九話 ちっぽけな存在
九話 ちっぽけな存在
午後十時、学校から帰って来てからの多くの時間を僕は自室のベッドの上で横になって過ごしていた。
授業が終わり学生の去った講義室で一人、ずっとダイキに電話をかけ続けていたが、結局出る気配はなく、一時間経っても状況は変わらず、諦めて家に帰って来たのだ。
家に帰って来ても、何もやる気が起こらない。
食欲もなかったし、かと言って眠くもならなかった。
本を手に取ろうとも思わない。
ただ、時間が流れるのを待っていた。
こんなこと、今まで一度もなかった。
時折、拳を壁にぶつけては、その痛みを噛みしめる。
なんだかわからないけど、異常なくらいに心が乱れていた。
母親が夕食や風呂の準備ができたことを告げに来たが、体調が悪いと言って追い返した。
時間が流れるのが早い。
ベッドに横になり、その体勢に疲れたら身体を起こして壁に寄りかかる。この動作をもう五時間近くも繰り返していた。
けど、それもあっという間だった。
しらべやダイキや辰巳さんのことを繰り返し繰り返し何度も何度も考えていたら、いつの間にか外は暗くなり、時計の短針は十を指していたのだ。
ダス。
また壁を殴る。幸い、密度の高いコンクリートが使われているので、その衝撃は他の部屋には全く響かない。壁だってびくともしない。代わりに、執拗に叩きつけた僕の拳の皮は破れ、出血していた。擦り傷とも切り傷とも違う、皮がめくれ上がった傷。きっと、火傷に近い。
それでも、衝動を抑えきれずに壁を殴った。
痛みがないと言えば嘘になる。けれど、その痛みよりもこみ上げる激情の方が、僕には耐えられなかった。
間違いだったら笑い事で済む。
けど、それを確かめるための連絡が通じない。
電話を掛け直すように催促のメールもした。けど、その返信もない。
限界はとっくに来ていた。
僕の勘違いだと、一笑に付すにはあまりに出来過ぎた話だった。
辰巳さんとダイキとの宅飲み。その次の日のしらべの二日酔い。そして、レイプの話。
これだけでしらべが襲われたと考えるのは、突飛な話だろうか? しらべの二日酔いと辰巳さん家での宅飲みとレイプ事件は、それぞれ独立した出来事だったのだろうか? ここに、関連性はない?
再び僕は拳を壁に叩きつけた。
白い壁に、僕の手の甲から滲みだした血液が付着し、赤茶色のグラデーションを作る。
そのときだった。
ぷるるるるるる。ぷるるるるるる。
枕元に置いておいた携帯が鳴る。
着信だ。
すぐさま出ると、
『もしもし』
スピーカーからはダイキの声がした。
「……もしもし」
『おおー、カナタ、何だよ、悪いな。今の今までバイトだったんだよ』
ダイキはコンビニで働いている。人数が足りてなくて、いつも駆り出されてると喚いていた。
そんなことはどうでもいい。
無駄な探りなんていらない。
「辰巳さんがレイプしたのって、しらべだったんだな」
確信はなかった。
何言ってんだって笑われて終いだと思った。
『あっははー、なんだそれ。何の話だよ』
僕が望んだように。
ダイキは一笑に付してくれた。
だが。
僕はその声の裏に潜んだ誤魔化しの匂いを鋭く感じて取ってしまう。
「笑ってんじゃねェ! ふざけんなッ! ぶっ殺すぞッ!!」
ぶっ殺すなんて単語、この僕が口にすることになるなんて、思いもしなかった。
『…………』
ダイキが黙ってしまって、とうとう僕の悪い予感が当たっていたことを確信する。
「……やっぱり、おまえが言っていた女の子って、しらべのことだったんだな」
『……誰から聞いた?』
ダイキの声色が変わる。
もう誤魔化しは通じないと思ったんだろう。
「別に。でも、今日、ゆうからおまえと辰巳さんとしらべで宅飲みをしたって話を聞いて、ピンと来たんだ。まさか、僕の想像が現実のものとは思っていなかったけどね」
ちっ、と舌打ちが聞こえた。
『……おまえにあのことを話したのは間違いだったな。まさか、ヤられたのがしらべだって特定されるとは思わなかったよ』
「男だけん中で平気で酒飲んで潰れる女なんて、よく考えたら普通はいないよな。――ただ、一人だけ僕の知り合いにもそういう奴がいた。それで気付いたんだ。おまえは合コンで出会った女だって言うから、最初は気付かなかったけどな」
『しかし、マジで特定しちまうとはな。おまえがそこまで俺の話を掘り下げて考えるとは思ってなかったよ。つーか、ホントによくしらべだってわかったな。女なんてたくさんいるのに。まあ、おまえが今言ったように、男ん中で平気で潰れちまうようなアホは確かに少ないだろうけど』
ダイキの言い草に僕は軋むほど歯を噛みしめた。
しらべがアホ?
おまえらが潰したんだろうが。
それを、しらべが悪いみたいに言いやがって……。
「おまえ、何なんだよ、その態度。自分らが何やったかわかってんのか?」
『あ? 前も言ったろ。俺は何もやってねえって。見てすらねえんだから、関係ねえよ。っていうと、止めなかったんだからおまえも同罪とかって、おまえ、言うんだろうけどさ。ちゃんと、止めたぜ? さすがにしらべを襲うのはまずいって。顔見知りに手ぇ出すんじゃねえよって思ったし。でも、あの人、いいからいいからつっておっぱじめやがったから、そしたら、もう巻き込まれるのを避けるために逃げるしかねえじゃん』
「何も知らないって言うんだな」僕は、ゆうから聞いた言葉を思い出す。「本当は辰巳さんから計画を聞いていたんじゃないのか?」
『……計画? 何のことだよ』
「あくまでしらばっくれるんだな」
『しらばっくれるも何も、知らねえもんは知らねえとしか言えねーよ』
「その日、津島さんもゆうも来なかったらしいじゃないか」
『そうだよ。二人とも用事があったみたいだな。だから、辰巳さんはあんな暴挙に出たんだ。運が悪かったな、しらべも。偶然、あの二人が来なかったがために、あんなことになっちまって。まあ、だから言っちゃうと、俺だけが悪いんじゃないんだぜ? 酔い潰れたしらべだって悪いし、あんな状況が出来上がる原因を作ったゆうと津島さんだって悪いんだ。俺だって、あんなことが起こるってわかってれば、最初から飲み会に参加しようとは思わなかったし』
「偶然だって? 笑わせるなよ。二人が来れなかったのは、偶然なんかじゃない」
『は?』
「ゆうと津島さんに予定が入っているのを知っていて、誘ったんだろ? そうすれば、邪魔者はいない状況で、行動に移すことが出来る。“ゆうと津島さんも誘った”。うまい言い回しだよな。“誘った”だけで、“来る”とは言っていない。そして、おまえらは二人でしらべが来るのを待っているだけでいい。しらべは、二人も誘われてるのだから、当然来るものだと思ってる。あとは二人を待つふりをして、適当に酒を勧めれば、しらべは勝手に潰れてくれる」
『……あー、そういうことか』再び舌打ちが聞こえた。『なら、やっぱり俺は何も知らなかった。俺もその日、辰巳さんから二人が来れないということは聞いてねー』
「は?」
『津島さんのことは後で聞いたんだ。ゆうがバイトだったってことも、事後に返って来たゆうからのメールで知った。俺もずっと二人とも遅いなと思ってたんだ。しらべもゆうにメールを送ってたよ。でも、なかなか返って来なかった。向こうはバイト中だったからな。メールの返信なんか出してる暇はなかったんだろうよ。それで、結局ゆうが来れるのか来れないのかも知らないまま、しらべは潰れた。辰巳さんは終始“二人ともなかなか来ないなー”とか言って、すっとぼけてたよ』
え、何言ってんだ、こいつ。
ダイキは辰巳さんのこの計画に協力してたんじゃないのか?
「そ、それじゃあおかしいだろうが! 計画を知らない人間がいたんじゃ、計画が成り立たない。ゆうや津島さんはしらべを襲うなんて計画に協力してくれるはずがないから、あの二人がちょうど来れない日を狙って飲み会は開かれた。でも、おまえは辰巳さんの言うことを聞く。だから、協力者として辰巳さんの家に招かれた」
『俺があの人の計画に協力しただって? だから、してねえってさっきから言ってんじゃん。むしろ、俺は止めたって』
「止めた? レイプは実際に起こってんじゃねえかよ!」
『止めたんだよ。止められなかっただけで。――ああ、でもそういうことか。だから、俺が選ばれたんだ』
「あ?」
『津島さんやゆうだったら、辰巳さんの行動を力づくでも止めただろう。ゆうだったら、その場で警察に通報でもし出したかもしれないし、津島さんなら辰巳さんを殴ってでも止めてたはずだ。でも、俺は止めはしたけれど、それは口で忠告しただけだ。言うだけで、俺はそこから逃げ出した。――辰巳さんは、俺のそういう性格を知ってて、それで俺を利用したんだ』
「意味がわからない。おまえも邪魔な存在になるなら、最初から呼ばなければよかった」
『辰巳さんと二人っきりとか危ないだろ。あの人の女癖の悪さは、ミス研でも有名だ。しらべだってそのくらいはわかるだろうし、いつまでも誰も来なかったら、さすがに不審に思う。でも、自分で言うのもなんだけど、俺はこう見えてそこらへんはちゃんとしてんだろ。だから、俺がいれば油断させられると思ったんじゃねえか? 辰巳さんの家でも、俺がいれば酒を飲んでも大丈夫だろうって』
ダイキも知らされてなかった?
なら、悪いのは、辰巳さんただ一人。
『……それにしても、胸糞悪ぃなァ。俺は面倒事に関わり合いになるのを避けて逃げ出す奴だって、辰巳さんは考えてたわけだろ? つまり、あの人は俺をそういう目で見てたってことだ。確かに、面倒事は嫌いだ。でも、犯罪を見て見ぬふりをするような奴だって思われてたのは、心外だな。まあ、実際そうだったわけだけどさー』
言って、ダイキは自虐的に笑った。
「……おまえが計画を知らなかったところで、俺はおまえを許さないよ。犯罪を目の前にして、逃げ出したっていう事実は変わらないんだから」
僕は動揺を隠せない。
二人は共犯だと思っていた。
辰巳さんに言いくるめられたダイキが、辰巳さんに手を貸しているものだと思っていた。
けど、違った。
ダイキはいつものように空気を読んだだけだ。
周りの目など気にしていないような態度でいるくせに、他人の評価に対して必要以上に敏感なのだ。
だから、ダイキは僕の言葉に、少し声色を荒立てた。
『随分と俺のこと責めるじゃないの。そんなにしらべが大切か? 確かに同じミス研という立場で言ったら、他の知らない奴よりは大切に扱うべきかもしれないけど。かと言って、男しかいない部屋で酔い潰れるような馬鹿だぜ? ヤられたって文句は言えないはずだ』
しらべを陥れるような言葉に、混乱のせいで揺らいでいた気持ちに再び熱が入る。
「しらべが悪いって言うのか? 被害者に責任を押し付けようとすんのは、性犯罪者の常套手段だな。“誘うような格好をしてた”“部屋に来た時点でオーケーだと思った”。まるで性犯罪者だな。いや、性犯罪者だったか、おまえは。それともまた“俺は逃げ出したから、関係ない”と吠えるか? 性犯罪者もクズだが、犯罪を目の前にして逃げ出す奴も、大概なクズなんじゃねえの?」
『部外者の分際で。後からならどうとでも言えるさ。じゃあ、おまえなら辰巳さんを止められたのか? 力づくで? ああ、わかってる。おまえは止められたって言うんだろうな。どうせ、口ばっかりだ。辰巳さんに楯突く勇気すらないくせに。おまえだったら、忠告することすらままならず、辰巳さんが行為を始めたのも見て見ぬふりをしてたんじゃないか? 辰巳さんの方に顔を向けず“えー、そんなことしてたんですかぁ? 知りませんでしたぁ”』
「僕は絶対に止めたッ!」
『うん、そうだな。長い付き合いだからわかるよ。おまえは口ではそう言う。でも、絶対に行動には移せないタイプだ。さらに、心では本当に自分はできると思っているから性質が悪い。思ってるだろ? 自分なら辰巳さんを止められたって本気で思ってるんだろ? 思うだけなら、誰でもできるんだよ。例えば、肝試し。おまえ、いつも始まる前は張り切ってるよな? 絶対に大丈夫だと思ってるだろ? でも、現実はどうだ? いつも足が震えて前に進めない。同じだ』
「同じじゃないッ」
『水かけ論だな。じゃあ、一番簡単な答えを教えてやるよ。今すぐ電話を切って、通報しろ。それがおまえにできる最善の手段だ。ほら、やってみろよ、早く。できないだろ。それが覚悟って奴だよ。おまえは通報することで、辰巳さんや辰巳さんの取り巻きに嫌われることを恐れてる。自分の日常を壊すことから逃れようとしてるんだ。怖いだろ? 通報できないだろ? ゆうなら、俺に確認が取れた時点でこんな無駄話をしてないで、とっとと通報してる。津島さんなら、辰巳さんを殴りに行ってる。おまえは、何をやってる? 立場が対等な俺を、延々と罵ってるだけだ。辰巳さんにぶつけることができない言葉を、代わりに俺にぶつけてるんだ。何も行動に移してない。それがおまえの本性だよ。強がったところで、所詮、おまえは口だけだ』
「……いいんだな、そんなこと言って。本当に通報してやるからな」
『だからいちいち宣言しなくていいっての』ダイキは笑う。『それに、通報されても俺は困らない。詳しく説明すりゃ、俺の罪なんて軽いもんだろ。知り合いが犯罪を始めたから、慌てて逃げた。でも、知り合いだから通報はできなかった。よくある話だろ』
「はは、残念だけど、辰巳さんがおまえを共犯にしたてようとするかもしれないぜ? 犯行のとき、一緒にいたとか言ってさ。あの人なら、おまえを巻き沿いにしようとするだろ。どうすんのさ。おまえ、辰巳さんが一緒にヤりましたって言ったら、おまえにも罪がかぶせられるぜ?」
『何のためにコンビニに逃げたと思ってんだよ。巻き沿いになるのを免(まぬが)れるためだろ。おまえ、忘れてるかもしれないけど、俺もミステリー小説の愛読者だぞ。犯行時刻。コンビニの防犯カメラの真下で、俺はずっと雑誌を読んでましたー。不在証明に抜かりはねえ』
「…………」
『俺は最初から、おまえに通報させるためにこの話をしたんだ。ま、しらべが被害者だって知られるのは想定外だったけどな。辰巳さんがレイプしたっていうのは、辰巳さんが悪いわけだし、悪評が広がるのは自業自得だけど、こういう事件ってのは被害者の方にも悪い噂が立つもんだ。だから、俺はおまえにしらべのことは隠した。おまえの口から洩れた時に、しらべが下らない中傷の的にならないように。……そうだな、そこら辺の責任も考えて、通報しろよー。じゃ、切るぜ。そろそろバイトも終わって家に帰りたいんだ』
「…………」
『じゃあな』
プッ。
ツーツーツー。
完全に解き伏せられた。
僕は怒りに任せて一一〇を打ち込むが――発信ボタンは押せず、そのまま携帯電話を思い切り壁に投げつけた。
衝撃でバッテリーパックが外れ、吹き飛ぶ。もしかしたら勝手に発信になるかもしれないと期待していたが、バッテリーが外れてはそれも無理だろう。電源が落ちてしまう。
携帯はそのまま放置して、僕はベッドに身を投げた。
――通報なんかできない。
全くの赤の他人のことであれば、あるいはできたかもしれない。
けれど、これは辰巳さんダイキ、そしてしらべの問題なのだ。
僕の身の回りの出来事。
そこに、僕の判断で警察を介入させることなんて――そんな勇気はなかった。
ダイキの言うとおりだ。
僕は口ばっかりで何もできない男。
誰かが解決してくれないか。
勝手に解決しないだろうか。
僕は通報できない。
でも、このままじゃダメだと思う。
僕は何をすればいい?
結局、ダイキを罵っただけだ。それじゃ、何の解決にもならない。
◆
ふと眼を覚ますと午前四時になっていた。
いつの間にか眠ってしまったようだ。
あんなに絶望的な気持ちになっていたのに、きちんとベッドで横になって眠っていて、やはり自分は甘いなと思い、また嫌になる。
嫌になるけれども、こんな時間じゃ何もできない。
明日は――いやもう今日は水曜日で、平日だから学校がある。
何もできないなら、もう寝るしかない。
それもまた、甘えでしかなくて、僕は布団の中で歯噛みする。
部屋の電気を消しても、外の僅かな藍色がカーテンの隙間から部屋を照らす。
不愉快なまどろみが続く。
学校には行きたくない。
けれども、僕はただの観測者で。
関係のない僕がしらべのことを嘆いて学校を休むなんて、実に馬鹿げている。
なので、僕はいつも通り、学校に行かなくてはならない。
まどろみの最中(さなか)ではすずめの鳴き声も耳触り。
新聞配達のエンジン音も辺りに響く。
だけど、そんな音たちも寝返りを打つ内に静かに意識の外側に沈んで行った。
◆
朝、携帯にバッテリーを装着し、電源を入れると着信履歴に辰巳さんの電話番号が残っていて、同時にメールも一件届いていた。
『話がある。明日の二限、部室に来て』
メールに棘はないが、威圧感はある。
そもそも、辰巳さんは僕にメールを送ったりはしない。二年女子とはやり取りをしているようだが、ハルも辰巳さんとはメールをしていないと言っていた。
考えるまでもなく、しらべの件についてだ。
返事は返さなかった。
なんて返していいかもわからなかったし、そもそも行こうかどうかも決めていなかった。
わざわざ相手の願いを聞いてやるまでもない。
そういう思いがある。
けれど、僕一人でずっと抱えられる問題でもなかった。
いつかは、ぶつけなければならない。
あんたは犯罪者だと、言ってやらなければならない。
ならば、向こうが二人で会う機会を作ってくれているのだ。乗じてやってもいいのではないか?
とにかく家を出て、自転車で駅に向かう。
考える時間はまだある。
電車の中。バスの中。そして、一時限目の授業の間。
けれど、いくら考えたところで答えは出なかった。
ならば。
行動に移さなければならない。
辰巳さんは僕が知ってしまったことを知っている。
なら、どのような形であっても、辰巳さんはコンタクトを取って来るだろう。
それを、いつまでも逃げ続けるのか?
逃げるだけの自分は、とうの昔に自分自身の手で抹消したはずだ。
立ち向かわなければ。
その行為が正しいかはわからなかったが、決心した。
一時限目の英語が終わって、僕は部室に向かう。
◆
平日の午前中は薬学部は基本的に授業がある。当然、僕も授業があったが、出席はハルに任せて抜け出して来た。
生命科学部はどうかわからないが、きっと部室には辰巳さん以外誰もいないだろう。人に聞かれていい話ではない。だから、ほぼ部室を訪れる人がいないであろう、この時間帯を指定して来たのだ。
エレベーターに乗る。エレベーターに乗れる。いつの間にか、あの時の恐怖は僕から抜け落ちていた。あれから、一度も心霊現象は起きていなかったし、起きたという話も聞いていない。
五階に到着し、人の気配の乏しい研究室の前を歩いて行き、ミス研部室の扉の前に立つ。扉にはガラス窓がついているが、内側から画用紙が貼られているので、中は確認できない。
確認する必要などない。
ここまで来て、引き返すことなどできない。
ガチャ。
ドアノブを回して中に入る。
「よお、来たか。メールくらい返せよ。シカトされてっかと思っていらっとしたわ」
ソファーに深く腰掛けて足を組む、茶色の短髪に、尖った顎の男。
辰巳徹也。
皺一つないシャツにタイトなズボン。その一つ一つが大学生のアルバイトじゃなかなか手が出せない値段のもの。組まれた足の先にはブーツが履かれている。耳に付けていたイヤホンを外すと、傍らのショルダーバックにしまった。
「そう固くなんなよ。大学生なんだから、暴力に訴えようとは思ってないさ。だからその、握り締めた拳はパーにしろ、パーに」
手を開いて、ふりふりして見せる。あくまで軽薄そうに言う辰巳さん。壁に立てかけてあったパイプ椅子を広げると、ソファの向かいに置いた。
「まあ、座れよ。一言二言で済む話じゃねえんだ」
言って、自分は再びソファーに腰かける。パイプ椅子に座るのは僕か。自分が上等な席に着くのはすでに前提条件。この横暴な態度はミス研に入部したときからそうだった。
「詳しい話はダイキから聞いたよ。あいつもお喋りだなァ。とは言っても、津島やピーチに言わなかっただけ、マシか。あいつなりの気遣いってやつ?」
僕はパイプ椅子に座り、正面から辰巳さんの顔を見る。僕に犯罪が露見していると言うのに、依然、余裕な態度は崩さない。
本来は、僕の方が優位なはずなのに。
部室に入った瞬間から、何も言葉が出て来ない。
いざ辰巳さんを前にすると、浴びせるべき言葉が、飛んでしまった。
今、この部室の中には、先輩後輩の厳しい上下関係が色濃くにおっている。
「おいおい、だんまりだな」それには辰巳さんも気づいていたようで、嘲笑う。「先輩が楽しくおしゃべりしてんのに、仏頂面して聞いてんじゃねえよ。せっかくこうして招いてやったんだ。言いたいことの一つや二つ、聞いてやるよ」
ペットボトルのキャップを外して、紅茶を口に含む。
世間話でもしているかのように。
「……どうして、しらべを襲ったんです?」
「あ? 聞こえねーよ。もごもご喋んな」
「どうしてしらべを襲ったんですか!」
ようやく声が出た。
爆発に近かった。
腹に溜まっていた言葉が、一気に跳ね出たかのよう。
「どうして?」辰巳さんはキョトンとした。「どうして、か。考えたこともなかったな。ちょっと待てよ。……うーん、そうだなぁ」
辰巳さんは頭をぼりぼりと掻いて『うーん』と呻きながら、腕を組んで身体を左右に揺らした。
“考えたこともなかった”だって?
言葉の意味を測りかねていると、辰巳さんはようやく答えを見つけたように視線をこちらに向けた。
「わかんねえ」屈託のない笑みだった。「けど、ピーチは誘ったけど無理だった。ゆうもガードが固いから無理だろ? サンゴクは見た目がもう論外。一年女子はまだ喰い時じゃねえし。まあ、手っ取り早く言やぁ、顔がそこそこで、オツムが弱そうだったから? つまりヤりやすそうだった」
頭で考える前に僕はテーブルを思い切り辰巳さん向けて蹴り飛ばしていた。
「ぐぎゃあ」と辰巳さんは避けられず脛(すね)に直撃する。足なんか組んでるからだ。「てめえッ!」
テーブルを僕と同じように蹴り飛ばして立ち上がる。机は窓の方へと吹っ飛び、机の上に乗っていたペンや資料は床に散る。
「アンタはそんな下らない理由でしらべを犯したのかッ!!!」
僕の怒鳴り声に一瞬怯んだ後、辰巳さんは鋭い視線を飛ばす。
「犯してはねェって。何キレちゃってんだよ。そんなにしらべのことが大切か? おまえら、そんなに仲良いようには見えないんだけど。ただの部員同士ってだけで、そんなに激昂(げっこう)する?」その瞬間、辰巳さんの表情が変わる。虫を殺す子供のような嗜虐的な笑みを浮かべる。「――そうか、なるほどねェ。ははーん。そいつぁ、悪いことしちまったなァ。はいはい、そりゃキレるわ。うん。悪ぃ、悪ぃ」
一歩、また一歩と、こちらに近づいて来る。
「気付かなかったわ、全然。カナタ、おまえ、しらべのこと好きだったんだな。そりゃ、ヤられたら怒るわなー。ま、まだヤっちゃいないけどさ。いやー、マジ悪い。言われてみりゃ、確かにおまえ、しらべの前では挙動がおかしかったもんな。しらべと会話してるところ、あんま見た記憶がねえのも納得だわ。意識しちゃってんだろ。その割に飲み会とかじゃ、しらべのすぐ近くにいたりして。あー、そういうことだったわけね。納得納得」
立ち上がった僕のすぐ横にやって来て、肩を組もうとする。僕は、その腕を容赦なく払った。
「おっと。せっかく仲良くやってやろうってのに、その態度はないんじゃねえの? 先輩だぜ? 俺。しかし、まあ、ヤっちまったもんはしょうがないしさ。ちゃんと処女は残してあるんだから、勘弁してくれよ。おまえも悪いんだぜ? 好きなら好きで、もっとちゃんと周りにわかるようにしなきゃ、気の使いようがねえじゃん。ま、おまえなんかに気を使ったかどうかは別としても」
へははははははははははは!
耳触りな笑い声を上げる。
僕は何を言っていいかわからない。
きっと、辰巳さんのこの上からの態度が、僕の言うべき言葉を発する前に封じているのだ。
元々の性格が違う。
僕は卑屈で、辰巳さんは傲慢。
何を言っても、今の辰巳さんに受け付けないような気がする。
追い詰めるはずの僕が、逆に追い詰められている。
何故?
何故、何も悪くない僕が追い詰められる?
「いやー、それにしてもこんなところで、こんな面白い情報が手に入るとはねえ。これ、他に誰か知ってる奴いんの? 津島とかにバラしていい? ダイキも特に何も言ってなかったし、あいつもこのこと知らないんだろ? 喋りてえ」
何故、しらべを犯した下種野郎が僕の前で笑っているのだろう。
楽しそうに笑いやがって。
おまえは笑う資格なんかない。
「あー、でも残念だったな。知ってっか? しらべ、あいつ津島のことが好きだぜ? ははははッ! どっちにしろ、おまえ、しらべとは付き合えないわ。別に俺が何もしなくたって、そのうちどうせ津島にヤられちゃってたな! 俺にキレる前に、津島にキレた方がいいんじゃね? つーか、この前は確認してないけど、もしかしてもうヤられちゃってる? 今度、機会があったら確認してみるわッ! しらべちゃんは津島のことがだ~い好き。しらべのためって思って、正義面してここまで来たのに、現実なんてそんなもんだよな。哀れなピエロって奴か」
「黙れ、性犯罪者」
「……あ?」
やっと言葉が出た。
「……だから、声が小せえんだよ。何て言ったんだ? もっかい言ってみろよ」
「黙れ性犯罪者って言ったんですよ。辰巳さんも耳が悪いんじゃないですか?」
「言葉は選べよ?」
僕から離れると、再びソファに座った。
しかし、僕たちの間にはテーブルはない。先ほどの一悶着の時に、部屋の奥の方まで吹っ飛んでしまっている。障害物がないだけで、同じ距離でもこれだけプレッシャーは違うものか。
「慎重に言葉は選んだつもりですが? 気に障ったんでしたら、言い換えましょうか。セックスしか頭にないお猿さん」
「……いいだろう。あくまで俺に楯突くってか。まあ、端から俺の言うことなんか聞くつもりがないってのはわかってたけどな。なら話を戻そうか。おまえだって、呼び出された理由はわかってんだろ。俺からのお願いだ」辰巳さんはふーっと大きく息を吐くと、こちらを見据えた。「……黙ってろよ?」
圧倒的なプレッシャー。
一切の笑みを消した、敵対する者に向ける表情。
わかってた。
僕を呼び出す理由なんて、そのくらいしかない。
口止め。
暴力に訴えないと言っていたが、しかし、ただで済むとも思わない。
権力。
それを振りかざして、僕を潰そうとするだろう。
けれども、負けない。
こうなることがわかった上で、僕はここにやって来た。
「辰巳さんがやったことは犯罪ですよ。そして、僕はあなたを擁護する義理はない。通報するに決まってるじゃないですか」
「……ふん、ほざけ。できないことを大見得切ってんじゃねえよ」
「そうやって楽観視してられるのも今だけですよ。近いうちに、辰巳さんの家に紺色の制服を着たいかつい顔のおじさんたちが押し寄せます」
「だからはったりは効かねえっつってんだろうが、鬱陶しいな。通報できんならやってみろよ。現に、今の今まで通報できずに来てんじゃねえか。おまえは絶対に通報できない。その踏ん切りがつけられねえタイプの人間だ」
ダイキと同じことを言いやがる。
「……そう思ってるなら口止めの必要なんてないじゃないですか」
「ああ、そうだな。今のおまえなら通報なんてこと、できねえだろう。けど、おまえみたいなタイプは同時に、何かのはずみで思いもよらない行動を取ったりするもんさ。さっきみたいに感情的になりゃ、後先考えずに暴れ出すだろ。キレたら何もかも壊しちまうような奴だ。だから、おまえには改めて現状を再認識してもらう。今日は、そのために呼んだんだ」
「へえ? つまり、僕は辰巳さんの言い訳を聞かなければいけないと?」僕は辰巳さんに背を向けた。「でも、そんな筋合いないですよね。僕はもう、辰巳さんから聞きたいことは全て聞きました。どうしてしらべを狙ったのか。その下らない理由を。そして、あなたが本当に性犯罪者だってこともわかった。これ以上、あなたの言葉に耳を貸す必要はない。帰ります」
「何か、勘違いしてないか? これはお互いのためでもあるんだぜ?」
「“お互いのため”ですって? ふん、聞こえがいいようにしたって無駄ですよ。どう考えたって、僕にあなたの話を聞くメリットはない」
辰巳さんは本当にしらべを襲っていた。
ダイキの冗談じゃなく、僕の悪い妄想でもなく、それは現実。
もしそれが現実であったとしても、ここで辰巳さんと話をすることで、何かが解決すると思っていた。
けど、全部無駄だった。
ただ不愉快なだけだった。
これ以上ここにいても、さらに気分を害するだけだ。
僕は部室を出た。――いや、出ようとした。
「お互いのためっていうのは語弊があるか? なら、こう言おうか。おまえの大切なしらべのため、ってな」
足が止まった。
「まず第一に、下の学年には男女問わず俺が世話してやってる後輩がいる。俺の言いたいこと、わかるよな?」
ダイキも危惧していたこと。
辰巳さんの交流関係は広い。
そして、こういうグループの連中というのは目上のものに従って行動している。辰巳さんが誰かを嫌いと言えば、そのグループ全体がその人物のことを嫌うこととなる。
僕がハブられる。
その覚悟はできていた。
仲のいい友人は数人いる。別に普段、話をしない連中が僕のことをどう思おうと知ったこっちゃない。そのくらいに考えていた。
けれど、辰巳さんは言った。
しらべのため、と。
それはすなわち、何かがあったときにはしらべの方にも何らかの攻撃が加えられると言うことだ。
女子のコミュニティーは男子のそれよりも閉塞的だと聞く。
ただでさえ不器用なしらべだ。容易くグループから排除されていくのは目に見えていた。
「いやぁ、いい情報を与えてくれたねェ。おかげでお願いするのに必要な“弱み”が増えて助かったよ。うーん、しらべ、人と接するのが苦手だからなぁ。それにメンタルも弱いし。陰口とか言われるようになったら、辛いだろうなァ」
立ち去れない。
しらべに危害を加えることを宣言されては、逃げることもできない。
「おお? 帰らないのか? どうやらちょっとは俺の話に興味を持ってくれたようだな。なら続けるぜ?」
僕は何も答えない。
部室に来てから、僕はずっとだんまりだ。
ただ、黙って辰巳さんの話を聞いているだけ。
「第二に、しらべは何も知らない。寝ている間に素っ裸にされてたなんて、思いもよらないわけだ。なあ? 今も幸せそうだろう? でも、俺を通報するってことは事件を明るみに出すってことだ。世の中には知らない方がいいこともある。これも、その一つだとは思わないか? 寝ている間に素っ裸にされてたなんて知ったら、恥ずかしいなんてもんじゃないな。相当精神的に追い詰められるはずだ。通報するってことは、おまえがしらべに“人前で大事な部分を曝(さら)け出しましたよ”って伝えるようなもんだ。えげつないねえ。俺なら、そんなことは絶対にできない」
辰巳さんがゆっくりとした足取りで近付いて来る。
僕は身動きが取れない。怒りと動揺で全ての機能が停止した。
僕が立つ、すぐ目の前に辰巳さんが立つ。
辰巳さんは徐(おもむろ)にポケットから携帯電話を取り出した。
「そして最後に、これを見てみな」
少し携帯をいじった後、画面を僕の目の前に突き付けた。
なんだろう。
何かの画像が映っている。
僕を黙らせるための画像。
そこに映し出されていたものは――。
「ああああアアアアアア」
僕は獣の咆哮と共に、辰巳さんの携帯を跳ね飛ばしていた。
身体が痙攣を始める。
全身が粟立つ。
呼吸もできない。
膝がかくんと折れ、僕は尻餅をついた。
「なんだなんだ。せっかくのサービスだってのに。今まで黙っててくれたご褒美を、なんて扱いだ。なんなら、おまえの携帯に送信してやってもいいぜ? どうよ、眼に焼き付いて離れないだろ。そりゃ、そーだ。好きな子の全裸画像なんて、そう見れたもんじゃない」
辰巳さんの携帯に映し出されていたのは――全裸で横たわるしらべの姿。
強烈な怒りに見舞われると、身体が意思とは無関係に震え出して、まともに立っていられなくなる。
「はっはっはっはっは! 興奮し過ぎだろ、おまえ。ここで出すんじゃねーぞ、さすがに臭いが籠るからな」
震えて、嘔(えず)いている僕を知り目に、辰巳さんは笑いながらソファに腰を下ろした。
「あんな機会、めったにないからな。いろんな角度から写真を取らせてもらったよ。おかげで夜の個人プレイには困らない。へはははははッ。でも、俺が言いたいのはそんなことじゃなくて、俺が捕まるってことは、その画像が多くの人の目に着くってことだ。警察官や検事、裁判官。いわゆる、セカンドレイプって奴だよな。なあ、カナタ? 通報するってことは、しらべの醜態を世に晒すってことなんだよ。おまえの愛しい人の、あーんな姿やこーんな姿が、いい年したオッサンたちに見られちまうんだぜ。警察官って言ったって、人間には違いない。写真を見る表情はまじめそのものでも、しらべはそこそこ可愛いからな、内心はどう思ってることやら」
僕は気付けば手を握ったり開いたりという動作を繰り返していた。無意識の内に。呼吸もほとんどしていない。何度も行う浅い呼吸の中で、ときどき気づいたように深い呼吸をする。
「もうわかっただろ? お互いのために、黙っておこうや。おまえが誰かに喋れば、それだけしらべが破滅に近付くんだよ」
なんなんだ。
なんなんだ、いったい。
何をすればいい。
僕は何をすればいい?
しらべの裸を見せられて。
しらべを侮辱されて。
僕は何もできない。
何もできない。
辰巳さんはもう何事もなかったかのように。
ソファに腰かけて紅茶を飲んでいた。
「それにしても、とっ散らかったな。いいよ、俺が片付けといてやるから、おまえはもう戻っていいよ。話は済んだ。授業があんだろ? っていうか、そんなところで嘔かれてると不愉快だから、むしろどっか行けよ。それとももう一度、しらべの裸を拝みたいか?」
いつの間にか辰巳さんの手には再び携帯が握られていて。
僕は思わず部屋を飛び出した。
見たくない。
もう何も目にしたくない。
開け放たれたドアの向こうから、辰巳さんの高笑いが聞こえた。
英語の雑誌やファイルの詰まった本棚、細胞を保存するための冷凍庫、何に使うかもよくわからない機会。それらの間を駆け抜け、広い空間に出る。
「はーっ、あああッ、はーっ、はーっ、うああああ、はーっ」
息ではない。もはや声が漏れていた。
とにかく人がいない所へ行きたくて、僕はエレベーターのボタンを連打する。遅い。一階からゆっくりと上がって来る。このおんぼろが。早く来い。早く早く早く。
ガラ。
僕は転がり込むようにエレベーターに乗る。扉は何のボタンも押さずに閉まった。常日頃、人が乗り降りしている最中に扉が閉まるくらい、このエレベーターの性能は悪い。けれど、それ今回は功を奏した。
目下の行き先は一階。
だけど、一階に到着したらどこへ行こう。
人のいないところに行きたい。
この時間はどの講義室も使われてるはずだ。静寂の中に一人で身を置ける場所なんてあるのか?
どちらにしても、こんな状態じゃ授業に戻れない。
授業に集中できないから戻るだけ無駄だし、それ以上に今の僕の状態は傍から見れば異常だ。
狭いエレベーターの中。
僕は地面に腰を下ろし、角に寄りかかっていた。
一階までの僅かな時間ですら、立っていられなかった。
どこへ行こう。
思考を巡らせた、そのときだった。
ダン。
エレベーターは大きく揺れて、止まった。
同時に照明も落ちる。
これは……。
「はは……」
笑うしかなかった。
ちょうどいい。
神の思(おぼ)し召(め)しだ。
あれから一度だってこんなことはなかったのに。
このタイミングで来るなんて、本当についてない。
いや、憑いているのかな?
狙われてるのはダイキではなかったってことだ。
面白い。
面白過ぎる。
ダン、ダダン、ダダダダッ!
「はははははははははははははははははッ!」
愉快だ。
このままワイヤーを引きちぎって、箱を地面に叩きつけてくれ。
ダン、ダン、ダダダダッダダ、ダダダンダン、ダダン。
笑っているのに涙が止まらない。
笑っているからこそ、涙が出て来る。
「あははははははははははははははッ! あははははははははははは……はは……」
何も見えない。
暗い。
黒い空間。
僕の嗚咽が闇に浸透して行って、溶け込んでいく。
ダン、ダダン、ダンッ!
外からのノックは続く。
熱い涙だけは闇には溶けず、冷たくなって頬を伝った。
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