第3話

 晴天の真っ昼間。太陽が南の空に昇りきったであろう正午頃。


 またしても勇者の目の前に転送された。


 しかも、この恥ずかしい格好で。おまけに人の往来がある市場通りのど真ん中だ。


 勇者はといえば、マントに鎧に小さな盾と片手剣という、昨晩のパジャマ姿よりはよっぽど勇者らしい格好だった。


 人の往来がぴたっと止まって、みんなで俺たちを取り囲むように見てやがる。


 誰もが俺の奇抜な格好に注目しているようだった。


「一般市民は下がってください!」


 勇者が声を上げるなり剣を抜いた。


「うおあああああ! ちょっと待て!」


「突然、わたしの前に姿を現すなんて魔王の手先ですよね?」


「いやその……仮にそうだとしたらどうなるんだ?」


「この雷の勇者イズナが倒します」


 勇者イズナの宣言に一般市民どもが「おおぉ~~」と歓声をあげた。


「やっちまえ!」

「イズナちゃんがんばってー!」

「魔王軍を許すな!」

「変態は死ねー!」


 ヤジまで飛んでくる始末だ。


「うるせぇ今変態とかぬかしたやつ、ぶっとばすぞ!」


「市民に危害を加えるのはやめてください! わたしがお相手します!」


 イズナは抜いた剣の切っ先を俺に向ける。


 やばいな。スキルの説明もなければ、駒にできるモンスターもいねぇ。


 そもそもマナがどういう形をしてるのかもわからんし、自分で所持してすらいないわけだ。


 いや、もしかしたら俺自身、すげぇ強くなってたりするんじゃねぇか?


 身体能力は強化されてるみたいだし……。


 それに相手は勇者っていっても女だもんな。


 とはいえ女に暴力を振るうのには抵抗があるな。


 そうだ! この大衆の見てる前で鼻フックでも食らわせて、おもっくそ恥ずかしい目にでもあってもらうとしよう。


 要は見てる奴が勇者に幻滅すればいいわけだろ……たぶん。


 なんて考えてたら、空にウインドウみたいなもんが浮かび上がった。


 昨日、魔王が俺に見せた“プロジェクターで投射された映像”みたいに、空一面をウインドウが覆う。


 かなりでかいな。


 ウインドウに文字が浮かび上がる。


「魔王軍との戦闘を感知。マナ放送開始します……だぁ?」


 ウインドウの画面が切り替わり、俺と勇者イズナの姿が上空から撮影されるみたいな感じで映し出された。


 カメラどこにあんだよこれ。


「知らないんですか? わたしが戦うと、マナ放送が始まるんです」


「なんだよそのマナ放送って?」


「王国の報道庁が作成した特殊魔法陣による自動発動型魔法です。国民の税収や映像円盤の売り上げで得たマナによって、この魔法は維持されています。国民の知る権利を具現化した魔法なんです!」


「知るかそんなもん! ふざけんな!」


 空に浮かんだウインドウに文字が流れだす。


 そういえば、この世界の言葉や文字ってのは日本語なのか?


 俺には日本語にしか見えないし聞こえないんだが……そうじゃなけりゃよかったと後悔した。


『魔王軍に新キャラのバカピエロ登場www』

『だっさっw 服のセンスやばい』

『ぶっちゃけ弱そうじゃね?』

『昨日の雑魚襲撃犯に引き続き、魔王軍終わったな』


 どこぞの動画サイトみたいにコメントできんのか。


 つうか、昨日の襲撃犯って俺のことだよな。


 あれは死んだことになってんのか。


 勇者も気付いてないようだ。


 まあ、首をはねた相手が甦ってくるとは思わん……かどうかは、不死者が存在する世界なんだから、俺の常識には当てはまらないのかもしれんけど……。


 あっ……きっと前回は薄暗かったから、俺の顔をきちんと見てなかったんだろうな。


 それに今は仮面だってつけてるわけだし……。


 ともあれ、考えることも言いたいことも色々あるんだが、リアルタイムで反響が確認できるこのシステムが鬱陶しいということだけは、一目瞭然だ。


「おい勇者。なんだあのクソみてぇなコメントは」


「国民の声です。一つ一つは小さな声でも、集まれば大きな力に変わります!」


 よくわかんねぇけど、あのコメント付けてるバカどもが泣き叫ぶようなことをしてやる気だけは起きたわ。マジで。


 それはそれとして、いちいち俺の質問に答えるなんて、勇者ってのは律儀だな。


 ……勇者のくせに震えて剣の先までプルプルさせているのは意外だが。


「あんだよ。ビビッてんのか?」


「臆病風になんて吹かれてません!」


「めっちゃプルプルしてんだろ。俺が怖いなら認めろって」


「こ、怖くないです! 武者震いです」


「あっそーかよ」


 本当にこんなやつが俺の首を一刀両断したってのか? 信じられん。


 顔つきだって幼いし、背だってチビだし胸も無い。


 いや、胸のことはいいんだ。


 ともかく剣なんて物騒な物を持ってなけりゃ、妹っぽい感じがする、ただのか弱い女子なわけだ。


 もしかしてこいつ……やっぱ弱いんじゃねぇのか?


 俺はゆっくりと勇者ににじり寄った。


「ひっ!?」


「腰が引けてんぞ?」


 さてと、どう料理してくれよう。


 ヘッドロックして鼻フックあたりすれば、この様子を見物してる連中を、まとめて絶望させられるな。


 バラエティー番組の女芸人みたいにしてやる。


「よっしゃああああああ! 醜態晒しやがれ!」


「こ、来ないでくださいッ!」


 俺が正面から襲いかかると、勇者イズナは剣を振るった。


「あっ――」


 青空は雲一つ無く澄み渡り、太陽の光はさんさんと降り注ぐ。


 ドサリと倒れる身体と、転がる俺の頭。わき上がる人々の歓声が空のキャンパスいっぱいに流れ、勇者を賞賛するコメントは、まるで止むことを知らないようだった。


「うおわああああああああああああああああああああああああああああ!」


 絶叫とともに痛みが俺の身体を駆け抜ける。


 二度目だからって痛くないわけがない。


 再び俺の意識は闇に飲まれた。


 次に目を覚ますと、視界が白くもやがかっていた。


「ついに本当に死んだのか」


 ふわりと甘い匂いが充満している。


 それになんだか温かかった。


 恐る恐る立ち上がり白いもやの中を進むと、何かにつまずいて俺は前のめりになる。


「うおっ!?」


 転ぶと思って咄嗟に手を前に出す。倒れそうになる俺の目の前に、白いもやの中から人影が浮かび上がった。


「おお、もう復活の時刻であったか」


「あ……ああああッ!?」


 俺は倒れ込むように抱きつき、そいつの豊満な胸の谷間に顔を埋めていた。


「これこれ、魔王の胸に飛び込んでくるとは度胸だけなら一人前だなアークよ」


「わ、悪い!」


 離れようと女の身体をつっぱねた。


 だんだんと白い湯気が晴れていく。


 そこは……大きな風呂場だった。


 彫造とローマっぽい支柱で装飾された大浴場だ。


 浴槽に立ったまま魔王シルファーは胸を隠そうともせず、楽しげに笑っている。


「なんなんだよこれは!」


「風呂だが?」


 俺は顔を背けてぼやいた。


「魔王も風呂に入るのか」


「我は風呂好きだからな。しかし、そうか……その様子では少しも粘ることはできなかったか」


 シルファーは堂々とした態度を崩さず腕を組む。


 胸をしたから持ち上げるような格好になって、余計にその大きさが強調された。


 俺が男だってことを理解できてないんじゃねぇのか?


「なあ、一応俺はその……男なんだが……」


「そうであったな。どうだ? 魔王の身体に欲情したか?」


「するかよバーカ」


 ちっとでも恥じらいがあればこっちも恥ずかしくなるんだが、開けっぴろげすぎるとそういう気持ちも起こりやしねぇ。


 それに……いやらしいというよりも綺麗って感じがした。


 手も足も長くてほっそりしていて、腰もくびれて胸は大きいのに尻は小さめで……。


 って、横目でちらちら観察してどうすんだよ俺。


 隠す気配の無い魔王に、俺は背を向けた。


「恥ずかしがっておるのか?」


「別にそんなんじゃねぇけど、隠さないんならこっちが見ないようにするしかねぇだろ」


「悪かった悪かった。そうだ、せっかくだ。少し湯船に浸かっていくがよい」

 シルファーが指を鳴らすと、俺の道化師風な服が粉々に消し飛んだ。


「なにしやがる!」


「服を着たままでは風呂に入れんだろう」


 突然、俺の背中に柔らかい感触が生まれた。


 シルファーが腕をそっと前に回してくる。


 俺は背後から抱きしめられるような格好になった。


「えい!」


「ぬおあ!」


 シルファーが俺を抱いたまま湯船に引き込んだ。


 くそっ! あんなに細い腕なのに、なんて馬鹿力だ。


 抵抗もできず俺は湯船に肩まで沈められた。


「きちんと百数えるのだぞ。それまで出ることはできぬと思え」


 密着した状態で耳元で囁くシルファー……こいつ、マジで何考えてるんだ。


「断る。つうか、くっついてくるんじゃねぇよ!」


「離せば逃げるだろう。そうはいかぬぞ」


「わかった百数えるんだな。はい、いーち……中略……ひゃーく。出るぞ」


「ズルはいかんぞアーク。お仕置きだ!」


 シルファーが俺の背中に胸をぐりぐり押しつけてきた。


「や、やめろってマジで!」


「では逃げぬと約束せい」


「ったく……逃げないから離してくれ」


 そっと俺の身体を解放するなり、シルファーは前に回り込んできた。


「これで良いな」


「なんで前に来るんだ」


「話をするなら顔を見てしたいではないか」


「俺から話すことはねぇよ。つうか無理だ」


「無理とはなんだ?」


「勇者だよ。勇者イズナ……あんなの倒せっかよ」


「新米と言えど勇者であるから当然訓練も積んでおる。正面から堂々と挑むのは、ちと早いかもしれぬな」


「わかってんなら送り込み方を考えろ!」


「突然、刺客が目の前に現れる。しかも殺しても殺しても甦ってくるというのは、勇者の立場からすればかなり最悪と思うのだが?」


「つまり、俺に何度でも死ねって言いたいのか?」


 シルファーはゆっくりうなずいた。


「まあ、慣れとは怖いもので一週間もすれば勇者も無表情で挨拶もなく、刺客を切り払う戦闘機械のようになろう」


 最悪なんですけどそれ。


「俺が一回殺されるごとに、マナってのはどうなってんだ? 増えるのか減るのか教えろ」


「順調に増えておるぞ。一度の死亡でおよそ1000マナ手に入る。まあ、死ぬ前の行動によって増えることはあっても、減ることはないから安心せい。貴様は二度死んでおるから2000マナほどはたまっただろうな」


「つまり一億マナ貯めるには何度死ねばいいんだ?」


「十万回といったところか。簡単であろう?」


「ふっざけんな! 俺の前任者はどうしたんだ? そいつは律儀に十万回死んできたのか?」


「はて、前任者のことなど話したか?」


「いなくなったから、人員補充のために俺を召喚したんだろ?」


「おお、そうであったな」


 シルファーは驚いたように目を丸くさせていた。


 こういう顔をされると魔王ってよりも、出来の悪い姉みたいな雰囲気がしてくる。


 俺は一人っ子だから想像上の姉であって、実際の兄弟姉妹がどうなのかなんてわからんけど。


「実は前任者のことはあまり知らぬのだ」


「なんでだよ? お前が魔王なんだろ? 他に魔王がいて引き継いだのか?」


「こちらにも色々と事情があるのでな。教えられぬ」


 すっげえ睨みつけてきた。


 なんだよ魔王らしい顔もできるじゃねぇか。


「な、なあ、俺は勇者には勝てないのか? スキルってのはどうすれば鍛えられる? マナを使えば中庭のモンスターも雇えるんだろ?」


「一度に聞かれては返答に困るぞ。我が力である程度までは言語の共有化をしておるが、それとて完璧ではないのだからな」


 言語? 共有化? よくわからんが、ともかく一つずつ聞いていくか。


「わかった。じゃあまずスキルについて教えろ」


「よかろう。ではまずスキル獲得の前提条件となるアークの能力を見てみよう。現状ではこのようになっておる」


 シルファーが指を鳴らすと、湯気でもやがかった空中にゲームのステータス画面のようなものが映し出された。


 俺の能力がグラフ化されている。


 敏捷性が一番高くて、知力が一番低い。体力と筋力はまあまあって感じだ。


「この数値を上げるにはどうすりゃいい?」


「ずばり……使った能力が自然と鍛えられるのだ! ちなみに、勇者との戦いでは二度とも即死だったようで鍛えられておらんぞ」


 経験を積む前に死んだら元も子もないってこったな。


「んで、スキルはどうなる?」


「所有するマナとこの能力数値がある一定を越えると、マナを消費してスキルを購入できるのだ。ちなみに今、購入できるスキルは無いようであるな。せめて一万マナは貯めてもらわねば、スキルは与えられぬぞ」


「ケチくせぇな」


「そうぼやくでない」


「覚えるスキルの一覧……スキルツリーは見られないのか?」


 ゲームなら、先々にどんなスキルが得られるか、ある程度はわかるもんだ。


 どれが有用か考えて無駄無くスキルを選んでいきたいってのが普通だろ。


「そういったものはないのだ。貴様の働きによって得られるスキルというものが変わっていくからな。どのように育つか無限の可能性があるのだぞ」


「うわ、組み合わせ無限大とかクソゲーの予感しかしねぇ」


「くそげー? なんだそれは」


「人生みたいなもんだ。つうか、そうなるとスキルも当てにはなんねぇな」


「そう悲観するでない。貴様ならきっと良いスキルに恵まれるとも」


 シルファーが優しくささやくように呟いた。


 励ましたいなら、気持ちだけでなくマナをよこせ。


「んじゃあ、雇えるモンスターについて教えろ」


「よくぞ聞いてくれた! 中庭の魔物たちは契約すれば片手に握り込めるほどの小さな像となるのだ」


 像ってのはつまり、ガシャポンとかのミニフィギュアみたいなもんか。


「んで、持ち運びに便利ってだけかよ?」


「いつでもポケットから自由に出し入れでき、ともに戦ってくれるぞ。だが、破壊されてしまうと元には戻せぬ。それに貴様のように成長はしないのだ。いくら鍛えても能力はあがらぬから、使い捨てと思え」


「つまり、どんなに強いモンスターを使ってても、倒されたらぱあってことだな」


 スキルは残るがモンスターは倒されるリスクを考えると、使いづらいな。


「しかり。貴様はすごいなアーク」


「な、なんだよ急に……」


「我の言葉を理解するだけでなく、質問までしてくるとは……」


「前任者とでも比べてんのか?」


「そうではない。それに紹介が遅れておるが、全員いなくなったわけではないのだ。魔王軍には貴様の他にもちゃんと幹部が残っておって、そやつらは世界各地に派遣されており、それぞれが絶賛暗躍中であるぞ」


「なんだよ。じゃあ勇者もそいつらに任せりゃいいだろ」


「そうはいかぬ。この魔王城が持ちこたえておるのも、あやつらの働きがあってこそだ」


「そいつらも俺と同じように召喚したんだよな」


「そうだが?」


 つまり俺以外にも、俺が住んでた世界の人間がいるってことか!?


 それなら、そいつらからマナを借りるってのもありだな。


「そいつらからマナを借りたりはできるのか!?」


「特に禁じてはおらぬが、貴重なマナだ。貸してもらえると思うか?」


「正攻法じゃ無理だろうが、そういうのも交渉次第だろ。あとで倍にして返すって証文つけるとかな」


「そのようなことをせずとも、地道にこつこつがんばれば良いでは無いか」


「良くねぇよ! 十万回も殺されてられっか」


「まあ、マナの貸し借りについては貴様の好きにするがよい」


 とりあえず誰でもいいから、交渉して無担保無利息で借りられれば最高だ。


 ま、うまくいくかはわからんが、それでも「今の俺の能力」から得られるであろうスキルが把握できるかもしれん。


 把握した時点ですぐにマナを返せば、ただでスキルツリーを見られるようなもんだからな。


 もちろん、俺自身の成長によって、得られるスキルの内容が逐一変わるかもしれんけど、その時はその時だ。


「アークよ。なにやら悪巧みを思いついたようだな」


「な、なんだよ。別に悪いことなんて考えてねぇぞ」


「良い良い。そういう顔をしてこそ悪の道化魔人だ」


「うっせーよ……」


 俺が悪態を吐いてもシルファーは嬉しそうにニコニコしていた。


「他に聞いておきたいことはないか?」


「んじゃあよ……勇者以外の戦力を倒した時に得られるマナはいくらくらいだ?」


「警備兵などの雑魚はいくら痛めつけても0マナだ。狙うなら勇者やその仲間となる、選ばれし者たちや王侯貴族が良いだろうな」


「ギャラリーの一般人はどうだ?」


「あまりおすすめはできんな。やつらが死んで悲しむのはやつらの家族だけだ」


 急にシルファーが悲しげになった。


 世界を脅かす恐怖の魔王らしくもない。


「そ、そうか。まあ、俺も雑魚を倒すよりは一攫千金の方が性に合ってる」


 悲しそうなシルファーが笑顔になった。


「王国の要人であれば誘拐が良いぞ! 身代金としてより多くのマナを手に入れられる。むしろ殺してしまうのは下策だろう」


「殺すより辱めろってか?」


「いかにも! 一般人どもは殺すのではなく絶望させるべきなのだ。人間たちに与えた絶望が大きいほど、得られるマナの実りも多かろう」


「じゃあ、もし勇者を殺したら、どれくらいのマナになる?」


 できるできないの問題じゃなく、あくまでマナ換算した勇者の価値を知っておきたかった。


「ば、バカを言うな!」


 シルファーの笑顔が真顔になった。


「わ、悪い。誤解させたな。殺せるわけないんだが、殺した時にどれくらいのマ

ナになるかを知りたかっただけだ」


「そ、そうか……驚いたぞ」


「何焦ってんだよ」


「本当に勇者を殺すための妙案が見つかったのかと思っただけだ」


「ハァ!? 最初に勇者を倒せって命じたのはそっちだろうが」


「そ、それはそうだが……ぶくぶくぶく」


 顔半分を湯船に沈めてシルファーは息を吐いた。


「で、いくらなんだ?」


 シルファーが顔だけ半分沈んだまま人差し指を立てる。


「1って……百万か?」


 シルファーは首を左右に振った。


「なんだ一千万か?」


 また首を振る。違うらしい。


「じゃあ十万? 案外安いな」


 首を左右に振り続け、シルファーはゆっくり浮上した。


「一億マナはかたかろう」


「い、一億!?」


 勇者を殺せばゲームクリアか。


 殺す……いや、考えられん。二度殺されてるけどな。


「なあ、勇者は死んでも生き返るのか?」


「それはないぞ。腕の二~三本なくなっても蘇生はできるがな」


「腕は三本はないだろ……つうか、腕がなくなっても元に戻るってんなら、それ

はそれで怖いんだが……」


 再生医療が進みすぎてるなこの世界。


 いっそ治療してもらってから元の世界に返して欲しいくらいだ。


「どうやら貴様の世界の治癒魔法は発展していないと見える」


「そんな魔法があったら、とっくに怪我なんざ治して、元の世界でのびのび走ってるぜ」


「そうであったな。つまらぬことを聞いた」


 シルファーは困ったように眉を八の字にさせた。


「なに責任感じてますみてぇな顔してんだ。これから十万回、俺が死ぬよう勇者の元に送り込むんだろ?」


「それとこれとは話が別だ」


 正直、こいつの悲しむ基準がよくわからん。


「なあ、最後に一つ聞かせてくれ」


「なんでも聞くが良い!」


「どうして魔王自ら勇者を倒しにいかないんだ?」


「それができればやっておる。魔王は居城を守らねばならぬからな。ここが陥落すれば魔王軍も終わりだ」


 シルファーの視線が泳いでいる。


 動揺も隠せないなんて魔王らしくない。


 が、つつくのは野暮か。


「まあそうだな。ラスボスはラスボスらしく居城で待ち構えてるもんだ」


「おお! わかってくれるかアークよ!」


 シルファーは俺の手をとると湯船の中で詰め寄ってきた。


 潤んだ瞳で俺を見つめる。


「ち、近いだろうが」


「我が許しているのだ。良いではないか近う寄れ」


「良くねぇよ!」


 とりあえずルールはわかった。


 後付けで色々と例外だの特殊なルールだのが出てこないことを祈る。


 あと、早くここから出してくれ。

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