゲームのスキルだの攻略方が検索結果としてずらっと並んだ。
表示されたリンクの中からフリー百科事典のものを選び閲覧する。
銃剣術についての項目から、CQCへ。さらにシステマとかいうロシアの軍隊格闘術にたどり着いた。
調べてみると、このシステマには特別な呼吸法があり、痛くなったらその呼吸法で痛みをリセットするらしい。
勇者の攻撃は即死攻撃なので、たとえ出来るようになったとしても使いどころがねぇな。
初太刀のかわし方で調べれば、示現流の項目が引っかかる。
調べる単語がまずいのか、これって情報が見つからない。
それでも眠りに落ちるまで、関連しそうなサイトを見つけては、その内容を読みふけった。
スマホの電池残量は50%に落ちた。
朝食の席でゆったりとしたローブ姿のシルファーが、皿の上のベーコンエッグの黄身をフォークで潰しながら俺に尋ねた。
「アークよ。知力が上がっておるようだぞ」
昨日の調べ物は成果なんて無かったんだが、本人がどう考えていようと、きちんと能力査定に反映されるらしい。
律儀だなこの世界。
「んなこともわかんのか」
「当然だ。しもべの力を把握できずに魔王は名乗れまい」
ロールパンをかじる。焼きたてなのか表面はかすかにパリッと香ばしく、それでいて中はふんわりしっとりとしていた。
人肌程度に温かい。バターの香もたまらないほど芳醇だ。
パンを一つ食べきると、俺はポケットからスマホを取り出した。
「こいつで調べ物をしたんだ。あんまり捗らなかったけどな」
「そんなものでか?」
シルファーは信じられないといった顔だ。
「ああ。ただ残りの電池がもう半分なんだ」
「電池?」
「マナみたいなもんだよ」
「マナではないのか?」
「たぶんな……つうか、マナの現物を見せてもらってないから判断つかねぇし」
「そうであったな。では見せてやろう」
何を思ったのか、シルファーはゆったりとしたローブからのぞく胸の谷間に手を突っ込んだ。
「おいおい、なにしてるんだ。まさか……脱いだりはしないだろうな」
「脱いで欲しいのか?」
「欲しくねぇから!」
「焦るでない。今、貴様のためたマナを目に見える形にしておる」
「あ、焦ってねぇし……」
「安心せい。視認できるようにするだけでマナが消費されるということはない。ほれ、このような感じだ」
シルファーがそっと胸元から手を引き抜くと、彼女の指先に金平糖くらいの小さな赤い宝石がつままれていた。
その光は弱々しくて今にも消えてしまいそうだ。
「それが俺のマナなのか?」
「まだまだ小さいな。それに色も赤だ」
「大きさと色で価値が決まるってのか?」
「赤は一番価値が低い。青や紫に近づくほど価値が高まる……というか、我がそのように見えるよう、具象化しているのだが」
よくわからんが、みすぼらしいってのだけはわかる。
「やっすいってことだけわかりゃ十分だ。つうか、自由に形を変えられるんなら、そのマナでこいつを充電できるようにできないか? たとえばこんな形だ」
俺はスマホを起動させると、通販サイトで充電器とケーブルを検索してシルファーに見せた。
「ふむ……実に不思議な石版だな」
「どうだ? できそうか?」
電圧だのアンペアだの詳しくない。
ただ、電気を通せばいいってもんじゃないことくらいは、俺にもわかる。
ショートさせてお釈迦にしたらそれっきりだ。
「ふーむ。さすがの我にもできぬことはある。なんらかの祝福された力であれば適応できるやもしれぬが……」
「そうか。俺の無茶振りだったな」
「良い良い。なんでも思いついたことは申してみよ。頼られるのは魔王として喜ばしく誇らしいことだ」
シルファーは頬を赤らめた。なんで照れてるんだこいつ。
「時にアークよ。電気とはどういうものなのだ?」
そんなこと俺だってよくわかってねぇよ!
電気があるのが普通の世界から来たんだからな。
「まあその……しいて言うなら、この城の上空でピカピカしてるアレだ」
「雷撃であるな。あれのおかげで魔王城に空から侵入しようという人間もおらぬのだ」
なるほど。見た目の雰囲気作りだけじゃなく、侵入者対策だったのか。
「その雷撃の力を扱いやすくしたのが電気で、電池にはその電気をためておけるんだ」
「ふーむ。野生の雷獣を家畜化したようなものか。残念ながら我は風の力は得意でも、雷撃はからっきしなのだ」
「そうか」
「落ちこむでない」
「落ちこんでねぇよ!」
「元気が出ないなら……アークよ。もっとパンを食べるのだ」
テーブルの上に身を乗り出すようにして、シルファーはカゴにつまれたロールパンを手にすると、俺の口に押し込んできた。
「むごごごご!(なにしやがる!)」
「今日のパンは昨晩から発酵させ、今朝食べる直前に我が焼き上げたのだぞ。うまかろう! 電気は無いが我にはパンを上手に焼く力があるのだ!」
涙目になりながら、パンを無理矢理食わせようとしてくる魔王シルファー。
言うだけあって自慢のパンは美味いが、そんなにパンが焼きたいなら魔王なんてやめてパン屋でも開業すればいいだろうに。
まあ、悪い奴じゃないんだよな。悪気もないみたいだし……。
いやいや待てよ。
魔王が良い奴って……それって魔王としてはどうなんだ?
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