第4話 剣の聖女
幻想変換器の起動に成功した生徒達は、校舎外のグラウンドで待たされていた。
「もうええ、ワテはサバンナで暮らしたる……」
「…………」
まだ棍棒のショックを引きずる映助に、宗次はかける言葉が見つからず、ただ肩を叩いて慰める。
そんな彼らの耳に、ふと男子生徒の話し声が聞こえてきた。
「おい、それマジかよ」
「本当だって、あいつきっと天道寺さんの弟だよ」
いったい誰の噂をしているのかと、男子達が見ている方を向いてみれば、そこにはツインテールの美少女を侍らせた、見覚えのある少年が立っていた。
「なに、天道寺やと?」
その名前に、落ち込んでいた映助も急に顔を上げる。
「有名人か何かだったのか?」
英人と呼ばれていた少年は、ヒョロリとした細身のイケメンなので、アイドルと言われても不思議ではない。
しかし、映助は首を横に振ってそれを否定する。
「いや、あのスケコマシは別に有名やない。せやけど、想像通りなら姉の方は超有名人や」
「有名人の天道寺……誰かいたか?」
「自分、ホンマに物知らずやな」
ネットの世界じゃ常識やと、映助は呆れ返りつつも説明する。
「
「英雄?」
そんなに凄い人の名前なら、テレビでも放送されていそうなものだが、宗次は全く聞き覚えがない。
「まぁ、ネットやっとらんと知らんのも無理ないわ。なんせ天道寺刹那は当時十六歳の女子高生やからな。それをお国のためと戦わせてたんや、いくら人類の危機というても、大声で言いふらせるもんと違うやろ」
CEによる日本人の被害者数は、約二百万人と言われている。
総人口の約五十分の一を失うほどの悲劇であり、民間人の死者数を見れば、第二次世界大戦時の被害さえ上回っていた。
最早なりふりなど構っていられない、危機的な状況であったのだ。
それでも、十六歳の少女に怪しい兵器を持たせ、戦場に送り込むとなれば、一部からの猛反発は避けられない。
国が情報統制を行い、マスメディアに箝口令を敷いたのも当然であろう。
「せやけど、ネットの方には結構情報が出回ってたんや。日本を救う勝利の戦乙女、剣の聖女、天道寺刹那ちゃんの勇士がな!」
そう言って、映助が突きつけてきたスマホには、無理やり拡大して荒くなった画像だが、一人の少女が映っていた。
巨大な大剣を担ぎ、戦場を駆け抜ける長い黒髪の少女。
「美人さんだな」
「せやろ! 刹那ちゃん超ラブリーやろっ!」
素直に感想を告げると、映助が鼻息を荒げ身を乗り出してきた。
「救国の英雄でおまけに美人やから、ネットじゃ今でもアイドルを超える超人気やねん。流出した小学校時代の写真とか一生の宝物や!」
「…………」
日本人形のような愛くるしい少女の画像を、胸に抱いてもだえる映助から、宗次は無言で二歩距離を取った。
「だが、六年前という事は、今はもう二十二歳か?」
何とか気持ち悪いテンションを下げようと、宗次は歳の事を指摘する。
すると、映助は急に暗い顔で俯いてしまった。
「……刹那ちゃん、もうおらんのや」
「えっ?」
「五年前のある日から、全く情報が入らんようになったんや。噂ではある作戦で市民を守るため、多数のCEを道連れに……」
公式の記録では行方不明とのリークもあったが、おそらくは生きていないのだろう。
「……そうか」
幻想兵器を手に戦った者の死。
それは何時の日か、宗次達の身にも訪れるかもしれない未来であった。
「けどな、刹那ちゃんの活躍があったからこそ、国は幻想兵器とそれを使える若者の育成に乗り出したって話なんや。つまりワテらエースの生みの親っちゅう事やな」
「凄い人だったんだな」
今の自分と同じ年頃でありながら、英雄と呼ばれるほど戦い続けた少女。
彼女はいったい何を思って剣を振るい続けたのか、宗次は知りたいと思ったが、その機会はもう永遠に失われていたのだ。
「その天道寺刹那さんの弟が彼なのか?」
「せやろな、よくよく見れば刹那ちゃんと目の辺りが似とる……しかし、男やと何でこんな忌々しいんやろな」
ツインテールの美少女に胸を押し当てられ、赤くなっている天道寺英人の姿に、映助だけでなくほぼ全ての男子が歯ぎしりをしていた。
そんな無駄話をしているうちに、新入生全員の起動テストが終わったらしい。
保科京子を含む教師陣もグラウンドに出てきて、約百五十名の新入生に呼びかけた。
「皆さん、幻想変換器の起動テストの成功おめでとう。続いて幻想兵器の稼働テストを行います――実戦形式でね」
「「「えぇっ!?」」」
思わぬ発言に、生徒達の間から驚愕の声が上がる。
しかし、京子は慌てないでと手を振って制する。
「安心して、ちゃんと怪我がないよう、変換器から『
「なん、やと……!?」
驚いた映助が宗次の肩を叩いてくる。
しかし、透明な膜でもあるかのように、当たる直前で弾かれてしまった。
「実感できたかしら? その強固な鎧と幻想兵器という剣があるからこそ、エースはCEと戦える最強の兵士なのよ」
隣の者と確認し合う生徒達を見て、京子は優しく微笑む。
「幻子装甲は貴方達の幻子干渉能力――分かりやすく言うとMPね、これが切れると使えなくなるけど、それまではほぼ全ての攻撃を防いでくれるし、切れる前には警告音が鳴るから、幻想兵器で斬り合っても安全に試合ができるわけ」
それなら安心だと、生徒達もほっと胸を撫で下ろす。
「それに、皆もせっかく手に入れた幻想兵器だもの、一度はちゃんと使っておきたいでしょ?」
エース隊員に選ばれた新入生への、入学祝いも兼ねているわけだ。
「では、相手が決まった人から前に出てきてね」
開始の合図にパンと手を叩くと、生徒達は戸惑いながらも二人組を作って、京子達の前に出ていった。
「宗次、ワテらも行くか」
「悪い、また今度にしてくれ」
「なんでやっ!?」
映助の誘いをありがたく思いつつも断り、宗次は歩き出す。
仮にも武術家の端くれ、戦うのならば最強の相手と槍を交えたい。
だから、向かうべき人物は決まっていた。
英雄・天道寺刹那の弟である。
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