第5話 試合

「天道寺英人君、で合っているか?」


 ツインテールの少女とイチャついていた英雄の弟に、宗次は物怖じせず話しかける。


「そうだが?」

「俺と試合をしてくれないか」


 そう直球で申し込むと、天道寺英人は驚いたように目を見開いたが、直ぐ不敵に笑って頷いた。


「いいぜ、受けて立つ」

「ちょっと英人!? 貴方の相手は――」


 ツインテールの少女が何故か慌てて止めようとしたが、天道寺英人は気にせず教師の元に向かい、宗次もその後に続いた。


「先生、俺達にも試合をさせてくれ」

「了解よ、天道寺英人君と……へぇー、君がね」


 京子は宗次の顔を見ると、かなり驚いた顔をしたが、直ぐ真顔に戻って隣の教師を呼んだ。


「木村先生、この子達の試合を見て貰えますか」

「はい、任せて下さい」


 木村と呼ばれた男性教師は、奇妙なほどにこやかに笑って、二人をグラウンドの中央へ招く。


「聞いた、彼って天道寺刹那の弟なんだって」

「マジで!? これは見逃せないわね」


 恐る恐る幻想兵器を打ち合わせていた他の生徒達も、それを見守っていた他の教師達も、手を止めて英雄の弟に注目する。

 当然ながら、どこの誰とも知れぬ宗次を見る者はいない。


「宗次、そのいけ好かないスケコマシなんぞ、ボコボコにしたれ!」


 今日会ったばかりだが、もう友人と呼べるくらい気心の知れた映助以外は。


「あぁ、頑張るよ」


 宗次は軽く手を挙げて友人に応え、蜻蛉切を呼び出す。

 掌から伝わるしっかりとした硬さと重みは、これが夢幻の類とは思えない。


「武装化っ!」


 天道寺英人も幻想兵器を生み出すが、それは一本の両手剣だった。

 綺麗な装飾の施された西洋剣だが、どんな伝承の武器か、外見だけでは判断が付かない。


(そういえば、手の内が分からない相手と戦うのは初めてか)


 師匠である祖父とは数えきれないほど手合わせしてきたが、それ以外の者とは試合をした事がなかったのだ。

 新鮮な興奮を覚えながら、宗次は槍を半回転させ、石突の方を天道寺英人に向ける。


(幻子装甲があるから平気と言われても、いきなりはな)


 真剣ならぬ真槍で、生身の相手を突くのは流石に怖い。

 念のための備えであったのだが、外野はそう思わなかった。


「何あれ? 槍を使うまでもないって事?」

「お前なんて本気を出すまでもないって舐めてんでしょ、サイテー」


 天道寺英人のルックスに惚れた女子達から、心無いヤジが飛んでくる。


「待ってくれ、俺はただ――」


 万一の事故があったら嫌だから――と説明する暇は与えられなかった。


「うおおおっ!」


 審判の合図も待たず、天道寺英人が突っ込んできたのだ。


(しまった!)


 宗次は自分の迂闊さを歯噛みしながら槍を構えなおす。

 幻想兵器のテストであろうと、ここは真剣勝負の場。

 一瞬でも相手から目を離すなど、一介の武術家として恥ずべき行為であった。


「せいやっ!」


 天道寺英人は人間相手だというのに、容赦なく真剣を振り下ろしてくる。

 躊躇いのないその攻撃を、宗次は柄の中程で受け止めながら違和感を抱く。


(あれ?)

「うおおっ! はあっ!」


 天道寺英人は雄叫びを上げ、何度も何度も斬りかかってくる。

 だがそれは、まるで金属バットを振り回すような、力任せで勢いだけの攻撃だった。

 とてもではないが、剣術はおろかいかなる武術も納めていない、ど素人の動きである。


「君は、本当に天道寺刹那の弟なのか?」


 攻撃を容易く捌きながら、つい疑問を口に出してしまう。

 すると、天道寺英人は目を吊り上げ、今まで以上の大声を上げた。


「姉さんの名を勝手に呼ぶなっ!」

「えっ?」


 そんなに怒る事だろうかと、宗次は困惑しつつも斬撃を捌き続ける。

 蛇よりも自在に動き回る祖父の槍に比べれば、天道寺英人の剣は蜻蛉が止まるくらい遅いので、避け続けるのは容易い。


(しかし、期待が外れたな)


 相手に失礼だと思いつつも、宗次は落胆を禁じ得ない。

 人類史上、初めて幻想兵器を手にした少女であり、日本を救った英雄。

 その弟とくれば、同じとまではいかずとも、相当な強者だと思ったのだが、現実は勢いだけの素人だった。


(いや、勝手な言い分か)


 宗次は自分の浅ましい心に気づいて反省する。

 天道寺英人はおそらく『英雄の弟』という色眼鏡で見られ、今まで過度な期待を寄せられてきたのだろう。

 その重圧、姉を失った痛みを知らず、勝手に期待して失望するなんて、人として恥ずべき行為であった。


「すまなかった」

「何っ!?」


 いきなり謝罪してきた宗次を、天道寺英人は訝しみつつも懲りずに斬りつけてくる。

 しかし、相手の腕を見極め、心の整理も終わった槍使いは、もう守勢でいる事を止めた。

 斬撃を柄で受け止めると、宗次はがら空きになっている相手の腹を蹴り飛ばす。


「ぐふっ!」

「そんな、足を使うなんて卑怯よ!」


 外野の女子から見当違いのヤジが飛んできたが、戦闘態勢に入った宗次の耳にはもう届かない。

 距離が離れ、丁度槍の間合いとなった天道寺英人に向かって、矢よりも鋭く石突を繰り出す。


「うおっ!」


 肩を突かれよろめいた相手に、体勢を立て直す間など与えず、上から頭を殴りつけ、横から足を薙ぎ払い、トドメに胸を突き刺す。


 空壱流槍術・全方撃


 名前通り、槍で行える『打、払、刺』という全ての方法で、『上、横、前』と全方向から攻撃を放つ連続技。


「うわぁぁぁ―――っ!」


 怒涛の三連撃を全てまともにくらった天道寺英人は、悲鳴を上げて地面に転がるのであった。


「ふぅ……」


 宗次は軽く息を吐きながらも、構えを解かず残心を怠らない。

「槍を握れば常在戦場」が祖父の口癖だったからだ。


「「「…………」」」


 思わぬ決着に観衆が静まり返るなか、宗次は油断なく倒れた天道寺英人を見詰めたまま、背後に向かって声をかける。


「先生」

「…………」

「木村先生」

「な、なんだっ!?」

「合図を」


 審判役の教師に、試合終了の宣言を求める。


「…………」


 しかし、いくら待てども教師は黙したままで、宗次の勝利を告げなかった。


「おい先公、宗次の勝ちやないか、早よ宣言せえ」

「…………」


 焦れた映助が詰め寄るが、それでも教師は唖然とした顔で何も言わない。


「何を呆けとんや、早よあのいけ好かんスケコマシがボロクソに負けたと、痛っ! 何すんねん!」


 いきなり後頭部に衝撃が走り、映助が怒って振り向けば、そこにはツインテールの美少女を筆頭に、怖い顔の女子が何人も集まっていた。


「あんた、英人が負けたなんて勝手な事を言わないでよ!」

「い、いや、現に負けて――」

「そうよ、英人君は負けてなんかいないわ!」

「槍を使わず挑発したり、蹴りを使ったりした、あいつの反則負けよ!」

「な、何を言うとんのや? スポーツじゃあるまいし反則なんて――」

「反則よ反則、この卑怯者っ!」


 女子達は映助の言い分に耳も貸さず、ひたすら金切り声で宗次を非難する。

 ただ、全ての女子が同じ意見という訳でもないようだ。


「ちょっと、貴方達こそいい加減にしなさいよ」


 言いがかりは止めなさいと、一人の女子が間に入るが、それでも騒ぎは収まらない。


「あんなの認めないわ、やり直しよ!」

「そうよ、英人君は絶対に勝つの!」

「認めないわ、絶対に卑怯な事をされたのよっ!」


 ヒステリックに叫び、とにかく勝負の結果を撤回しようとする。


「何がどうなってる……」


 どうしてここまで自分が責められるのか、宗次はわけが分からず女子達の方を見てしまう。

 そうして、倒れた相手から目を離したのが悪かった。


「……俺は、俺は負けるわけにはいかないんだぁぁぁ―――っ!」


 天道寺英人がいきなり雄叫びと共に立ち上がる。

 そして、握った両手剣が目も眩む黄金の輝きを放ち出した。


「何だ、これは?」


 幻想兵器の特殊能力が発動した、それは分かる。

 しかし、黄金の光を放つ剣とは、どんな伝説の武器だったか?

 思わず考え込み、時間を与えたのも悪かった。


「うおおおぉぉぉ―――っ!」


 天道寺英人が剣を振りかぶると、黄金の光は天を貫くほどの巨大な刃と化す。


「まさかっ!?」


 光の刃は凄まじい圧力を放っており、離れていても肌がビリビリと震えるほどであった。

 そんな物を振り下ろせば、周りの生徒や教師達がどうなることか。

 だからやめろ、と制止する暇もなく、英雄の弟は伝説の聖剣を振り下ろす。


「エクスカリバァァァ―――っ!」


 ズゴゴゴゴッと轟音を立て、まるで巨人が倒れこんでくるかのように、光の刃がゆっくりと天から降ってくる。

 宗次が横に飛べば、それは簡単に避けられる。

 しかし、彼の背後で呆気に取られ、光の刃を見上げる映助や女子達、その他の生徒や教師達はおそらく間に合わない。


「やるしかない」


 宗次は逃げ出そうとする両足に活を入れ、目の前に迫った巨大な光に、己の槍を渾身の力で突き放った。


「頼む、蜻蛉切っ!」


 停まった蜻蛉が切れるほどの鋭い穂先で、聖剣の光に立ち向かう。

 だが、落ちてくる刃の重圧は凄まじく、直ぐに蜻蛉切は押し返され、石突が地面を打つ。


「ぐぅ……っ!」


 しかし、宗次は槍を柱として、決死の覚悟で光の刃を支え続けた。


「逃げろ、早くっ!」


 振り向く余裕もなく叫んだ声は、背後の生徒達に届いたのだろうか。

 それを確認する間もなく、蜻蛉切の柄が限界を迎えた。


 バキンッ!


「あっ……」


 すまない、と槍に謝る間もなく、宗次の体は光の奔流に飲み込まれ、意識は暗い闇の淵へと落ちていった。

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